レビュー：ベイビーステップ (33)

全日本予選決勝の続きから入る33巻、主人公の妖怪じみた学習能力が炸裂！テクニシャンの浅野が繰り出す戦術をどんどん吸収し、二度同じ手は食わない一方、相手にやられたパターンで得点してみせる始末。崖っぷちのベテランに現役への未練をきっぱり断ち切らせる、世代交代の儀式のような試合となった。

次の本戦一回戦は、漫然と「プロ」をやっている見本のような若手が相手。一般企業やテニスクラブとの年単位の所属契約で食い扶持をある程度確保してしまい、向上心というか目的意識が薄れているパターンで、トーナメントプロというより実態は「出勤しない広告部所属の社員」や「フィランソロピーの対象」に近い。で、当然の如く主人公がタコ殴りにして終わる。長年日本のプロスポーツ界の課題となっている典型的ケースだが、選手と環境（文化）どちらの責任かというのはニワトリとタマゴの話に近いものもあり、総じて双方貧弱な状態から脱する気概がなく、またそれにぶら下がっている利害関係者も少なくないようなので…


さて、予選からここまではほぼ日本国内で完結するレベルのテニス界（オープンクラス）事情をリアルに描いてきた感じだが、二回戦からがいよいよ主人公にとっての「本番」となる。本作品の総決算となるこの大会には、主人公の過去の好敵手達も続々と（出場しない者も含め）顔を見せ、その中でもラスボスに近い存在と思われていたタクマがいきなり二回戦の相手なのだが、この試合に関しては「全国区の怪物くん」になりかかっている主人公よりタクマが主役のようにさえ見える。

これはちょっと興味深い描き方だ。というのは、この作品、主人公が品行方正でとことん善良なのに（笑）異常にメンタルが強い（脳みそがタフと言った方がいいか）ことを武器に大きな挫折なく急成長してきたスポーツマンガという、「常識外れ」の設定で成功してしまった稀有な例である。しかもメンタルが強いこと、それが武器になっていることさえ年少者や競技スポーツにうとい層であれば気がつかない程であり、結果主人公に感情移入どころか反感を抱く（今までの少年漫画、スポーツ漫画の「王道戦略」に囚われ続けている）読者がいてもおかしくない、つまり主人公の強みは「弱点」でもある。主人公は益々成長し強くなってゆくが、周りの人間を驚かせ、変えてゆく一方で、本人は基本的には「変わらない」のだ。

一方、対戦相手のタクマは才能にあふれながら、それなりに挫折し、他の登場人物同様主人公との出会いをきっかけに変わってゆく。しかも今も全く迷いがないわけではなく、見る人が見ればすぐバレる格好悪い姿を見せる。ある意味一番人間臭く、感情移入しやすいキャラクターが、この作品が描いてきた主人公のストーリーの影に隠れいわば「裏道」を歩き続け再び大舞台で主人公と相まみえるという、感情やキャリアの起伏が激しい人物を主人公にしがちな「普通」のスポーツマンガと逆の構造であることを読者に再認識させる。

今後スピンオフとしてタクマを主人公にした話が描かれても全くおかしくないし、対照的に、『プロ編』があるとしたら、もはやテニスについて学ぶ段階をそれなりに終えてしまった主人公では、その『生き方』でドラマを見せることが難しいキャラクターのため面白いストーリーをつくるのは相当大変そうだ。


まあ、なんだかんだ言って懐かしい顔が集まっていいね、といういかにもな雰囲気になり切らないのもこの作品らしいところで、どの登場人物もそれぞれの形で走りつづけており、ここ（有明）では旅の途中で偶然再会した、ぐらいの「リアルなスピード感」がある。いつもながらとことんストイックなことよ（笑）