どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ330

2008-11-10 23:55:14 | 剥離人
 タンクの前で待っていたTG工業の田中は、私にある説明を始めた。

「木田さん、タンクの中の足場は見たよね」
「ええ、もちろんですよ。あのイカレタ数の縦地は何ですか?」
 私は、その答えを既に知ってはいたが、あえて田中に聞いてみた。
「底板部を剥離したらね、脚を入れ換えて欲しいんだ」
「あははは、やっぱりそうですか」
「うん、今の状態で脚が68本あるから、その二倍、全部で136本の縦地があるんだけどね」
「…ええ、この大きさのタンクにしては、尋常じゃ無いとは思いましたよ」
「脚をね、入れ換えることによって、一気に底板部をやるっていうアイデアらしいよ」
「アイデアって…、普通にやって、最後にベースプレート(四角いフレート形状の足)の部分だけやればイイじゃないですか…」
「ま、仕方がないよ、こればっかりはね。じゃあ、脚の入れ換え、きちんとお願いしますね」
「ほい、分かりました」
 私は田中に返事をすると、機器のセッティング作業に入った。

 午後二時、ハスキー(超高圧ポンプ)を起動して、底板のガラスフレークライニング(塗料中に鱗片状のガラスフレークを多量に混入した塗料)を剥離し始める。
 タンク内のライニングを剥離する場合、まず最初に底板を剥離しなければならない。先に壁を剥離し始めると、どんどん床に剥離片が降り積もり始め、掃除をしないと床面の剥離が出来なくなってしまうからだ。
「きゅぅうううん、バシュぅうううう!」
 回転するノズルからジェットが出ると、床に溜まった水が爆発的に飛び散り、同時に溜まった剥離片を押し退ける。ジェットが有効な範囲のみ、床面の視界がクリアになる。
「バラばろばろばろ、ズしゃああああ!バラばろばろばろ…」
 ジェットで剥離した破片を吹き飛ばしながら、再び剥がし、そして吹き飛ばす。これを延々と繰り返すのだ。

 私は、ハルと堂本が交代で剥がした場所の脚を、予備の脚と入れ換えて行く。足場用のベースプレートは、時計回りに回転させると伸び、反時計回りに回転させると縮む。
 効いている脚に添えられている縦方向の単管は、クランプ(ジョイント金具)を緩めると下にズリ下がり、付属のベースプレートを軽く接地させる。クランプをしっかりと締め直し、ベースプレートを時計回りに回転させギチギチに伸ばす。次に今まで効いていたベースプレートを反時計回りに回転させると脚が縮み、完全にフリーな状態になる。これで脚の入れ換え作業が一本完了だ。
 この作業を68本分繰り返し、元々ベースプレートがあった場所に残っているライニングを剥離すると、ようやく底板部が終了となる。
「もう、マジでウンザリだよ…」
 私はラチェットレンチ(回転方向を一方向に制御出来るレンチ)を手に、タンクの外で腰を下ろした。全身が汚水とガラスフレークの破片にまみれ、ドロドロだ。
「うひゃひゃひゃ、どうしたの木田さん?そんなに汚れちゃって」
 休憩時間中のハルは、いつも元気だ。
「剥離片が溜まってる、水中のベースプレートの入れ換えだけでも面倒臭いのに、ヨッシーの奴、まるで俺を狙い撃ちにする様にジェットを出すんだよね」
 常にポンプで排水されているとは言え、タンクの底板には、しっかりと十数センチ程の水が溜まっている。そこをガンで撃つのだから、発射方向に居る私は堪らない。
「何でわざわざ水の掛かる方に行くのよ?」
 ハルが当たり前の疑問をぶつける。
「いや、ヨッシーがガンを向けてない方向に、常に移動するんだけど、なんかあいつ、気まぐれにあちこちを向くから、いつの間にか狙われてるんだよね」
「うひゃひゃひゃ!確かにあんなだもんね」
 ハルはマンホールから、中を覗き込む。
「ギュバシュぅううう!バシュぅううう!バボぉおおおお!」
 堂本は、次々と向きを変え、自分の周囲で汚水を爆発させ、床面にジェットを叩き込んで行く。
「あれ、本当にライニングがあるのかなぁ…」
「うひゃひゃひゃひゃ!何だかね、本当に…」

 私とハルは、脱力しながら、堂本のおかしな働き振りを観察した。

はくりんちゅ329

2008-11-09 23:54:45 | 剥離人
 二週間ぶりに作業用コンテナのシャッターを開け、必要な機材を外に放り出す。

「じゃ、正木さんと正男ちゃんは、屋内の二基のタンクね、で、ハルさんとヨッシーは、この一番大きなタンク、そう言う事でお願いします」
 それぞれのチームに作業を割り振ると、まずはハルと堂本が担当する、屋外の一番大きなタンクのマンホールを開けて、中に入って見る。
「おお!おおお!おおおおぅ!」
 私は思わず中に入って驚嘆の声を上げた。
「なんじゃこりゃ…」
 薄暗いタンクの中には、あり得ない本数の単管パイプが立てられている。
「おおっ、凄いじゃんこの縦地(縦方向の単管パイプ)の数!」
「うひゃひゃひゃ、何なのこれは、木田さん!」
 正木とハルが、あまりの凄さに爆笑している。
「うわぁあああ…」
「何か凄い…ですね」
 須藤と堂本も、繁々と足場を眺めている。
「しかも木田さん、まぁーたこんな場所に足場板が入っちゃってるらしいよ」
 ハルは、床から50cmほどの高さで壁面に沿って円周上に設置された足場板を、右足でガンガン蹴っている。
「外す、訳には行かないか…。外すなら底板を決めて(完全に終わらせて)、一段目の壁面をやっつけてからですね」
「そうだよねぇ」
「このままで底板のコーナー部は撃てますかね?」
 私はハルに訊いてみる。
「出来るとは思うけど、イイよ、やり難かったら引っ剥がしちゃうから」
「じゃ、それで行きますか」
 私はそう言いながら、二段目の足場をぐるりと眺める。
「二段目はまあ、問題無しと、あれ?梯子はって…、あれかぁ?」
 探して見ると、マンホール右手の壁面に、昇降梯子らしき物が見えている。
「これ、単管パイプじゃんよ…」
 私は見るなり閉口した。我々の作業は、水を使うウォータージェット工事なので、滑ることに関してはかなり神経質だ。特に単管パイプは太さが太く、濡れると滑り易いので、これを昇降梯子にすることはあまり歓迎出来ないのだ。
「しかもなんだ、上の開口は三角形かよ…」
 三段目の全面足場に見える開口が、三角形に見える。
「何だかねぇ、どうしてこういう足場になっちゃうんだか…」
 ハルはブツブツと言いながら、単管パイプをよじ登って行く。
「うひゃひゃひゃ、木田さん、この開口、狭いよぉ!っちゃあ、何なのよ、この単管はぁ!」
 ハルの大柄な体では、三角形の開口部は出入が苦しいみたいだ。
「とても事故の反省を基に作った足場とは思えないなぁ」
 私もブツブツと言いながら、単管パイプを登る。気休めの様なセルフロック(動きに応じてワイヤーを出したり巻き上げたりする装置)が昇降梯子の最上部に装着されているのだが、今一つこの機械、信用出来ない。
 それは、機械自体の信用というよりも、セルフロックや安全帯が役に立った時、命は助かるかも知れないが、腰に相当なダメージを受ける可能性があるからだ。

 三段目のステージに上がると、そこは全面足場になっていて、一瞬、特に問題は無さそうに見えた。
「木田さん、ここはどうすんの?」
 ハルがタンクの中心部を指差す。そこは、底板から太い金属のパイプが通っていて、周囲の天井よりも30cmほど窪んだ状態になっていた。
「届かないかもしれませんね…、ここに一段ステップを組んでもらいましょうか?」
 ハルは首を小さく左右に振る。
「いいよ、とりあえず俺がやってみるからさ、駄目なら何か台になるものを用意してよ」
「すみませんねぇ」
 私はハルに答えると、再びタンクの外に出た。

 タンクの外では、TG工業の田中が何やら言いた気に、私を待っていた。


はくりんちゅ328

2008-11-08 23:56:28 | 剥離人
 Y県から戻って二週間後、我々は再びST共同火力発電所に入構した。

 今回のメンバーは、私とハル、本村組の須藤と堂本、そして堀部塗装の正木だ。
 現場事務所に入ると、早速TG工業の田中の指示を受ける。
「くれぐれも足場での作業には注意してね!」
 基本的に温厚な田中が、いつに無く真剣な顔で言う。
「どうしたんですか?」
「事故があったんだよ」
「え?転落ですか?」
「…うん、そうだね」
 私は頭の中で、自分たちが作業をしていた足場を思い出してみた。
「そんなに危険な足場とは思えませんでしたけど…」
「危険じゃ無いけど、仕事がやりにくい足場だったよな」
 ハルが堂本に、小声で同意を求め、堂本は左右をキョロキョロ見ながら頷く。
「どうやって落ちたんですか?」
「ブレス(足場を補強する×字型の部品)の間から落ちたんだよ」
 田中は訳の分からない事を言い出す。
「何をどうすれば足場のブレスから落ちるんですか?」
 私にはさっぱり理解が出来なかった。
「サンドブラストの後、エアブロー(圧縮空気をエアホースから吐出し、足場に残ったケイ砂を吹き飛ばす作業)をしている時にね…」
 田中は苦虫を噛み潰したように言う。
「でも、どうやって落ちるんですか?あんな狭いブレスの間から」
 田中はいきなり目の前でしゃがむと、エアブローのジェスチャーを始めた。
「こうやってしゃがんで、エアブローをしながら後ろに下がったらしいんだよ」
「ええ?もしかしてそのしゃがんだ体勢のまま、ブレスの三角形の空間から?」
「そう、その三角形の空間から…」
「うひゃひゃひゃひゃ!」
「あんな隙間からぁ?」
「うぉおおお、本当ですか?」
 全員で驚きの声を上げる。ハルが早速しゃがんでその体勢を再現する。
「この体勢で?こうやって下がるの?エアブローをしながら?」
 ハルは自分の何も無い背後の空間を見る。
「これ、本当に落ちるぅ?」
 ハルの身長は180cmもあり、いくらしゃがんだ所で、そんなには小さくならない。
「ハルちゃんの体型じゃ無理でしょう」
 正木がハルの大柄な体型を指摘する。
「でもさ、足場のブレスの下の三角形の部分をすり抜けるなんて、相当小柄な人だよね」
 私もしゃがんで見るが、すんなりとブレスの下を潜り抜けるかは怪しい気がする。
「田中さん、その人って小柄な人なんですか?」
「確か身長は150cm台で、痩せ型だったかなぁ」

 全員でウンウンと頷いていると、現場事務所のドアが開き、TH電力の工事責任者、長谷川が入って来た。
「R社さん、もう聞いてっかも知れないけど、転落事故があったんだぁ。足場での作業は必ず安全帯(転落防止用ベルト:フック付きのロープを備えている)を着用して、十分に注意して作業する様にな!」
 長谷川のゆったりとした訛りも、今日はキビキビとしている様に聞こえる。
「分かりました、十分に安全に配慮して作業をします」
 私は素直に長谷川に答えた。
「タンクの足場はしっかりとした物を組んであっから、安心してな!」
「あ、ありがとうございます」
 長谷川が言った『しっかりとした物』という単語に、私は微妙な引っ掛かりを感じた。
「あ、そう言えば、足場から落ちた人って死んじゃったの?」
 ハルがいきなり私に訊いて来る。
「生きてる、生きてる!」
「生きてるぞぉ!」
 田中と長谷川が声を合わせて、ハルの質問に答える。
「うひょひょひょ、ヨシ子、死んで無いってよ!そういう事を俺に聞かせるなよな!」
「え?自分は…」
 いきなりハルに話を振られた堂本は、目を白黒させ、またしても左右を見回す。

 私はその様子を見て笑いながらも、ずっとタンクの足場の件が気になっていた。 

はくりんちゅ327

2008-11-07 23:58:52 | 剥離人
 翌日、私とハルは、A県N市N下水処理場に出向いていた。

「うわっ、臭っ!」
 ハルが大声を出す。
「硫化水素の臭いですね」
 躯体(建築物の構造体)の上部に上がる階段の前で、鼻にツンと来る、卵が腐った様な臭いが襲って来た。
「っちゃあ、こんな場所でお仕事をするの?」
 綺麗好きのハルの顔が、みるみる嫌悪感で歪んで行く。
「あれ?O県で下水処理場の仕事をやってますよね、S社の仕事で」
 私と渡がウォータージェット工事を始める前、初めてS社の仕事を見学に行ったのが、O県の下水処理場の現場だった。
「あの時は大変だったんだよぉ、本当に」
「コンクリートが硬かったんですか?」
「いや、コンクリートはそんなに硬くなかったんだけど、破片が眼に入っちゃってさぁ」
 ハルは思い出して、顔をしかめている。
「あれ?エアラインマスクは使わなかったんですか?」
「まだあの頃は誰も使って無かったんだよ。普通のヘルメットにフェイスガードを付けただけでさ、脇から破片がバンバン入って来るんだよね」
「眼に入ってどうなったんですか?」
「取れなくてさぁ、結局病院に行ったよ」
「あ、眼科に行って取って貰ったんだ」
「そうだよ、もう痛くて、痛くてさ、眼が開けられなかったんだよ。眼球には傷が付いたしさぁ」
 二人で話しながら階段を上がると、目の前に久しぶりに見るお馴染みの光景が広がっていた。

 私はウォータージェット工事を始める前に、新設の下水処理場に覆蓋(ふくがい:防臭蓋でFRP、アルミ、コンクリート製等がある)やアルミ手摺を販売・施工する仕事をしていたので、下水処理場に関しては、多少の知識を持っていた。
「結構古いなぁ…」
 何年前の躯体なのかは分からないが、全体の景観からして設計の古さを感じさせ、コンクリートの黒っぽい汚れ具合が、この処理場の歴史を物語っていた。
「んー、まずいかも…」
 私の中で、さらに嫌な予感が広がる。古いコンクリートは、ボロボロのスカスカになっている場合と、反対に強度が増してガッチンガチンに硬い場合がある。なんとなくこの下水処理場のコンクリートは、『硬い』様な気がした。
「どこの業者さん?」
 躯体の上に居た作業着姿の中年男性が、我々に近寄って来る。作業着の胸には、『N市上下水道局』と刺繍が入っている。
「あ、今度ここのコンクリートはつり工事をやる予定なので、下見に来ました。事務所に寄って許可は貰って来ましたけど」
「ああ、そう。気を付けて見て行ってね。そっち側の反応槽に万が一転落すると…」
「二度と浮いて来れませんよね」
 私は中年男の代わりに答えた。
「その通り。じゃ、そういう事で」
 中年男は足早に我々の前から去って行った。
「浮いて来れないってどういう意味?」
 ハルが訊いて来る。
「ああ、そっち側を『反応槽』または『エアレーションタンク』って言うんですけど、汚れを食べる好気性、つまり酸素が大好きな微生物が沢山居るんですよ。その微生物の為に、常に空気を送り込んでいるから、浮力が非常に小さいんですよ」
「浮力が小さいって、浮かないってことだよね」
「ええ、微小な空気の泡が大量に含まれているんで、水を掻いても必要な抵抗が得られないんですよ。もがいても確実に沈みますね」
「じゃあ、どうするの?」
「通常、反応層のエリアで作業をする時は、必ず救命胴衣を着けないと駄目ですね」
「じゃあ俺たちも着けるの?」
「いえ、我々の今回の作業場所は、『最初沈殿池(さいしょちんでんち)』ですし、完全に水を抜いて仕事をするんで、関係無いですね」
「そうなんだ。で、その最初ナントカってのは、どういう場所なの?」
 ハルは安心した顔で私を見ている。
「その名の通り、一番最初にみんなのウンコや小便が流れ込んで来る場所ですよ。で、それを池の底に沈殿させるから『最初の沈殿を行う池』って名前なんですよ」
「じゃあ、一番汚い場所じゃんよ!」
「うはははは、まあそう言うことになりますね!」
 私はハルの顔を見て笑いながら、力強く断言した。

 この日、私とハルは、硫化水素の臭気と、1,500m2という面積の大きさに、うんざりとして帰路についたのだった。

はくりんちゅ326

2008-11-06 23:44:30 | 剥離人
 Y県S市での工事を一旦終了させ、久しぶりにM県M郡K町の工場に出勤すると、一つ大きな変化が起きていた。

「おーっす、木田ちゃん!」
 空だった隣の建物の扉を開けると、中から事務員の松野弘子がお気楽な声を出している。
「おーっすじゃねぇよ、お茶でも淹れろよ、弘ぞー!」
「何だとぉー!?ハルさんはコーヒー?」
「うん、コーヒー」
 キョロキョロしながら私の後ろから入って来たハルに、弘子が笑顔で声を掛ける。
「渡常務は?」
「私もコーヒーをお願いします」
 フリーテーブルの椅子に座っていた渡が、タバコを手にしながら、弘子に答える。
「木田ちゃんは無しね」
「いつもの様にお茶だ!」
 渡はニヤニヤと笑いながら、私とハルに応接コーナーに入る様に、タバコを持った手で示した。
「まずはS市の現場、お疲れさん。で、エライ目に会ったなぁ」
「そうですよ、有り得ませんよ、あんな現場」
 私は愚痴をこぼし、ハルはウンザリとした顔で頷いた。
「次は二週間後、ショボいタンクを三基やっつけるだけですよ」
「わははは、まあ、今更キャンセルも出来んやろ、やるしかないわな。まあ、面倒やろけど、よろしく頼むわ」
 渡は笑いながら、新しいタバコに火を点ける。
「ところで、どうでっか?この事務所は」
 私とハルは、改めて事務所を見回す。
「ま、イイ感じじゃないですか」
 出張前は空だった事務所は、今やすっかりきちんとした事務所になっていた。
「お前がしっかりと下準備をしてくれたからやけどな」
 渡は笑顔で私を持ち上げる。
「しかし、N市の事務所からこんな場所に移転しちゃって、本当に大丈夫なんですか?」
 私の問いに、何故か渡が苦笑いをした。
「実はな、N市の事務所やけど、引き続きあるんや」
「は?」
「あのビルの二階から五階に、規模を縮小して引越しや」
「はぁあああ?どこにそんな金があるんですか?ウチの会社の規模で?」
「まあ、柴木君や、社長もN市の事務所を無くす事に大反対でな、結果はそう言う事になったんや」
「…何だかなぁ」
 私は軽くウンザリとした。たかが十数人の規模の会社で、なぜ事務所を二つも持たなければならないのか、私には理解出来なかった。

「はい、コーヒー!」
 お盆を手にした弘子がやって来て、渡とハルの前にコーヒーカップを置く。
「おい、俺のお茶は!?」
「もう、要るの?しょうがないなぁ」
 弘子はそう言うと、私の前に大きな湯飲みを置いた。
「ご苦労、奴隷ちゃん」
「何だとー!もう淹れてやらないからな!」
 弘子の棄て台詞に、渡が笑う。
「ま、事務所の問題はそういう事で、本題はこれからや」
「はい、防音ボックスの件ですか?」
 私は渡の思考を先読みした。
「そうや、着工はいつになりそうなんや?」
「今の時点では十一月の予定ですけど」
「十一月か…、やっぱりお前が居った方がええんやろ」
「それはもちろんですよ」
 工場内でのウォータージェット作業の騒音が、近隣に多大な迷惑を掛けてしまう事から、R社では大型の防音ボックスを、工場内に建築する事にしていた。
「実はな、次の現場と重なりそうなんや」
 関係無さそうな顔をして聴いていたハルが、じっと我々の顔を見る。
「何ですか?次の現場って」
「コンクリートや」
「ゲッ…」
 私とハルは、二人で同時に椅子の背もたれに仰け反った。
「あの、もしかして出張前に見積書を出した物件ですか?」
「もちろん、そうや」
 渡は当然!という顔で私を見る。出張工事の準備で忙しい中、私はとある二件の下水処理場のコンクリートはつり(削り取ること)工事の見積を、渡に手渡していた。
「えっと、そのぉ、もちろん小さい方ですよね…」
 見積書の内、一件は350m2、もう一件は1,500m2の大きさの物件だ。
「大きい方や」
「!?」
「えぇえええええ!?」
 ハルは無言で目を見開き、私は本気で大声を出した。
「だ、だって、出張に行く前に、絶対に小さい物件にして下さいって言ったじゃないですか!」
「そやけどお前、どうせやるなら大きい物件やろ!」
 渡は、
「男ならやったれや!」
 という顔で、タバコの煙をプハァーっと吐き出した。

「マジかよ、このおっさん…」
 私は心の中で、激しく渡を罵倒していた。

西へ行こうwithマッチョ(その6)

2008-11-05 23:46:27 | 旅行

爽やかな朝、マッチョは朝一番の仕事を行う。

私の下着を部屋のドアノブ(室外)に引っ掛けて、デジカメで密かに記念撮影&放置
 マッチョはそんな野郎です。

 またしても安易な思考だが、伊勢神宮に向かうことにする。

 典型的な東海地方の朝食、珈琲『コメダ』で、380円のモーニング(コーヒー、トースト、ゆで玉子)を摂る。だが、我々の食欲は、コメダのモーニング程度では満たされないのだ。

 歩く食欲、飢える旅人の我々は、伊勢神宮『おはらい通り』に突入します。

『うのはなドーナツ』 90円
 外側はカリッとしていて、味はあっさり、結果美味なり。


『もっちり○パイ』 確か180円
 えー、今一つです。だからマッチョに勧めます。
「お前も買えよ」
「買わないよ」
「パイ生地が餅の水分を吸って、冷め具合も微妙なんだよ」
「なおさら買わねぇよ!」

 次は高級品を購入します。

『伊勢海老コロッケ(デラックス版)』 450円
 このコロッケはデラックス版で、通常の三倍の量の伊勢海老が入っています。
 ちなみに、シャアザクは通常のザクの三倍のスピードで移動します。かぶりつくと、中からクリーミーな赤い『シャアザク』、いえ『伊勢海老』が出て来ます。

 さて、この後はいよいよ伊勢神宮に参拝です。

五十鈴川を渡るミニユンボ(宇治橋より)
 再来年には、この『宇治橋』も、架け替えられます。


バックホーとラフタークレーン
 コンクリートは新しい橋の基礎部分です。再来年、参拝客の皆さんは、この真上を歩きます。


んー、神々しい。こんな巨木が庭木の様に生えています。
 ちなみに伊勢神宮の天照大神は、女の神様です。カップルで行くと天照大神に嫉妬され、別れることになるなんて言われています。誰が言ったのかは知りませんし、真意の程は定かではありません。そもそもそんな事で神様が嫉妬をする訳ねぇやろう!と思いますけど。
 ちなみに私とマッチョ、別にカップルでは無いので、とりあえず無関係です(笑)

 参拝終了。

錦鯉
 池には、スイミー(有名な錦鯉の餌)をあげたくなる鯉がたくさん居ます。すぐに池の縁に近寄ってくるので、
「獲ったどぉーーー!」
 とやりたくなりますが、やっちゃいけません。



 放し飼いの鶏が、植木に埋まっています。
「絞めたどぉーーー!」
 とやりたくなりますが、やっちゃいけません。
 ちなみに、『はくりんちゅ』の佐野(養鶏場の孫)に教えて貰った、最も良い鶏の絞め方は、首をちょん切るのでは無く…。えー、残酷なので止めます。


宇治橋とマッチョ
 マッチョと山の対比がナイスです。

 再びおはらい通りへ。

『じゃがバター天』 260円
 熱海店のこれが、『はなまるマーケット』で紹介されたらしい。ここは内宮店。揚げたては、最高に旨いです。


犬と鴨とあひる
 なんとなく三点セットで。


マッチョとおかげ横丁
 マッチョの顔面をてきとーにモザイク処理したら、さらに怖くなりました…。
 面倒なので、おかげ横丁は省略。苦情はマッチョへお願いします。

 以上、伊勢神宮編終了。

マッチョの股間
 伊勢神宮で神聖な気持ちになったマッチョは、何故か自分の股間を連写していました。そしてマッチョは、間違えて購入したキャバクラガイド二冊と、名古屋の男のタウンページ『シティヘブン』を私の車に放置して、東へ帰って行きましたとさ。

 昨夜、マッチョのバッグに仕込んで置いた『大人の遊園地』の割引チケット、二枚はバレましたが、一枚はバレませんでした。マッチョ!気付け、早く気付くんだマッチョぉおおおおおおお!

 以上、マッチョの家庭の平和を願う『木田』こと、『どんぴ』でした。


西へ行こうwithマッチョ(その5)

2008-11-04 02:11:54 | 旅行
 足が痛い。

 理由は、法隆寺で『玉虫厨子』を見ていたからです。

 AM11:00、修学旅行生の後ろから、大宝蔵院に入場。
 バスガイドの、
「玉虫厨子は、ルパン三世に盗まれてしまい、現在は見る事が出来ません」
 という渾身のギャグに、二人で失笑する。実際は、金沢に貸出中だった。

 AM11:30、レプリカの『玉虫厨子』が、N通という有名運送会社によって運び出される光景を観察。

「次は本物だぞ」
「見たいよなぁ、搬入」
「見るか、搬入!」
 盛り上がる搬入作業への熱意。

 AM11:50、食事を取るために、一旦寺の外へ。

 PM00:45、浮かれた馬鹿二人組、空の展示ケース前に集結。
 PM01:15、ようやく最初の部品が搬入される。作業員や関係者ほぼ全員が素手で玉虫厨子を触っているのに、ちょっと驚く。
 PM01:25、『先生』と呼ばれる虫眼鏡を持った男性の、じっくりとしたチェック風景にイラつく。
 PM01:35、四、五人のデジカメ撮影部隊の執拗な撮影に、さらにイラつく。
 PM01:45、四分割された部品の三つ目が搬入される。
 PM01:50、今までと同じく、先生とデジカメ部隊の嫌がらせが始まり、MAXにイラつく。
 PM01:55、足と腰の疲労感に我慢の限界を感じ、搬入作業の見学を断念する。
 結果、足腰が変な疲労感で一杯になりました。
 
 人間、疲れれば眠くなります。
「木田、俺は寝るぞ!」
 マッチョは無責任に、ナビゲーターの任務を放棄して、助手席で寝ようとします。
「おい、この道は?」
「右」
「右?」
「右だよ」
 マッチョはそう答えると爆睡し始めます。
 二十分後。
「なんか違うぞ、これ…」
 寝ているマッチョから地図を毟り取ると、完全に逆方向に進行中なのが判明。
「マッチョ、逆じゃねぇか!」
「ぬははは、眠い俺に聞いたお前が悪い」
「お前が右って言ったんだろう」
「眠いから適当に言ったんだよ」
 付き合いが長いと、腹も立ちません。マッチョはこういう人間です。

 それから二時間半後、我々はヘロヘロになって伊勢市のホテルに到着。

 すぐにアルコールを摂取しに、ホテルで教えてもらった居酒屋に移動。

締めの一品、『伊勢海老雑炊』
 ほぼ二人前の雑炊に、小さいながらも丸ごと一匹の伊勢海老が入って、なんとお値段920円!衝撃のプライスとお味です。
 他のおつまみもバランス良く美味しい店です。
 店名は『あじっこ』、ミスターは付きませんし、味皇様が、
「うまいぞぉおおおおお!」
 と叫ぶこともありません。

 居酒屋の帰り道で発見。

幻の『明るい家族計画』!
 ゲ、現役だよぉ!気付けば最近ではほとんど見なくなりましたね、この自販機。

 ついでに回り道をしながらホテルに戻ると、見つけました。

廃車一号
 キテます!ココから先は、どんどん錆びます。


廃車二号
 なんか恐いです、愛嬌が欠けています。

 この夜、疲れ果てたマッチョは、ベッドの上で廃車の様に寝ていました。


西へ行こうwithマッチョ(その4)

2008-11-03 00:34:42 | 旅行
 そもそも今回の旅、行き先などは何も決まっていません。

 大阪を出発した時点では、
「京都に行くか!」
 と言っていた筈なのに、何故か我々は奈良県内を走っています。


味のある踏み切り
 たぶんバナナ味。


あちこちの畑で、モクモクとやっています。


『まっさん』?
 青マジックで書かれています。この軽トラは『まっさん』の車らしい。
「まっさぁああああん!」
 叫んで見ると、意味も無く親しみを感じます。


「ぽっくり寺のことならまかせて安心!」
 と思わず読んでしまいます。
 某県某所のぽっくり寺の住職は、亡くなるまで二年間寝込んでいたそうです(『はくりんちゅ』の佐野談)。

 車内にて、
「奈良県って何があるんだっけ?法隆寺?」
「そうだねぇ」
「他には?」
「東大寺って奈良県?」
「ああ、あったねぇ」
「天理スタミナラーメン?」
「いっぱいあるねぇ」
 会話終了。
 平城遷都1300年祭マスコットキャラクター『せんとくん』に聞かれたら、フルボッコにされそうです。

 非常に安易な思考ですが、行っちゃいました、法隆寺。

五重塔を見上げます。


屋根がカッチョイイです。

 さて、世界遺産でもある日本文化の象徴『法隆寺』を、私なりに掘り下げて見ようと思います。


『法隆寺』補強用単管パイプとクランプ(ジョイント金具)


『法隆寺』産廃ボックス


『法隆寺』運搬車輌(緑ナンバー付)


『法隆寺』屋内消火栓箱(でも設置は屋外…)


『法隆寺』屋外消火栓箱(もちろん設置は屋外!)


『法隆寺』温度計&乾湿計


『法隆寺』ドアストッパー


『法隆寺』水飲場


『法隆寺』なんか凄い木


『法隆寺』車止め(ステンレス製)


『法隆寺』A型バリケード&Aバリブロック

 かなり『法隆寺』通になりました。えっへん!これで『せんとくん』にボコられないで済みそうです。

 すっかり崇高な気持ちになれたマッチョは、こんな写真を撮りました。

ダッシュボードに載せた臭そうなマッチョの足
 この同じアングルの写真を、私に隠れて33枚も撮影していました。どうやら私のデジカメのメモリーを一杯にすることが目標だった様です。

 マッチョはそんな男です。

西へ行こうwithマッチョ(その3)

2008-11-02 04:26:15 | 旅行

 優秀なナビゲーターを乗せた私は、下道をひた走ります。


立ちはだかる山
 優秀なナビゲーター『マッチョ』から、
「最短ルートの生駒山を目指せ!」
 との指示が出ます。


あまりの勾配に、後ろ向きで坂を下って来るおじいさん
 完全に山の住宅街に迷い込んだと思っていたら、どうやら本当に国道308号線らしい…。


半端じゃない勾配


山道へ突入
 遠足の小学生やハイカーが大勢居るので、急勾配を微速前進。AT(オートマチックトランスミッション)のクリープ現象(切断出来ないトルクの伝達による摺足現象)が、何の役にも立ちません。一度停止したら、サイドブレーキを使用しないと、ズルズルどころか、グイグイと後に下がって行きます。


一時停止して運転席から撮影
 この時、驚愕の事実が!何やら車から焦げている様な臭いがします。
 エンジンオイルは二週間前に『フラッシング(エンジン内の汚れを洗浄)』までして交換したので、大丈夫な筈です。
 と言う事は、大分劣化が進んでいる『ATF(オートマチックトランスミッションフールド:変速機の動作流体)』にかなりの負荷が掛かっているとしか思えません。
 道に対する不安よりも、自分の車の方が信用出来ません。

 農道よりも狭い国道(幅員1.8m)を通り、ついに山頂へ!

頂上付近は石畳


暗(くらがり)峠に到着!
 後で調べましたが、この国道308号線は、『酷道(国道とは呼べない、走るにはあまりにも酷な道路のこと)』としてマニアの間では有名な道路で、タモリ倶楽部でも、「日本最狭の道」として紹介されています。
 海抜450m、平均斜度20%、最大斜度37%、国道としては、日本一の急勾配を誇っています。間違っても、運転に自信の無い人や、初心者には勧められない道路です。

 ちなみに、こんな勾配の道路です。



 奈良県側への下りは、エンジンブレーキを多用して、ブレーキへの負荷を少なくします。

たわわな柿


薄と棚田


農家用運搬マシン


そして悔い改めなさい…。

 車担保ローンや車金融の看板に囲まれて、かなり不利な戦いを強いられています。



 


西へ行こうwithマッチョ(その2)

2008-11-01 04:26:58 | 旅行
 過剰摂取したカロリーを消費する為に、道頓堀周辺を練り歩きます。


客引きに声を掛けて貰えないマッチョ
 スキンヘッドがヤバイのか、誰もマッチョに声を掛けません(笑)


ヤバイ頭のアップ画像
 客引きの人には、腰から頭を下げる人さえ居ます(笑)
 私は舎弟に見えるのか?疑問です。


マッチョとグリコ


マッチョとDRY

 再び通天閣近くの場末宿に帰ります。

マッチョと布団
 なぜか枕元に、名古屋の「男のタ○ンページ」こと、「シティへブン」を置いて寝ています。
「いい夢見ろよ!」
 たぶん、見てます、指名してます。

  翌朝、奈良へ向け下道で移動。

関西○気保安協会?
 ツールボックスと脚立、そしてパイプの中にビニール傘を装備しています。


マッチョと地図
 物凄く縮尺の大きい地図ですが、マッチョはナビの達人です。しかも、
「あの廃車を撮れ!」
 と言うと、

動いている車からでも、上手に撮ります。

 でも、
「右側の花園ラグビー場を撮れ!」
 という指令を出すと、

あえて、こんな写真を撮りやがります。

 マッチョはそんな奴です。