820note

820製作所/波田野淳紘のノート。

メモ。

2017-07-12 | 生活の周辺。
暑い。駅までの道で大量の汗をかく。真昼に、用事があって横浜橋通商店街へ行く。生鮮三品のお店がたくさん。祖母の家が南区にあるから、街と人の手触りのようなものがなつかしい。下校中の小学生たちがおおぜい、通りを横断していった。まんまるの男の子がひとり、本を読みながら、まっすぐに鳥居をくぐって人気のない神社の境内に入り、手水の前で足を止めて、ふと「おれは何をしているんだろう」というような表情であたりを見まわしているのを見た。頭がまわらない。湿気に殺されそうになる。

メモ。

2017-07-11 | 生活の周辺。
霞ヶ関へ。東京地方・高等裁判所で、裁判の傍聴をする。中学生のとき、横浜の地裁に行って以来のことだ。現地に行ってはじめてわかることばかり。徹底して言葉のために設えられた場所なのだ、と感じた。形骸化しているかもしれないが、これは人が人であるための、ある領域を守るための厳粛な儀式なのだ。動揺した。しんとした気持ちで、帰りの地下鉄に揺られる。自由が丘で書き物をして、玉堤の稽古場へ。ほとんど何も書かれていない台本を皆で読む。エチュード。立ってみる。帰宅して、立ち上がれないほど疲弊する。

メモ。

2017-07-11 | メモ。
調子を崩している。
自分がどういうときにどういうことを考え、どういうことを感じ、どういうことを願う人間だったか。

先日は川崎で劇団会議をおこなった。
薄田さんから、僕たちの芝居をどう人に説明するか、問われた。

悲劇をずっと僕は書こうとしている。
自らを飲みこむ大きな力に、抗って立つ人の姿に触れたい。
それから、目に見える現実の向こう側の、われわれの意識下で生じている物語を舞台に乗せたい。

出会うはずのないもの同士が出会う場所が舞台だ。