旅のウンチク

旅行会社の人間が描く、旅するうえでの役に立つ知識や役に立たない知識など。

たまご屋さんと松茸狩り

2017年02月01日 | ライフスタイル
 なぜか人気の昭和の想い出シリーズ。

 過去にも述べたように私の子供の頃は金銭面では両親は随分苦労していたようで、家計を切り盛りする母親は工夫に工夫を重ねていたようでした。ただ、今と違って貧富の差が大きいわけではなくて皆が貧しい中工夫をして暮らしていたので私達子供にとってはそれが貧しいという事だとの印象は全然なく、子供らしく呑気に暮らしておりました。

 社宅になっていた長屋暮らしだった頃は特に家計は大変だったらしく、よく他の家族と皆でまとめ買いをしていました。”勝手に生活協同組合”みたいなものです。慎ましく暮らしている人達とはいえ、数家族分を取りまとめて注文するわけですから結構なボリュームになったのでしょう。様々な”御用聞き”の人達が出入りしていました。

 その中に”たまご屋さん”がおりました。たしかタカハシさん。卵だけでなく、鶏肉など養鶏場の生産物全般が守備範囲で、月に何度かこれらをドンとまとめて運んできてくれます。長屋の一番出入り口側に位置していたためか、私の家は物資の一時集積場となっていて、タカハシさんから物資が届くと近所の奥さんたちがやってきて各家の注文しただけの卵を新聞紙に包んで小分けにし直したり、肉類を分けたり大忙しです。あの量から考えるとおそらく長屋の人達だけでなく、近所の人達みんなで買っていたのだと思います。

 近所の奥さんたちが卵を新聞紙の上に器用に並べてクルクルと巻いて纏めるのを子供心に”凄いなぁ”と興味深く眺めたものでした。

 さて、タカハシさん。肉屋さんやタマゴ屋さんというわけではなくて、養鶏場の経営者。今風に言うと生産者に直接注文していたわけですから当時のお母さんたちの行動力は凄いとも思います。まあ、今みたいに流通が発達していたわけではありませんので、養鶏場もそういう営業をしていたのかもしれませんが...。子供の頃のことなのでそのあたりの深い事情は不明です。タカハシさんは養鶏場を経営しているだけでなくて山を一つ所有しておられました。この山、実は松茸山だったのです。

 私達の地域は大口の取引先だったのか、あるいは取引先全部に声をかけていただいていたのか、秋になると松茸狩りに誘ってくれます。私たちはまるで”町内会のイベント”のような感覚で皆で松茸狩りに出かけたものです。

 養鶏場のすぐ近くに河が流れていて、その河川敷の向こうが松茸山。秋の晴れた日に私達子供も、どれが松茸かを地元の人や自分の親に教えてもらって山に入って思い思いに収穫です。こういう時も昔は随分適当だったもので、子供は山に”放流”です。小学生もなっていない私は最初は姉や親につきまとっているのですが、歩く力だって大したことがないのでそのうちはぐれてしまいます。

 ”里山”とか、あるいは”丘”程度の山に沢山の人が入っているのでいろいろな人に出会います。全く知らないオジサンが松茸を見つけてわざわざ教えてくれて取らせてくれたり、そんな事に夢中になっているうちにふと気がつくと山の中で自分一人になっていたのです。
 
 松茸狩りイベントには”すき焼き”がついています。もちろん養鶏場主催なので鶏肉なのですが、河川敷で大きな鍋ですき焼きと松茸ご飯を作っていて、松茸狩りに飽きると河川敷へ戻ってすき焼きと松茸ご飯を堪能できるのです。

 おそらく他の人達はもうすき焼きに移動してしまったのでしょう。

 子供の足ではそれほど山に深入りもできませんから、帰り道がわからなくなったりはしていません。山で一人になって心細くなった私は自分の記憶を辿って河川敷へ戻って行ったのです。そして無事、木々が途切れるところが見え、その向こうでは河川敷の白い石が太陽の光を浴びて輝いています。
 
 よちよちと明るい方へ歩いていく私。ところがその行く手をふと見るとそれほど大きくない蛇がこちらの様子を伺っている姿が見えたのです。

 今でこそ蛇は食料品に近い存在として認識するようになりましたがその頃の私にとっては恐怖の対象。足が竦んでどうして良いかわからなくなりました。そんな私の目の前で蛇はヤブへ消えていきました。

 さっきの蛇がまた戻ってくるのではないかという恐怖のため、森の出口へ向かうことができなくなった私はその場に立ち尽くして誰かが通りかからないかと待つのですが、さっきまではあれほど周囲に人がいたのに誰も通りかかりません。

 呆然と立ちすくむ私はその後しばらくして、流石に心配になって迎えに来てくれた母に無事収容されて次のステップ、すき焼きへ進むことができました。

 少し季節がずれてしまいましたが毎年秋になってスーパーや八百屋さんの店頭に松茸が並び始めるとタマゴ屋さんの事や松茸山で蛇に立ちすくんだ事などを懐かしく思い出すのです。


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