サンゴの1種Montipora stellataの骨格写真:個体の大きさは0.8mm。昔の想像力豊かな偉大な研究者は、この眺めを夜空に煌めく星々の群れに見立てた。
国内普通種とされながら、サンゴ(コモンサンゴ類)の分類学的研究を始めた当初より実体が分からない種がいくつもある。そのうちの1つが
Montipora stellataだ。種小名の「
stellata:ステラータ」は「星を散りばめた」を意味するラテン語で、シンプルではあるがとても素敵で、命名の模範としたい学名である。
この種はコモンサンゴ類の分類学的研究の父とも言える大英博物館のバーナード博士が1897年に新種記載し、本文中に「Calicles elegantly star-shaped:サンゴ個体は優雅な星形」と記されているように、この特徴に因んで命名されている。ただし、バーナード博士はとても感受性が高かったようで論文中でelegantの表現を用いることが度々あり、そんな博士にはコモンサンゴ類の個体はどれも「star-shaped」に見えたはずである。まして、
M. stellataのタイプ標本は縁が張り出した被覆状群体の小破片であり、構造も特に明瞭な特徴を持たない。そのため、美しい名前に反して地味なこのサンゴは、長らく表舞台に現れることはなかった。
この名前を凡そ90年ぶりに檜舞台に再登場させたのが現代のサンゴ大分類学者であるベロン博士とウオーレス博士である。両博士は有名なグレートバリアリーフのサンゴモノグラフシリーズ(通称グリーンブック)の中で1984年に取り上げたのであるが、種の解釈を特大飛躍させて樹枝状群体を形成するものにも本種名を適用させてしまった。その理由は「
M. stellataの群体は板状、板状+樹枝状、樹枝状の3型がある」と変異幅を大きく広げたためである。
M. stellataが枝状でも全くかまわないのであるが、研究を進めるうちに国内から類似の群体型を持つ近縁種が複数現れ、どれが真の
M. stellataであるか分からなくなってしまった。この問題を解決するためにはタイプ標本を見るしかなく、ついに6年前にイギリスにバーナード博士が新種記載した膨大なタイプ標本の再調査に出向いた。ところが、残念なことにこの種を含めいくつかのタイプ標本が見つからない。あの大戦をくぐってきただけに、消失はいたしかたない。しかしながら、ベロン博士たちは
M. stellataのタイプを再調査してあの解釈に行き着いたはずで、そうすると1980年代まではロンドン自然史博物館に保管されていたことになる。もしかしたら、非タイプ標本シリーズを収容する別の標本庫の方に紛れてしまっていた可能性もあるが、わずか4日間の滞在ではタイプ以外のほぼ底なしの標本(大英博物館が300年近い歴史の中で世界中から収集したサンゴ標本が眠る)を調べる時間はとてもなかった。解決の道は絶たれ、問題は棚の上に上がったままとなった。
とはいうものの、「日本産コモンサンゴ類モノグラフ出版」の野望達成のためには、本種群の解明は避けては通れない。一時は新たに名前を付けて打開することも考えたが、もう一度振り出しに戻り、昨日はVeron & Wallace(1984)のグリーンブックをじっくりと見直した。また、幸いにも「Corals of the World」というウエブサイト(http://www.coralsoftheworld.org/page/home/)より、ベロン博士のCorals of the Worldならびにグリーンブックに掲載された種のやや良質の画像が入手でき、それも利用した。
その結果、以下の結論に達した。今の所はであるが。
○ Veron & Wallace(1984)が記載した
M. stellataには複数種は混在していないとみなす。
○ Veron & Wallace(1984)が扱った種は真の
M. stellataであるとみなす。
○ 野村他(2017)がトゲエダコモンサンゴ
M. cf.
stellata sp. 1とした種を真の
M. stellataとする。
○ 白井(1977)が
M. gaimardiと同定しトゲエダコモンサンゴの新称和名を与えた種は多くの研究者が
M. stellataと再同定していたが、実際にはサボテンコモンサンゴ
M. cactusであるので、この和名は
M. stellataには用いられない。
○
M. stellataには新たな和名が必要となり、星空に因んだ和名を与えたい。
Montipora stellata:ケラマ群島阿嘉島産。群体の主体は樹枝状であるが基部に薄い板状部が認められる。
Montipora stellata;ケラマ群島阿嘉島産の別群体。板状基部は認められない。
Montipora stellata;ケラマ群島阿嘉島産の別群体。