山行記録・写真

楽しいことや苦しいことの思い出をブログにしてみました。

NHK大河ドラマ「真田丸」 8 「調略」   28.2.28

2016-02-29 11:20:37 | NHK大河ドラマ「真田丸」

NHK大河ドラマ「真田丸」 8 「調略」   28.2.28

 

< 1582年(天正10年)6月2日・・・・ 本能寺の変、信長 49才、武田を滅ぼした3ヶ月後。>

<   1582年(天正10年)6月13日(6月2日本能寺の変、11日後)山の合戦。羽柴、明智を負かす。>

<   1582年(天正10年)6月18日  北条上野へ侵攻。 神流川(かんながわ)の戦い。瀧川、北条に敗れる。>

<  1582年(天正10年)北条、信濃へ侵攻。川中島で上杉と対峙。徳川の甲斐侵攻を知るや甲斐へ転進。上杉、部下の反乱で信濃から引き上げ、信濃は国衆のみとなる。>

 

北条、武田領を呑み込もうとしている。

 

徳川、この事態に慌てる。

 

北条氏直、2万の軍勢で、上野から信濃に侵攻。

上杉も徳川も打倒するとの意気込み。

 

信州の海津城(後の松代城)。

上杉景勝は、旧武田家臣春日に信頼している旨を告げる。

 

真田郷。

兄、父に北条を蹴散らそうと・・・・。

 

海津城。

叔父と信繁、旧武田家臣春日を調略しようと・・・・。

春日、「お館と一緒に討って出ようと言ったが、春日は城に残れ、海津城は川中島の要」と。

叔父、春日へ「兄は上杉には勢いが無いので北条につく。北条につこう」と力説する。

しかし、春日、「この話は無かったことにしましょう。御免」と立ち去る。

 

信繁も、機会を捉え説得。

「信玄公への恩はどうか。北条は信玄公の娘婿なので、北条につくことが御恩返しになるのではないか」と。

春日、「二度とこの話をするな」と強く言われた。

 

真田郷。

父、「海津城の調略がうまくいかない。氏直にあってこよう」と出かける。

 

岩櫃城の兄へ父からの手紙。

「上杉を見限り、北条についた」

これにより、兄出陣。

 

父、北条氏直の陣屋へ出向く。

氏直「真田は遅い。よう出向いて来たな」と糾弾される。

同じ国衆が助け船、「真田は小県(ちいさがた)のまとめ役」と・・・。

氏直、「箕輪城に控えておれと」と。

父、「お土産として、海津城の春日を味方に」と答える。

そこに、氏政が陣中見舞いとして訪れる。

氏政、氏直へ「上杉に勝てるか」。

氏直、「勝てる」。

氏政、真田を見て、「武田の真田か。ようよう、さすがじゃのう。春日を味方に。礼の申しようがない」と告げる。

父、海津城を春日に与えてやってくれと懇願、氏政「海津城、春日に与えてやる」と。

氏直へ、その件について書状を書くよう命令する。

「氏直は若い。手綱を引いておかなければ・・・・」。

 

北条3万に膨れあがり、川中島へ侵攻。

これに対し、上杉7千。

 

海津城。

上杉景勝、真田昌幸が北条についたことを知り、叔父や信繁に対し「許しがたい」と

告げる。

これに対し、二人は「親子ともども、越後に骨を埋めると。」とその決意を言上、許される。

 

夜分、二人春日に会い、氏直の書状を見せる。

「海津城を春日に戻す」を見せる。

「上杉にいれば、せいぜい城代、これで父の城を取り戻せる。武田が滅んでいなければ、こんな苦労はしてない。貴方の父も同じだ。」

春日、「信玄公が死んだ時、皆死んだのだ」。

「真田は岩櫃城を取り戻した。北条につき海津城をとりもどしては・・・」と説得する。

 

北条の陣。

昌幸へ弟から手紙、昌幸「春日がなびいた」と。

 

春日呟く。

「俺を調略するとは考えたものだ」。

 

北条と上杉、千曲川を挟んで対峙。

間者、氏直に「上杉方1~2万と」言上。

対岸に、春日の磔姿が・・・昌幸調略失敗を悟る。

真田昌幸、氏直へ「3万、上杉を討つのは今だ」と進言。

氏直、「徳川が甲斐侵攻。これから甲斐に向かう」と転進を命じる。

なお、食い下がる昌幸を殿(しんがり)として命じる。

国衆の一人、「昌幸が生きて帰ったらまた会おう」と。

昌幸、「北条氏直分かりやすい男」と呟く。

 

甲斐、躑躅城、徳川家康。

氏直の甲斐転進が知らされる。

 

叔父と信繁。

叔父が、「俺のようになるな」と信繁を諭し、春日のもとへ。

叔父が、春日に氏直の手紙を渡し、読ませた後、殺害、自刃に見せかける。

春日が北条方と通じていたように工作する。

景勝、春日を磔にするよう命じる。

 

叔父、信繁に至急脱出するよう命じる。

その途中、春日の磔姿の前で合唱。

景勝近寄り、「春日は信じていた。越後では部下が反乱を起こした。人の心は分からない」と越後へ

帰って行く。

 

信繁、父と叔父、春日を利用、二人は恐ろしいと嘆く。

 

真田郷。

父、兄弟会話。

兄、「あれでよかったのか」。

父、「全て計略のうち、上杉、北条、徳川が居なくなり、信濃には(大名が)誰も居ない。

信濃の国衆で信濃を治める。我らの国を創るのだ。国衆の独立国家だ!!!!」

 

徳川陣営。

家康、「真田の策か」「上杉と北条を追い出した」「北条と徳川を戦わせて」「恐ろしい」ことだ。

 

< 来週・・・ 「駆引」   >


連続テレビ小説「あさが来た」 - 115  第22週 「自慢の娘」

2016-02-29 09:15:10 | NHK連続テレビ小説「あさが来た」

連続テレビ小説「あさが来た」 - 115  第22週 自慢の娘

 

+++++の終わり

和歌山の姉宅。

姑、床で倒れる。

でつづく。

 

+++++今日の始まり

< 前週のおさらえ >

「あさ一命を取り留めた」

「(田村宜(たむらのぶ)と話し)私の昔に似ているかもしれないとあさ」

「和歌山の姉宅、姑が倒れて骨折」

 

曜日  28.2.29  22週  127日

 

< 明治21年、加野銀行誕生。 >

< 実話・・・・夫新次郎が尼崎で社長になった会社は、現在のユニチカとのこと。>

< 明治27年 日清戦争始まる。夫新次郎社長止める。>

< 成澤泉から「女子教育について」の書面受け取る。>

< 女の大学校の設立に、成澤泉とともに第一歩を踏み出す。>

< あさ、東京に出かけ大隈重信の大学設立協力の約束を取り付ける。>

< あさ、萬屋の凶刃に倒れる。>

< あさ、手術を経て数日間昏睡、目覚める。>

< あさ、退院。明治28年3月、日清戦争終わる。鉄道、山陽にも延伸、九州や東京との往来が便利となる。

銀行も67万円貯蓄保有、有数の銀行に発展 >

 

和歌山の姉宅。

姑、床に臥す。

姉の夫、「俺が、母の夢を断ってしまったから骨折した」と落ち込む。

次男、畑へ

両親に姑の面倒を良く見て欲しいと・・・。

両親、感謝・・・感謝「おおきに」・・・・。

 

大阪の銀行。

元助の手紙を囲んで・・・。

神戸でマッチを作っていると。

加野屋の大番頭だったことで信用があり、先代と頭取に感謝していると。

 

喜助、あさ、夫新次郎が椅子談議。

喜助、平四郎と自分の椅子に座りながら、自分の椅子が小さいことを悔やむ・・・?

夫新次郎、「人の幸・不幸は椅子の大きさに関係なし」と不機嫌に言い放ち室外へ・・・。

平四郎と姉長男藍之助の噂となり、最近仲が良く、外食もしていると・・・。

夫新次郎の不機嫌の理由が分かっている、あさ・・・・。

 

もうすぐ四月。

京都、寮では千代帰宅の準備中。

< 千代思い出・・・母の入院先であった学生の言葉「実に別嬪だ。もう1回会われるかも知れない」、・・・>「会えなかった」のに・・・怒りが出たような口ぶりだった?

田村宜(たむらのぶ)、突然「卒業したら結婚せよと言われた。もうこれ以上学問したらいけんと・・・」と号泣、嘆き悲しむ。

 

千代、帰宅。

家族が出迎え、千代の嫁入りの話となる。

今年、最上級生となり、来年卒業のときお嫁さんだ。しかし、一人娘なので、婿とりだ。

頭取、「婿に、仕事を手伝って貰わないといけない」と・・・・。

「同じ年頃がよいかな」などなど・・・。

夫新次郎、途端に不機嫌となる。

あさ、千代に「急ぐ必要ない」「まだ色々な専門の学校もある」と話す。

千代、「お父ちゃんに京都の学校勧められ良かった」。

夫新次郎、大喜び。

千代、「卒業から結婚までゆっくりしたい」と答える。

夫新次郎、満面気色で室外を眺め、雨が降ってきたことを告げる。

千代、あさに「お母さんに相談がある」と呟く。

あさの顔、ほころぶ・・・・。

< ナレーション・・・あさ、初めて相談を受けることとなった。 >

でつづく。

 

明日どのような展開になるか楽しみだ。


じじ・ばば 孫娘の新居(マンション)へ 28.2.28(日)1100-1630

2016-02-29 07:57:44 | 孫 関連

じじ・ばば 孫娘の新居(マンション)へ 28.2.28(日)1100-1630


昨年末、孫に会い、2ヶ月ぶりに顔を会わせた。

「背が伸び、スリムになり、おしゃべりで口が良く回る」ようになり、日々の成長の著しさを感じ取った。

今日は、新居のマンションを訪れた。

1月転居。

引っ越しなどはとても手伝えないので、邪魔をしないように訪れなかった。

妻は会いたかったようだが、ようやく新居の整理も出来たので、来てくれとのことだった。

昨年12月末完成したばかりのマンション。

4LDK、床暖房があり、快適だった。

 

息子夫婦と孫は、いづれも早や生まれで、誕生祝と孫の雛祭りを兼ねたような一日となった。

  1. 孫と折り紙遊び。
  2. ファミリーレストランで昼食。
  3. トイザラスでおもちゃ購入。
  4. 孫のビデオ鑑賞。

  発表会、家族3人でケーキを食べたこと

 ② 踊り。

 ③ 合唱。

 ④ マラソン、園庭を3周回り、タイム測定。孫完走、練習時何時もびりだったが、確か4ないし5着となった。早生まれのためハンデあり。

 

入園時2才、今3才1ケ月、早や生まれで、一番背も体重も軽かったが、最近中間ぐらいに成なり、成長し追いつきつつあると・・・。

 

帰り際に、孫に「何回も抱こうとしたが拒否」され、「パパが良い」と・・・・・。

妻には、抱かれ、じゃれついていたのに・・・・・残念無念。

 

< 写真 >

 妻の膝の間でじゃれつく孫


② 息子の妻が、息子と孫を雛として描いたもの