何を書いたらいいのだろう。
言いたいことは数々あるが、それらが頭の中で暴走して、クラッシュして、炎上しているので、消火するだけでエネルギーを無駄に使っている。僕は昔から、ものすごく頭脳の燃費が悪い。はっきり言って、ブログ向きではないと思う(いや、ほんとです)。
参院教育基本法特別委員会での強行採決からあと、野党の対応については報道内容が二転三転して、僕も書いたものをいったんあきらめたり、修正したり、また引っ張り出してきたりということをくりかえし、とうとう15日になってしまった。
野党は足並みがそろっているとは言えない中、それでも結局は内閣不信任案を提出するという。当然だが、遅過ぎるとも思う。ただ、与党が3分の2を占める現状では、不信任が決議される見込みはない。「抗議」の世論を拡大するための切り札としてとっておいたのだろうか、とも思う(違うのかな?他の見方があればご教示ください)。これを「ただの苦し紛れだ」と鼻で笑う連中の顔も思い浮かぶが、会期の最終日にこれを出すということが、延長を狙ってのことなのか(実際18日まで延長するようだ)、来年の通常国会を見越してのことなのか、具体的に戦術として素人の僕には判断がつかない。
はっきりしているのは「国会は腐っている」という現実だけだ。度重なる憲法違反の法案の押し付け、必要とされる審議の意図的な無内容化。加えてTM問題をはじめとする、国民を巻き込んだヤラセ世論形成。まさにチョムスキーの言う「同意の捏造(manufacturing consent)」そのままである。野党が一致して内閣不信任案を突きつけるのは理の当然、というより国民の代表としての「義務」である。
言い換えるなら単に野党の抗議に便乗するだけではない、また共謀罪、憲法改定などの個別の反対運動とは別に、市民の側からの「安倍内閣不信任」もしくは「安倍首相辞任運動」が、そろそろ結集されてもいいのではないかという気がしてきた。というのも、安倍ちゃんというのが、本当に人の話を聞かないただのイケイケ右翼だということが、いよいよ国会運営の場からも見えてしまっているからである。話し合いを申し込むだけ時間の無駄である。憲法はこういう政治家をクビにしていいと書いてあるのだから、クビなのである。
第十五条
1 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
「一部の奉仕者」とはどういう人か。これほどわかりやすいサンプルはない、というのが安倍ちゃんである。説明は他にゆずる。僕がやる必要もないくらい、説明はされ尽くしている。一つだけ上げるなら、その国会運営手法は、祖父である岸信介ゆずりの「声なき声に耳を傾ける」という詭弁の実践であるということだ。
第十六条
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
だが同時に、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない(第十二条)」。幻想の「美しい国」の国民を除いて、請願の権利を行使することは国民としての「義務」なのである。
おまけ:
最新のネタというわけではないが、「ル・モンド・ディプロマティーク」に、編集総長イグナシオ・ラモネの「安部政権の発足」と題する論評が載っていた。別に際立ったことは何一つ書かれていないが、フランスの左派知識人が持っている安倍ちゃんに関する知識と、一般の日本人が持っている知識との差に、暗澹たる思いをさせられる。
言いたいことは数々あるが、それらが頭の中で暴走して、クラッシュして、炎上しているので、消火するだけでエネルギーを無駄に使っている。僕は昔から、ものすごく頭脳の燃費が悪い。はっきり言って、ブログ向きではないと思う(いや、ほんとです)。
参院教育基本法特別委員会での強行採決からあと、野党の対応については報道内容が二転三転して、僕も書いたものをいったんあきらめたり、修正したり、また引っ張り出してきたりということをくりかえし、とうとう15日になってしまった。
野党は足並みがそろっているとは言えない中、それでも結局は内閣不信任案を提出するという。当然だが、遅過ぎるとも思う。ただ、与党が3分の2を占める現状では、不信任が決議される見込みはない。「抗議」の世論を拡大するための切り札としてとっておいたのだろうか、とも思う(違うのかな?他の見方があればご教示ください)。これを「ただの苦し紛れだ」と鼻で笑う連中の顔も思い浮かぶが、会期の最終日にこれを出すということが、延長を狙ってのことなのか(実際18日まで延長するようだ)、来年の通常国会を見越してのことなのか、具体的に戦術として素人の僕には判断がつかない。
はっきりしているのは「国会は腐っている」という現実だけだ。度重なる憲法違反の法案の押し付け、必要とされる審議の意図的な無内容化。加えてTM問題をはじめとする、国民を巻き込んだヤラセ世論形成。まさにチョムスキーの言う「同意の捏造(manufacturing consent)」そのままである。野党が一致して内閣不信任案を突きつけるのは理の当然、というより国民の代表としての「義務」である。
言い換えるなら単に野党の抗議に便乗するだけではない、また共謀罪、憲法改定などの個別の反対運動とは別に、市民の側からの「安倍内閣不信任」もしくは「安倍首相辞任運動」が、そろそろ結集されてもいいのではないかという気がしてきた。というのも、安倍ちゃんというのが、本当に人の話を聞かないただのイケイケ右翼だということが、いよいよ国会運営の場からも見えてしまっているからである。話し合いを申し込むだけ時間の無駄である。憲法はこういう政治家をクビにしていいと書いてあるのだから、クビなのである。
第十五条
1 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
「一部の奉仕者」とはどういう人か。これほどわかりやすいサンプルはない、というのが安倍ちゃんである。説明は他にゆずる。僕がやる必要もないくらい、説明はされ尽くしている。一つだけ上げるなら、その国会運営手法は、祖父である岸信介ゆずりの「声なき声に耳を傾ける」という詭弁の実践であるということだ。
第十六条
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
だが同時に、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない(第十二条)」。幻想の「美しい国」の国民を除いて、請願の権利を行使することは国民としての「義務」なのである。
おまけ:
最新のネタというわけではないが、「ル・モンド・ディプロマティーク」に、編集総長イグナシオ・ラモネの「安部政権の発足」と題する論評が載っていた。別に際立ったことは何一つ書かれていないが、フランスの左派知識人が持っている安倍ちゃんに関する知識と、一般の日本人が持っている知識との差に、暗澹たる思いをさせられる。