どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ340

2008-11-28 23:45:23 | 剥離人
 F社の大澤にノズルカバーの設計を依頼している間も、工事は進んで行く。

 本来はもっともコンクリートに有効な、18番の2ジェットを使用すれば良いのだが、簡単には使用できない理由があった。
 それはハツったコンクリートの跳ね返りだ。
 水に超高圧(2,800kgf/cm2)を掛け、直径0.3mm~0.5mmのサアファイヤの孔から発射することにより、塗装を剥離するウォータージェット工法だが、必ずノズルには剥離対象物が吹き飛んで来る。通常の塗料や樹脂ライニングは、ノズルの素材であるステンレスよりも硬度が低いので、さほど問題は無いのだが、コンクリートのハツリ片だけは全く話が異なってくる。
 音速を超えるジェット水流によって砕かれたコンクリート片は、他の剥離対象物と同じく、ノズルに衝突するのだが、この時、コンクリート片はサンドブラスト工法(圧縮空気に桂砂や銅ガラミ等の研掃材を乗せ、剥離対象物に衝突させて塗料を剥離する工法)の研掃材と同じ働きをする。僅かずつではあるが、ステンレスのノズルを削って行くのだ。僅かと言っても、ノズルの先端は作業をしている間中、常にコンクリート片により削り取られて行くので、ちりも積もればなんとやらだ。
 最初は、ノズルに装着されている、サファイヤを内蔵した『ホーネット』と呼ばれる部品が削れて行く。3/8インチのレンチが掛かるように、先端が六角ナット形状になっているのだが、その角が完全に削れてしまい、レンチが掛からなくなってしまうのだ。レンチが掛からないと、ホーネットの交換が出来なくなってしまうので、これは大きな問題だ。
 そしてもっとも問題なのは、ウォータージェット作業において命とも言える、ノズル本体が削れて行くことだ。以前、S社の伊沢が、O県の下水処理場で作業をしているのを見学したが、ステンレスの塊を削り出したノズルが、まるで歯槽膿漏に侵された歯茎の様に削れて行き、ホーネットのねじ山が露出しているのを私は見ている。丁寧に使用すれば十年以上は楽に使える、一つ20万円の高価なノズルを、この現場で使い切ってしまう訳には行かない。しかしながら、作業性を犠牲にする訳にも行かない。

 そこで私は、ノズルの犠牲を承知で、18番の2ジェットノズルを使うことを、ハルに勧めてみた。
「いいよぉ、だってノズルが駄目になっちゃうでしょ!?」
 O県でS社が行った下水処理場の現場に参加していたハルは、実際にノズルがどの程度のダメージを受けるのかを把握していたので、すぐに反対した。
「ノズルがあんな風になっちゃったら、次の現場で仕事にならないでしょう」
 ハルの言うとおりだった。
「ノズルのカバーはいつ頃出来るの?」
「うーん、今日中に最終の図面が送られて来るんで、すぐにGOサインを出せば、アルミと樹脂の削り出しパーツの加工は一日で行けますね。ま、あと二日の予定ですかね」
「そのくらいなら、コンクリートノズルで十分でしょ」
「すみませんね、そう言ってもらえると助かります」
 私はハルが納得してくれたので、かなり気持ちが楽になった。ハルは、小礒が居た頃と比べると、工事全体を見て物事を判断し、意見を言うようになっていた。あるいは、彼には元々そういう素養があったのかもしれない。
 どちらにしろ、ハルが私の側でもなく、職人としてのみの考え方でもなく、その中間点で物事を考えてくれる事は、私にとって大きな力となり始めていた。

 この日から二日後、待望のノズルカバーが、大澤の手によって我々の元に届けられた。