どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ317

2008-10-16 23:21:49 | 剥離人
 若干の問題は抱えている物の、現場は順調に進み、R社とS社は、ほぼ同時に下の段の足場に移動する事が出来た。

「どうですか?ちょっとはマシになりました?」
 ガラスフレークを全身に浴びたハルに、私はホースで水を掛ける。
「うひゃひゃひゃひゃ!全然変わらないってよ」
 ハルは大型の角型ステンレス桶の中で、ホースから出る水に対してぐるりと一周してガラスフレークの破片を洗い流すと、私からホースを受け取る。
「堂本君は、『メガネを外して仕事をする』って言ってましたよ」
 ハルはエアラインマスクを丁寧に洗うと、銀色のカッパの上着を脱ぎ、これも丁寧に洗い始めた。
 ハルは、銀色の『セラウェア21(弘進ゴム社製:絶版品)』というカッパを愛用しており、これは普通の水産カッパに比べると若干値段が高い。しかしハルがとても気に入っているので、私はいつもハル専用に、このカッパを用意していた。
「俺にはその違いが全然分からないよ。それに、剥離残しが少しくらい減ったって、結局は全面を撃ち直す事になるんだから、あんまり変わらないかな」
「うーん、そうですか。メガネを着ければ曇って見えなくなり、メガネを外せば近視で見えないってことかなぁ…」
 私の言葉を聞いて、ハルが苦笑いをする。
「木田さん、結局ガンを撃っている時はあんまり前が見えないんだから、最終的にはその人のセンスだと思うよ」
「そういう物ですかね?」
「うん、そういう物だね」
 ハルは断言すると、休憩所に歩いて行った。

 このままでは行けないと思った私は、再び堂本に技術指導を行うことにした。
 またしても階段を上がって塔内に入り、S社の施工エリアからチェックをして行く。
「まあ、問題は無しと…」
 私は独りで頷くと、今度は正木の所に向かった。
「キュぉおおおん、バシュうううう、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ…」
 まずまずのガン使いだ。私は安心して、最後に残しておいた堂本のガン指導に向かう。
「!?」
 だが、塔内の一本の柱の前で、私は猛烈な違和感に襲われた。
「何故にこの剥がし方なんだ?」
 私は首を捻りつつ、すぐに正木を呼び寄せてみる。
「この柱を剥がしたのは正木さん?」
「ああ、そうだよ」
 正木の受け答えは堂々としたのだ。
「えーと、どうして四面ある内の二面だけを剥離しているのかな?」
 柱の一辺は約20cmで、四面全部が補強用のFRPライニング(コーナー部は強度が高いFRPが使われている)で覆われいる。正木はその内の二面だけを剥離してあるのだ。
「いや、だって四面あるんだから二面がウチの分でしょ」
「ウチの分?」
 私は自分の耳を疑った。
「えーと、もしかしてそれは、この柱が丁度施工境界線だから?」
「え?違うのぉ!?」
 正木は、エアラインマスクの中でいきなり大声を上げている。
「い、いや、施工境界線ですよ、確かに。でもね、ここまでやったのなら、残りの二面もやってくれてもイイんじゃないですか?」
「・・・」
 エアラインマスクの中の正木は、ありありとした不満顔で黙り込んでいる。
「確かにきっちりと分ければ、これでイイかも知れませんけど、これはウチの工事ですから…。それに、先にそこに取り掛かったチームが四面を全部剥離した方が、遥かに効率が良いと思うんですけど」
 正木はさらに不満そうな顔をする。
「いやね、俺はきっちり半分だと思っていたからね。そうすれば四面の内の二面を剥離すればイイって考えた訳よ。剥がせって言うんなら剥がすけどね」
(普通は剥がすだろう!)
 私はそう思ったけど、黙って笑顔で答えた。
「すみませんね、お願いしますよ…」
「はぁ…」

 正木は、何かを小声でブツブツと言いながら、
「やれやれ、仕方ねえなぁ…」
 という顔と態度で、面倒臭そうにガンのトリガーを引いたのだった。

 


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