DonkeyMの部屋

Donkeyはロバ。格好良くなく、足も遅い。「のろま」とか「馬鹿」といった意味。日々の感動、怒り、愚痴等を記事にしたい。

アリとキリギリス(2)

2016-07-17 23:45:39 | 雑感

 こと日本の気候・風土について考えてみよう。

 日本は、ご存知のように、非常に狭い国土であるが、西下から東上に細長く延びた国土で、沖縄から北海道と、かなり細長く、気候もかなり変化している。また、山が多く、平地と山地では温度差も非常に大きい。西から東に行くに従い、緯度も増えて、気温も下降していく。概して、温暖な地域では一年中、野菜や穀物が採れ、比較的暮らしやすいが、東に行くに従い、冬への備えが必要になり、生活環境は厳しくなる。

 そんな気候・風土の違いによって、それぞれ違った県民性といってものが生まれてくるのだろう。少なくとも、江戸時代までは人の行き来も少ない時代では、気候・風土が県民性に大きく影響を与えていたと言えるのではないかと思う。そして、気候・風土に根ざした文化が各地に芽生えたと言えよう。そんな中にあって、京都、大阪、江戸といった大都会では、また、別の要素が大きく、独自の文化を花開かせた。

 特に江戸は、庶民はほとんどが借家暮らしだった。時代小説などを見ると、今で言うレンタルが花盛りだったようで、着物から布団までレンタルの世界だったようだ。もっとも、江戸はたびたびに大火で、ほとんどが消失してしまうことが繰り返され、大金持ちが耐火性の蔵を建てて家財を守る。それ以外の人は、火事があると、非難し、その後にできた借家に戻って住み着くという繰り返しだったようだ。借家には風呂などなく、銭湯を利用していた。また、人材派遣といったものも盛んで、人材派遣会社(口入れ屋)の紹介で仕事を世話してもらい、働いている人たちも多かったようだ。何しろ、当時、世界最大の人口を誇る都市を形成していたというのだから、仕事も様々だったようだ。参勤交代に伴う単身赴任者が多かったのも、江戸が一般の都市と大きく違ったところだったようだ。

 ただし、明治以降、人の移動が激しくなり、北海道の人が関東で暮らすようになったり、沖縄の人が北海道で暮らすようになったりと人の移動が多くなり、一概に気候・風土の影響というだけでは県民性を知ることは困難になってきたようだ。

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ウォシュレットと私!

2016-07-17 06:51:18 | 雑感

 ウォシュレットを使い始めたのは、20年以上前の話。出会いは、平成4年頃、たまたま量販店でウォシュレットを見つけ、飛びついて買ってきた。当時、まだ我が家にはあまり金がなく、当時、ウォシュレットはまだ値段も高く、何でそんな無駄な、贅沢なものを買ってきたと不評だった。

 私がウォシュレットに飛びついた理由は、私はずっと地主(痔主)だった。小学生の頃から、痔で悩まされてきた。もっとも、父親も地主(痔主)で、親子並んで痔が痛いといって並んで寝ていたのを覚えている。今では、懐かしくもあるが、当時は、父親と一緒だという一種に安心感もあったのだろう。とにかく、ずっと痔の動向にかなり左右された生活を少年時代送ってきた。学校を休んだこともあった。まさか、痔で休んでいましたとは言い難い。少し恥ずかしいが、私の原点であることには間違いないことだ。

 それがウォシュレットを手に入れたときに、その快適さに魅了され、そして、手放すことができなくなってしまった。以来、転勤を重ねる間も、ずっとウォシュレットは欠かせず、持ち歩いて引越しを繰り返していた。今でも、私の工具箱には、防水テープとパイプレンチが入っている。引っ越して最初にすることは、ウォシュレットを取り付けることだった。これが済まないと、トイレに行くことさえままならない一番大事なことだった。引越し先は、概ね洋式便器で、取り付けが可能だったが、一度だけ和式便器のことがあり、取り付けることができなかった。自費で洋式トイレに改造することも考えたが、改造には十数万円掛かり、それだけの費用を掛けることもできず、用便後、風呂場に行って洗うということで我慢したが、全く悲惨だった。まあ、慣れというのは恐ろしいもので、体もそれに順応し、ウォシュレットを使わずに紙で拭くだけで済ませてしまうと、後で炎症を起こしてしまう。幸い、これは一年だけで、二年目には、新築のところに引っ越することになり、ウォシュレットを取り付けることができ、やっと安心してトイレに行くことができるようになったものだ。

 そんなこんなで、私は、出かけるところにも、ウォシュレットがあるかないかを気にする。セブンイレブン等のコンビニにウォシュレットが入るようになると、どこでも安心してトイレを借りることができるようになったし、最近では高速道路のパーキングにはほとんどウォシュレットが付けられるようになり、安心して出かけることができるようになったことは嬉しいことだ。これは蛇足になるが、最近、高速道路のパーキングには車椅子用のトイレが設置されるようになり、妻と一緒に遠出するとき、トイレの心配をせずに済むようになったことは非常に助けられている。

 日本が他の国に誇っていいところとして、ウォシュレットの普及率の高さは大きいのではないだろうか?外国では一流ホテルと行っても、まだ、ウォシュレットの普及はまだ進んでいない。また、トイレに入るにも、有料のトイレでなくては、汚くて入れる状他にないとも言われている。その点、日本では、安いビジネスホテルでも、ほぼウォシュレットが完備しているばかりか、コンビニでも、綺麗なウォシュレットの付いたトイレを私用できる。日本はこんなにも住みやすいところなのだと、改めて思う。

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アリとキリギリス!(1)

2016-07-17 05:40:15 | 雑感

 なぜ今、アリとキリギリスなのか?

 「アリとキリギリス」はイソップの寓話の1つとされ、昔から世界中の人々に読まれ、親しまれてきた話だ。冬に備え、夏まじめに働くアリと、夏を謳歌して冬に死滅するキリギリスを比較し、まじめに働くアリは冬を生き抜くという話なのだが、この受け止め方にも様々であるという。アリがキリギリスが食べ物に困ったとき、キリギリスの要求を拒絶するのは残酷すぎるという考えが、どうも世の中に浸透して来たようだ。その担い手は、社会福祉を重要視する人たちのようだ。今、私が述べようとすることは、この点の話ではなく、気候とその地域に生活する人たちの生活観というか、人生観を問題としたい。

 暖かい地域では、冬に備える必要はあまりなく、夏を謳歌しても、冬は越せるというより、冬というものが存在しないのだから、備えるという発想も生まれてこないわけだ。そこには、「蓄え」や「工夫」の必要があまりなく、その日その日を過ごしていくことができる。言わば、その地域に生活する人が自然に恵まれていたというだけのものだ。一方、北の地域に暮らす人には、冬というものが存在し、冬を越えて生き延びるための知恵、「蓄え」と「工夫」が常に求められているわけだ。そこに両者の大きな違いが生じ、生活観や人生観に大きく影響を与え、国民性を形作ってきたと言えよう。

 イタリア、ギリシャの明るさとドイツの暗さはその1つだろう。フランスは少し微妙なところだが、ドイツよりもフランスの方が気候的に暮らしやすいようだ。フランスはもともと農業国で、比較的肥沃な大地で農業を営み、生活を立てていた?農業で裕福な生活をしていたのは、一部の大地主で、そこには多くの小作人は季節労働者が存在していたのだろう。ところが、社会福祉の発想が浸透するようになると、フランス人全体の意識もレベルアップし、肥大化してしまい、今やキリギリス的になってしまったようで、基盤となる産業を維持し、生産を確保するための労働力に事欠くようになってしまった。そこで、植民地からたくさんの人たちが移民として受け入れるようになった。しかし、生粋のフランス人との貧富の格差は、歴然として存在し、貧富の格差から生じる数々の社会問題に悩んでいるようだ。

 フランスにテロが多発する背景には、現状に不満を持つ多くに人たちの存在がある。そうした不満がテロリストの入り込む素地をなしているように思われてならない。

 

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