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クチヒゲノムラガニの生態

退職し晴耕雨読的研究生活に入った元水族館屋の雑感ブログ

奇跡的遺存サンゴ群落

2019-03-23 | 雑感

奄美大島瀬戸内町阿鉄桟橋下のエダコモンサンゴ Montipora digitataの極相群落(写真は研究仲間のHTさん撮影)


 エダコモンサンゴは種子島以南に分布し、内湾や礁池内浅所の普通種であるが、沖縄のどの海域においても少産・小型化しており、国内最後の海の秘境とも言える八重山諸島西表島の網取湾や船浮湾においてもまともな群落は見当たらない。これは、1970年代以降、オニヒトデ、赤土、高水温等の大きな攪乱の影響を受け、1度もしくは数度、壊滅的な被害を受けてきているからである。
 八重山諸島では1980年代までは、高さ25cm、太さ2cmを越える大型群体で構成された本種の極相群落がそこかしこで見られたものだが、この当たり前の景観がなくなって本当に久しい。
 エダコモンサンゴは成長が遅くはないので群落の回復にはそう時間はかからないようにみえるが、極相に至るには長大な年月を要するのであろう。また、この半世紀、海の中は全く安定性を失ってしまった。さらに、本種は攪乱に対する感受性が高いような気もする。そのため、私が生ある間には、彼の景観には2度と出会えないだろうと思っていた。
 ところが、先日調査で訪れた奄美大島瀬戸内町の阿鉄湾にそれはあった。しかも、桟橋のすぐ近くに。
 奄美大島は自然度と環境の多様性が他よりも高く、陸域にはいまだにアマミノクロウサギやルリカケス等の固有種が多く残っている。ただし、海の中はオニヒトデや高水温等沖縄並の攪乱圧が度々生じた。しかも、阿鉄も含め瀬戸内町の海岸は過剰なまでに護岸整備が進んでいる。それにもかかわらず、エダコモンサンゴの見事な極相群落が残ったのは奇跡に近い。
 さて、阿鉄湾の群落は天然記念物級の希少価値があるとはいえ、ご覧のとおり、まったく地味な存在である。そのため、その価値を共有し、コモンサンゴ愛を語り合える人が銀河系にはいないのが、残念である。。。


懐が深くのどかな阿鉄湾。


絵に描いたような美しい入り江で、一見自然度が高そうに見えるが、湾奥部は美し過ぎる護岸で囲まれている。


エダコモンサンゴ群落はこの浮桟橋の下から見られる。


ごく浅所のものは少し荒れている。


エダコモンサンゴのポリプの様子。


エダコモンサンゴ骨格の個体の様子。


阿鉄湾はコモンサンゴ類のみならずトゲミドリイシ類の天国でもある。


一見エダコモンサンゴのように見えるユビエダハマサンゴも多い。

君はこれが銀河にさんざめく星々に見えるか?

2019-03-16 | 雑感

サンゴの1種Montipora stellataの骨格写真:個体の大きさは0.8mm。昔の想像力豊かな偉大な研究者は、この眺めを夜空に煌めく星々の群れに見立てた。



 国内普通種とされながら、サンゴ(コモンサンゴ類)の分類学的研究を始めた当初より実体が分からない種がいくつもある。そのうちの1つがMontipora stellataだ。種小名の「stellata:ステラータ」は「星を散りばめた」を意味するラテン語で、シンプルではあるがとても素敵で、命名の模範としたい学名である。
 この種はコモンサンゴ類の分類学的研究の父とも言える大英博物館のバーナード博士が1897年に新種記載し、本文中に「Calicles elegantly star-shaped:サンゴ個体は優雅な星形」と記されているように、この特徴に因んで命名されている。ただし、バーナード博士はとても感受性が高かったようで論文中でelegantの表現を用いることが度々あり、そんな博士にはコモンサンゴ類の個体はどれも「star-shaped」に見えたはずである。まして、M. stellataのタイプ標本は縁が張り出した被覆状群体の小破片であり、構造も特に明瞭な特徴を持たない。そのため、美しい名前に反して地味なこのサンゴは、長らく表舞台に現れることはなかった。
 この名前を凡そ90年ぶりに檜舞台に再登場させたのが現代のサンゴ大分類学者であるベロン博士とウオーレス博士である。両博士は有名なグレートバリアリーフのサンゴモノグラフシリーズ(通称グリーンブック)の中で1984年に取り上げたのであるが、種の解釈を特大飛躍させて樹枝状群体を形成するものにも本種名を適用させてしまった。その理由は「M. stellataの群体は板状、板状+樹枝状、樹枝状の3型がある」と変異幅を大きく広げたためである。
 M. stellataが枝状でも全くかまわないのであるが、研究を進めるうちに国内から類似の群体型を持つ近縁種が複数現れ、どれが真のM. stellataであるか分からなくなってしまった。この問題を解決するためにはタイプ標本を見るしかなく、ついに6年前にイギリスにバーナード博士が新種記載した膨大なタイプ標本の再調査に出向いた。ところが、残念なことにこの種を含めいくつかのタイプ標本が見つからない。あの大戦をくぐってきただけに、消失はいたしかたない。しかしながら、ベロン博士たちはM. stellataのタイプを再調査してあの解釈に行き着いたはずで、そうすると1980年代まではロンドン自然史博物館に保管されていたことになる。もしかしたら、非タイプ標本シリーズを収容する別の標本庫の方に紛れてしまっていた可能性もあるが、わずか4日間の滞在ではタイプ以外のほぼ底なしの標本(大英博物館が300年近い歴史の中で世界中から収集したサンゴ標本が眠る)を調べる時間はとてもなかった。解決の道は絶たれ、問題は棚の上に上がったままとなった。
 とはいうものの、「日本産コモンサンゴ類モノグラフ出版」の野望達成のためには、本種群の解明は避けては通れない。一時は新たに名前を付けて打開することも考えたが、もう一度振り出しに戻り、昨日はVeron & Wallace(1984)のグリーンブックをじっくりと見直した。また、幸いにも「Corals of the World」というウエブサイト(http://www.coralsoftheworld.org/page/home/)より、ベロン博士のCorals of the Worldならびにグリーンブックに掲載された種のやや良質の画像が入手でき、それも利用した。
 その結果、以下の結論に達した。今の所はであるが。
○ Veron & Wallace(1984)が記載したM. stellataには複数種は混在していないとみなす。
○ Veron & Wallace(1984)が扱った種は真のM. stellataであるとみなす。
○ 野村他(2017)がトゲエダコモンサンゴM. cf. stellata sp. 1とした種を真のM. stellataとする。
○ 白井(1977)がM. gaimardiと同定しトゲエダコモンサンゴの新称和名を与えた種は多くの研究者がM. stellataと再同定していたが、実際にはサボテンコモンサンゴM. cactusであるので、この和名はM. stellataには用いられない。
M. stellataには新たな和名が必要となり、星空に因んだ和名を与えたい。



Montipora stellata:ケラマ群島阿嘉島産。群体の主体は樹枝状であるが基部に薄い板状部が認められる。


Montipora stellata;ケラマ群島阿嘉島産の別群体。板状基部は認められない。


Montipora stellata;ケラマ群島阿嘉島産の別群体。

1週間分の季節の移ろい

2019-03-08 | 雑感



くじの川沿いを走る熊野古道。山間に田園が広がるのどかな里山で、お気に入りのジョギング・散歩・野の花観察コースである。花の種多様性はとても高いが、春だけまだ未経験であり、これからの季節がとても楽しみ。ただし、残念なことに、やがてこの上を高速道路の高架が通る。


 1週間ほど留守にしていたら里山の季節は確実に動いていた。カエルの合唱が始まっていたのである。花の種類も増えた。イモリはまだ姿を見せない。今回は今日の散策で目に付いた花たちを紹介したい。



アマナ:本年初観察。いつも同じ場所に咲く。


オオイヌノフグリ:好きな花だが名前を変えてほしい。


サギゴケ:本年初観察。


ジロボウエンゴサク:今が最盛期。名前が不思議で覚えられない。


タチボソスミレ:普通だがスミレ類は大好き。



タネツケバナ:一杯咲いている。


ハコベ:本にハコベという和名はなくてミドリハコベが正しいと書いてある。ハコベでいいだろうに。


ホトケノザ:センスの良い命名であるが、サンゴにはこんな名前は付けられない。どれも○○○コモンサンゴというおもしろくない名前になる。ただし所属がすぐに分かるのでこれでよい。


モチツツジ:本年初観察。これが咲くと山は春っていう感じ。

奄美は固有種と外来種と鶏飯でわっしょい

2019-03-07 | 雑感

奄美自然観察の森展望台から眺めた笠利湾


奄美群島サンゴプロジェクトの一環で、2月末から3月始めにかけて、昨秋に続いて再度奄美大島を訪れた。今回の狙いはコモンサンゴ類相の補完とトゲミドリイシ類の遺伝子サンプル採集で、やはり潜水三昧の日々であったが、名瀬で念願の初・鶏飯(けいはん:濃厚な鶏スープのお茶漬け)に有り付け、さらに思いがけない固有種との出会いもあり、満足度飽和状態で帰還できた。


ルリハコベ




ムラサキカッコウアザミ:調査後半は瀬戸内町阿鉄というのどかな集落に滞在した。宿のそばに美しい花の草原があり、特に目に付いたのがルリハコベとムラサキカッコウアザミの帰化植物。特に後者の群生景観は印象に残ったが、帰って調べるとこの種は中南米原産のキク科の有害植物で、奄美からの根絶目指して駆除が行われていると知りがっかり。


オーストンオオアカゲラ:琉球諸島固有亜種、天然記念物、国内希少野生動植物種、絶滅危惧種、と言う肩書きを持つ希少種であるが、阿鉄の森のあちこちから本種の勇ましいドラミングを聴くことができた。目の前に現れることも珍しくない。


オーストンオオアカゲラの食痕(阿鉄のタンカン果樹園にて)



ルリカケス(カラス科カケス属):この種も奄美群島固有種、天然記念物、国内希少野生動植物種、絶滅危惧種のたいそうな肩書きを持つ希少種であるが、天敵のマングースの駆除等が功を奏して個体数は回復傾向にあり、奄美の至る所でひょっこりと顔を見せる。この鳥が見たかったので大満足。


おまけ①:ガンダムに擬態する蛾(阿鉄)


おまけ②:ヘゴ(阿鉄)。10mにもなるシダ科最大の植物で、奄美では良く目立ち、かつ、とてもかっこいい。家の庭に植えて、この樹の下でバーベキューしたい。


おまけ③:西郷隆盛居住跡(龍郷町)。資料館になっているが、あいにく休館日。外からパチリ。



おまけ④:鶏飯の老舗「みなとや」の箸袋。


おまけ⑤:奄美のお土産はこれ。鶏飯スープのフリーズドライ。