DonkeyMの部屋

Donkeyはロバ。格好良くなく、足も遅い。「のろま」とか「馬鹿」といった意味。日々の感動、怒り、愚痴等を記事にしたい。

街に溢れる子ども立ち!

2016-10-30 14:08:39 | 雑感

 今年もまたハロウィンがやって来た。

今日は日曜日とあって、街には、衣装を付けた親子連れが溢れている。スタンプラリーをやっているようで、地図を見ながら、店を探しているようだ。元々は悪魔祓いの儀式らしいのだが、そんなことはどうでも良い。楽しければこれに越したことはない。曜日や時期によって、街行く人の様相は一変するから、それはそれは不思議なものだ。平日の早朝は、通勤通学の送迎の車がひっきりなしに駅前に停車、人を下ろしてまた発車していく。それが終わると、通勤通学でバスに乗る人たちがバス停に並び、次から次へとバスに乗り込んでいく。日中は、病院や薬局に出入りする老人たちが多くなり、午後3,4時頃には駅に急ぐ、下校の中高生が多くなる。午後5時以降は駅から出てバスに乗る人、迎えの車に乗り込む人たちが多くなる。11月に近い休日は、着飾った親子、七五三だろうか、着物を着た親子、着飾った親子、それに同行する老夫婦などが目立つ。本当に、その時々に大きく変化した様相を見せる、駅前の風景だ。

 そんな駅前の一角に、赤い実を付けた一本の木がある。昨日見たときには、赤い実がたわわになっていたのに、今日見たら、実がめっきり減っている。しかし、食べている鳥は見えない。鳥も、人通りの多さに、遠慮しているのだろうか?去年は、その木は鳥がなっているように群がっていたものだった。おそらく朝早い時間帯に食べたのだろう!朝晩冷え込むようになり、今年も、そろそろ寒さ対策を考える時期がやってきたようだ。

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嘘の症例報告で、精神保健指定医に?

2016-10-28 13:02:59 | 雑感

 昨日の読売新聞の記事に、相模原市の障害者施設での大量殺人事件に関連し、精神保健指定医の資格認定に際し、実際に担当していなかったり、関わりがあまりない患者の症例を報告していたため、指定医取り消しの処分になった医師及びその指導に関わった指導の医者が89人処分されたとあった。

 精神保健指定医は、措置入院の可否を決定する診断を行う医師のことで、患者の人権を制限し、病院内に留めておくという責任の重い仕事をする人なのだ。その人が、不正なことをして指定医の資格を得ていたということは全く言語道断、許されることではない。措置入院をわずかな期間で解除してしまった医師も、この不正取得の中に入っていたが、指定医を返上したので、処分の対象から外されたという。

 かなり昔のことになるが、私は、ある精神科医から、「医者は簡単に病気を作ることができる。」という話を聞いた。少し詳しく言うと、新聞記事に、医師がだぶついてきたので、医学部の定員を見直し、減らすことを検討しているというものだった。私は、その精神科医に、「医師が増えれば、競争が起こり、下手な医者は淘汰されていくので、多少、だぶついている方がいいのではないか?」と話した。そうしたら、その精神科医は、医師になるには、かなりの大金が掛かる。だから、元を取らなくてはならない。医師は、病気を作り出すことだってできる。そうなったら、大変だから、医学部の定員を減らしていく必要があるのだ。」という。

 実際、精神科の領域では、極軽い鬱傾向を持つ人を盛んに受け入れたがった。その結果、うつ病は珍しい病気ではなくなり、患者は非常に増えた。医師にとって、これは扱いやすい患者で、薬の効きも良く、治療のしやすい患者のようだ。患者の底辺層が拡大したため、精神化は繁盛している。一方、今回の事件のように、非常に分かりにくく、かつ、治療に乗らない患者は、どこの病院からも敬遠され、引き取り病院がないのが現状のようだ。少しでも早く、措置を解除してしまい、病院から出て行ってもらいたいというのが精神病院の本音だろう。この患者たちこそ、非常に危険で、何をしてもおかしくない人たちなのだ。本当に困った話だ。

 精神科の診断基準に、DSMⅣとかICD10とかいうものがある。DSMは主にアメリカで盛んに使われ、ICD10はヨーロッパで使われている。それまで、精神科医によって診断がまちまちで、その客観性を担保する意味で、これらの診断基準が作られたようだ。しかし、最近では、この診断基準に当てはまるか否かが診断の中心となってしまい、それが医師の診断基準となって一人歩きを始めてしまっている。逆に言うと、この診断基準を知って問診に回答していくと、病気にもなれるし、正常を装うこともできるわけだ。つまり、病院から出たかったら、正常を装って回答していけば良いわけで、本当に、恐ろしい話だ。

 

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延命措置はいらない!葬式は家族葬で!

2016-10-27 05:45:50 | 雑感

 最近、妻は、「延命措置はいらない、葬式は簡単に家族だけでやって!」と言ってくる。まあ、「延命措置はいらない。」ということについては、本人の意思は理解できるし、それほど疑問を持つことはないのだが、「葬式は簡単に家族だけで」ということについては、いささか疑問を抱いている。

 自分がなくなってからのことを決めておきたいという気持ちも分からないではないが、葬式は、残された人が如何に故人を弔うかというにあり、もはや故人の意思ではなく、主体はあくまでも残された人にあるのではないだろうか?見栄を張って盛大にやりたいということではないが、残された人が故人との関係を整理し、故人の死を受け止められるようにするのが、葬式というものではないのかと思う。

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NHKのネット同時配信について

2016-10-26 09:45:52 | 雑感

 今日の読売新聞に、NHKが行おうとしているネット同時配信についての記事が載っていた。内容としては、NHK料金を払っていない人の扱いはどうするのか?NHK料金の中からそのような支出して良いものか?民業圧迫になるのではないか?等々であった。

 NHKのネット同時配信については、リオオリンピックで試験的に配信されていたものだが、便利といえば便利。スマホ等でどこにいても見られるという利点がある。そのときは、単に便利な世の中になったもんだとの感想を抱いただけだった。

 視聴者の約四分の一がNHK料金を払わずにいる。これは非常に大きな問題だ。この問題が取り上げられるといつも矛先はNHKに向くが、本当にそれで良いのだろうか?NHKの料金は放送法の中に決められている。放送法を定めて、国民にこれに従うように国が決めたことなのだから、その法律をきちんと実施するのは、国の責任なのではないだろうか?この責任をNHKにすべて押し付けて、知らん振りしている政府に大きな問題があると思うのだが、いかがなものだろうか?

 今や情報化時代、NHK料金を支払っているか否かは瞬時に把握できるはずであるし、NHK料金を支払っていない受像機に放送を受信できなくすることはそれほど難しいことではないはずである。テレビを購入し、見れるようにするためには、ハイキャスとかいうカードを登録しなくてはならない。この登録データとNHK料金徴収データを付き合わせ、登録のないものには映らないようにすればいいだけだろう。これは、NHK独自では無理かもしれないが、政府がきちんと手続きを踏んで、実施すれば、完全に徹底できることだと思う。

 とにかく正直者だけが馬鹿を見るような政治は即座にやめていただきたいものだ。これは国民年金等についても言えること。年金を支払わずに、困ったら生活保護に頼れば良いといった人たちが、年金をまじめに支払っていた人よりも、楽な暮らしができているという現状と政府はどう考えているのだろうか、問うてみたいものだ。

 NHKのネット配信はぜひ進めてもらいたいというのが正直な気持ちだが、それもこれも料金問題が片付けてからにして欲しいものだ。

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秋刀魚騒動!

2016-10-25 23:16:01 | 雑感

 気仙沼に単身赴任している次男から秋刀魚が送られてきた。季節柄、また今年は秋刀魚が高いので、嬉しい贈り物なのだが、私にとって、大騒動になってしまった。

 何が追う騒動かって?送られてきた秋刀魚は6匹なのだが、果たしてどうやって食べよう?妻に、「刺身にしようか?」と尋ねると、妻は、「刺身といったって、刺身作れるの?」との返事。まあ、三枚におろして刺身を作るくらいできないことではないのだが、妻は「まただめにしてしまうんじゃない?」、「骨をとったりできるの?」と追い討ちを掛けてくる。特に、小さな骨が残っていても、大騒ぎする妻には、ほとほと閉口している私、取り敢えず、スーパーマーケットの魚屋に行って、「秋刀魚を持ち込みで刺身にしてもらえないか?」と聞いたところ、「うちはそういうことはやっていない。保健所からも厳しく言われているので、できない。」ときっぱり断られた。まあ、それはそうだろう。食中毒でも起こしてしまったら、店の存亡にも関わることだから、断るのも無理はないと納得して帰ってきた。

 新鮮な秋刀魚の刺身はことのほか美味しいのだが、痛むのが早い秋刀魚はなかなか刺身にできるような品物が手に入らないため、東京では秋刀魚の刺身を食べる機会がほとんどない。仕方なく、自分でおろして刺身を作ることにした。小さな魚なので、出刃包丁までは必要なく、小刀で捌くことにしたのだが、しばらく研いでいなくて、思うように切れるかと不安になったが、三枚にするまではなんとかできた。しかし、小骨まで完全に取り除くとなったら、なかなか手間の掛かる仕事だ。捌いている途中で、毛抜きを用意するのを忘れていたことに気が付いたが、後の祭り。指で一本一本抜いていった。三枚におろすと、血合いの辺りに横に出ている骨を切ってしまうことになり、それを指で一本一本抜いていくと、血合いの部分の肉までが取れてしまうことに気付いた。毛抜きならば、少しは綺麗にできたのであろうが、仕方ない。

 他に2匹、塩焼きにして嘱託に出した。塩焼きのさんまは、妻の分は綺麗に骨を取ってやらないと、これまたうるさい。普通の人ならば、気にしないで食べてしまうような小骨でも、一本入っていると、「骨があるじゃないのよ!」、「食べられない!」と、すぐに機嫌を損ねてしまう。骨のなさそうなところを選んで食べればいいところ、わざわざ骨が残っているようなところを食べるのだから手の打ちようがないというのが正直な気持ちだ。

 二日目はフライにすることにした。骨を嫌って、三枚におろし、骨を取って、フライにすることにした。が、とっても骨が多少残っているだろうから、少し強めに火を通そうとしたため、出来上がりは、ぱさぱさになって、我ながら、美味しくないと思った。「小さい魚なんだから、こんなに強く揚げてしまったら、だめでしょう!!!せっかく送ってくれたのに、残念だわ!」と一言二言。「悪くなるといけないから、残っているのを煮てしまったら良いんじゃないか?」と、また、余計なことを言われた。「圧力鍋は時間を充分にして、途中で開けたりしないんだよ!」と、y余計なことまでのたまう。私は、内心、「誰の圧力鍋だと思っているんだ、これは俺が使っていたものだぞ!」と思ったが、口には出さなかった。以前、鰯を煮たときがあって、私的には充分骨まで火が通って、食べられたのに、「これ骨が固くて食べられない!」と言い出したことがあったので、今回は、水を多めにして充分な時間火に掛けておくことにした。酒や味醂、醤油、佐藤など調味料を入れ、一旦、沸騰させ、味を見たが、どうもしっくりこない。まあ、秋刀魚を入れて煮ると、味が変わるだろうから、一旦、そこで味を見ることにして、蒸気が出始めてから、10分加熱、10分休ませて、蓋を開け、味を見た。まあまあの味だったので、水の量を見たら、少し少なめだったので、水を足し、加熱し、蒸気が出てから7分煮た。そして、そのまま放置し、寝るときに冷蔵庫に移した。

 そして、今日、秋刀魚の煮つけを食べた。骨まで柔らかく、まあまあの味だった。一安心したところへ、また、妻が「言ったとおりにすれば、骨まで食べられたでしょう!」とのたまう。全く口の減らないやつだ。

 今日で、秋刀魚はなくなったので、秋刀魚騒動はこれで終わりです。

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