最前線の子育て論byはやし浩司(2)

子育て最前線で活躍する、お父さん、お母さんのためのBLOG

●1日勤務で、42万円?

2009-07-04 18:18:24 | 日記
●月に1日勤務で、月額42万円?

++++++++++++++++++++++

全国の都道府県で、これまた前代未聞の月額
報酬を支給していたことがわかった(読売新聞)。

まず、つぎの記事を読んでほしい。
これを読んで、怒らない読者はいないと思う。

++++++++++++++++++++++

『…… 新潟県収用委(定数7)は、3年間で収用手続きが1件もなく、会議が年4回ずつ開かれただけで、残りの勤務ゼロの月について委員11人に計1840万円を支給した。その会議も欠席し、25か月勤務実績がないのに、275万円を受け取った委員もいた。福島の収用、愛媛の選管、栃木の労働の各委員会も同様に、勤務実績がない月の報酬を3年間で1000万円以上支給していた。また、43府県は月に1日勤務の委員に対し、3年間に月額報酬約21億5000万円を出していた』(読売新聞・09年7月4日)と。

 つまり、勤務実績がほとんどないにもかかわらず、県は、行政委員に対して、たとえば、11人に、計1840万円も支払っていた(新潟県)と。

 記事の内容がふじゅうぶんで、正確にはどうなのかよくわからないが、こういうことらしい。

●会議が年、4回開かれただけ。
●4年間で、委員11人に対して、計1840万円、県が支給した。

 これらの数字をつかって割り算をしてみると、11人の委員は、毎年、42万円、受け取っていたことになる。
しかも、その会議すら欠席し、25か月、勤務実績がないにもかかわらず、275万円も受け取っていた委員もいた、と。

 だれが考えても、これはおかしい。
おかしいものは、おかしい。
そこで、全国の都道府県では、こうしたおかしな出費の見直しを始めた。
『北海道や兵庫など8道県は「月に1日も勤務しない場合は報酬を支給しない」と条例などで規定しており、勤務ゼロでの支給はなかった』(同)と。 

私はこの記事を読みながら、「静岡県」の名前を懸命にさがした。
が、残念ながら、その記事には、「静岡県」の名前はなかった。
というのも、私は、(うわさ)として、似たような話を耳にしている。
正確な金額は忘れたが、たとえば選挙管理委員として、投票所に顔を出して座っているだけで、委員は、~~万円という日当をもらえる、と。
(一桁ではなく、二桁だったように記憶している。)
それを聞いたとき、私はわが耳を疑った。
つまりそれほどまでに高額であった。

 読売新聞の記事には、こうある。

++++++++++++++以下、読売新聞++++++++++++++++

『……34府県が2006~08年度、選挙管理(選管)と労働、収用の行政委員会委員に、勤務がない月も月額報酬を支給していたことが、読売新聞の調べで分かった。

 ゼロ勤務の委員579人への支給総額は3年間で約3億4000万円に上る。

 委員の月平均勤務は3日に満たず、月額支給は違法とする司法判断も出ている。神奈川、大阪など7道府県では、日当制の導入など実態に見合った支給方法への見直しを始めている。

 47都道府県141委員会(定数計1300)の事務局に報酬や勤務実態を聞いたところ、08年4月時点で日当制の富山、福井、山梨、長野の収用委員会を除き、月額支給だった。このうち34府県89委員会が、勤務がない月にも36万円~5万2000円の報酬を支給していた。

 月額報酬の平均額は、選管が約19万8000円、労働が約19万4000円、収用が約14万7000円。06~08年度の委員の月平均の勤務日数は、回答のなかった東京などを除き、選管1・93日、労働2・38日、収用1・56日だった。最も多い神奈川県労働委員で5・51日だった。

 新潟県収用委(定数7)は、3年間で収用手続きが1件もなく、会議が年4回ずつ開かれただけで、残りの勤務ゼロの月について委員11人に計1840万円を支給した。その会議も欠席し、25か月勤務実績がないのに275万円を受け取った委員もいた。福島の収用、愛媛の選管、栃木の労働の各委員会も同様に、勤務実績がない月の報酬を3年間で1000万円以上支給していた。また、43府県は月に1日勤務の委員に対し、3年間に月額報酬約21億5000万円を出していた。

 一方、北海道や兵庫など8道県は「月に1日も勤務しない場合は報酬を支給しない」と条例などで規定しており、勤務ゼロでの支給はなかった。

 行政委員の報酬を巡っては、大津地裁が1月、滋賀県の選管、労働、収用の3委員について、「常勤同様の勤務実態がなく、月額での報酬支給は地方自治法違反」と支給差し止めを命じた。滋賀県が控訴している。

 この判決を契機に、勤務実態に見合う制度への見直しが進んでいる。北海道は今年4月から収用委員の報酬を日当制に変更、宮城、群馬、神奈川、大阪、鳥取、大分の6府県も現在、日当制導入に向けて準備中だ』と。

++++++++++++++以上、読売新聞++++++++++++++++

 どうして「静岡県」の名前が、この記事の中にないのか?
この記事だけで断定はできないが、静岡県は、『この判決を契機に、勤務実態に見合う制度への見直しが進んでいる』県のひとつには、なっていないということか?

 が、この程度の(特権)は、公務員の世界では、まさに氷山の一角。
友人や知人の中には、その公務員をしている人も多い。
だから私としては言いにくいが、しかしこんなことをしていたら、本当に日本は破産してしまう。
(すでに破産状態だが……。)

 ともかくも、「まあ、いいじゃないか、もらえるものは、もらっておけ」式の支給が、中央の官僚たちの世界だけではなく、全国、津々浦々の公務員の世界でも、常識化しているということ。
それがいかに恵まれたものであるかは、ひょっとしたら、すでにあなた自身も知っているはず。
が、これだけは忘れてはいけない。

そのツケは、回り回って、やがてあなた自身の上にのしかかってくる。
あなたの子ども、さらにはあなたの孫にのしかかってくる。
「私だけ、こっそりと得をすればいい」と、もしあなたが考えているとしたら、私はこう言いたい。

「あなたが、そう考えるから、あの手この手で、我も我もと、税金のつかみ取りを、みながしている」と。
そのひとつが、行政委員会委員への(月額報酬)ということになる。

 しかしね、みなさん、どうしてこんなバカげた条例が、つぎからつぎへと、県、市、町、村議会で可決されるか、その理由がわかりますか?
つまりね、議会が議会として、じゅうぶん、機能していないということ。
民主主義のとらえ方に、大きな穴があいているということ。
そのあたりからもう一度、洗い直さないと、こうした問題は、解決しないということ。

この記事を読んで、(怒り)を通り越して、(脱力感)を覚えるのは、けっして私だけではないと思う。


Hiroshi Hayashi++++++++July.09+++++++++はやし浩司

●子育てジャンプ(7月4日)

2009-07-04 08:43:35 | 日記
ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(301)

●会話でわかるママ診断

(過干渉ママの会話)私、子ども(年中児)に向かって、「きのうは、どこへ行ったの?」、母、会話をさえぎりながら、「きのうは、おじいちゃんの家に行ったわよね。そうでしょ」、再び私、子どもに向かって、「そう、楽しかった?」、母、再び会話をさえぎりながら、「楽しかったわね。そうでしょ。だったら、そう言いなさい」と。

(親意識過剰ママの会話)母、子ども(四歳)に向かって、「楽チィワネエ~、ママとイッチョで、楽チィワネエ~」「おいチィー、おいチィー、このアイチュ、おいチィーネー」と。
(溺愛ママの会話)私、子ども(年長男児)に向かって、「あなたは大きくなったら、何になりたいのかな?」、母、子どもに向かって、「○○は、おとなになっても、ズ~と、ママのそばにいるわよねエ。どこへも行かないわよねエ~」と。

(過関心ママの会話)母、近所の女性に、「今度英会話教室の先生が、今まではイギリス人だったのですが、アイルランド人に変わったというではありませんか。ヘンなアクセントが身につくのではと、心配です」と。

(権威主義ママの会話)母、子どもに向かって、「親に向かって、何てこと、言うの! 私はあなたの親よ!」と。

(子ども不信ママの会話)子どもの話になると顔を曇らせて、「もう五歳になるのですがねエ~。こんなことでだいじょうぶですかネ~?」と。……などなど。

 会話を聞いていると、その親の子育て観が何となくわかるときがある。もっともここに書いたような会話をしたからといって、問題があるというわけではない。人はそれぞれだし、私はもともとこういうスパイ的な行為は好きではない。ただ職業柄、気になることはたしかだ。(だから電車などに乗っても、前に親子連れが座ったりすると、席をかわるようにしている。ホント!) 

 英語国では、親はいつも「あなたは私に何をしてほしいの?」とか、「あなたは何をしたいの?」とか、子どもに聞いている。こうした会話の違いは、日本を出てみるとよくわかる。どちらがどうということはないが、率直に言えば、日本人の子育て観は、きわめて発展途上国的である。教育はともかくも、こと子育てについては、原始的なままと言ってもよい。家庭教育の充実が叫ばれているが、そもそも家庭教育が何であるか、それすらよくわかっていないのでは……? 旧態依然の親子観が崩壊し、今、日本は、新しい家庭教育を求めて模索し始めている段階と言ってもよい。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(302)

●家庭教育の過渡期

 家庭における教育力が低下したとは、よく言われる。しかし実際には低下などしていない。30年前とくらべても、親子のふれあいの密度は、むしろ濃くなっている。教育力が低下したのは、教育力そのものが低下したと考えるのではなく、価値観の変動により、家庭教育そのものが混乱しているためと考えるほうが正しい。

 昔は、親の権力は絶対で、子どもは問答無用式にそれに従った。つまり昔は、そういうのを「教育力」(?)と言った。しかし権威の崩壊とともに、親の権力も失墜した。と、同時に、家庭の中の教育力は低下し、その分、混乱した。しかし混乱した本当の原因は、実のところ親の権威の失墜でもない。混乱した本当の原因は、それにかわる新しい家庭教育観を組み立てられなかった日本人自身にある。家庭における教育力の低下は、あくまでもその症状のひとつにすぎない。

そこで教育力そのものの低下にどう対処するかだが、それには二つの考え方がある。ひとつは、だからこそ、旧来の家庭観を取り戻そうという考え方。「親の威厳は必要だ」「父親は権威だ」「父親にとって大切なのは、家庭における存在感だ」と説くのが、それ。もうひとつは、「新しい家庭観、新しい教育観をつくろう」という考え方。どちらが正しいとか正しくないとかいう前に、こうした混乱は、価値観の転換期によく見られる現象である。たとえば一九七〇年前後のアメリカ。

 戦後、アメリカは、戦勝国という立場で未曾有の経済発展を遂げた。まさにアメリカンドリームの時代だった。が、そのアメリカは、あのベトナム戦争で、手痛いつまずきを経験する。そのころアメリカにはヒッピーを中心とする、反戦運動が台頭し、これがアメリカ社会を混乱させた。旧世代と新世代の対立もそこから生まれた。その状態は、今の日本にたいへんよく似ている。

たとえば私たちが学生時代のころは、安保闘争に代表されるような「反権力」が、いつも大きなテーマであった。それが、尾崎豊や長渕剛らの時代になると、いつしか若者たちのエネルギーは、「反世代」へとすりかえられていった。この日本でも世代間の闘争がはげしくなった。わかりやすく言えば、若者たちは古い世代の価値観を一方的に否定したものの、新しい価値観をつくりだすことができなかった。まただれもそれを提示することができなかった。ここに「混乱」の最大の原因がある。

 今は、たしかに混乱しているが、新しい家庭教育を確立する前の、その過渡期にあるとみてよい。あのアメリカでは、こうした混乱は一巡し、いろいろな統計をみても、アメリカの親子は、日本よりはるかによい関係を築いている。ただひとつ注意したい点は、さきにも書いたように、こうした混乱を利用して、復古主義的な家庭教育観も一方で力をもち始めているということ。

中には封建時代の武士道や、さらには戦前の教育勅語までもちだす人がいる。しかし私たちがめざすべきは、混乱の先にある、新しい価値観の創設であって、決して復古主義的な価値観ではない。前に進んでこそ、道は開ける。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(303)

●数は生活力

 計算力は訓練で伸びる。訓練すればするほど、速くなる。同じように、「教科書的な算数」は、学習によってできるようになる。しかしこれらが本当に「力」なのかということになると、疑わしい。疑わしいことは、きわめてすぐれた子どもに出会うと、わかる。

 O君(小3)という子どもがいた。もちろん彼は方程式などというものは知らない。知らないが、中学で学ぶ一次方程式や連立方程式を使って解くような問題を、自分流のやり方で解いてしまった。たとえば「仕入れ値の30%ましの定価をつけたが、売れなかったので、定価の2割引で売った。が、それでも80円の利益があった。仕入れ値はいくらか」という問題など。それこそあっという間に解いてしまった。こういう子どもを「力」のある子どもという。

 が、一方、そうでない子どもも多い。同じ小学三年生についていうなら、「10個ずつミカンの入った箱が、3箱ある。これらのミカンを、6人で分けると、1人分は何個ですか」という問題でも、解けない子どもは、解けない。かなり説明すれば解けるようにはなるが、少し内容を変えると、もう解けなくなってしまう。

「力」がないというよりは、問題を切り刻んでいく思考力そのものが弱い。「そんな問題、どうでもいい」というような様子を見せて、考えることそのものから逃げてしまう。そんなわけで私は、いつしか、「数は生活力」と思うようになった。「減った、ふえた」「取った、取られた」「得をした、損をした」という、ごく日常的な体験があって、子どもははじめて「数の力」を伸ばすことができる、と。こうした体験がないまま、別のところでいくら計算力をみがいても、また教科書を学んでも、ムダとは言わないが、子どもの「力」にはほとんどならない。

 ……と書いたが、こんなことはいわば常識だが、こうした常識をねじ曲げた上で、現在の教育が成り立っているところに、日本の悲劇がある。教育が教育だけでひとり歩きしすぎている。子どもたちが望みもしないうちから、「ほら、1次方程式だ、2次法手式だ」とやりだすから、話がおかしくなる。もっといえば、基本的な生活力そのものがないまま、子どもに勉強を押しつける……。

ちなみに東京理科大学理学部の澤田利夫教授が、こんな興味ある調査結果を公表している。小学6年生についてみると、「算数が嫌い」と答えた子どもが、2000年度に30%を超えた(1977年は13%前後)。反対に「算数が好き」と答えた子どもは、年々低下し、2000年度には35%弱しかいないそうだ。原因はいろいろあるのだろうが、「日本の教育がこのままでいい」とは、だれも考えていない。

むずかしい話はさておき、子どもの「算数の力」を考えたら、どこかで子どもの生活力を考えたらよい。それがやがて子どもを伸ばす、原動力になる。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(304)

●風邪薬は予防薬にはならない

 風邪薬をいくらのんでも風邪の予防にはならない。同じように、テストをいくらしても、頭がよくなるということはない。(テストを受ける要領がうまくなり、見かけの点数があがることはある。)子どもの「力」は、生活の場で、実体験をともなってはじめて、伸びる。言いかえると、生活の場で、実体験のともなわない知識教育は、ほとんど意味がない。まったくないとは言わないが、しかし苦労の割には身につかない。あまりよいたとえではないかもしれないが、たとえば英語教育がある。

 私は高校生のとき、英語の教師から、「pass(過ぎる)とpurse(サイフ)は発音が違う。よく覚えておけ」と、教えられたことがある。教師の発音では、どこがどう違うかわからなかった。だからテスト勉強では、「passは、パース、purseもパース、発音が違う」などと覚えた。今から思うと、何ともイイカゲンな勉強法だが、当時はそれが当たり前だった。で、英語のテストの点はよかったが、私の話す英語など、まったく役にたたなかった。

 こうした「イイカゲン性」は、ほとんどあらゆる勉強に見られる。そのサエたるものが、受験勉強。先日も中学生(中3男子)が、「長野の高原野菜、浜名湖のウナギ、富山のチューリップ……」と声を出して覚えていた。そこで私が「高原野菜って、何?」と聞くと、「知らない」と。ついでに私が、「今では浜名湖のウナギはいないぞ。ぜんぶ養殖だし、それにほとんどが中国から輸入されている」「富山のチューリップより、袋井市にある『ユリの園』のユリのほうが、よっぽどきれいだ」と言うと、その中学生は吐き捨てるようにこう言った。「いちいちうるさいナ~。いいの、これで!」と。

 ともすれば私たちは子どもに勉強を教えながら、その風邪薬のようなことをしてしまう。またそれをもって教育と思いこんでしまう。しかししょせん、風邪薬は風邪薬。たくさんのんだからといって、風邪の予防にはならない。もちろん健康にもならない。あなたの子どもの勉強も、一度同じような視点から見つめなおしてみてほしい。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(305)

●受験の神様?

 日本のどこかに「受験の神様」というのが祭ってあるという。その季節になると、多くの親や受験生が、その神社を訪れるらしい。しかし……。

 だいたいにおいて、信者に個人的な利益をもたらす神や仏がいるとしたら、インチキと考えてよい。いわんやそれで信者を金持ちにしたり、受験に合格させたりしたら、ますますインチキと考えてよい。

 実のところ私も若いころは結構、信仰深い(?)ところがあった。しかしあるとき、『原爆の少女・サダコ』を読んだときから、自分のために祈ることをやめた。「私より何千倍も真剣に祈った人がいる。私より何千倍も神や仏の力を必要とした人がいる」と、そんなふうに考えたら、もう祈れなくなってしまった。「私の願いをかなえてくれるくらいなら、私はいいから、サダコのような女性の願いをかなえてやってほしい」とも。

 私は「信仰」を否定するものではない。ないが、信仰するとしたら、それは他人のためにするものだと思っている。自分のためではない。あくまでも他人のためだ。言いかえると、自分のために信仰している間は、それは本当の信仰ではない。それがわからなければ、神や仏の立場になってみればよい。

……いや、実のところ、教育というのは、宗教と紙一重のところがある。私は神や仏は、もともとは教師ではなかったかと思うときがよくあるが、たとえばあなたのところへ一人の受験生がやってきて、「先生、どうか○○大学に合格させてください」と言ったとしたら、あなたは何と答えるだろうか。あるいは「先生、毎晩、あなたの家に向かって、真剣に祈っていますから、どうか願いをかなえてください」と言ったとしたら、あなたは何と答えるだろうか。きっとあなたはこう言うにちがいない。「バカなことはやめなさい。自分のことは自分でしなさい」と。

もしあなたがその神や仏で、そんなことで受験生の願いをかなえてやったとしたら、その受験生は、かえってダメになってしまうかもしれない。人間的に堕落してしまうかもしれない。しかしもしあなたのところへ一人の受験生がやってきて、「ぼくはいいから、不幸な○○さんをどうか合格させてやってください」と祈ったとしたら、あなたは少しは心を動かされるかもしれない。

 そこで「他人のために祈る」ということになる。が、結局のところ、だれのために祈ったらよいのか、私にはわからない。わからないから、祈りようがない。つまり私は祈らない。たとえ私に生死をさまような大病がふりかかったとしても、私は祈らない。もしそれで私の病気を神や仏がなおしてくれたとしたら、私は反対にその神や仏をうらむ。「そんな力があるなら、どうしてサダコを救ってやらなかったのだ!」と。

 要するに「受験の神様」など、インチキだということ。あんなのに祈っても、気休めにもならない。「信仰」という名前すら、泣く。こうしてエッセイにするのもバカらしいが、一度は書いておかねばならない問題なので、こうして書くことにした。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(306)

●善人と悪人

 人間もどん底に叩き落とされると、そこで二種類に分かれる。善人と悪人だ。そういう意味で善人も悪人も紙一重。大きく違うようで、それほど違わない。私のばあいも、幼稚園で講師になったとき、すべてをなくした。母にさえ、「あんたは道を誤ったア~」と泣きつかれるしまつ。

私は毎晩、自分のアパートへ帰るとき、「浩司、死んではダメだ」と自分に言ってきかせねばならなかった。ただ私のばあいは、そのときから、自分でもおかしいと思うほど、クソまじめな生き方をするようになった。酒もタバコもやめた。女遊びもやめた。

 もし運命というものがあるなら、私はあると思う。しかしその運命は、いかに自分と正直に立ち向かうかで決まる。さらに最後の最後で、その運命と立ち向かうのは、運命ではない。自分自身だ。それを決めるのは自分の意思だ。だから今、そういった自分を振り返ってみると、自分にはたしかに運命はあった。しかしその運命というのは、あらかじめ決められたものではなく、そのつど運命は、私自身で決めてきた。自分で決めながら、自分の運命をつくってきた。が、しかし本当にそう言いきってよいものか。

 もしあのとき、私がもうひとつ別の、つまり悪人の道を歩んでいたとしたら……。今もその運命の中に自分はいることになる。多分私のことだから、かなりの悪人になっていたことだろう。自分ではコントロールできないもっと大きな流れの中で、今ごろの私は悪事に悪事を重ねているに違いない。が、そのときですら、やはり今と同じことを言うかもしれない。「そのつど私は私の運命を、自分で決めてきた」と。……となると、またわからなくなる。果たして今の私は、本当に私なのか、と。

 今も、世間をにぎわすような偉人もいれば、悪人もいる。しかしそういう人とて、自分で偉人になったとか、悪人になったとかいうことではなく、もっと別の大きな力に動かされるまま、偉人は偉人になり、悪人は悪人になったのではないか。

たとえば私は今、こうして懸命に考え、懸命にものを書いている。しかしそれとて考えてみれば、結局は自分の中にあるもうひとつの運命と戦うためではないのか。ふと油断すれば、そのままスーッと、悪人の道に入ってしまいそうな、そんな自分がそこにいる。つまりそういう運命に吸い込まれていくのがいやだからこそ、こうしてものを書きながら、自分と戦う。……戦っている。

 私はときどき、善人も悪人もわからなくなる。どこかどう違うのかさえわからなくなる。みな、ちょっとした運命のいたずらで、善人は善人になり、悪人は悪人になる。今、善人ぶっているあなただって、悪人でないとは言い切れないし、また明日になると、あなたもその悪人になっているかもしれない。そういうのを運命というのなら、たしかに運命というのはある。何ともわかりにくい話をしたが、「?」と思う人は、どうかこのエッセイは無視してほしい。このつづきは、別のところで考えてみることにする。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(307)

●教育と医学

 たとえば一人の子どもがいる。彼は「○○症」と言われる子どもである。そういうとき、つまりその子どもを見る目は、教育と医学ではまったく違う。まず第一に、教育では子どもを診断し、ついで診断名をくだすことはしない。またしてはならない。だから「そうではないか?」と思いつつも、あるいは知っていても知らぬフリをして教育を進める。一方、医学では、まず診断名を確立し、その上で、「治療」を開始する。

 また指導という段階でも、教育と医学とではまったく違うとらえ方をする。たとえばその子どもが何かと問題を起こして、クラスを混乱させたとしても、教育ではいつも「全体の問題」として、それを考える。クラスが混乱したら、「混乱したクラス」を問題にする。が、医学では当然のことながら、個人を対象に治療をすすめる。

 さらに教育では、いつも親や子どもに希望を与えることを大切にする。仮に「たいへんなおりにくい問題」とわかっていても、「何とかしましょう」と言って、指導を開始する。医学では「治す」ことを考えるが、教育では、「よりよくする」ことだけを考える。またそれでよしとする。

 こうした教育と医学の違いは、そのつど教師ならだれでも経験することである。が、それが原因で、教師自身が大きなジレンマに陥ることがある。たとえば「先天的な問題」をもった子どもがいる。しかしいくらそうでも、教師は、「先天的」という言葉を使わない。「先天的」という言葉を使うこと自体、教育の放棄、つまり敗北と考える。が、それを親のほうから指摘してくることがある。

「うちの子の問題は、先天的なもので、私の育て方の問題ではありません」と。親としては、精一杯、自分の育て方についての責任を回避する意味でそう言うのだろうが、しかしそう言われてしまうと、教師としてはつぎに打つ手がなくなってしまう

さらに知識だけはやたらと豊富で、「遺伝子レベルで、この問題は解明されつつあります」とあれこれ説明してくれるが、それで終わらない。つづけてこう言う。「親に責任があるという世間に偏見の中で苦しんでいる親も多いはず」と。だれも親の責任など追及していないのだが、そう言う。

 教育と医学は、基本的な部分で違う。しかしそれを混同すると、教育そのものが成り立たなくなる。教育と医学は、いつも分けて考えなければならない。
 

●子育てジャンプ(7月4日)(1)

2009-07-04 08:43:11 | 日記





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(308)

●意識の違い

 意識は脳のCPU(中央演算装置)の問題だから、仮に自分の意識がズレていても、それに気づくことは、まずない。とくに教育の世界では、そうだ。

 今から30年前、私はオーストラリアの大学で学んでいたときのことだが、向こうの教授たちは平気で机の上に座っていた。机に足をかけて座っている教授すらいた。今でこそ笑い話だが、こうした光景は当時の日本の常識では考えられないことだった。

さらにその少し前、東京オリンピックがあった(1964年)。その入場式のときのこと。日本の選手団は一糸乱れぬ入場行進をして、高い評価(?)を受けた。当時ですら、アメリカの選手団はバラバラだった。私はそのとき高校生だったが、「アメリカの選手たちはだらしない」と思った。しかし……。

 一方、10年ほど前だが、こんなこともあった。アメリカ人の女性が私に、「ヒロシ、不気味だった」と言って、こんな話をしてくれた。何でもその女性が海で泳いでいたときのこと。どこかの女子高校生の一団が、海水浴にきたというのだ。「どうして?」と聞くと、その女性は、「みんな、ブルーの水着を着ていた!」と。

つまりその女性は、日本の高校生たちがみな、おそろいのブルーの水着を着ていたことが、不気味だったというのだ。が、私には、その女性の意識が理解できなかった。「日本ではあたりまえのことだ」とさえ思った。思って、「では、アメリカではどうなのか」と聞くと、こう言った。「アメリカでは、みんなバラバラの水着を着ている」と。

 このアメリカ人の女性の意識については、それからしばらくしてから、理解できるようになった。ある日のこと、当時のマスコミをにぎわしていたO教団という宗教団体があった。その教団の信者たちが、どこかふつうでない白い衣装を身にまとい、頭にこれまたふつうでない装置(?)をつけて、道を歩いていた。その様子がテレビで報道されたときのこと。私にはそれがぞっとするほど不気味に見えた。と、同時に、「ああ、あのときあのアメリカ人の女性が感じた不気味さというのは、これだったのだ」と思った。

 意識というのは、そういうものだ。人にはそれぞれに意識があり、その意識を基準にしてものを考える。しかしその意識というのは、決して絶対的なものではない。その人の意識というのは、常に変わるものであり、またそういう前提で自分の意識をとらえる。今、おかしいと思っていることでも、意識が変わると、おかしくなくなる。

反対に、今、おかしくないことでも、意識が変わると、おかしくなる。たとえば今、北朝鮮の人たちが、一糸乱れぬマスゲームをしているのを見たりすると、それを美しいと思う前に、心のどこかで違和感を覚えてしまう。が、もし30年前の私なら、それを美しいと思うかもしれないのだが……、などなど。

 進歩するということは、いつも自分の意識を疑ってみることではないか。言いかえると、自分の意識を疑わない人には、進歩はない。とくに教育の世界では、そうだ。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(309)

●固い粘土は伸びない

 伸びる子どもと伸び悩む子どもの違いといえば、「頭のやわらかさ」。頭のやわらかい子どもは伸びる。そうでない子どもは伸び悩む。たとえば頭のやわらかい子どもは、多芸多才。趣味も特技も幅広く、そのつどそれぞれの分野で、自分を楽しませることができる。子どもにいたずらはつきものだが、そのいたずらも、どこかほのぼのとした子どもらしさを覚えるものが多い。食パンをくりぬいて、トンネルごっこ。スリッパをつなげて、電車ごっこなど。

 一方伸び悩む子どもは、融通がきかない。ある子どもとこんな会話をしたことがある。子、「まちがえたところはどうするのですか?」、私、「なおせばいい」、子「消しゴムで消すのですか」、私「そうだ」、子「きれいに消すのですか」、私「そうだ」と。実際、小学三年生の子どもとした会話である。

 簡単な見分け方としては、ひとりで遊ばせてみるとよい。頭のやわらかい子どもは、身の回りからつぎつぎと新しい遊びを発見したり、発明したりする。そうでない子どもは、「退屈ウ~」とか、「もうおうちに帰ろウ~」とか言ったりする。遊びそのものが限定されている。また同じいたずらでも、知恵の発達が遅れ気味の子どもは、とんでもないいたずらをすることが多い。
先生のコップに殺虫剤を入れた中学生や、うとうとと居眠りしている先生の顔の下に、シャープペンシルを突きたてた中学生などがいた。その先生はそのため、あやうく失明するところだった。幼児でも、コンセントに粘土をつめたり、溶かした絵の具をほかの子どもの頭にかけたりする子どもがいる。常識によるブレーキが働かないという意味で、心配な子どもということになる。

 頭をやわらかくするためには、意外性を大切にする。子どもの側からみて、「あれっ」と思うような環境をいつも用意する。私も最近、こんな経験をしたことがある。オーストラリア人の夫婦を、ホームステイさせたときのこと。彼らは朝食に、白いご飯にチョコレートをかけて食べていた。

それを見たとき、私の頭の中で「知恵の火花」がバチバチと飛ぶのを感じた。それがここでいう意外性ということになる。言いかえると、単調で変化のない生活は、子どもの知能の大敵と考える。生活の中に、いつも新しい刺激を用意するのは、子どもを伸ばす秘訣であると同時に、親の大切な役目ということになる。

 



ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(310)

●世間体

 Yさん(84歳女性)という女性がいる。近所では「仏様」と呼ばれている。そのYさんについて、娘のKさん(60歳)が、こう話してくれた。「いまだにサイフの中には札束を入れて歩くのですよ」と。つまりその札束を、そのつど、これ見よがしに人に見せつけるのだという。「スーパーのレジの女の子にさえそれをするから、お母さん、もうそんなことをやめなさいと言うのですが、もうそれがわかる年齢でもないようです」と。世間体をとりつくろう人は、そこまで神経をつかう。

 ちょうどこの話を聞いたとき、北朝鮮では「アリラン」という祭典が催された(02年春)。ずいぶんと盛大な祭典だったようだ。その祭典について、読売新聞社の記者が、こんな記事を書いている(同年5月2日)。

「(D百貨店では)、記者団の到着とともに明かりがともり、エレベータが動き出した」「取材日程に組み込まれた庶民用のD百貨店も、衣類、電化製品、缶詰、調味料など品数と種類は多かったが、ただ購入している人はほとんどみかけなかった」「一方、ピョンヤンのアパートが立ち並ぶ一角の食料品店で陳列棚にあったのは、惣菜類入っているらしい金属製の容器3つだけだった」などなど。読売新聞社の記事だから、それ以上のことは書いてなかったが、世間体をとりつくろう(国)は、そこまで神経をつかう。

 世間体を気にする人というのは、それだけ自分のない人とみてよい。しかも世間体と自分は、反比例する。世間体を気にすればするほど、自分がなくなる。先のYさんだが、家計は火の車だが、冠婚葬祭にだけは惜しみなくお金を使う。法事にしても、たいてい近くの料亭を借りきって催している。が、それだけではない。

本当の悲劇は、世間体を気にする人は、自分がない分だけ、他人に心を許さない。他人どころか、身内にすら心を許さない。つまりそれだけ心のさみしい人とみる。たとえば娘のKさんが、Yさんを旅行に連れていったとする。そのときYさんにとって大切なのは、「娘が旅行に連れていってくれた」という事実なのだ。自分の仲間たちの間で、「息子や娘の親孝行ぶり」を、自慢するためである。こう書くと、信じられない人には信じられない話かもしれないが、もともと意識そのものがズレているから、このタイプの人はそう考える。もっというと、世間体を気にする人は、そこまで神経をつかう。

 さてあの北朝鮮。結局は犠牲になっているのは、その国民だと思うのだが、ある女子工員(縫製工場従業員の一人)はこう言っている。「もっと生産性をあげ、将軍様(金正日総書記)に喜びを与えたい(と話した)」(読売新聞)と。これについては、私もコメントを書くわけにはいかないので、読者の皆さんで考えてみてほしい。人間は教育(?)によって、ここまでつくられる!





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(311)

●心の貧しい人たち

 金持ちでも心の豊かな人。金持ちでも心の貧しい人。貧乏でも心の豊かな人がいる。最高級車を乗り回しながら、ゴミを窓の外にポイと捨てる人は、金持ちでも心の貧しい人。清貧を大切にしながら、近所の清掃をしている人は、貧乏でも心の豊かな人ということになる。しかし問題は、貧乏で、心の貧しい人だ。そういう人はいくらでもいる。

 ただここで誤解しないでほしいのは、人はすべてここでいう4つのタイプに分けられるというのではない。人は、そのつど、いろいろなタイプに変化するということ。あなたや私にしても、心が豊かな面もあれば、貧しい面もあるということ。さらに金持ちかどうかは、あくまでも相対的なものでしかない。いくら貧乏といっても、50年ほど前の日本人のような貧乏な人は少ないし、どこかの貧しい国の人よりは、はるかによい生活をしている人はいくらでもいる。

 で、そういう前提で、心の貧しい人を考えるが、そういう人は、実のところ、いくらでもいる。見栄、メンツ、世間体にこだわる人というのは、それだけで心の貧しい人と言ってよい。このタイプの人は、いつも他人の目の中で生きているから、ものの価値観や幸福感も、相対的なものでしかない。自分より不幸な境遇にいる人をさがしだしてきては、そういった人を見くだすことによって、自分の立場を守ろうとする。だから会話も独特のものとなる。

「あの家の息子さんは、引きこもりなんですってねえ。先生の息子さんでも、そうなるのですねえ」「あの家は昔からの財産家だったのですが、今は見る影もないですねえ」とか。他人の不幸や失敗が、いつも話のタネとなる。中には一見、同情するフリをしながら、ことさらそれを笑う人もいる。「かわいそうなものですねえ。人間はああも落ちぶれたくはないものです」と。こういう人を心の貧しい人という。

 つまるところ自分自身や自分の生きざまに、いかに誇りをもつかということだが、心の貧しい人は、他人の不幸を笑った分だけ、今度は、自分で自分のクビをしめることになる。ある女性(80歳)は、老人ホームへ入ることを、最後の最後までこばんでいた。理由は簡単だ。その女性はそれまで、老人ホームへ入る仲間をさんざん笑ってきた。人生の落伍者であるかのようにさえ言ったこともある。「あわれなもんだ、あわれなもんだ」と。

 学歴や地位、名誉、さらには家柄にこだわるということは、それだけでも自分を小さくする。が、それだけではすまない。こだわりすぎると、心を貧しくする。「形」を整えようとするあまり、自分を見失う。B氏(60歳、現在退職中)は、ある日私にこう言った。「ぼくは努力によって、ここまでの人間になったが、君は実力で、ここまでの人間になったのだねえ」と。自分のことを、「ここまでの人間」という愚かな人は少ない。B氏は過去の学歴におぼれるあまり、自分を見失っていた。

●子育てジャンプ(7月4日)(2)

2009-07-04 08:41:47 | 日記





 
ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(313)

●思考回路

 東京へ行くことになった。そこで私がまずしたことは、JRの浜松駅に電話をして、発車時刻を調べること。が、なかなか電話はつながらない。が、そのとき気がついた。今では電話などしなくても、インターネットを使えば、発車時刻など即座にわかる。思考回路というのはそういうもので、一度、できると、それを改めるのは容易ではない。私は昔から、電車の発車時刻は、電話をして確かめていた。それが今になっても、つづいている?

 実のところ、思考回路には、便利な面もある。人間の行動をパターン化することにより、行動そのものをスムーズにする。たとえばテーブルの上に置かれた湯飲み茶碗を手にするとき、右手でとろうか、左手でとろうかなどと考えてからとる人は、いない。自然に右手が出て、そしていつものように茶碗をもちあげる。しかしその思考回路にハマりすぎると、それ以外の考え方ができなくなってしまう。そういうとき思考回路は、かえって思考のじゃまになる。

 が、思考回路があることが問題ではない。問題は、その思考回路が、柔軟なものかどうかということ。たとえば子どもたちの行動パターンを観察すると、おもしろい連続性を発見することがある。たとえばポケモンカードがある。年齢的には小学校の低学年児に人気がある。それが中学年になると遊戯王になり、高学年になると、マジックザギャザリング(通称「マジギャザ」)になる。より複雑なゲームになるというよりは、子どもたち自身が、ひとつの思考回路にハマっているといったほうが正しい。

友人関係にせよ、遊び仲間にせよ、さらにはごく日常的な会話にせよ、全体としてひとつの思考回路となっているから、途中で、それを変えるのは容易なことではない。仮にカードゲームから離れて、趣味が読書に向かうとしたら、それまでの環境すべてを変えなければならない。

 ……と書いて、実はこれはおとなの問題でもある。思考回路というのは、歳をとればとるほど柔軟性をなくす。冒頭にあげた例がそのひとつ。そこで問題は、いかにして思考回路の柔軟性を確保するかということ。いろいろな刺激を与えればよいことは、私にもわかるが、体そのものが新しい刺激を受けつけないということもある。日常的な行動そのものがパターン化されている現状で、どうすれば新しい刺激を自分に与えることができるのか。

もっとも私のばあいは、たとえば旅行で、たとえば読書でと、そういったところで刺激を受けるようにしている。が、本当の問題は、このことでもない。本当の問題は、いかにすれば固定した思考回路をつくらないですむか、だ。あのマーク・トウェーン(「トム・ソーヤの冒険」の著者)はこう書いている。『皆と同じことをしていると感じたら、そのときは自分が変わるべきとき』と。

自分の中にひとつの思考回路を感じたら、その思考回路そのものと戦う。そしてそれをつくらないようにする。そういうのを自由といい、進歩という。行動面はともかくも、思想面では、思考回路は、思考そのものの障害となることもある。そういう視点で自分の思考回路をながめる。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(314)

●あなたは裁判官

(ケース)Aさん(40歳女性)は、Bさん(45歳女性)を、「いやな人だ」と言う。理由を聞くと、こう言った。AさんがBさんの家に遊びに行ったときのこと。Bさんの夫が、「食事をしていきなさい」と誘ったという。そこでAさんが、「食べてきたところです」と言って断ったところ、Bさんの夫がBさんに向かって、「おい、B(呼び捨て)!、すぐ食事の用意をしろ」と言ったという。それに対して、Bさんが夫に対して、家の奥のほうで、「今、食べてきたと言っておられるじゃない!」と反論したという。それを聞いて、AさんはBさんに対して不愉快に思ったというのだ。

(考察)まずAさんの言い分。「私の聞こえるところで、Bさんはあんなこと言うべきではない」「Bさんは、夫に従うべきだ」と。Bさんの言い分は聞いていないので、わからないが、Bさんは正直な人だ。自分を飾ったり、偽ったしないタイプの人だ。だからストレートにAさんの言葉を受けとめた。

一方、Bさんの夫は、昔からの飛騨人。飛騨地方では、「食事をしていかないか?」があいさつ言葉になっている。しかしそれはあくまでもあいさつ。本気で食事に誘うわけではない。相手が断るのを前提に、そう言って、食事に誘う。そのとき大切なことは、誘われたほうは、あいまいな断り方をしてはいけない。あいまいな断り方をすると、かえって誘ったほうが困ってしまう。飛騨地方には昔から、「飛騨の昼茶漬け」という言葉がある。昼食は簡単にすますという習慣である。

恐らくAさんは食事を断ったにせよ、どこかあいまいな言い方をしたに違いない。「出してもらえるなら、食べてもいい」というような言い方だったかもしれない。それでそういう事件になった?

(判断)このケースを聞いて、まず私が「?」と思ったことは、Bさんの夫が、Bさんに向かって、「おい、B(呼び捨て)!、すぐ食事の用意をしろ」と言ったところ。そういう習慣のある家庭では何でもない会話のように聞こえるかもしれないが、少なくとも私はそういう言い方はしない。私ならまず女房に、相談する。そしてその上で、「食事を出してやってくれないか」と聞く。

あるいはどうしてもということであれば、私は自分で用意する。いきなり「すぐ食事の用意をしろ」は、ない。つぎに気になったのは、言葉どおりとったBさんに対して、Aさんが不愉快に思ったところ。Aさんは「妻は夫に従うべきだ」と言う。つまり女性であるAさんが、自ら、「男尊女卑思想」を受け入れてしまっている! 本来ならそういう傲慢な「男」に対して、女性の立場から反発しなければならないAさんが、むしろBさんを責めている! 女性は夫の奴隷ではない!

 私はAさんの話を聞きながら、「うんうん」と返事するだけで精一杯だった。内心では反発を覚えながらも、Aさんを説得するのは、不可能だとさえ感じた。基本的な部分で、思想の違いを感じたからだ。さて、あなたならこのケースをどう考えるだろうか。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(315)

●心をゆがめる子ども

 これはあくまでも教える側からの見方だが、心をゆがめ始める子どもには、いくつかの特徴がある。その中でも最大の特徴は、(1)心がつかめなくなるということ。もう少し具体的には、何を考えているかわからない子どもといった感じになる。

よい子ぶったり、見た目にはよくできた子といった印象を与えることが多い。静かで従順、何を言いつけても、それに黙って従ったりする。この段階で、多くの先生は、「いい子」というレッテルを張ってしまい、子どものもつ問題を見落としてしまう。そしてある日突然、それが大きな問題になり、「えっ!」と驚く……。不登校がその一例。あとになって「そう言えば……」と思い当たることもあるにはあるが、それまではたいていの教師はその前兆にすら気づかない。

 つぎに(2)「すなおさ」が消える。幼児教育の世界で、「すなおな子ども」というときには、二つの意味がある。一つは、心の状態と表情が一致していること。悲しいときには悲しそうな顔をする。うれしいときにはうれしそうな顔をする、など。が、それが一致しなくなると、いわゆる心と表情の「遊離」が始まる。不愉快に思っているはずなのに、ニコニコと笑ったりするなど。

 もう一つは、「心のゆがみ」がないこと。いじける、ひがむ、つっぱる、ひねくれるなどの心のゆがみがない子どもを、すなおな子どもという。心がいつもオープンになっていて、やさしくしてあげたり、親切にしてあげると、それがそのままスーッと子どもの心の中にしみこんできくのがわかる。が、心がゆがんでくると、どこかでそのやさしさや親切がねじまげられてしまう。私「このお菓子、食べる?」、子、「どうせ宿題をさせたいのでしょう」と。

 家庭でも、こうした症状が見られたら、子どもをなおそうと考えるのではなく、家庭のあり方をかなり真剣に反省する。そしてここが重要だが、子どもの中に心のゆがみを感じたら、「今の状態をより悪くしないこと」だけを考え、1年単位でその推移を見守ること。あせればあせるほど、逆効果で、一度(何かをする)→(ますます症状が悪化する)の悪循環に入ると、あとは底無しのドロ沼に落ちてしまう。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(316)

●心を開かない子ども

 心を開かない子ども……と、書いて、実はあなた自身のこと。あなたはだれかに対して、一人だけでもよいが、心を開くことができるだろうか。あるいはそういう人がいるだろうか。「心を開く」ということは、そういう意味でもたいへんむずかしい。

実のところ、この私にしても、「この人だけになら心を開くことができる」と思える人は、ほとんどいない。どうしても自分をさらけ出すことができない。そのためどうしても自分を作ってしまう。

 そこで「本当の自分」とは何かを考えてみる。……この間、10数分の時間が過ぎたが、本当の自分と言われると、そこでまたハタと困ってしまう。本当の私は、小心者で、小ずるく、無責任で、冷酷で、自分勝手。そういう自分がつぎつぎと浮かんでくる。しかしそういう自分をさらけ出すことはできない。だれかと接するときは、どこかでそういう自分と戦わねばならない。ありのままの自分をさらけ出したら、相手もびっくりするだろう。

 ここから先はたいへん不謹慎な話になるが、異性と、裸になってセックスをするときは、ひょっとしたら、心を開いた状態なのかもしれない。肉体や感情や、それに欲望をさらけ出していると、ついでに心までさらけ出すことになる。もっともその前提として、互いに愛しあっていなければならない。自分の欲望を満たすために、心を偽るようでは、心をさらけ出したことにはならない。「私はどうなってもいい」という思いの中で、自分をさらけ出してこそはじめて、心を開いたことになる。

 ……と、書いて、子どもの話にもどる。親子だから、互いに心を開きあっているとは限らない。親のほうはともかくも、子どものほうが心を閉ざすケースはいくらでもある。「親がこわかった」「親の前にすわると緊張する」「親に会うと疲れる」「実家には帰りたくない」「何か言われると、反発してしまう」など。

若い母親でも、約3~4割の人が、そういう悩みをかかえている。子どもの立場でみて、親にどうしても心を開くことができないというのだ。そこでさらに問題を掘りさげて、あなたという親と、あなたの子どもの関係はどうかということ。あなたは子どもに心を開いているだろうか。反対にあなたの子どもはあなたに心を開いているだろうか。こういう質問をすると、たいていの人は、「うちはだいじょうぶ」と言うが、だいじょうぶでないことは、実はあなた自身が一番よく知っている。それともあなたは、あなたの親に対して、全幅の心を開いていると自信をもって言えるだろうか。

 「心を開く」ということは、そんな簡単な問題ではない。またそんなふうに簡単に考えてもらっては困る。私の経験では、生涯、心を開くことができる相手というのは、ほんの数人ではないかと思う。あるいはもっと少ない……? こちらが心を開いても、相手が開かないとか、その反対のこともある。なかなかうまくいかないのが人間関係だが、それはそのまま親子についても言える。はたしてあなたは本当にだいじょうぶか?





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(317)

●西郷隆盛が理想の教育者?

 ある教育雑誌に、ある県会議員の教育改革論(?)が載っていた。いわく「西郷隆盛(明治維新の元勲)こそが、私の尊敬する人物。彼の思想にこそ、これからの教育の指針が隠されている」(雑誌「K」)と。

いろいろ理由は書かれていたが、私はこういう意見を読むと、生理的な嫌悪感を覚える。イギリス人がトラファルガーの海戦(1805年)で勝利を収めた、ネルソン提督をあがめるようなものだ。気持ちはわからないでもないが、どうしてものの考え方が、こうもうしろ向きなのだろうとさえ思ってしまう。

西郷隆盛が西郷隆盛であったのは、あの時代の人物だったからにほかならない。西郷隆盛をたたえるということは、あの時代を肯定することにもなる。もちろん歴史は歴史だし、歴史上の人物は、それなりに評価しなければならない。しかし西郷隆盛に教育論を求めるとは……? 彼は、大久保利通、木戸孝允らと並んで、明治維新の三傑とは言われたが、少なくとも民主主義のために戦った人物ではない。平和や自由や平等のために戦った人物でもない。わかりやすく言えば、武士階級の権威や権力の温存を求めて戦った人物である。

……というような反論をしても、この日本では意味がない。私のほうが異端児になってしまう。先日も、「あなたは日本の歴史を否定するのか。それでもあなたは日本人か」と言ってきた人がいた。

しかし私は何も日本の歴史を否定しているのではない。それに私は上から下まで、完全な日本人だ。日本の文化や風土、民族はこの上なく愛している。しかしそのことと体制を愛するということは別のことである。西郷隆盛にしても、明治から大正、昭和における歴史の教科書の中で、そのときどきの体制につごうがよいように美化された偉人(?)にすぎない。その結果が、あの軍国主義であり、さらにその結果があの戦争である。だととするなら、なぜ今、西郷隆盛なのかという疑問を私がもったところで、それは当然のことではないのか。

こうした復古主義は、社会の世相が混乱するたびに姿を現す。今がそうだが、こうした復古主義がはびこればはびこるほど、「進歩」が停滞する。しかし私たちがすべきことは、「新しい家庭観」の創設であって、決して復古主義的な家庭観ではない。改革の思想は、いつも混乱の中から生まれる。混乱を恐れてはいけない。混乱の中から何かを生み出すという姿勢が、この混乱を抜け出る唯一の方法である。

……何とも、カタイ話になってしまったが、読者のみなさんも、こうした復古主義にだけはじゅうぶん、注意してほしい。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(318)

●国によって違う職業観

 職業観というのは、国によって違う。もう40年も前のことだが、私がメルボルン大学に留学していたときのこと。当時、正規の日本人留学生は私一人だけ。(もう一人Mという女子学生がいたが、彼女は、もともとメルボルンに住んでいた日本人。)そのときのこと。

 私が友人の部屋でお茶を飲んでいると、一通の手紙を見つけた。許可をもらって読むと、「君を外交官にしたいから、面接に来るように」と。私が喜んで、「外交官ではないか! おめでとう」と言うと、その友人は何を思ったか、その手紙を丸めてポイと捨てた。「アメリカやイギリスなら行きたいが、99%の国は、行きたくない」と。考えてみればオーストラリアは移民国家。「外国へ出る」という意識が、日本人のそれとはまったく違っていた。

 さらにある日。フィリッピンからの留学生と話していると、彼はこう言った。「君は日本へ帰ったら、ジャパニーズ・アーミィ(軍隊)に入るのか」と。私が「いや、今、日本では軍隊はあまり人気がない」と答えると、「イソロク(山本五十六)の伝統ある軍隊になぜ入らないのか」と、やんやの非難。当時のフィリッピンは、マルコス政権下。軍人になることイコール、そのまま出世コースということになっていた。で、私の番。

 私はほかに自慢できるものがなかったこともあり、最初のころは、会う人ごとに、「ぼくは日本へ帰ったら、M物産という会社に入る。日本ではナンバーワンの商社だ」と言っていた。が、ある日、一番仲のよかったデニス君が、こう言った。「ヒロシ、もうそんなことを言うのはよせ。日本のビジネスマンは、ここでは軽蔑されている」と。彼は「ディスパイズ(軽蔑する)」という言葉を使った。

 当時の日本は高度成長期のまっただ中。ほとんどの学生は何も迷わず、銀行マン、商社マンの道を歩もうとしていた。外交官になるというのは、エリート中のエリートでしかなかった。この友人の一言で、私の職業観が大きく変わったことは言うまでもない。

 さて今、あなたはどのような職業観をもっているだろうか。あなたというより、あなたの夫はどのような職業観をもっているだろうか。それがどんなものであるにせよ、ただこれだけは言える。

こうした職業観というのは、決して絶対的なものではないということ。時代によって、それぞれの国によって、そのときどきの「教育」によってつくられるということ。大切なことは、そういうものを通り越した、その先で子どもの将来を考える必要があるということ。私の母は、私が幼稚園教師になると電話で話したとき、電話口の向こうで、オイオイと泣き崩れてしまった。「浩ちャーン、あんたは道を誤ったア~」と。

母は母の時代の常識にそってそう言っただけだが、その一言が私をどん底に叩き落したことは言うまでもない。しかしあなたとあなたの子どもの間では、こういうことはあってはならない。これからは、もうそういう時代ではない。あってはならない。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(319)

●ホームスクール

 アメリカにはホームスクールという制度がある。親が教材一式を自分で買い込み、親が自宅で子どもを教育するという制度である。希望すれば、州政府が家庭教師を派遣してくれる。

日本では、不登校児のための制度と理解している人が多いが、それは誤解。アメリカだけでも九七年度には、ホームスクールの子どもが、100万人を超えた。毎年一五%前後の割合でふえ、2001年度末には200万人に達しただろうと言われている。それを指導しているのが、「Learn in Freedom」(自由に学ぶ)という組織。「真に自由な教育は家庭でこそできる」という理念がそこにある。

地域のホームスクーラーが合同で研修会を開いたり、遠足をしたりしている。またこの運動は世界的な広がりをみせ、世界で約千もの大学が、こうした子どもの受け入れを表明している(LIFレポートより)。

「自由に学ぶ」という組織が出しているパンフレットには、J・S・ミルの「自由論(On Liberty)」を引用しながら、次のようにある(K・M・バンディ)。

 「国家教育というのは、人々を、彼らが望む型にはめて、同じ人間にするためにあると考えてよい。そしてその教育は、その時々を支配する、為政者にとって都合のよいものでしかない。それが独裁国家であれ、宗教国家であれ、貴族政治であれ、教育は人々の心の上に専制政治を行うための手段として用いられてきている」と。

 そしてその上で、「個人が自らの選択で、自分の子どもの教育を行うということは、自由と社会的多様性を守るためにも必要」であるとし、「(こうしたホームスクールの存在は)学校教育を破壊するものだ」と言う人には、次のように反論している。いわく、「民主主義国家においては、国が創建されるとき、政府によらない教育から教育が始まっているではないか」「反対に軍事的独裁国家では、国づくりは学校教育から始まるということを忘れてはならない」と。

 さらに「学校で制服にしたら、犯罪率がさがった。(だから学校教育は必要だ)」という意見には、次のように反論している。「青少年を取り巻く環境の変化により、青少年全体の犯罪率はむしろ増加している。学校内部で犯罪が少なくなったから、それでよいと考えるのは正しくない。学校内部で少なくなったのは、(制服によるものというよりは)、警察システムや裁判所システムの改革によるところが大きい。青少年の犯罪については、もっと別の角度から検討すべきではないのか」と(以上、要約)。

 日本でもホームスクール(日本ではフリースクールと呼ぶことが多い)の理解者がふえている。なお2000年度に、小中学校での不登校児は、13万4000人を超えた。中学生では、38人に1人が、不登校児ということになる。この数字は前年度より、4000人多い。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(320)

●二番目の子は、親と疎遠?

 「3人兄弟の第2子は、両親に電話する回数が少なく、疎遠になりやすいことが東京大学大学院のアンケート調査でわかった」(読売新聞02年5月)という。

 同大学院認知行動科学研究所が、全国の3人兄弟の大学生男女129人に、1か月に何回、両親に電話するかを聞いたところ、

 長子…… 6・9回
 第二子……4・6回
 末子…… 5・9回と、第二子は明らかに少なかった。

男女別に分けても、傾向は同じだったという。さらにその報告によれば、「出生順位と親子関係について、1998年にカナダで行われた研究でも、長子や末子にくらべて、中間の子どもは両親をあまり親しい人物と考えていないという結果が出ている」という。

理由として、「長子は両親が子育てにかける手間を独占できる期間があり、末子も、その後に弟妹がいないので、親が世話をしやすいため」と分析している。そして「一方、じゅうぶんに手をかけてもらっていない中間の子どもは、両親への親密度を減らす」とも。

 ……もっとも、こんなことは私たちの世界では常識で、何も「大学院のアンケート調査によれば」と断らなければならないほど、おおげさなものではない。私もすでにあちこちの本の中で、そう書いてきた。が、問題はその先。

 嫉妬による愛情飢餓の状態が、長くつづくと、子どもの心はゆがんでくる。表面的には、愛想がよくなり、人なつこくなる。しかしその反面、自分の心を防衛する(飾る)ようになり、仮面をかぶるようになる。よい子ぶったり、優等生になっておとなの関心を自分に引こうとする。

が、さらにその状態が長くつづくと、心の状態と顔の表情が遊離し始め、親から見ても、何を考えているかわからない子どもといった感じになる。この段階になると、ひがみやすくなる、いじけやすくなる、ひねくれやすくなる、つっぱりやすくなるなどの、「ゆがみ」が出てくるようになる。タイプとしては、(1)暴力的、攻撃的になるプラス型と、(2)ジクジクと内へこもるマイナス型に分けることができる。大切なことはそういう状態になる前に、子ども自身が今、どう状態なのかを親側が知ることである。ここにも書いたように、それが長くつづけばつづくほど、子どもの心はゆがむ。

 さて、読売新聞はこう結論づけている。「東大とカナダの調査結果は、(中間の子は、両親への親密度を減らすという)学説を裏づけるデータと言えそうだ。同研究室は、『中間の子だけに特有の性格があることは興味深い。電話以外の行動も調べてみたい』としている」と。

●幻惑(自然葬)

2009-07-04 08:03:32 | 日記
●幻惑

++++++++++++++++++

「幻惑」に苦しんでいる人は多い。
「家族だから」「親だから」「長男だから」と。
意味のない『ダカラ論』で、体中が、がんじがらめになっている。
ふつうの(苦しみ)ではない。
悶々と、いつ晴れるともわからない苦しみ。
その苦しみが、ときとして、その人を押しつぶす。

「幻惑」……「家族」という独特の世界で生まれる、
精神的呪縛感をいう。

++++++++++++++++++

●呪縛感からの解放

 本来なら、親のほうが気を使って、子どもが家族のことで、苦しまないようにする。
それが親の(やさしさ)ということになる。
親の(努め)ということになる。
親は、また、そうでなければならない。

 が、世の中には、いろいろな親がいる。
「産んでやった」「育ててやった」と恩を着せるだけではなく、そのつど、
真綿で口を塞ぐようにして、子どもを、苦しめる。
そんな親もまだ多い。
実のところ、私の母もそうだった。
わざと私の聞こえるところで、他人と、こんな会話をする。

「○○さんところのA君は、立派なものじゃ。今度、両親を、温泉へ連れていって
やったそうだ」とか、など。
 あるいはその一方で、こんな話もする。
「△△さんところの嫁は、ひどい嫁じゃ。親には、親子どんぶりを食べさせ、自分は、
うな丼を食べていたそうだ」とか、など。
 あるいは、「親の葬式だけは、家屋敷を売ってでも、立派にやれ」とも言った。

 私はこうした話を、子どものころから、耳にタコができるほど聞かされた。
もっとも子どものころは、まわりの人たちがみな、同じようなことを言っていたことも
あり、それほど疑問には思わなかった。
私が疑問に思い始めたのは、やはり高校生になってからだと思う。
だからある日、私は突然、叫んだ。
「いつ、お前に、産んでくれと頼んだア!」と。

●勇気 

おかしなことだが、こうした呪縛感は、親が死んだあとも、残る。
派手な葬儀に、派手な法事。
それが転じて、仏教不信へともつながっている。
が、ここで終わるわけではない。
今年は一周忌。
来年は三周忌……、とつづく。

 「勇気」というとおおげさに聞こえるかもしれないが、こうした「幻惑」と闘う
ためには、勇気が必要である。
体中に巻きついた呪縛感を、取り除く……。
が、それには、親族たちの白い目、決別を意味する。
それ以上に、私自身の内部で、既存の宗教を乗り越える宗教観をもたねばならない。
さらに言えば、家族への依存性とも決別しなければならない。

 「私が死んだときも、葬儀は不要」「一周忌も三周忌も不要」と言えるように
なるまでには、相当の覚悟が必要である。
その覚悟をもつには、それ相当の勇気が必要。
その勇気なくして、その覚悟をもつことはできない。

 もっともだからといって、死者を軽く扱うということではない。

●儀式

 近くに、冠婚葬祭だけはしっかりと済ます人がいる。
3人の子どもがいたが、それぞれの結婚式には、町内の自治会長、副会長まで
呼んだ。
その数、300~400人。

 しかしおかしなことに、かけた教育費は、ゼロ(?)。
いろいろあったのだろうが、3人とも、学歴は中卒で終わっている。
(だからといって、中卒がどうこう言うのではない。誤解のないように!)
いつだったか、その母親のほうが、こう言ったのを覚えている。
「へたに学歴をつけると、遠くへ行ってしまうから、損」と。

 この話を聞いたとき、私の生きざまとは正反対であることに驚いた。
私は、こと教育費にかけては、一度とて惜しんだことはない。
息子たちが言うがまま、一円も削ることなく、お金を出してきた。

一方、私たち自身は、結婚式なるものをしていない。
お金がなかった。
が、それ以上に、冠婚葬祭の意味すら、認めていなかった。
それなりの(式)をするのは、当然だとしても、しかしそこまで。
それ以上は、まさにムダ金。

 同じように、葬儀にしても、大切なのは、(心)。
(心)を中心に考える。
儀式はあくまでも、あとからついてくるもの。
儀式をしたから、死者が浮かばれるとか、反対に、儀式をしなかったから、
死者が浮かばれないとか、そういうふうに考えること自体、バカげている。

●新しい死生観

 現在、都会地域では、約30%の人が、直葬方式で、葬儀を行っている
という(中日新聞・東京)。
「直葬」というのは、病院から直接火葬場へ向かい、遺骨となって自宅へ戻る
ことをいう。
そのあとは「家族葬」といって、家族だけで、内々で葬儀をすます。

 恩師のT先生も、それを望んでいる。
数か月前、鎌倉の自宅で会ったとき、そう言っていた。
私が「先生のような方のばあい、周囲がそうさせませんよ」と言うと、先生は、
「私はそうしてもらいます」と、きっぱりと言った。
T先生は、天皇陛下のテニス仲間でもある。

 が、私のばあいは、少しちがう。

 もしワイフが先に死んだら、私は、しばらくワイフの遺体といっしょに寝る。
たぶん私が先に死んだら、ワイフもそうしてくれるだろうから、私はワイフのそばを
離れない。

 いつもどおりの生活をして、しばらくそうしていっしょに、過ごす。
うるさい葬儀はしない。
参列者も家の中には、入れない。
息子たちやその家族たちだけが、来られる日に、それぞれが来ればよい。
来なくても、構わない。

 気持ちが安らいだところで、火葬にしてもらう。
遺骨は、私が死ぬまで、私のそばで預かる。
そのあとのことは、息子たちに任す。
海へ捨てるのもよし。
どこかの山の中に捨てるのもよし。

 あの墓の中に入るのだけは、ぜったいにごめん。
私のワイフも、そう言っている。
それだけは、どんなことがあっても、ぜったいにしてほしくない。

 ……という死生観をもつためには、それなりの努力が必要である。
勇気も必要である。
体にしみついた呪縛感を抜き去るのは、容易なことではない。
ときに身をひきちぎるような苦痛を伴うこともある。

 だから……。
私は3人に息子たちには、私が味わったような苦しみを、味あわせたくない。
だから3人とも、親絶対教の信者たちに言わせれば、この上ないほどの
親不孝者ばかりである。(ホント!)

 しかし私はそういう息子たちをあえて弁護する。

 私は3人の息子たちを通して、じゅうぶん、人生を楽しんだ。
息子たちは私に生きる喜びや、生きがいそのものを与えてくれた。
今、それ以上に、私は息子たちに、何を望むことができるのか。
感謝しこそすれ、親不孝者とののしる気持ちなど、みじんも、ない!
息子たちは息子たちで、自分たちの家族を楽しめばよい。

+++++++++++++++++++++++

昨年(08年)の9月に書いた原稿を、そのまま
再送信します。

+++++++++++++++++++++++

●自然葬(Natural Funeral)

自然葬を望む人が、団塊の世代を中心にふえているという(中日新聞報道)。
そういう活動を指導的に行う、NPO法人(特定非営利活動法人)も
立ち上がっている。

「葬送の自由をすすめる会」(東京)というのも、そのひとつ。
同会のばあいは、1991年に発足し、会員は全国で1万2000人、
3年前とくらべて、2倍にふえたという。

少し前、「直葬(ちょくそう)」という葬儀の仕方について書いた。
都会地域では、30%前後の人たちが、現在、直葬を選択しているという。

自然葬にせよ、直葬にせよ、日本の伝統的な死生観にそぐわないため、
抵抗を感ずる人も多い。
とくに農村部ではそうだろう。
しかし同時に、今、冠婚葬祭のし方が、この日本でも大きく変わろうとしている。
「従来のままではおかしい」と考え始めている人が、ふえ始めている。

実際、おかしい。
儀式化するのはしかたないとしても、肝心の「心」が、どこかへ置き去りに
なってしまっている。
誤解しないでほしいのは、直葬にせよ、自然葬にせよ、それをするからといって、
死者を軽んじているということではない。

もちろん中には経済的な理由で、そうする人もいるだろう。
都会地域では、葬儀費用は、平均して300万円前後もかかるという(同)。
この浜松市でも、140~50万円が、その相場ということになっている。

しかし実際には、それまでの介護費用、あるいは介護で、疲れきって
いる家庭も多い。
その上での葬儀である。
(私も先日、実兄を見送ったが、葬儀費用は、しめて165万円。
香典などでの収入は、43万円前後だったので、約120万円の赤字(?)という
ことになる。)

葬儀の費用のうち何割かが、僧侶への布施。
布施の額は、戒名によって異なる。
寺の格式(?)によっても、異なる。
G県の小さな田舎町での葬儀だったが、下は30万~80万円。
上にはキリがないそうだ。

ちなみに、自然葬のばあい、合同葬なら、約5万円。
個人葬でも、約10万円だそうだ(上記、同会)。

日本人の多くは、葬儀といえば、僧侶による読経を当然と考える。
その読経の仕方も、布施の額によって異なる。
たとえば、寺に頼んでも、僧侶が1人で来るということはない。
たいてい仲間を誘う。(たがいに誘い合う?)
こうして別途に、1人、10~20万円前後が請求される。
(これでも安いほうだそうだ。)
5人、助っ人を頼めば、プラス100万円~となる。
(ある宗教団体では、僧侶を呼ばず、「友人葬」と称して、仲間同士で
葬儀をする。)

しかしこうした常識そのものが、おかしい。
で、私はこれについて、一度、地元のある寺の住職にこんな質問を
したことがある。

「戒名は、どうして必要なのか」
「読経は必要なのか」と。

それに対して、その住職は、こう教えてくれた。

「俗名には、世間のしがらみが、いっぱいくっついています。
清廉潔白な気持ちで浄土へ行くためには、戒名は必要です」
「読経するのは、仏(=死者)を、成仏させるためです」と。

私にはこれ以上のことはわからない。
わからないが、こんな方法では、残された遺族の悲しみやさみしさは、
癒されない。
むしろ、こうした形式的な儀式によって、死者や遺族の意志を、もて
あそぶことになりやしないか。

私の近い知人(元)高校教師(男性)が、先日、亡くなった。
しかしだれも、その知人の葬儀の日すら、知らなかった。
葬儀は、僧侶なし、家族だけの密葬で行われた。
が、だからといって、いいかげんな葬儀だったと考えないほうがよい。
それから1~2週間、妻は、床に伏せたままだったという。
それを心配した息子や娘は、妻(=母親)のそばにずっといて、
妻(=母親)の介護をしたという。

故人というより、葬儀にしても、もっと遺族の心を大切にすべき。
と、同時に私たちも、意味のない迷信にとらわれることなく、
(こうあるべき)という葬儀の仕方を、もっと前向きに考えた
ほうがよい。

今のように(形)が先にあって、その(形)だけをすれば、それでよい
と考えるほうが、おかしい。
むしろ現実は逆で、心の中では、「バンザーイ!」と叫びながら、葬儀の席では、
うちひしがれた遺族を演ずる家族も少なくない。
その隠れ蓑として、「形」が利用される(?)。

で、もう少し先を言えば、「戒名」などという言葉は、釈迦の時代には、
「カ」の字もなかった。
「成仏」という言葉にしても、だれでも修行すれば仏になれると説いたのは、
北伝仏教。
さらに「死ねばみな、仏」という考え方をするのは、私が知るかぎり、この
日本人だけである。

(釈迦の教えが直接伝わっている南伝仏教では、ある一定の位以上の僧のみが、
仏になると教える。)

僧侶に読経してもらった程度のことで、成仏できるというのなら、ではこの
現世での努力は、何かということになってしまう。
懸命に生きた人も、そうでない人も、同じ仏という考え方そのものが、不平等。

いろいろ考えてみるが、私には、「成仏」という概念が、どうしても理解できない。
理解できないから、葬儀のあり方そのものに、どうしても納得できない。

……ということで、自然葬、おおいに結構。
私に遺産があるとかないとか、そういうことには関係なく、息子たちには、
無駄なお金を使わせたくない。
私は自分の遺灰が、どこかに捨てられても、いっこうにかまわない。
遺骨などに、私の魂は、ない。
あるはずもない。

私がワイフより先に死んだら、遺骨はワイフが死ぬまで、ワイフが預かる。
再婚したければ、すればよい。
ワイフが死んだら、私とワイフの遺骨の始末は、息子たちに任せる。
自由に決めてよい。

ワイフが私より先に死んだら、その反対。私が死ぬまで、ワイフの遺骨は
私が預かる。
私が死んだら、あとの始末は、息子たちに任せる。

なお散骨について、法務省刑事局総務課は、つぎのような見解を示して
いるという(同紙)。

「節度をもってすれば、刑法の遺骨遺棄罪には当たらず、問題はない」とのこと。
よかった!

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 直葬 自然葬 はやし浩司 遺言 葬儀 死生観)


Hiroshi Hayashi++++++++July.09+++++++++はやし浩司