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文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

諧謔的観点よりウーマン・リブ運動を一笑に伏した 「ウーマン・リブのでかい原点なのだ」

2021-12-21 18:53:11 | 第5章

「我々は この一編をもって 戦闘的日常生活への招待状へと考え 段階的高揚と一点突破の全面展開において マヌーバー方式とマヌーケー方式で 大衆次元への埋没をはかりたい」と、扉ページに書かれたアジ演説風の激文が多大な印象を残す「ウーマン・リブのでかい原点なのだ」(72年29号)は、当時、日本でも大いに幅を効かせつつあったウーマン・リブ運動に対し、諧謔的観点より一笑に付した一作だ。

1960年代後半、女性が置かれている社会的差別の撤廃を訴えたウーマン・リブの波は、ベトナム反戦や安保闘争等、スチューデント・パワーが衰退してゆく中、やがて日本でも定着し、美容整形や中絶ピルの解禁等も、女性解放運動におけるある種の造反有理として、一部の間で捉えられていたが、我が国に根付いたウーマン・リブの現実は、女性への不当な社会的束縛や、男性社会における隷属的地位からの解放という、フェミニズム運動本来の目的から乖離した御粗末極まりないものだった。

そこで、赤塚はそうした似非ウーマン・リブをシンボライズするキャラクターとして、バカ大二年生のミヨちゃんを本エピソードに登場させ、自尊感情と垂直思考に囚われた彼女達の現実の闘争を笑い飛ばした。

何しろ、このミヨちゃん、ケーキよりもラーメンを食べたいと言うべきことを「ナンセーンス‼」「ケーキは独占資本主義のあまい幻想だ‼」「むしろレーニンにかえれ‼」「ラーメンにかえれ‼」と言って退ける愚蒙ぶりなのだ。

だが、ドラマ終盤では、シルクハットと黒マントに身を包んだ男が現れ、マントを広げると、男性シンボルが露となり、それを見たミヨちゃんが、途端女になってしまうといった落ちが付く。

ジーンズ姿で、高踏的な言葉を吐き散らし、胡座をかいて男と渡り合うことが、ウーマン・レボリューションであると錯覚しているという、イロニー渦巻くギャグだ。

この作品のラストには、「ウーマン・リブのみなさまへ‼ 抗議先はフジオ・プロまで」という一文と一緒に、当時の代表住所とテレホンナンバーまでご丁寧に明記されており、この掲載号が発売されるやいなや、予測通り、フジオ・プロの電話は一晩中鳴り響くことになる。

しかし赤塚は、そんな抗議の電話に対し、生来の好奇心の強さから、面白がって応答しつつも、「ぼくは、アメリカのリーダーを知っているが、そんなんじゃない」、「こんなぼくの作品を読んで笑い捨てることが出来ない位、ウーマン・リブ運動はチャチなものなんですか?」と、自身の真摯且つ忌憚のない所感を、電話越しから彼女達に伝えたという。

進歩的と自ら誇りながらも、笑いのルールには感応出来ない。

その程度の頭脳集団で、日本のウーマン・リブ運動が成長し、根を下ろしてゆくとは、到底考えられなかったというのが、この時抱いた率直な感想だったと、赤塚自身、後に述懐している。


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