どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ318

2008-10-17 23:24:21 | 剥離人
 休憩所に戻り、遅い昼食を摂る。

 私が食事をしている間も、二台のハスキーは30mほど向こうの現場で、ブンブンとエンジンを回して、超高圧水を作り続けている。
 我がR社が行う工事においては、基本的に昼休みは存在しない。
 ガン作業員の仕事のローテーションは、二時間ガンを撃って二時間休憩となり、それを朝の八時から夕方六時(残業一時間)までぶっ通しで行う。昼食は、与えられた昼前後の休憩二時間の間に取る事になっているのだが、特に文句が出たことは一度も無い。
 問題は、ハスキーが一日中動き続けている為に、監督兼メカニックマンの私に、明確な休憩時間が存在しないと言う事だ。
 休憩時間が存在しない私の昼食は、主に作業用コンテナの作業台で、整備をする為に分解したガンを横目に、ハスキーの吠える様なエンジン音を耳栓越しに聞きながら、摂る事になる。
 だが、佐野が現場に居てくれる時だけは、私にもきちんとした休憩時間が存在するのだ。

「木田さん、ちゃんとあの人に教えて来たの?」
 休憩所で、冷えた仕出弁当を飲み込むように食べている私に、きちんと堂本にガンの撃ち方を再指導したかを、ハルはニヤニヤとしながら確認して来た。
「まあ、それはちゃんと教えて来たんですけどね。それよりも正木さんの仕事振りにびっくりしちゃったんですよ」
 私はハルに、正木が20cm角の柱の二面だけを剥離していた事を話した。
「うひゃひゃひゃひゃ、本当によ?だって塗装屋だよね、あの人」
「そうですね」
「くひゃひゃひゃひゃ!きっと正木さんは塗装の仕事をやる時も、柱の二面だけを塗ってるんじゃないの?」
「…なんかあの性格だと本当にやってそうで怖いですね」
「俺はそんな人は聞いた事が無いけどね。S社の職人でもそこまでの人は居ないよ」
 ハルはそういう事に関しては、自分がきっちりとしている分、シビアな方だ。
「でもねぇ、初心者にしてはサンドブラスト(圧縮空気に桂砂やガーネット等の研掃材を乗せ、剥離対象物に衝突させて剥離する工法)の経験があるせいか、なかなかガン撃ちは上手な方だと思うんですよ」
「なるほどね。そう言えば俺さぁ、正木さんのこと、知っている気がするんだよね」
「ええ!?どこで?」
 私はハルの一言に驚いた。
「いやぁ、かなり昔だけどさ、あの人、ベースで仕事をしていた気がするんだよね」
「ベースって、Y市のB海軍基地?」
「うん、多分正木さんも俺のことを知ってるはずなんだけどね」
「うはははは、世の中は狭いですね。そんな二人がこんな遠くのY県で再会するんだから」
「ま、あの辺りの職人さん同士は、結構顔見知りだったりもするからね」

 その時、休憩所のドアが開き、佐野が入って来た。
「キーちゃん、ハスキーは順調だよ」
「ありがとうございます」
「ちょっと一本だけ吸わせてくれる?」
 佐野はニヤリと笑いながら、胸ポケットからタバコを取り出す。
「どーぞ、どーぞ」
 私が隣のパイプ椅子を勧めると、佐野は椅子に手を掛けて、砂やガラスフレークの破片でザラザラな床の上を引きずり、どっかりと腰を下ろした。
「何の話で盛り上がってたの?」
 佐野はライターでタバコに火を点けて、ゆっくりと煙を吐き出した。
「いや、ハルさんと正木さんが知り合いかもしれないって話ですよ」
「あ、そうなんだ。まあ、元々正木ちゃんもあの辺の人間だからね、有り得る話だよ」
 佐野の言葉に、ハルも頷いている。
「それよりも、ノリとハルちゃんの関係の方が笑えるべ」
「ハルさんとノリちゃんの関係?」
 私はハルの顔を見る。
「いや、俺は知らないよ」
 ハルは首を振っている。
「わはははは!聞いたら笑うよぉ!」
 佐野はニンマリとして、最高に楽しそうな顔をしている。

 私とハルは、思わず佐野の方に身を乗り出していた。


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