820note

820製作所/波田野淳紘のノート。

夜明け前後。

2011-10-25 | 生活の周辺。


公演が終わってもうすぐ二週間だし、いつのまにか秋も深まっているのだけど、時間だけが慌ただしく過ぎて、それを遠巻きに眺めている。
何せ今年はまだ夏が来ていないような気がするのだ。

ずっと、読むことを忘れていた。
本を。星を。象徴を。
散文的な心のやり取りを。ある区切られた時間の前後の変化を。
紙の上に印字された平坦な世界から、夜を、祝福を、災厄を、約束を、流れを生みだすこと。

読むことは、わたしとわたし以外とのあいだに、ある種の共犯関係を結ぶこと。
心のなかを具体的なもので満たしたい。冬は譲り渡さない。おれは季節や世界やあんたと喧嘩をしたくない。

『つばめ/鳥を探す旅の終わり』公演終了しました。

2011-10-19 | ごあいさつ。
『つばめ/鳥を探す旅の終わり』公演終了して一週間が経ちました。
ご来場いただいた皆さま、応援くださった皆さま、本当にありがとうございました。

ずっとやりたかった劇場で、ずっとあたためていた芝居を上演することができました。



当日パンフレットに載せた文章を転載します。

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僕はまだ幽霊を見たことがない。あるいは見ていたとしても気がついたことがない。

祖母のお墓参りに行くと、どういうわけだかほとんど晴れる。そういう日を選んだわけではないのに、気持ちのよい青空が広がっている。
先日、命日を少し過ぎた後に訪れたとき、その日はあいにくの曇り空だった。霊園にたどり着き、水を汲み、階段をのぼり、墓前に線香と花を供えた。手をあわせ、瞳を閉じて、頭の中でわあわあと近況を述べたてた。生きているときにはできなかった。いつも微笑んでいる彼女のそばで、僕はじっと黙っていた。小さな頃の僕をずっと彼女は大事に抱きしめていてくれた。僕たちはよく手をつないだ。背を追いこした頃からあまり話をすることはなくなった。それがいま手を合わせると、すらすらと伝えたいことが言葉になってあふれた。会いたかった。最後の日々、ほとんどぼくは見舞いに行かず、そばにいても、手を握っていても、語りかけることをしなかった。申し訳なさに胸が締めつけられた。頭の中でわあわあと叫んだ。ふいに背中があたたかくなった。視界があかるくなった。雲間が晴れた。熱いほどの陽射しが僕を背から包んだ。墓石に滴る水がきらきらと光っていた。

死者は生きている者が抱きしめなければならない。
そしておそらく、生きている者は死者によって抱きしめられなければならない。

僕はまだ幽霊を見たことがないし、これから先も見ることはないだろう。
そういう力がないのだ。
いま生きているこの胸の痛みに正直でありたいと思う。わたしたち、生きている者の側から、まっすぐに手を伸ばしつづけたいと思う。時折は見当違いな方角に手を差し伸べてしまうにせよ、それが誰のもとにも届かないにせよ、そもそもが、生きるということはそういうことだ。無残であり、滑稽であり、時々は茶番そのものだ。さしあたって、僕にとって。もしかしたらあなたにとっても。

わたしたちは誰も、死者の死を引き受けることはできない。
ただその傍らに立ち、ぼんやりと目を閉じるだけだ。耳をすますだけだ。涙を流すだけだ。語りつづけるだけだ。わたしたちは誰かの生を引き受けることもできない。けれど、愛することができる。茶番を演じあい、笑いあうことができる。願わくは優しい物語を。

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心強いキャスト、スタッフの力に恵まれ、助けられ、僕たちはあたらしい物語の語りかたを試した。
うまくいかなかったことも、こんなこともできるんだという発見も、等しくあった。

僕たちの持てる力はすべて舞台の上に乗り、僕たちの持っていない力はひとつも舞台の上に乗らなかった。
遠い未来からふり返ったとき、あのときのあの芝居が岐路だったな、と確実に思うと思う。集団としても、個人としても。

まだハートの下痢は続いていて、頭はごちゃごちゃとしているけれども。けらけらと笑おう。大丈夫だ。おれ達は生きている。
よろこびを持って次の芝居に臨みます。よろしければまた劇場でお会いしましょう。

『つばめ/鳥を探す旅の終わり』公演情報。

2011-10-11 | アナウンス。
◆820製作所第11回本公演
『つばめ/鳥を探す旅の終わり』
作・演出:波田野 淳紘

こどもたちは、四昼夜脱走した後、郊外のスーパーマーケットで、呆気なくつかまった。
砕かれた心をポケットに拾い集めて。この世界を逃走するこどもたちのものがたり。

◇Player
佐々木 覚
加藤 好昭
印田 彩希子

大谷 由梨佳
洞口 加奈
大田 怜治
宮脇 由佳

渡辺 幸司

櫻岡 史行(Polka dots)
福原 龍彦(CASSETTE)    and more
 
◆2011.10.7fri-11tue
SPACE雑遊(都営新宿線「新宿三丁目駅」C5出口目の前、JR「新宿駅」東口より徒歩10分 )
>>>MAP

-公演日程-
7日(金)19:30
8日(土)14:00/19:00
9日(日)14:00/19:00
10日(月・祝)15:00
11日(火)15:00

※開場は開演の30分前、受付開始は45分前。

◆チケット
前売り・当日共/¥3,000
学生/¥2,700(要学生証)

※早割期間は終了いたしました。

◇ご予約は劇団ホームページの「ticket欄」およびメールにて承っております。
 予約フォームへ。
TEL:090-6476-8200
MAIL:info@820-haniwa.com
※メールでのご予約の際は、[1]お名前、[2]希望観劇日、[3]枚数、[4]電話番号を明記の上、件名を「チケット予約」にしてお送りください。
折り返し確認メールを返信いたします。

稽古場ブログ、絶賛行進中!→出演者・関係者による稽古場の記録。
作品ノート

http://820-haniwa.com/

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季節がめぐります。日々は続きます。
いつかの年のはじまりに、ぼく達は「悲劇」を上演するのだ、と宣言するように言いました。

悲しい「できごと」を描くのではなく、「できごと」に対峙する人の姿を、悲しみに打ちのめされても、なお立ちあがり得る人間の姿を、ぼく達の物語のなかに描出したいのだと、大げさな調子で、そう言いました。

自分のなかにそういう力があるのだと知りたくて、何度でも確認したくて、いまも、芝居を作りつづけています。

あなたと、あなたをめぐるすべてのものが、どうか、優しい均衡を取り戻すことを祈ります。



青春の青は、夜明けの青なのだと聞いたことがある。
闇に抱かれ、遠くに星を数えながらまどろんでいた時代から、あたりがゆっくりと明るくなり、からだの内を流れる血がわき立ち、目覚めはじめる頃。

闇に沈んでいた風景は、薄く、けれど深い青に染まりながら、その輪郭を浮き立たせていく。
やがて、青のなかにすっくと立つ自分自身のすがたとかたちが、まるでいま生まれ落ちたかのように、この世界の只中にあることに気がつく。

そのとき、青の向こうへと、考えるより先に足を踏みだす者もいるだろう。
あるいはその場所にうずくまり、だんだんと強まる光からどうにかして身を隠そうとする者もいるだろう。

そのいずれを生きるにせよ、やがて両者は等しく、自らの内にとても大きな「無力」を抱えていることに気がつく。
ぼく達は空を飛べない。それほどに早く走れない。こころを慰める歌を知らず、眠りつづけることもできず、約束を守れない。本当にできることは、数少ない。

わが身の無力さや、そこに欠け落ちたものをまっすぐに見つめることは、胸が引き攣れるような痛みを伴う。
あなたの捧げ持つ無力に、寄り添うことのできないわたしの無力に、激しくこころは引き裂かれる。

けれど、うろたえ、戸惑い、時には怯えながらもなお人が無力を見つめているとき、そこにある強さはなんなのだろう。
奈落の底に突き落とされるような崩壊と破滅を生きているとき、人はどれほどの勇敢さで次の呼吸を待つだろう。

「無力」を反転するとそれは、わたし達が狂おしく必要としている「何か」のかたちを指し示す。
裏表のその両面は、異なる極を示す石と石とに働くふしぎな力のように、奇跡のように、この世界とわたしとを動かしつづける。

夜明けの青をたたえた舞台を作りたいと思う。わたし達の脆さと頼りなさの果てに、優しくかけがえのない光を導きたいと思う。

いま、そこにある「無力」を認め、愛しみ、畏れ、自らの思う仕方でただしく、抱きしめること。
きっと、それが、夜を越えた者の仕事なのだと思う。



日々は続きます。願わくはぼく達の物語が、こころの内の無垢なるものを守ることのできるように。あなたの闇を払うように。悲しみに打ち克つように。

あと一回。

2011-10-11 | 生活の周辺。
信じることだよ、と教えてくれたむこさん。頭ごちゃごちゃしてんだろ、と笑ってくれたふっくん。サンキュー、胸の氷がぱちんと散った。
役者たち、スタッフたちの力の重なりに感謝しながら、日々上演。いまの時点の精一杯がこの芝居だ。820製作所の歴史も未来も魂も、すべてを込めて創りました。残り1ステージ。きょうの15時から開演します。まだ若干のお席がございます。
どうかぜひ、あなたにご覧いただきたいのです。

☆当日のご予約はこちらから
090-6476-8200

劇場でお待ちしております。秋が深まります。