妻から、早朝の「みなとみらい」まで荷物を届ける任務をおおせつかった。せっかくの機会なので、帰りは海を眺めながら中華街まで歩いて戻ってきた。 冒頭の写真は新港パークから眺めたインターコンチネンタルホテル。ヨットの帆をイメージして建築されたというが、どこか2枚貝のようでもある。 ▲その蝶つがい部分に海の女神が飾られている。これは船の舳先でも見かける。 ▲新港ふ頭客船ターミナルの門柱。数年前まで、ここから中国上海行きのフェリー「鑑真」が出ていた。 ▲左側に写っているのが旧待合室。正面はハンマーヘッドクレーン。ジョン・ブルという愛称がつけられていたというが詳細は不明。ご存知の方がいらしたら教えてください。 ">▲手前は税関のパトロール船。奥に見えるのは海上保安庁の防災基地。 ▲巡視船が停泊していた。 ▲舫(もやい)繋ぎ。石原裕次郎が片足を乗せてマドロスパイプをくわえているシーンを思いだす。今は舫もなく、ベンチとしての機能を与えられている。 ▲ララ物資荷揚げの記念碑。右側の碑には香淳皇后の歌が刻まれている。 太平洋戦争直後のわが国は、衣食住に困窮していた。そうした中、全米の宗教団体を中心とする「アジア救援公認団体」が設置され、ミルク、穀物、缶詰などの援助が始まった。この救援物資は、「アジア救援公認団体」の英語名「Licensed Agencies for Releif in Asia」の頭文字LARAをとってララ物資と呼ばれた。1946年11月30日、ララ物資を積んだハワード・スタンズペリー号がこの新港埠頭に到着し、1952年まで続けられた。 ▲海上防災基地内にある海上保安資料館。北朝鮮の工作船展示がメインの資料館である。 ▲新港ふ頭に残る旧横浜港駅プラットホーム。ここは明治44(1911)年、横浜税関構内の荷扱い所として造られ、大正9(1920)年に横浜港駅となり、東京駅から初の汽船連絡列車が乗り入れた。その後この列車は「ポートトレイン」とか「ボートトレイン」、あるいは「岸壁列車」などと呼ばれた。 昭和3(1928)年には当時の花形外航ターミナルにそってプラットホームが設けられ、華やかな海外渡航時代の最盛期を迎えた。 昭和34(1959)年、宝塚歌劇団の一行がここから氷川丸に乗ってアメリカ公演に出かけている。このときは5千人の見送りで賑わったという。 ▲レールも保存されている。 ▲旧税関事務所遺構。 ▲大正3(1924)年に建設されたが、関東大震災で床や屋根が焼失した。しかし復旧されないまま埋めて荷捌き用地になっていた。赤レンガパーク整備の際に発見され、現在は花壇として利用されている。 ▲古い石畳。数え切れないほど多くの海外渡航者、税関関係者、運送会社の人々などによって踏まれ続けてきた。 ▲人のいない赤レンガ倉庫を初めて見た。 ▲新港ふ頭と関内をつなぐ新港橋。 ▲橋梁の台座下に古いレンガ積みが残っている。小口の段と長手の段を1段置きに並べるイギリス積みだ。このようなレンガ積みは土木構造物や鉄道の橋梁などでよく見られる。 ▲橋の中央に昔のレールが保存されている。 ▲相当古い橋梁だと思ったら、やはり大正元年に架けられたものだった。浦賀舩渠株式会社製造の標識が張ってある。 ▲新港地区の地図。 ▲現在、象の鼻地区の整備が進められている。その形が象の鼻に似ていることから、このように名づけられた。 ▲これが象の鼻だ。 ▲象の鼻地区完成予想図。なんだか味気ない感じがする。 ▲かつての船ダマリ。のどかな風景が広がっていたのに、残念だなぁ… ▲日本大通側にあった東西上屋は撤去され更地になっている。 ▲掘削した下層からレールが顔を見せている。これは最近まで構内に残存していたレールではない。もっと古いもので長年埋められていたようだ。 そういえば最近、ここを掘削したら下からターンテーブル(転車台)が出現したという。そこにつながる線路だろうか。 ▲大桟橋側。古い民家風の建物に、似つかわしくない背の高いポール。いったいこれは何なのだろうか。 ▲薄茶色の建物は水上警察所。横浜らしい警察だ。隣接して船着場が<あり、POLISと書かれた船が停泊している。 ▲山下公園。花火大会に備えて、バリケードが作られていた。 みなとみらい地区からここまで、約1時間程度の散歩だった。 さすがにお腹が空いてきたので、中華街へ向かう。朝9時に開いている店は「龍仙」か「謝甜記2号店」。朝粥を食べるなら、やはり「謝甜記2号店」ということで、疲れた足を引きずりながらやっとの思いでたどり着いたら、なんと超満員! 結局何も食べずに家へ帰り、ソファでごろ寝となった。 ←素晴らしき横浜中華街にクリックしてね 「ハマる横浜中華街」ランチ情報はコチラ⇒ |
元町公園プール→中華街は来週のお楽しみとなりました。
改めて、当ブログを見直してみますと、ランチ情報
だけでなく、渋い視点でも記事が多く、興味深いです。
記事の中で、やはり最も気になるのが
「オリエンタル旅館」ですね。
そういえば、20年前くらいに、元町へ抜ける道沿いに、すごく長ーい鎖をつけたビーグル犬がいたことを
ひょいと思い出しました。
プール&中華のお楽しみ、残念でしたね。
来週は晴れることを祈っています。
オリエンタル旅館は最大のナゾです。
何度か訪問を試みているのですが、声をかけても人が出てきたことがありません。一度、泊まってみたいものです。