どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ330

2008-11-10 23:55:14 | 剥離人
 タンクの前で待っていたTG工業の田中は、私にある説明を始めた。

「木田さん、タンクの中の足場は見たよね」
「ええ、もちろんですよ。あのイカレタ数の縦地は何ですか?」
 私は、その答えを既に知ってはいたが、あえて田中に聞いてみた。
「底板部を剥離したらね、脚を入れ換えて欲しいんだ」
「あははは、やっぱりそうですか」
「うん、今の状態で脚が68本あるから、その二倍、全部で136本の縦地があるんだけどね」
「…ええ、この大きさのタンクにしては、尋常じゃ無いとは思いましたよ」
「脚をね、入れ換えることによって、一気に底板部をやるっていうアイデアらしいよ」
「アイデアって…、普通にやって、最後にベースプレート(四角いフレート形状の足)の部分だけやればイイじゃないですか…」
「ま、仕方がないよ、こればっかりはね。じゃあ、脚の入れ換え、きちんとお願いしますね」
「ほい、分かりました」
 私は田中に返事をすると、機器のセッティング作業に入った。

 午後二時、ハスキー(超高圧ポンプ)を起動して、底板のガラスフレークライニング(塗料中に鱗片状のガラスフレークを多量に混入した塗料)を剥離し始める。
 タンク内のライニングを剥離する場合、まず最初に底板を剥離しなければならない。先に壁を剥離し始めると、どんどん床に剥離片が降り積もり始め、掃除をしないと床面の剥離が出来なくなってしまうからだ。
「きゅぅうううん、バシュぅうううう!」
 回転するノズルからジェットが出ると、床に溜まった水が爆発的に飛び散り、同時に溜まった剥離片を押し退ける。ジェットが有効な範囲のみ、床面の視界がクリアになる。
「バラばろばろばろ、ズしゃああああ!バラばろばろばろ…」
 ジェットで剥離した破片を吹き飛ばしながら、再び剥がし、そして吹き飛ばす。これを延々と繰り返すのだ。

 私は、ハルと堂本が交代で剥がした場所の脚を、予備の脚と入れ換えて行く。足場用のベースプレートは、時計回りに回転させると伸び、反時計回りに回転させると縮む。
 効いている脚に添えられている縦方向の単管は、クランプ(ジョイント金具)を緩めると下にズリ下がり、付属のベースプレートを軽く接地させる。クランプをしっかりと締め直し、ベースプレートを時計回りに回転させギチギチに伸ばす。次に今まで効いていたベースプレートを反時計回りに回転させると脚が縮み、完全にフリーな状態になる。これで脚の入れ換え作業が一本完了だ。
 この作業を68本分繰り返し、元々ベースプレートがあった場所に残っているライニングを剥離すると、ようやく底板部が終了となる。
「もう、マジでウンザリだよ…」
 私はラチェットレンチ(回転方向を一方向に制御出来るレンチ)を手に、タンクの外で腰を下ろした。全身が汚水とガラスフレークの破片にまみれ、ドロドロだ。
「うひゃひゃひゃ、どうしたの木田さん?そんなに汚れちゃって」
 休憩時間中のハルは、いつも元気だ。
「剥離片が溜まってる、水中のベースプレートの入れ換えだけでも面倒臭いのに、ヨッシーの奴、まるで俺を狙い撃ちにする様にジェットを出すんだよね」
 常にポンプで排水されているとは言え、タンクの底板には、しっかりと十数センチ程の水が溜まっている。そこをガンで撃つのだから、発射方向に居る私は堪らない。
「何でわざわざ水の掛かる方に行くのよ?」
 ハルが当たり前の疑問をぶつける。
「いや、ヨッシーがガンを向けてない方向に、常に移動するんだけど、なんかあいつ、気まぐれにあちこちを向くから、いつの間にか狙われてるんだよね」
「うひゃひゃひゃ!確かにあんなだもんね」
 ハルはマンホールから、中を覗き込む。
「ギュバシュぅううう!バシュぅううう!バボぉおおおお!」
 堂本は、次々と向きを変え、自分の周囲で汚水を爆発させ、床面にジェットを叩き込んで行く。
「あれ、本当にライニングがあるのかなぁ…」
「うひゃひゃひゃひゃ!何だかね、本当に…」

 私とハルは、脱力しながら、堂本のおかしな働き振りを観察した。