文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

別冊付録コンプリート まりっぺ先生の作品的魅力とその世界観

2022-06-15 17:09:24 | 論考

「まりっぺ先生」は、1958年11月29日より翌59年9月26日に掛けて、松下電器産業の一社提供により放映された宮城まり子主演によるテレビドラマである。

日本テレビをキーステーションに、毎週土曜日19時からテレキャストされたこのドラマは、宮城まり子演じる若い女性教諭(役名・小宮まり子)が、東北の山間に位置するとある分教場で、教え子との交流を通し、人生の喜びや悲しみに触れる中で、教師として、また一人の人間として、子供達ともに成長してゆく姿を程良いユーモアとペーソスに包んで描き、当時多くの視聴者の共感を呼んだことでも知られる人気作だ。

また、NHKラジオ番組「日曜娯楽版」の人気コーナ「冗談音楽」や数々のCMソングで名を馳せた三木鶏郎が、テーマソング(歌唱・宮城まり子)の作詞・作曲を含む劇中音楽全般を担当したことからも、開局間もない日本テレビが、如何に国産初の学園ドラマとなった本シリーズに注力していたかがよくわかる。

実際、松島トモ子や浅野寿々子、小鳩くるみといった、この時期テレビ、雑誌等を席巻していた少女子役スターらが、ドラマ版、漫画版ともに「まりっぺ先生」ファンであることを「りぼん」誌上にて公言しており、その人気の高さの一端を見て取ることが出来る。

人気ドラマのコミカライズは、あらゆる雑誌媒体において、今尚連綿と続いているが、この『まりっぺ先生』は、ごくごく初期の事例であり、後にギャグ漫画の帝王として君臨する赤塚不二夫が執筆を務めたという意味においても、貴重なシリーズと言えよう。

事実、そのレア度は至って高く、「りぼん」の別冊付録として発行された全八冊は、いずれも古書市場での流通のみならず、ネットオークション等でも、お目に掛かる頻度はほぼないに等しい。

何故、赤塚が『まりっぺ先生』のコミカライズを担当するに至ったのか、その経緯について、生前、赤塚の口から語られることはなかったが、1959年当時、まだヒット作はなかったとはいえ、『まつげちゃん』(「ひとみ」)『ナマちゃん』(「漫画王」)と、初期赤塚ワールドの代表作とも言える作品群をスタートさせており、筆致確かな新進気鋭といったその立ち位置により、白羽の矢が立ったであろうことは想像に難くない。

それも、連載開始の4月号から11月号まで、毎号別冊付録での掲載という晴れ舞台である。

そうした点を鑑みても、赤塚に対する「りぼん」編集部からの期待値の高さが十分に伺えよう。

「りぼん」掲載『まりっぺ先生』は、人気ドラマのコミカライズ版ということで、ストーリーも赤塚のオリジナルではなく、ドラマシナリオをもとに執筆している。

因みに、オリジナル版の『まりっぺ先生』の脚本は、須崎勝哉、津路喜朗、成沢昌茂、浅川清道、山内亮一、若尾徳平といったテレビドラマ黎明期を支えたシナリオライターらが執筆していたが、そのアイデアやキャラクター設定等は、主演の宮城と昵懇の間柄であった船橋和郎による発案のものであり、クレジットには、原作/船橋和郎とある。

全九話の中で、筆者イチオシのお気に入りは、8月号別冊付録に掲載された「おかあさんからの手紙」「まりっぺ先生 東京へ…」「急病」「おかぁさぁん」からなる第五エピソードだ。

まりっぺ先生のもとに、東京に住む母親から、夏休みに帰省するよう手紙をもらうものの、折角の夏休み、分教場の生徒達と楽しい時間を過ごしたいと考えていたまりっぺ先生は、仮病を使い、帰省を逃れようとするが、それが、生徒達や同僚の先生方を巻き込む騒動に発展するというのが、そのあらましである。

まりっぺ先生と生徒達が、お互いを想い合うが故、すれ違いとなり、一悶着巻き起こるものの、本エピソードのテーゼに繋がる登場人物達の心理的葛藤は、意識の内面を掘り下げた赤塚特有の心象描写も相俟って、ドラマを盛り立てており、読後は清々しい余韻を読む者に投げ掛けてくれる。

また、素朴な風合いで描かれたローカル色豊かな風景も、本作を語る上において、至極重要なポイントだ。

登場人物達の一挙一動や悲喜こもごもを包み込むような牧歌的描写の数々。取り分け、木漏れ日や雨上がりの空、草の葉に光る朝露などは、キャラクター達の喜怒哀楽を表す心象風景でもあり、こうしたところにも、赤塚の映画的素養の噴出が視認出来よう。

赤塚版『まりっぺ先生』は、連載終了以降、メディアにおいても、一切語られることもなく、回顧の対象にすらならかった、まさに埋もれた作品であったが、2002年に小学館よりリリースされた『赤塚不二夫漫画大全集DVD-ROM』12巻に、59年10月号別冊付録掲載分の「まりっぺ先生のプレゼント」「消えたプレゼント」「うさぎとどろぼう」「うたのプレゼント」「山羊と子どもたち」が初収録され、漸く陽の目を見るに至った。

「まりっぺ先生のプレゼント」「消えたプレゼント」「うさぎとどろぼう」「うたのプレゼント」の四タイトルは、まりっぺ先生が生徒達一人一人にうさぎをプレゼントするも、そのうちの二匹がいなくなってしまったことで、村人を巻き込んだ大騒動へと発展するエピソード、「山羊と子どもたち」は、教え子が里子に出されると聞いたまりっぺ先生が、それを阻止せんと奮闘する姿を綴った傑作掌編で、ユーモラスな落ちへと巧みに数珠繋ぎされたストーリーテリングが何とも小気味良い。

書籍としては、2005年のオンデマンド版『赤塚不二夫漫画大全集』(コミックパーク)にて、この10月号別冊付録掲載のエピソードが一冊に纒められ、翌06年発売のコンビニエンスストア限定コミックス『赤塚不二夫ベスト 秋本治セレクション』(集英社)にも収録された。

この『秋本治セレクション』は、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のロングランで知られる漫画家の秋本治がお気に入りの赤塚作品をセレクトし、一冊に纏めたコミックスで、『茶ばしら』や『点平とねえちゃん』といった初期赤塚少女漫画の粋を集めた、従来の赤塚アンソロジー本としては、画期的な一冊だ。

その後も、2008年に刊行された『赤塚不二夫裏1000ページ』(INSAFパブリケーションズ)の下巻にて、同エピソードが収録されるが、残念なことに、それ以外の全エピソードは、2022年現在、未だ単行本未収録となっている。

権利上の問題もあるのだろうか。

しかし、もしそうならば、「まりっぺ先生のプレゼント」をはじめとする件の五本のみが書籍化されたのも、合点が行かなくなる話だ

現在、公式(フジオ・プロダクション)は赤塚本を刊行する際、未収録作品にも目配せするなど、赤塚不二夫を文化遺産として遺すという意味において、非常に喜ばしい環境へと変わりつつある。

従って、そうした状況下において、この『まりっぺ先生』もまた、全話コンプリートという形で、再度世に問うて欲しいと願わずにはいられない。

ギャグ漫画の神様と謳われた赤塚不二夫のパブリックイメージを覆すマスターピースであることは、今回アップした表紙画像を見ても一目瞭然ではあるまいか!

尚、ドラマ「まりっぺ先生」で主演を務めた宮城まり子は、女優として更なる活躍を続け、1968年、孤児や肢体不自由児の支援、救済を目的とした社会福祉施設「ねむの木学園」を設立。日本のマザー・テレサと呼ばれ、まさに、まりっぺ先生のその後を彷彿させる福祉事業家としての人生を重ね、2020年、その生涯に幕を閉じた。