エッセイ -日々雑感-

つれづれなるままにひくらしこころにうつりゆくよしなしことをそこはかとなくかきつくればあやしゅうこそものぐるほしけれ

アブサン

2017年05月09日 | 雑感

 

                                                        2017年5月9日

 本を整理していると「アブサン」と題する本が出て来た。クリストフ・バタイユ著、辻邦生・堀内ゆかり訳だ。

                                   

ケコちゃんが送ってくれた本だ。

ページをめくっていると、

「I  さんが北山荘で、私のもってきたフェンネルの根に近い白い茎の部分をかじって“アブサン”と叫んだのが印象深く、私はいっぺんにアブサンという言葉をおぼえましたのよ!」と書き込まれた紙片が入っていた。

 

30年ほど前から数年間、高校時代の山岳部の小屋に年一回泊まりで集った。小学校から高校時代の仲間で男は主に山岳部だが、女性はその連れ合いとか昔の友達、総勢12,3名、多くて15名だ。

ケコちゃんは小学校からの女友達だ。

                       

あのころは懐かしい。

一晩を過ごすに足る囲炉裏の木を皆で集め、各々得意の料理を作り、酒を飲み、ギターを弾き山の歌を歌い、夜更けまで語らって、そして順次シュラフに倒れ込む。

あくる日は、みな囲炉裏の煙でいぶされた燻製だった。

 

クリストフ・バタイユの「アブサン」は、この酒精についての幻想的な物語だ。

 話は普仏戦争・フランスとドイツの戦争からはじまる。

圧倒的な劣勢の中で城塞のフランス軍は戦い、食料がつき、救援隊が来た時には数人を残してほとんどが死んでいた。だが、死者のまなざしには奇妙な悦びが浮かんでいた。彼らは地下倉庫に蓄えられていた毒の花びらリンドウを吸って戦っていたのだ。リンドウはアブサンの製造に使われるものだった。

 

章が進み、ある少年とアブサンの醸造人“ジョゼ”の話になる。少年はジョゼが魔術のようにアブサンを醸造する様をみて、その神秘な力に魅せられる。

 

アブサンの原料はリンドウとニガヨモギで、リンドウでつくったものは黄金色、ニガヨモギでつくったおのは薄緑色だった。たいていはニガヨモギで作るらしい。リンドウの方が毒性が強かったようだ。

 

アブサンはその中毒性のためにフランスでは1915年代に製造を禁止された。続く章で、その過程がつづられている。ただし禁止された時は国によってばらばらだ。禁止されていない国もあったらしい。

 

私は高校時代にアブサンを飲んでいた。

私が行っていた高校は自由な雰囲気、というより無責任放任主義で、勉強したいものは勝手にやれという感じだった。我々の仲間はみな、大学は当然一浪して入るものだと思っていた。じっさい高校卒業後20名ほどの仲間全員予備校に入学した。学年で一人だけ現役で東大に入った者がいて、みな仰天した。

 タバコをすう者はざらだったが、私はタバコは吸わなかった。ただし酒はYとペアになって出町柳商店街の裏の飲み屋でヤカンからドブロクを、銀閣寺の赤ちょうちんで銚子から日本酒とやっていた。Yはともかく私の頭は丸坊主だったが、だれもなんとも言わなかった。

その中で印象に残るのがアブサンだ。日本ではアブサンは私が高校生だったころはまだ禁止になっていなかったようだ。あとで売られなくなったような気もするが、どういう運命をたどったのかわからない。

                       

写真は大文字山の“大”の中心からの京都の夜景だ。右下あたりが銀閣寺で、そこにおじさん一人でやっている銀月というぼろぼろの飲み屋があった。おじさんはオムライスなどを作ってくれる。そしていろいろと薀蓄のある話をしてくれる。

この店で飲むのがアブサンだった。シングルのウイスキーグラスに入れられた淡緑色の液体、ニガヨモギ原料の80度以上の強さをもつ酒精だ。

 これをちびちび飲みながらオムライスを食べる。あのころの酒の飲み方は、社会人になってから飲むよりもずっと上品だった。金がないから沢山はのまない、ゆっくりと飲む。だから話もみだれない。いい気持になって夜の大文字に登ったり、白川の天神様に行ったりした。

 アブサンのあの匂いと味は独特だ。テキーラやウオッカなどとはまったく違う。あの味が習慣的アルコール中毒患者を作りだして毒の酒とされるようになったのか、それとも本当に毒だったのか。

そんなことはどうでもいい、なつかしいだけだ。

 

ケコちゃんがくれたハーブの根は、まさにアブサンそのものの味だった。

あの頃の小屋仲間は、亡くなったり、遠くに行ったり、小屋に行けなくなったり、今でも常に小屋に通うのは私と、TとMの3人だけとなった。

 

昨日も橋を直しに3人で行った。山芍薬、九輪草が咲き始めていた。