DEEP ACIDなんでもかんでも日記・ヤプログ!より移行

文法性とpolitical correctness

 どうも文法性のある言語学習が日常になっている身からすると、英語圏の男女平等およびLGBTの性の多様性を認めるために「中性化」と言うアプローチには強い違和感を覚えざるを得ない。つまり、「性の垣根を取っ払う」と言う運動が、かえって「性を尊重する」こととは真逆に思えて仕方ない。
 例えばペットとして飼っている動物に対しては、愛着を込めてhe、sheで呼ぶ人は多い。性を区別することは、相手の属性を尊重する。文法性のある言語では非生物にも性がある。「本」はフランス語では男性un livre、ドイツ語では中性das Buch、ロシア語では女性Книгаであり、モノへの愛着も感じられる。
 自分はLGBTの当事者ではないが、少なくとも彼らが求めているのは「多様性diversity」だ。誰でも彼でもtheyで十把一からげにする「中性化neutrality」はむしろそれに逆行するものではないか。英米はpolitical correctnessについてはその点で後進国だと思っている。
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