旅のウンチク

旅行会社の人間が描く、旅するうえでの役に立つ知識や役に立たない知識など。

シャンドゥール峠

2007年11月07日 | 旅の風景
パキスタン北部、中国との国境へ向かうカラコルムハイウェイ沿いにギルギットという町があります。ここを更に進んでクンジェラブ峠を越えるとそこは中国。1997年の6月、私は旅の途中で体調をとことん悪くしてギルギットで体を休めておりました。ここを起点に中国国境やカシミールへの旅をした後、体調も回復したので、そろそろギルギットを発とうと考えて選んだルートはシャンドゥール峠を越えてチトラルへ向かう物資輸送用のルート。このルートは物資輸送用のジープだけが往来する完全な未舗装ルートで、多くの旅人がジープに便乗しようとして苦心していたのを見ているうちに、自分の足があるという機動力を生かしてみたくなったという、いつもどおりの予定外の行動、そして、この計画変更を決定付けたのが、逆ルートでチトラルからLand Roverでやってきた日本人のご夫婦の"バイクなら楽勝だよ"という一言でした。

体調の回復した私はこの勢いのまま出発しようと、まずはギルギットの街中のガソリンスタンドへ。ここでガソリンを満タンにしようと思ったのですが....ガソリンスタンドが"ガス欠"。2件あったガソリンスタンドのいずれもガス欠で、この日の出発は不可能となりました。

翌日、何となく安宿の中庭にいると、目の前の道路をギルギット街中へ向かうタンクローリーが。慌ててエンジンをかけて追いかけます。

無事、給油も終わり、ギルギットを発ちます。その頃はギルギットを出るとすぐにダート。オフロードライダーである私は日本の林道に似たようなダートを楽しみながら走ります。時々現れる水没箇所を抜けながら進んでいくのですが、どういうわけか、どんどん水没箇所が大きく深くなってきます。そのうち、物資輸送のジープが何台も立ち往生している箇所をジープのドライバーに助けて貰いながら何度か越えて、この日目標にしていた村に着いた頃にはしっかり日が暮れていました。

翌朝、準備をしながら昨日越えてきたルートを思い出します。後半で出くわした水没箇所では、たまたま居合せたジープドライバー達の助けがあったから越えてこれましたが、また同じような箇所があったら越えていける自信がありません。戻るべきか先へ進むべきかを悩みました。ただ、戻る自信すら無いのです。だから、進む方がきっと道は良いと思い込む事にして先へ進みます。

予想は見事に外れ。その後も延々と沼のような道が続きます。ただ、その時気がついたのです。このルート上にはかなりの数のジープが走っていて、状況の悪い所では必ずスタックしています。だから自分がそこに入り込んでも助けてもらえる可能性が高いのです。こちらはバイクですから、皆、最初に救出してくれます。

シャンドゥール峠の手前で、警察のキャンプがありました。彼らは何を警備しているのかわかりませんが、"休んでいけ"というわけで、テントに招かれてチャイをごちそうになりました。テントの梁に、鱒がぶらさがっているのを見ていると、"ここの川で釣れるんだよ。食べてみるか"。という話になって、鱒のバター炒めで腹ごしらえ。気のいい警官達に別れを告げて峠へ向かいます。

峠を目前にして、川沿いに走ってきた道は急勾配となります。標高も3000m前後、助走も効かないつづら折れの道を荷物を満載した250ccのバイクでは登る事ができませんでした。

勾配の途中でスタックしたバイクの前に佇んで、しばらく考えながらジープがやってくるのを待ちましたが、常に最初に救出されてきた私はジープよりもかなり先行しているらしく、誰もあらわれません。バイクを空荷にすれば走れるのではないかと考えた私はバイクから荷物を全て降ろして、それを担いで歩き始めました。

一旦、勾配の途中まで荷物を担ぎ上げて、バイクの所へ戻って再スタートしてみると、乗っては無理でも押せば何とかなりそうです。バイクを押して荷物の所へ。荷物を担いで更に上へ。ほとんど富士山と同じ標高の場所で、シャクトリ虫のように峠へ向かいます。そんな事を何度か繰り返してようやく峠へ。

峠というと日本のイメージだと、向こう側は下り坂になっていそうですが、ここではクンジェラブ峠もシャンドゥール峠も、峠の上はしばらく平な台地のようになっています。台地を越えると下り坂です。

シャンドゥール峠の台地の上は美しい湖とその向こうには雪を被った高山が見える美しい場所でした。ふとした思いつきで選んだこのルート、そして予想外の苦戦。何度も引き返そうかと思ったこのルートを走ってきてよかったと思った瞬間でありました。

目的地のチトラルでは、外国人は到着したら警察に届け出る必要があります。チトラルの警察に出頭すると、係官は"どこから来た?"と尋ねます。"ギルギットから"と答えると"、"チラスからか?"と。

ギルギットからチトラルへの通常のルートは、一度カラコルムハイウェイをチラスへ下ってチトラルへ向かうルートなのです。

"私がシャンドゥールからですよ"と答えると、書類に落としていた顔を上げて、"バイクでか?""ポリスステーションの近くの登り坂はどうやって越えた?"と。

彼は過去、あの"鱒のバター炒め"を食べさせてくれた警察のキャンプに勤務していたらしく、地形をよく知っていたのです。

"ずっと押して越えたんですよ"と答えながら、あの苦労が判ってもらえる人と会えた事が妙に嬉しい事に思えたのでした。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿