没落屋

吉田太郎です。没落にこだわっています。世界各地の持続可能な社会への転換の情報を提供しています。

フード・マイレージを創った男

2006年06月16日 00時17分54秒 | 有機農業


 フード・マイレージは、篠原孝衆議院議員が農林官僚時代に提唱して以来、氏が草案した「地産池消」や「旬産旬消」とセットになって日本でも広まり、議論されている。

 だが、フード・マイレージそのものは、ロンドン市立大学のティム・ラング(Tim Lang・1948~)教授が提唱した概念である。教授は、農業生産に隠されたコスト問題を明確化するため、1994年にフード・マイレージの概念を創案したが、こう語っている。

「食料が遠方から運ばれていることは、政策立案者にとっても消費者にとっても、はるかに重要になってきています。例えば、長距離を運ばれる果実や野菜も近くで採れる果実や野菜も栄養面では同じに見えるかもしれませんが、環境面ではそれらは正反対なのです。この問題に取り組むひとつの方法は、スーパー・マーケットに運んだ距離の食品表示をさせることでしょう」

 ラング教授は、最近もジュールス・プレティ教授とともに、フード・マイレージの環境負荷を詳細に描いた論文を発表。2005年3月2日には「地場農産物は、有機農産物よりも環境に優しい(Local food 'greener than organic')」という挑発的な題が付いたニュースがBBCで放映されている。

 教授は、英国食料環境省の有機アクションチームのメンバーだし、国内のみならず、1980年代には、ヨーロッパ環境委員会(European Commissioner for the Environment)の食料政策アドバイザーを努め、1996年以来、WHOのコンサルタントを務め、WTOの新たな食品栄養学方針の作成にも携わっている。食料政策の第一人者と太鼓判を押される食の安全・安心の国際的権威として有名である。

「公共の場で議論されるテーマを、知的でアカデミックなレベルを保ちながら、明解でわかりやすく伝えるのを助けること。それが私の役割なのです」

 教授はそう説明するが、実際、そうした問題意識から、食料生産と流通業の全貌を俯瞰し、近代的な集約農業と環境保全の矛盾、食品加工業と健康との間のミスマッチ、スーパー・マーケットのパワーと消費者の権利とのズレを調べてきた。教授がテーマとする専門領域は驚くほど広く、BSE、農薬問題、環境や貧困問題といったグローバルな領域から、パン産業の構造、学校での食育にまで及ぶ。実際、教授の書いた学校での料理の実態のリポートが、最近、保健省(Department of Health)により発表されたが、英国の若者たちも、料理の経験不足から、卵をゆでることすらできなくなっているという。また、2001年から2002年にかけては、今後、30年後の食実態を評価する委員会(DEFRA Horizon Scanning)のメンバーを務めたが、こう警鐘を発している。
「イギリスのいまのスピードでは、必要最小限の野菜や果物を誰もが食べるようになるには2040年までかかると見積もられます」

 過去50~60年間、英国政府は、こと農業に関しては生産者の声をなによりも重視してきた。第一次、第二次大戦と立て続けに飢餓に苦しめられた経験がトラウマとなり、戦後労働党政権は、二度と飢饉が起きないよう、農業に大量の補助金を投じ、食料増産に努めてきた。工業的近代農業の欠点やそれが国民の健康や環境に与える悪影響には目をつぶってきた。だが、1980年代後半、アグリビジネスに重大な欠陥が恐怖とともに一挙に噴出する。BSEである。
だが、教授はこうした事態が起きることをはるか前から予想してきた。この10年だけでも、教授は、サルモネラ菌、リステリア菌、BSE、遺伝子組換え農産物と食の安全性問題について、多くの警鐘を発してきた。そして、教授は、多国籍企業や政府を批判する。

「労働党政権はいくつかの重要な改革を進めています。とりわけ、保健省に食品安全管理局(FSA=Food Standards Agency)が創設されたことは、アグリビジネス界に強力なメッセージを送りました」

 教授は、新たに創設された食品安全管理局のタスクホースのメンバーだった。

「そして、農業食料漁業省が解体されたとき、私は1瓶のシャンパンを開けたものです。農業省は大規模な生産者に完全に捉えられていて、必要な改革を実行できませんでした。食料環境省への機構改革で、食品流通への新たな関係が認識されることになったのです」

 教授は、食品業界に対する政府の規制構造を変えることがまず必要だとし、不健康な食品の広告や砂糖づけの飲料への課税を提唱している。

 だが、教授は食料政策には政府だけではなく、消費者にも責任があると言う。

「政府が実際に何かをするなら、もっと満足できるでしょう。ですが、消費者は本当にクリスマスに新鮮なイチゴが欲しいのでしょうか。これはラテンアメリカで集約生産され、恐ろしく高くつき、環境にダメージが大きい空気積むことを意味するのです。
消費者として、私たちは不可能を期待するようになっています。誰も質を求めますが、同時に安い食品が欲しいのです。環境に優しく、かつ、便利な商品が欲しいのです。消費者は、もっと厳しい選択をする必要があります」

 教授は口先だけの人間ではない。自分でも主張どおりの暮らしを心がけている。トローリー・バスで買い物にでかけ、地場農産物を買い、自分自身で作物を育てさえしている。

「スーパーは、製品にフード・マイルを付けるべきなのです。彼らは食品流通を効率化するため、システムに10億ポンドも投資していますが、まさに気が狂っているのです。これこそが消費者が情報を得られずに悩んでいる領域なのです」

 いま、教授がスーパーは気が狂っていると主張していると述べた。だが、教授の見解が広く受入れられるまでは時間がかかった。以前は、教授の方が世間からは奇人変人と見られていたのである。

「私が1970年代に、こうした分野に取組み始めたときには、奇人変人だと見られていました。英国の食料生産システムの問題のどこに問題があるのか。それはパーフェクトではないかと言われたのです」

 30年前以上も前、教授は、リーズ大学(Leeds University)で社会心理学を学んでいた。教授は1975年に社会心理学で博士号を取得するが、食べ物に心理学的な意義があることに気づいたことから、食を取りまく問題への興味をかきたてられ、農業の背後にある環境問題にも関心を持つようになっていく。

 1984年から1990年にかけ、教授はロンドン・フード・コミッション(London Food Commission)を率い、キャンペーンを通じて、サルモネラ菌の食中毒危機を警鐘した。1990~1994年は、セーフ・フード・キャンペーン(Parents for Safe Food Campaign)の代表として残留農薬問題に関わる。それが、以前に成長促進剤としてリンゴで使われていた農薬、ダミノジッド(アラー=Alar)を英国が使用禁止することにつながった。

「食料政策がトップニュースになるとは、最も野心的な夢でも予想できませんでした。この200年間というもの、英国では食料政策がずっと議論されてきました。ですが、第二次大戦後はその議論は衰退しました。ですから、もう問題はなくなったと思われていたのです。私がごく少数のボランティアたちと過去何十年もやってきた仕事は、この討論の伝統を復活させる一助となったのです」

 時代は変わった。いまは誰しもが、それほどことが単純ではないことがわかってきた。

「市民としての趣味が私の人生になったわけです」教授は笑う。

 いままで、ラングのことをずっと教授と呼んできたが、実は、ラングが、テムズ・バレー大学(Thames Valley University)の食料政策センターの教授に迎えられたのは、1994年。そして、現職のロンドン市立大学食料政策の教授となったのは、2002年11月からで、まだごく最近のことにすぎない。それまでは、ずっと教授は市民運動家として活躍してきたのである。

「今も巨額な資金が、消費者が何が欲しいのかを調べもせずに産業界から投資されています。彼らは、健康や社会問題の原因を調べるよりも、機能性食品のように科学的なやり方で解決しようとしています。ですが、教育からもたらされる以上にそれが益したことは、一度たりとてもありませんでした」

 とかく、日本ではスマートでアカデミックに扱われがちなフード・マイレージだが、その概念は、何とか消費者意識を高めようと30年以上も食や農の問題に携わってきた市民運動家が、現場の中から苦肉の策として編み出したツールだったのである。

共著、『管理されない消費者』(Unmanageable Consumer, Sage, London, 1995)、食や料理から、EUの食料政策が健康や文化にもたらす影響や与えるまでを記述した『食の地図』(The Atlas of Food, Earthscan, London, 2003)は、アンドレ・サイモン(Andre Simon)賞に輝いた。最近では、食、健康、文化へのグローバリゼーションの影響を『フード・ワーズ:心、口、市場へのグローバルな健康の戦い』(Food Wars: the global health battle for minds, mouths and markets, Earthscan, 2003)がある(いずれも共著)。

(引用文献)
John Crace, Tim Lang: eating his words, Tuesday March 16, 2004.
http://education.guardian.co.uk/print/0,3858,4880170-108966,00.html
ロンドン市立大学のHP
http://www.city.ac.uk/ihs/hmfp/foodpolicy/who/lang_t.htm
The Public Defender,2006.
http://www.waitrose.com/food_drink/wfi/foodpeople/campaigners/9908078.asp


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