ブラームス交響曲第1番はたまに聴きたくなる。特に第4楽章終盤の至高のコーダ。これまで、この曲はカールベーム・ベルリンフィル(1959)が最良と思っていたが、カラヤン・ベルリンフィルとの違いをじっくりと聞き比べをしてみたくなった。ところが、住宅街故、スピーカーを大音量で鳴らして比較することができない。といって、まともなヘッドフォンはない。あるのは、ウォークマンに付属していた有線イヤホンとソニーの無線イヤホン、それにウエブ会議用の格安ヘッドセットである。この中で音質が最も良いのは、有線イヤホンであるが、ベームとカラヤンを比較できるほどの代物ではない。そこで、この際、人生最後となる、まともなヘッドフォンを調達することにした。
オーディオを始めた50年ほど前の高校生の頃、パイオニアのヘッドフォン(たぶんSE-205)を持っていた。音が良く、形も格好良く、たいへん気に入っていたのであるが、いつの間にか手元から消失していた。以降、今日に至るまで音楽観賞用のヘッドフォンを所持することはなかった。

パイオニア SE-205(出典:http://20cheaddatebase.web.fc2.com/pioneer/pioneerindex.html)
今回の購入の際にも、パイオニアのヘッドフォンを1番の候補に上げて調べたのであるが、国内老舗オーデイオメーカーの末路のご多分に漏れず、パイオニアの音響部門はブランド名を含めて1990年代に別会社に譲渡されていた。そして、現在販売されているパイオニアブランドのヘッドフォンはDJ・Club向け専門に特価している。そこで、機種選定は白紙状態に戻して調べ直した。後付けではあるが、選定の条件は、クラッシック観賞にも向いていること、透明で輝きのある音質であること、耳への負担が少ない開放型であること、価格の上限は2万円付近であること、とした。
都会、特に東京や大阪であれば、専門店で直接試聴して機種を選ぶことができる。しかし、本州最南端の僻地住まい、選定はウエブでの評価や口コミに頼らざるを得ない。そこで、様々なウエブ情報を可能な限り当たってみた。その結果、分かったことは、同じ機種でも良いと言う人もいれば、悪いと言う人もおり、人の耳は当てにできないということだ。
最終的に参考にしたのは、ユーチュ-ブに開設されている「ヘッドフォン試聴部屋 hporz.blogspot.com」である。作者は自身の概要に「魚沼のロックバンドYellowGateの鍵盤担当であり、100種のヘッドフォンを試した男」とあり、内容はタイトルとサブタイトル「ヘッドフォン試聴部屋〜百聞は一聴にしかず:ヘッドフォンの音は実に個性豊かです。いろんな機種の音質の違いを聴き比べてみてください」にある様に、マイク付き人型ダミーにヘッドフォンをセットして録音し、それを試聴できるようにしたものである。本サイトの最大の利点は、代表的な機種全てを試聴して、自分の耳で音の良し悪しを判断できることである。

ヘッドフォン試聴部屋〜百聞は一聴にしかず(出典: https://hporz.blogspot.com/search/label/_SONY)
このサイトのお陰で、最終候補として銘機として特に有名なAKG-K701が残った。なお、AKG(アーカーゲー)は元々オーストリアのメーカーであったが、サムソンが買収し製品は中国で生産されている。また、サムソンの買収以降、ウイーンに残った技術者は、オーストリアンオーディオを立ち上げている。
ところがである。AKGを発注寸前にどんでん返しとなった。それは、ユーチューブでカラヤン・ベルリンフィルによるブラームス第1(1981年東京公演)を聴いてしまったからである。それは、カラヤン・ベルリンフィルの到達点とも言える壮大で華麗な演奏。その重厚で圧倒的な音の洪水を耳にして、「繊細なAKGではこれを鳴らしきれないかもしれない」と感じた。そのため、機種選定は振り出しに戻り、再び「ヘッドフォン試聴部屋」で対「東京公演」用の機種を選び直した。
カラヤン・ベルリンフィルによるブラームス第1:1981年東京公演(出典:https://www.youtube.com/watch?v=rCsBPIEhcHg)
選ばれたのは、スタジオモニターヘッドフォンとして名高いソニーのMDR-7506(12800円、サウンドハウス)。上述した選定条件をすっ飛ばし、開放型ではなく密閉型である。それでも、メリハリと厚みのある明瞭な音作りは「東京公演」を鳴らすのに、ふさわしいと思ったからだ。

購入したソニーのMDR-7506(通称青帯)
本機種が届いてさっそく様々なジャンルの楽曲を聴いてみた。音質を一言でいえば、ライブハウスの臨場感。音域や空間は広くはなく、まとまっている。クリアーでメリハリがあり、嫌みのないドンシャリサウンド。低域の主張は、ロックやジャズでは少々耳に付くが、交響曲では厚みが出て好ましい。低域に厚みがありながら、意外にもボーカルは前面に出ず、1歩下がった位置で聞こえる。ただし、声音はとても率直で歌い手の素顔がのぞける。銘機と言われるだけのことはある。音域と空間の狭さ、低域の強調感、ボーカルの主張と艶の少なさには少々難があるが、総合的には「良い音」であり、音質はこれはこれで満足である。欲を言えば切りがないし、完璧なものなど存在しない。オーディオは投資と音質が必ずしも一致せず、人の欲望の強さも相俟って沼にはまりやすい。オーディオはあきらめが肝心である。
さて、ソニーのMDR-7506を使用してのブラームス第1のカールベーム・ベルリンフィル(1959)とカラヤン・ベルリンフィル(1987)を聞き比べた。甲乙付け難かったが、カラヤンに軍配を上げた。しかしながら、バーンスタイン・ウイーンフィルも小澤征爾・ボストンフィルもとても良い。要は曲が良いということだ。ユーチューブでは様々な指揮者のこの曲を視聴することができるが、皆、コーダの所で一段と熱が入っている。特にバーンスタインとバレンボイムは爆発している。全ての音楽家にこの曲は愛されている。
最後に、本機種を用いてのブラームス第1(カラヤン・ベルリンフィル:1981年東京公演)を聴いた感想であるが、本機種では音源の粗さが目立ってしまい、演奏に集中できなかった。皮肉な結果であるが、本機種ほどになると、音源の質も要求されると言うことだ。