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クチヒゲノムラガニの生態

退職し晴耕雨読的研究生活に入った元水族館屋の雑感ブログ

やってくれるぜ Veron さん !!

2019-06-23 | 雑感
 世界的なサンゴ分類の権威であるVeron博士の、3巻組の大著であるCorals of the World(2000)で新種記載された Montipora cryptusMontipora hemisphericaの生態写真と、それらを最記載したVeron (2002)に示されているタイプ標本の写真がそれぞれ整合せず、この現象解明に取り組んでいたら謎が解けた。
 Veron(2002)でタイプを指定する際に両者の標本を取り違えたのだ。両者の標本は共にエジプトシナイ半島産。同じ箱にでも入れてあったため混同したのであろうが、これは単なる間違いでは済まされない。というのも、分類学ではタイプ標本にのみ真実が従属するからである。やってくれるぜVeronさん。これまで数々の誤りを目にしてきたが、ここまで酷いのは少ない。分類学者として致命的だ。なんで、取り違いに気づかなかったのであろう。
 と、ため息をついていたら、ある事を思い出した。Corals of the World(2000)では分類命名規約に則らずに新種記載が行われたため、その不備を補うために再記載とホロタイプ指定のためVeron(2002)が出版された。しかしながら、ホロタイプ指定は原記載のみでしか行えないので、Veron(2002)でのタイプ指定行為は無効とされる。
 つまり、両種共に未だにタイプ標本は存在しない状態にあり、学名だけで実体が存在しない幽霊種となっているのだ。これを解消するためには、ちゃんとした論文でレクトタイプ指定する必要があり、その際に標本を整合させればよい。誰かが。。。


Montipora cryptusの原記載(Corals of the World, 2000, 126)。3枚の生態写真全て種が異なっている。著者が疑問に思わなかった事が悲しい。


Montipora hemisphericaの原記載(Corals of the World, 2000, 147)。



Veron(2002, 14)におけるMontipora cryptusのホロタイプ標本。この標本は、M. hemisphericaの原記載の写真の種に合致する。



Veron(2002, 22)におけるMontipora hemisphericaのホロタイプ標本。この標本は、M. cryptusの原記載の写真1の種に合致する。

メルヘンチックな花

2019-06-19 | 雑感


 ネムノキの花が咲き始めた。いつも夏至の頃に咲く、このメルヘンチックな花が好きだ。散策コースにあるネムノキの大木は川岸から伸び、梢がちょうど目の高さに位置するため観賞にうってつけである。「毎年楽しめるな」と喜んでいたら、一昨日に付近の木々と共に伐採の目印が付けられてしまった。高速道路建設のための搬入道路設置工事がそろそろ始まりそうだと思っていたが、いよいよ動き出した。しばらくは喧騒の中を歩かねばならない。やれやれ。


伐採の目印の付いた木々


伐採の目印の付いたネムノキ


この木が残りますように

未だ道半ば

2019-06-15 | 雑感
 3月始めに奄美大島で採集したコモンサンゴ類とトゲミドリイシ類標本の同定がやっと終了した。標本数は59、31種を含み、既知種は12種(39%)、残りは未記載種と考えられる。さらに、私が初めて目にするものが13種(42%)もあった。この3月のは昨年11月の補完的な調査であり、ファウナの把握よりも未確認種の抽出に主眼を置いたため、このような結果を招く要因の1つとなった。コモンサンゴ類は異常に種多様性が高く、かつ、研究が遅れているため、未記載種の数が多いのは仕方がない。が、私的初確認種のいかに数の多いことか。研究を始めて10年、ほぼ国内全域から2000余りの標本を得てしてこの有様である。単純に回帰直線を求めて算出すると、初見種が打ち止めになるには、後7年も要する。未だ道半ばである。
 そうはいっても、初めての種との出会いには感動がある。前に紹介したクラーケンしかり、日本未記録のMontipora corbettensisM. granulata、それにM. hoffmeisteniにも今回の調査で出会えた。現地調査での「出会いの感動」は研究のモチベーションを維持する重要な原動力の1つだ。そして、初見種の打ち止めは研究の打ち止めにもなりかねない。そうなっては「おおごと」である。これからの採集は、焦らず、欲張らず、の~んびりと、末永く。。。



Montipora corbettensis Veron & Wallace, 1984(和名なし):霜柱状突起が莢径よりも大きいのが特徴。タイプ産地はグレートバリアリーフ。



Montipora granulata Bernard, 1897(和名なし):霜柱状突起が均一で敷石状に分布するのが特徴。タイプ産地はトーレス海峡。



Montipora hoffmeisteri Wells, 1954(和名なし):円錐状に隆起した突起の頂点に個体が分布するのが特徴。本種の名で掲載されたVeron & Wallace(1984)、西平・Veron,(1995)、Veron(2000)のは別種。タイプ産地はビキニ環礁。

サンゴ染色法-白過ぎるサンゴ標本のハレを防ぐ方法

2019-06-06 | 雑感
 サンゴ分類では骨格標本を作製して、個体の構造を観察する必要がある。サンゴ骨格は基本的に純白であるが、他の生物によってかすかな色が付いていることが多い。その場合は観察や撮影に好都合なのであるが、標本が無垢であまりにも白すぎると、ライティングを工夫してもハレーションを起こして細部がぼやけてしまう。
 これまで、エビのパーツのハレーション対策としてメチレンブルー染色を利用してきた。そこで、サンゴもメチレンブルーを利用しているのであるが、エビと違い、サンゴは乾燥させる必要がある。そして、どんなに薄くしても、水分が蒸発する際に表面で色素が斑状に集まってしまう。観察には問題ないのであるが、写真写りは悪く、また、標本の質も損なう。そのため、サンゴ染色はよほどの事がない限り行わない。
 昨日、とても重要で、かつ極めて純白な標本を観察するために染色する必要に迫られた。標本はできるだけ汚したくない。そこで、以下の改良サンゴ染色法を考案した。これはなかなかよろしい。


①インクジェットプリンターの黒インクを無水アルコールで100倍に薄め、染色液とする。



②容器に標本を入れ、染色液をスポイトでまんべんなくかけ、数分放置する。



③標本をキッチンペーパーで包み、輪ゴムできつく縛る。次にUSBファンの上に載せ、余分な染色液をペーパーに吸着させながら乾燥させる。乾燥は1時間。急がなければファンの必要はない。


④USBファン8cm、アマゾンで1000円程度。


⑤乾燥後の標本とペーパーに吸着した余分な染料



⑥右は非染色標本、左は染色標本(両者は同一群体)。濃すぎず、薄すぎず、理想的な仕上がり。斑も部分的で標本の質を下げていない。

海洋生物のダイナミックな変化は世の常か

2019-06-04 | 雑感


リーフチェック串本の調査風景


 何かを会得するには3年(石上三年)でも9年(面壁九年)でも足りないことがある。特に海洋生物の変動傾向や原因をつかむためには、もっと長期の調査が必要となる。それは、生物各種の個体群量は、大きな「環境変化の流れ」に応答しており、「環境変化の流れ」を把握するためには長期観測が不可欠だからである。この例えとして、先日終えたばかりのリーフチェック串本の20周年記念調査の結果を紹介したい。
 リーフチェック串本は、ボランティアダイバーによる世界的規模のサンゴ礁監視活動である「リーフチェック」に賛同して2000年から始まった。ただし、リーフチェックは手法に根本的な欠陥があるため、リーフチェック串本では独自に「串本の海の変化を捉える・地球温暖化を検証する」ことを目的に掲げ、リーフチェックの標準調査対象種に串本だけの地域限定種をふんだんに盛り込んで2001年から新たな調査活動を展開している。
 さて、調査代表種もしくは代表群のこの20年の量的変化を図2019-1に示す。図を見ていただければ一目瞭然であるが、生物各種は毎年ダイナミックな変化を繰り返している。調査を開始して10年の間は、ただただ、予想外の結果に翻弄されるばかりで、変化の傾向が把握できなかった。ところが10年を過ぎると全ての生物群が減少に向かっていることが分かり、さらに15年を過ぎると減少などという生やさしいものではなく絶滅に向かっていることが示唆された。そして、ここでやっと生物の変化傾向に環境(水温)の変化傾向を対応させることができるようになる。
 実は、串本海域は1990年代に入り突如として高水温現象が始まり、2000年代初めにそのピークを迎え、2010年代以降はそれが徐々に解消し、近縁は平年並みに戻っていたのである(図2019-2)。この環境変化に応答して、串本海域で定着・繁殖した南方系生物各種の個体群は2000年代初頭に最盛期を迎え、水温の低下と共に衰退していったと解釈できる。つまり、リーフチェック串本の調査は、生物の最盛期から衰退期の姿を捉えていたのである。また、さらに、2018年は黒潮の大蛇行と寒波の影響で異常な冬期低水温現象に見舞われ、生物の減少にいっそうの拍車をかけた。ちなみに、2018年の低水温は1970年以降では過去2番目にインパクトが高かった。
 2000年をピークに生じた高水温現象とそれに伴った南方系種の増殖は、地球温暖化の象徴として捉えられていたが、それ以後は地球温暖化の進行とは真逆の変化を示している。「温暖化は一体どうなったんだ」と疑問が生じるが、黒潮の流路に沿岸の水温環境が左右されるという特殊事情を持つ紀伊半島では、必ずしもグローバルな環境変化に対応しないのであろう。それでも温暖化は続く。そして、この20年の結果が示すように、水温、それに生物は一進一退のダイナミックな変化を繰り返しながら、長期のスパンでは右肩上がりで推移していくのであろう。


図2019-1


図2019-1~3