最前線の子育て論byはやし浩司(2)

子育て最前線で活躍する、お父さん、お母さんのためのBLOG

●桁外れの世界

2011-09-30 11:19:50 | 日記
●9月30日(金曜日)(9月、最終日)

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昨夜、仕事の帰りに、書店に立ち寄る。
「週刊新潮」誌を買う。
そのときついでに横に並んだ、女性週刊誌
を開くと、こんな記事が目にとまった。

何でも今度の皇太子妃のMさんの警備費に、
5000万円以上もかかったという。
(Mさんが、娘のサマーキャンプに同行した
ときの費用をいう。)
ホテルは、1泊、10万円。
プラス、あれこれ。
実際には、もっと多額の費用がかかったという(「週刊Z」誌)。

 女性週刊誌というと、皇室の(耳障りのよい)記事だけを
流していると思っていた。
その女性週刊誌が、皇室の批判記事。
こうした記事は、たいへん珍しい。
珍しいから、驚いた。

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●北朝鮮の金ファミリー

 韓国の中央日報は、こんな記事を配信している。

 なんでも金正日(キム・ジョンイル)一家が、愛犬に年間10万~20万ドルを支出するなど豪華生活をしているという。

 いわく、『北朝鮮が2009-2010年に購入した米国製シードゥー・ジェットスキー10余台は元山(ウォンサン)などの専用別荘で金正恩(キム・ジョンウン)が使用している」とし「昨年10月にはロシアの代表的な馬を数十頭も購入し、金正恩とその家族が乗馬用に利用している」と明らかにした』と。

金ファミリーのぜいたく生活は、以前から報道されている。
ほかにも、『金正日一家は09年、中国から「ジョニーウォーカーブルーラベル」など高級ウイスキー200本を輸入、金正日が主管する宴会で消費した。昨年は仏ピカール社から購入した最高級ワイン600余本を金正日が準備した宴会で消費したという』(同)と。

 その一方で、今年の北朝鮮は、台風に見舞われ、米作が大被害を受けたという。
そんなニュースも伝わっている。

●国それぞれ

 お金のある人は、それなりの生活をすればよい。
お金のある国は、それなりの国家運営をすればよい。
日本は日本だし、北朝鮮は北朝鮮。
国民がそれに納得しているのだから、私としては、これ以上のことは、ここには書けない。
ただ、こういうことは言える。

 個人としての幸福感は、もっと別のところにあるのではないか、と。
満足感でもよい。

 警備にそれだけの費用がかかるのは、しかたないことかもしれない。
必要経費。
しかし警備されるMさん自身は、どうなのだろうか。
さぞかし迷惑したことだろう……と思う。
私なら、「うるさい! 私のしたいようにさせて!」と叫んだかもしれない。

 一方、北朝鮮の金ファミリー。
ジェット・スキーを10余台も購入していたという。
さらに愛犬に、年間10万~20万ドルを支出しているとか。
20万ドルということは、北朝鮮人の平均月収の、10万倍!
(日本円に換算しても、1400万円。)
もちろん愛犬の世話係として、何10人もの担当者が割り当てられているにちがいない。
こちらは必要経費というより、「ぜいたく」。

 しかしどうであれ、ともに桁外れ。
「そういう世界もあるのだなあ」と思ったところで、思考停止。
私がおととい泊まった旅館は、1泊、7500円。
なんだか自分がみじめになる……と書きたいが、私はゼンゼン、みじめとは思っていない。
メルボルン大学にいたとき、私はインターナショナル・ハウスにいた。
当時、ハウスの留学生は、そのほとんどが、各国からの王子や皇太子ばかりだった。
そういう学生と、1年間、寝食を共にしたことがある。
そのとき書いた原稿を、いくつか、紹介する。

【世にも不思議な留学記』byはやし浩司、より(中日新聞掲載済み)

隣人は西ジャワの王子だった【1】

●世話人は正田英三郎氏だった

 私は幸運にも、オ-ストラリアのメルボルン大学というところで、大学を卒業したあと、研究生活を送ることができた。

 世話人になってくださったのが正田英三郎氏。皇后陛下の父君である。

 おかげで私は、とんでもない世界(?)に足を踏み入れてしまった。私の寝泊りした、インターナショナル・ハウスは、各国の皇族や王族の子息ばかり。西ジャワの王子やモ-リシャスの皇太子。ナイジェリアの王族の息子に、マレ-シアの大蔵大臣の息子など。ベネズエラの石油王の息子もいた。

 「あんたの国の文字で、何か書いてくれ」と頼んだとき、西ジャワの王子はこう言った。「インドネシア語か、それとも家族の文字か」と。

 「家族の文字」というのには、驚いた。王族には王族しか使わない文字というものがあった。また「マレ-シアのお札には、ぜんぶうちのおやじのサインがある」と聞かされたときにも、驚いた。一人名前は出せないが、香港マフィアの親分の息子もいた。「ピンキーとキラーズ」(当時の人気歌手)が香港で公演したときの写真を見せ、「横に立っているのが兄だ」と笑った。

 今度は私の番。「おまえのおやじは、何をしているか」と聞かれた。そこで「自転車屋だ」というと、「日本で一番大きい自転車屋か」と。私が「いや、田舎の自転車屋だ」というと、「ビルは何階建てか」「車は、何台もっているか」「従業員の数は何人か」と。

●マダム・ガンジーもやってきた

 そんなわけで世界各国から要人が来ると、必ず私たちのハウスへやってきては、夕食を共にし、スピ-チをして帰った。よど号ハイジャック事件で、北朝鮮に渡った山村政務次官が、井口領事に連れられてやってきたこともある。

 山村氏はあの事件のあと、休暇をとって、メルボルンに来ていた。その前年にはマダム・ガンジ-も来たし、『サ-』の称号をもつ人物も、毎週のようにやってきた。インドネシアの海軍が来たときには、上級将校たちがバスを連ねて、西ジャワの王子のところへ、あいさつに来た。そのときは私は彼と並んで、最敬礼する兵隊の前を歩かされた。

 また韓国の金外務大臣が来たときには、「大臣が不愉快に思うといけないから」という理由で、私は席をはずすように言われた。当時は、まだそういう時代だった。変わった人物では、トロイ・ドナヒュ-という映画スタ-も来て、一週間ほど寝食をともにしていったこともある。『ル-ト66』という映画に出ていたが、今では知っている人も少ない。

 そうそう、こんなこともあった。たまたまミス・ユニバースの一行が、開催国のアルゼンチンからの帰り道、私たちのハウスへやってきた。そしてダンスパ-ティをしたのだが、ある国の王子が日本代表の、ジュンコという女性に、一目惚れしてしまった。で、彼のためにラブレタ-を書いてやったのだが、そのお礼にと、彼が彼の国のミス代表を、私にくれた。

 「くれた」という言い方もへんだが、そういうような、やり方だった。その国では、彼にさからう人間など、誰もいない。さからえない。おかげで私は、オ-ストラリアへ着いてからすぐに、すばらしい女性とデートすることができた。そんなことはどうでもよいが、そのときのジュンコという女性は、後に大橋巨泉というタレントと結婚したと聞いている。

 ……こんな話を今、しても、誰も「ホラ」だと思うらしい。私もそう思われるのがいやで、めったにこの話はしない。が、私の世にも不思議な留学時代は、こうして始まった。一九七〇年の春。そのころ日本の大阪では、万博が始まろうとしていた。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

王子の悩み【11】

●王子や皇太子は皆、偽名!

 ハウスの留学生は、各国の皇太子や王子、あるいは、皇室や王家の子息ばかりだった。ほかの連中は、その国のケタはずれの金持ちばかり。このことは前にも書いた。


 しかし日本へ帰国したあと、その国から来た人に、そういう男を知っているかと聞いても、皆、「知らない」「そんな男はいない」と言う。そんなはずはない。そこである日、それも五年ほどもたってからのことだが、同じハウスにいたオーストラリアの友人にそのことを聞くと、こう教えてくれた。


 「ヒロシ、君は知らなかったのか。彼らは皆、偽名を使っていた」と。つまり警護上の理由で、ハウスでは、偽名を使っていたというのだ。しかも私が彼らの仲のよい友人だと思っていた男たちは、友人ではなく、それぞれの国の大使館から派遣された、護衛官であったという。

 もちろん私は本名で通した。護衛官など、私にはつくはずもない。が、こんなことがあった。

 ハウスでは、毎晩二人一組で電話交換をすることになっていた。外からかかってきた電話を、それぞれの部屋につなぐ係だ。その夜は、私とM国の王子が当番になっていた。しかし彼は約束の時間になっても来なかった。

 そこで私は彼の部屋に電話をつなぎ、「早く来い」と命令をした。しかしやってきたのは、彼の友人(あとで護衛官とわかった男)だった。私は怒った。怒ってまた電話をつなぎ、「君が来るべきだ。代理をよこすとは、一体、どういうことだ」と叱った。

 やがて「ごめん、ごめん」と言ってその王子はやってきたが、それから数日後のこと。その友人が私の部屋にやってきて、こう言った。「君は、わが国の王子に何をしているのか、それがわかっているのか。モスリム(イスラム教)には、地下組織がある。この町にもある。じゅうぶん気をつけろ」と。その地下組織では、秘密の裁判はもちろんのこと、そこで有罪と決まると、誘拐、処刑までするということだった。

 その王子。どういうわけだか、私には気を許した。許して、いろいろなことを話してくれた。彼の国では、日本の女性とつきあうことが、ステータスになっているとか、など。夜遊びをしたこともある。モグリの酒場に忍び込んで、禁制の酒を一緒に飲んだこともある。

 が、一見、華々しく見える世界だが、彼は、王子であるがゆえに、そこから生ずる重圧感にも苦しんでいた。ほんの一時期だけだったが、自分の部屋に引きこもってしまい、誰にも会おうとしなくなってしまったこともある。詳しくは書けないが、たびたび奇行を繰り返し、ハウスの中で話題になったこともある。

●「あなたはホテルへ帰る」

 そうそう私が三〇歳になる少し前のこと。私は彼の国を旅行することになった。旅行と言っても、ほんの一両日、立ち寄っただけだが、彼が王族の一員として、立派に活躍しているのを知った。街角のところどころに、王様と並んで、彼の肖像画がかかげられていた。

 それを見ながら、私がふと、タクシーの運転手に、「彼はぼくの友だちだ」と言うと、運転手はこう言った。「王子は、私の友だち。あなたの友だち。みんなの友だち」と。そこで私が「彼と一緒に勉強したことがある」と言うと、「王子は、私とも勉強した。あなたとも勉強した。みんなと勉強した」と。

 そこでさらに私が、「彼の家へ連れていってほしい。彼をびっくりさせてやる」と言うと、「あなたはホテルへ帰る。私は会えない。あなたも会えない。誰も会えない」と。まったく会話がかみ合わなかった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

最高の教育とは【15】

●私はとんでもない世界に!

 私の留学の世話人になってくれたのが、正田英三郎氏だった。現在の皇后陛下の父君。このことは前にも書いた。そしてその正田氏のもとで、実務を担当してくれたのが、坂本Y氏だった。坂本竜馬の直系のひ孫氏と聞いていた。

 私は東京商工会議所の中にあった、日豪経済委員会から奨学金を得た。正田氏はその委員会の中で、人物交流委員会の委員長をしていた。その東京商工会議所へ遊びに行くたびに、正田氏は近くのソバ屋へ私を連れて行ってくれた。そんなある日、私は正田氏に、「どうして私を(留学生に)選んでくれたのですか」と聞いたことがある。

 正田氏はそばを食べる手を休め、一瞬、背筋をのばしてこう言った。「浩司の『浩(ひろ)』が同じだろ」と。そしてしばらく間をおいて、こう言った。「孫にも自由に会えんのだよ」と。

 おかげで私はとんでもない世界に足を踏み入れてしまった。このことも前に書いたことだが、私が寝泊まりをすることになったメルボルン大学のインターナショナルハウスは、各国の王族や皇族の子弟ばかり。

 私の隣人は西ジャワの王子。その隣がモーリシャスの皇太子。さらにマレーシアの大蔵大臣の息子などなど。毎週金曜日や土曜日の晩餐会には、各国の大使や政治家がやってきて、夕食を共にした。

 首相や元首相たちはもちろんのこと、その前年には、あのマダム・ガンジーも来た。ときどき各国からノーベル賞級の研究者がやってきて、数カ月単位で宿泊することもあった。東京大学から来ていた田丸先生(二〇〇〇年度日本学士院賞受賞)もいたし、井口領事が、よど号ハイジャック事件(七〇年三月)で北朝鮮へ人質となって行った山村運輸政務次官を連れてきたこともある。山村氏はあの事件のあと、休暇をとって、メルボルンへ来ていた。

 が、「慣れ」というのは、こわいものだ。そういう生活をしても、自分がそういう生活をしていることすら忘れてしまう。ほかの学生たちも、そして私も、自分たちが特別の生活をしていると思ったことはない。意識したこともない。もちろんそれが最高の教育だと思ったこともない。が、一度だけ、私は自分が最高の教育を受けていると実感したことがある。

●落ちていた五〇セント硬貨 

 ハウスの玄関は長い通路になっていて、その通路の両側にいくつかの花瓶が並べてあった。ある朝のこと、花瓶の一つを見ると、そのふちに五〇セント硬貨がのっていた。だれかが落としたものを、別のだれかが拾ってそこへ置いたらしい。

 当時の五〇セントは、今の貨幣価値で八〇〇円くらい。もって行こうと思えば、だれにでもできた。しかしそのコインは、次の日も、また次の日も、そこにあった。四日後も、五日後もそこにあった。私はそのコインがそこにあるのを見るたびに、誇らしさで胸がはりさけそうだった。そのときのことだ。私は「最高の教育を受けている」と実感した。

 帰国後、私は商社に入社したが、その年の夏までに退職。数か月東京にいたあと、この浜松市へやってきた。以後、社会的にも経済的にも、どん底の生活を強いられた。幼稚園で働いているという自分の身分すら、高校や大学の同窓生には隠した。しかしそんなときでも私を支え、救ってくれたのは、あの五〇セント硬貨だった。

 私は、情緒もそれほど安定していない。精神力も強くない。誘惑にも弱い。そんな私だったが、曲がりなりにも、自分の道を踏みはずさないですんだのは、あの五〇セント硬貨のおかげだった。私はあの五〇セント硬貨を思い出すことで、いつでも、どこでも、気高く生きることができた。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

非日常的な日常【19】
 
●ケタ違いの金持ちたち

 王族や皇族の子弟はもちろんのこと、公費留学生は別として、私費で留学してきたような連中は、その国でもケタ違いの金持ちばかりだった。

 アルジェリアのレミ(実名)、ベネズエラのリカルド(実名)などは、ともにその国の石油王の息子だった。フィージーから来ていたペイテル(実名)もそうだった。しかしその中でも異色中の異色は、香港から来ていたC君という学生だった。実名は書けない。書けないが、わかりやすく言えば、香港マフィアの大親分の息子ということだった。

 彼の兄ですら、香港の芸能界はもちろんのこと、映画、演劇などの興行を一人で牛耳っていた。ある日C君の部屋に行くと、彼の兄が「ピンキーとキラーズ」(当時の日本を代表するポップシンガー)や布施明と、仲よく並んで立っている写真があった。彼らが、香港で公演したときとった写真ということだった。

 いつかC君が、「シドニーにも、おやじの地下組織がある。何かあったら、ぼくに連絡してくれ」と話してくれたのを覚えている。

●インドネシア海軍の前で閲兵

 こういう世界だから、日常の会話も、きわめて非日常的だった。夏休みに日本でスキーをしてきたという学生がいた。話を聞くと、こう言った。

 「ヒロシ、ユーイチローを知っているか」と。私が「ユー……」と口ごもっていると、「ユーイチロー・ミウラ(三浦雄一郎、当時の日本を代表するスキー選手)だ。ぼくはユーイチローにコーチをしてもらった。君はユーイチローを知っているか?」と。しかも「日本の大使館で大使をしている叔父と、一緒に行ってきた」などと言う。

 そういう世界には、そういう世界の人どうしのつながりがある。そしてそういうつながりが、無数にからんで、独特の特権階級をつくる。それは狂おしいほどに甘美な世界だ。

 一度、ある国の女王が、ハウスへやってきたことがある。息子の部屋へ、お忍びで、である。しかしその美しさは、私の度肝を抜くものだった。私は紹介されたものの、言葉を失ってしまった。
「これが同じ人間か……」と。

 あるいはインドネシア海軍がメルボルン港へやってきたときのこと。将校以下、数一〇名が、わざわざバスに乗って、西ジャワの王子のところへ挨拶にやってきた。たまたま休暇中で、ハウスにはほとんど学生がいなかったこともある。私はその王子と並んで、最敬礼をする将校の前を並んで歩かされた、などなど。

●やがて離反

 が、私の心はやがて別の方へ向き始めた。もう少しわかりやすく言えば、そういう世界を知れば知るほど、それに違和感を覚えるようになった。私はどこまでいっても、ただの学生、あるいはそれ以下の自転車屋の息子だった。

 一方、彼らはいつもスリーピースのスーツで身を包み、そのうちのまた何人かは運転手つきの車をもっていた。そういう連中と張りあっても、勝ち目はない。仮に私が生涯懸命に働いても、彼らの一日分の生活費も稼げないだろう。

 そう感じたとき、それは「矛盾」となって私の心をふさいだ。最近になって、無頓着な人は、「そういう王子や皇太子と、もっと親しくなっておけばよかったですね」などと言う。「旅行したら、王宮に泊めてもらいなさい」と言う人もいる。今でも手紙を書けば、返事ぐらいは来るかもしれない。しかし私はいやだ。そういうことをしてペコペコすること自体、私にとっては敗北を認めるようなものだ。

 やがて私は彼らとは一線を引くようになった。彼らもまた、私がただの商人の息子とわかると、一線を引くようになった。同じ留学生でありながら、彼らは彼らにふさわしい連中と、そして私は私にふさわしい連中と、それぞれグループを作るようになった。そしてそれぞれのグループは、どこか互いに遠慮がちになり、やがて疎遠になっていった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

王子、皇太子の中で【27】

●VIPとして

 夏休みが近づくと、王子や皇太子たちは、つぎつぎと母国へ帰っていった。もともと彼らは、勉強に来たのではない。研究に来たのでもない。目的はよくわからないが、いわゆるハクづけ。

 ある国の王子の履歴書(公式の紹介パンフ)を見せてもらったことがある。当時は、海外へ旅行するだけでも、その国では重大事であったらしい。それには旅行の内容まで書いてあった。
「○○年X月、イギリスを親善訪問」とか。

 一方、オーストラリア政府は、こうしたVIPを手厚く接待することにより、親豪派の人間にしようとしていた。そういうおもわくは、随所に見えた。いわば、先行投資のようなもの。一〇年先、二〇年先には、大きな利益となって帰ってくる。

 私のばあいも、ライオンズクラブのメンバーが二人つき、そのつど交互にあちこちを案内してくれたり、食事に誘ってくれたりした。おかげで生まれてはじめて、競馬なるものも見た。生まれてはじめて、ゴルフコースにも立った。生まれてはじめて、フランス料理も食べた。

●帝王学の違い?

 私たち日本人は、王子だ、皇太子だというと、特別の目で見る。そういうふうに洗脳されている。しかしオーストラリア人は、違う。イギリスにも王室はあるが、それでも違う。少なくとも「おそれ多い」という見方はしない。

 このことは反対に、イスラム教国からやってきた留学生を見ればわかる。王子や皇太子を前にすると、「おそれ多い」というよりは、まさに王と奴隷の関係になる。頭をさげたまま、視線すら合わせようとしない。その極端さが、ときには、こっけいに見えるときもある(失礼!)。

 で、こうした王子や皇太子には、二つのタイプがある。いつかオーストラリア人のR君がそう言っていた。ひとつは、そういう立場を嫌い、フレンドリーになるタイプ。もうひとつは、オーストラリア人にも頭をさげるように迫るタイプ。アジア系は概して前者。アラブ系は概して後者、と。

 しかしこれは民族の違いというよりは、それまでにどんな教育を受けたかの違いによるものではないか。いわゆる帝王学というのである。たとえば同じ王子でも、M国のD君は、ハウスの外ではまったく目立たない、ふつうのズボンをはいて歩いていた。かたやS国のM君は、必ずスリーピースのスーツを身につけ、いつも取り巻きを数人連れて歩いていた。(あとでその国の護衛官だったと知ったが、当時は、友人だと思っていた。)

●王族たちの苦しみ

 私は複雑な心境にあった。「皇室は絶対」という意識。「身分差別はくだらない」という意識。この二つがそのつど同時に現れては消え、私を迷わせた。

 私も子どものとき、「天皇」と言っただけで、父親に殴られたことがある。「陛下と言え!」と。だから今でも、つまり五六歳になった今でも、こうして皇室について書くときは、ツンとした緊張感が走る。が、それと同時に、なぜ王子や皇太子が存在するのかという疑問もないわけではない。ただこういうことは言える。

 どんな帝王学を身につけたかの違いにもよるが、「王子や皇太子がそれを望んでいるか」という問題である。私たち庶民は、ワーワーとたたえれば、王子や皇太子は喜ぶハズという「ハズ論」でものを考える。しかしそのハズ論が、かえって王子や皇太子を苦しめることもある。

 それは想像を絶する苦痛と言ってもよい。言いたいことも言えない。したいこともできない。一瞬一秒ですら、人の目から逃れることができない……。本人だけではない。まわりの人も、決して本心を見せない。そこはまさに仮面と虚偽の世界。私はいつしかこう思うようになった。

 「王子や皇太子にならなくて、よかった」と。これは負け惜しみでも何でもない。一人の人間がもつ「自由」には、あらゆる身分や立場を超え、それでもあまりあるほどの価値がある。「王子か、自由か」と問われれば、私は迷わず自由をとる。

 私はガランとしたハウスの食堂で、ひとりで食事をしながら、そんなことを考えていた。

(注:さらに読んでくださる方は、「はやし浩司のHP」より、「世にも不思議な留学記」へどうぞ!(http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●時代は変わった?

 まあ、書きたいことは、いろいろある。
正田氏から聞いた話も、たくさんある。
しかしこの話は、ここまで。

 私は良識ある日本国民。
国として、国が定めたことには、従う。
2011/09/30朝記


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●方程式を小学1年生に教えてみる  ●小6風景

2011-09-30 10:02:08 | 日記
【小6クラス@BW教室byはやし浩司】(浜松)

●クラスの1コマをビデオに収めてみました。

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【小1に、方程式を教える】

●いろいろ試行錯誤の結果、小学1年生に、方程式を教えることができました。
 その様子を紹介します。
 私も、うれしかったです!

(1)

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(2)

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(3)

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Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●浜名湖かんざんじ荘(静岡県) 2011-9ー28

2011-09-29 10:11:13 | 日記
【浜名湖かんざんじ荘にて】2011年9月28日水曜日

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今夕は、浜名湖かんざんじ荘にやってきた。
久しぶり?
この温泉(旅館)は、いつ来ても、安心して泊まれる。
その安心感が重要。
サービスにムラがあると、不安になってしまう。
もちろん料金も、安い。
おとな1人1泊、7500円(夕食、朝食つき)。
(特別サービス期間ということで、その料金。)

が、何よりもすばらしいのは、部屋からの眺望。
文句なしの、浜松イチ。
夏場のシーズンも終わり、今はシーズンオフ。
閑散期。
客も少ない。
たった今、風呂から戻ったが、私1人だけだった。
貸し切り風呂。
ワイフも、風呂から戻り、同じことを言った。
「貸し切り風呂だったわ」と。

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●人ごみ

 混雑している様を、「人ごみ」という。
「ごみ」は、「混み」と書く。
しかし「ごみ(trash)」の「ごみ」にも通ずる。
人間を「ごみ」と言うのではない。
雑多な不用品を、「ごみ(trash)」という。
が、その昔には、ごみはなかったはず。

……ということを、山の中で生活するようになって知った。
田舎の山村に住んでいる人というのは、ほとんどごみを出さない。
ごみというごみを作らない生活が、定着している。
現代のように、ごみが多くなったのは、現代になってから。
だから人ごみというのは、やはり「人混み」をいう。
「ごみ(trash)」とは、関係ない。

 回りくどい言い方をしたが、私は、人ごみが嫌い。
長くいると、それだけで頭が痛くなってしまう。
だからこうして、どこかへ行くときは、できるだけ人の少ない場所、日時を選んで行動す
る。
そういう点では、天才的な(?)、勘が働く。

●安眠

 ここ数日、私は穏やかなやさしさに包まれている。
心は静か。
気分も落ち着いている。
夢見も悪くない。
寝起きの悪夢(今朝は、地震の夢)は、相変わらずだが、それを除けば安眠状態。
昨夜は11時ごろ床に入った。
一度、トイレに起きたが、目を覚ましたのは午前7時半。

よかった……。

●90歳の老夫婦 

 今日の新聞によれば、この浜松で、こんな事件があった。
ともに90歳の老夫婦が、心中したという。
詳しくはわからないが、施設から自宅へ帰ってきたあと、心中したという。
私はその話を聞いたとき、すかさず、「いい夫婦だなあ」と思った。
この種の心中事件にありがちな、悲惨さを、まったく感じなかった。
きっとこんな会話をしながら、心中したにちがいない。

男「いっしょに、死のうか?」
女「いいわよ……」
男「じゃあ、お前が先に行けよ」
女「頼むわね」と。

 そこで男が女の首をしめる。
女が死んだのを見届けてから、自分も、首をつる。

 あるいはこんな会話もしたかもしれない。

男「いろいろあったね。楽しかったよ。ありがとう」
女「私も、楽しかったわ。ありがとう」と。

 90歳まで生きられれば、御の字。
その老夫婦のことを言っているのではない。
私たち自身のことを言っている。
むしろ私たち自身は、90歳まで生きたいとは、思っていない。
長生きをすればするほど、みなに迷惑をかける。
その迷惑を、みなにかけたくない。

●「週刊現代」2011年7月9日号

 今日は、古い週刊誌をもってきた。
「週刊現代」の(7月9日号)。
ちょうど3か月前の週刊誌ということになる。
(今日は、9月28日だが、週刊誌の発刊日付というのは、プラス1週間にしてある。)

 古い週刊誌を読むのは、それなりに楽しい。
読んだ瞬間、一度過去に戻り、読み終えたとたん、現在に戻る。
小刻みなタイムスリップを楽しむことができる。
が、それ以上におもしろいのは、週刊誌の正誤を採点できるということ。

 「このとき、こう言っていた人がいたけど、まったく、ハズレ」とか、反対に、「この人
はズバリ、未来を予測していた」とか、など。
たとえば7月9日号は、「放射能はこんなに出ている」という記事を特集していた。
「列島縦断、全国100か所を独自調査」と。

 で、今その記事を読み直しているが、当時の緊張感がまったくないのは、どうしてか?
状況は何も変わっていない。
放射線値も、とくにさがったというわけでもない。
今の今も、相変わらず、放射性物質は、空中に放たれたまま。

 脳のほうが、勝手に現状を受け入れてしまった。
今は、そんな感じがする。
気になるのは、東電のM副社長が、こう言っていたこと。
「7月中旬までに、原子炉の安定冷却を行う」と。

 が、ご存知のように、いまだ安定冷却は、ほど遠い状態。
先ごろの発表では、「今年度中に……」ということになっている。

●御前崎原発

 ついでに改めて、一言。
御前崎(浜岡)に中部電力の原子力発電所がある。
が、常識で考えるまでもない。
あんなところに原子力発電所があること自体、正気の沙汰ではない。
狂っている。
今度の福島第一原発の事故で、それが身にしみてわかったはず。
にもかかわらず、地元の御前崎市長は、まだ迷っている(?)。

 これはもう可能性の問題ではない。
事故があるとかないとか、そんな問題ではない。
良識の問題。
金(マネー)に目がくらんだ人には、その良識がわからなくなる。

●夕食

 かんざんじ荘の夕食は、信じられないほど、おいしかった。
仲居さんも、私のことを覚えていてくれた。
食堂を出るとき、コック長までわざわざ出てきて、あいさつしてくれた。
「またお願いします」と私が笑って言うと、「よろしくお願いします」と。

 2階へあがると、そのままカラオケ室へ。
前にも書いたが、これほどまでのカラオケ室は、そうはない。
小さいが、まるで劇場のよう。
ワイフが3~4曲、私が5~6曲、歌った。
定番は、「シェナンドー」「7つの水仙」ほか。
ワイフの定番は、「花」「翼をください」ほか。
通路に出てからも歌っていたら、ワイフに叱られた。

●7時30分

 時刻は7時30分。
系列の、「華咲の湯」(舘山寺温泉街にある温泉)へ行こうと予定していたが、キャンセル。
少し疲れた。
「華咲の湯」へは、ほとんど毎週のように来ている。
回数券を買うと、1回、600~1000円で入浴できる。
ここ、かんざんじ荘に泊まると、サービスでその割引券をくれる。

 が、今夜は、やめた。
書き忘れたが、このかんざんじ荘の風呂(温泉)は、これまた浜松イチ。
私が保証する。
こじんまりとした風呂で、どこがどうというわけではないが、清潔で、湯加減もよい。

眼下に、浜名湖が一望できる。

 ……ということで、このところ、やってくる温泉も決まってきた。

 弁天島では、「浜名湖リゾートホテル・ジ・オーシャン」。
舘山寺では、ここ「浜名湖かんざんじ荘」。
良心的で、手抜きがない。
料金の心配をせず、気楽に泊まれる。

●オーストラリアのD君へ

 日本人は、それに気づいていない。
それでふつうだと思っている。
しかし日本人の、二重マインド性は、外の世界から見ると、よくわかる。
「表」と「裏」を使い分ける。

 オーストラリア人には、それがない。
そのことも、日本という外の世界から見ると、よくわかる。
たぶん君たちは、それに気づいていないかもしれないが……。

 たとえば日本人は、よく知人に、こう言う。
「また遊びにおいでください」とか、「今度、こちらへおいでのときは、ぜひ寄っていって
ください」とか。
しかしそれは嵐の日に、「グッド・モーニング(おはよう)」と言うようなもの。
ただのあいさつ。
真に受けてはいけない。
だから言われたほうも、こう言う。
「はあ、また寄らせていただきます」と。

 表でニコニコ笑いながら、裏で、不平、不満を並べる。
日本人は、そういう芸当が平気でできる。
一方、君たちはできない。
だから貴君に、率直にアドバイスしたい。
「日本人と交際するときは、気をつけろ」と。

●表面(おもてづら)

 突然、オーストラリアの友人への手紙になってしまった。
ここで書くつもりはなかった。
しかしこの数日間、気になっていた。
いつか、ていねいに説明しなければ……と思っていた。

 オーストラリア人は、「遊びにおいで」と言われると、それをそのまま「招待」と受け取
ってしまう。
が、ここにも書いたように、それは単なる「あいさつ」。
日本人は、軽い気持ちで、そう言う。
言いながら、その責任を取らない。
本当にそのオーストラリア人がやってきたりすると、陰で不平、不満を並べる。

 長くつづいた封建時代という恐怖政治が、こういう国民性を作り上げた。
結論を先に言えば、そういうこと。

●老後の生きがい

 このあともう一度、温泉に入るつもり。
ワイフは、いつものようにDVDを見ている。
私は、こうしてパソコンのキーボードを叩いている。
平和なとき。

 そうそう食事のとき、生徒の話になった。
最近は、ワイフのほうが積極的に、生徒たちの世話をしてくれる。
生徒たちも、私より、ワイフのほうを慕っている。

私はいつも悪党。
悪役。
ワイフはいつも、正義の味方。
そんなふうに、私たちを位置づけている。

 その中でも、よくL君が話題になる。
父親がイギリス人。
孫の誠司によく似ている。
それにSさん。
同じく孫の芽衣によく似ている。
L君やSさんが教室へ来る日は、朝からワイフはL君やSさんの話ばかり。
よほど楽しみにしているとみえて、その日はいつもより早い時刻に、自宅を出る。
悲しくも、いじらしいバー様心。

 ワイフもやっと自分の「道」を見つけたらしい。
老後に必要なのは、「道」。
道がなければ、生きていかれない。
よく人は、こう言う。
「老後は、孫の世話と庭いじり」と。
しかしそんなものは、「道」ではない。
生きがいにはならない。
ないことは、自分がその歳になってみると、」よくわかる。

あのキング牧師はこう言った。
『そのために命をかけることができることを発見できなかった人は、生きているのに適し
た(fit)人と言えない』と。
キング牧師は、まさに老後の統合性を一口で、言い表した。

●就眠儀式

 ワイフが2度目の風呂から戻ってきた。
戻ってきて、何やらせわしなく部屋の中を動き回っている。
若いころからそうで、寝る前のワイフは、忙しそう。
それがワイフの就眠儀式にもなっている。

 私も眠いが、実は、いつまでもこうして文を書いていたい。
思いつくまま……。
考えるまま……。

 それ以上に、パソコンのキーボードを叩いていると、気持ちよい。
パタパタ……。
パタパタ……。

 「もう、寝る?」と聞くと、「まだ……」と、ワイフは答えた。
髪の毛が乾くまで、いつもしばらく起きている。
長い髪の毛は、手入れがたいへん。
私などは、仕事に出かける前、数分くらいで、整えてしまう。
水で濡らし、整髪料をかける。
あとは櫛でといて、自然に乾くのを待つ。
いつもそれだけ。
それ以上のことは、しない。

●相対論

 あくまでも相対論。
頭のよい人は、頭の悪い人が、よくわかる。
脳みその奥の奥まで、よくわかる。
一方、頭の悪い人は、頭のよい人がわからない。
わかっても「自分と同じ」と思う。

 そのことは子どもを見ていると、よくわかる。
わざと私が簡単な計算をまちがえてみせると、子どもたちは本気になって、それを怒る。
子どもたちは子どもたちのレベルで、私を判断する。

 同じように、……というか、最近多いのが、明らかに私を「下」に見てくる母親たち。
ものの言い方、態度から、言葉の端から、それがわかる。
年配者に対する、畏敬の念など、みじんもない。

もっともこれは老人側にも責任がある。
この世の中、バカな老人が多すぎる。

で、こういう仕事を40年もしていると、子どものことだけではない。
母親たちのことまで、手に取るようにわかるようになる。
生い立ちから、現在に至る人生まで、わかる。
性格や性質、知性や人間性まで、わかる。
わかるものはわかるのであって、どうしようもない。

 が、母親たちには、そういう私がわからない。
ただのジー様と思っている。
数年前だが、「林(=私)は本物の教師ではない」と言った母親がいた。
母親が直接そう言ったのではない。
子どもを通して間接的にそう言った。

 本物?

 かわいそうな母親だ。
化粧で身を飾り、化粧した姿を自分と思い込む。
同じように、相手もその化粧で判断する。
心理学の世界では、仮面(ペルソナ)という。
こういう生き方を繰り返していると、やがて仮面が仮面とわからなくなる。
自分の仮面もわからなくなるが、他人の仮面を見抜くこともできなくなる。
生涯、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ……。
肩書きや地位で相手を判断する人というのは、たいていこのタイプの人間と思ってよい。

 話が脱線したが、しかしこれも相対論。
私より頭の悪い人も多いが、一方、私より頭のよい人も多い。
そういう人から見れば、私もただの馬鹿。
偉そうなことは言えない。

●歴史的観光地

 ワイフは部屋にあった観光案内を読んでいる。
このあたりには、歴史的観光地が散在している。
どれも聞きなれた観光地。
知らないところはない。

それに40年も住んでいると、一目見ただけで、その人が浜松の人かどうかも、わかる
ようになる。
……というのは、少しオーバーだが、浜松の人は、独特の雰囲気をもっている。
その雰囲気で、わかる。

……人口を60万人(旧浜松市)としても、毎日10人の人と会えば、1年間で、約40
00人。
10年間で、4万人。
40年間で、16万人になる。
延べにすれば、ほぼ半数の人と知りあいということになる。

 その観光地。
最近は、どこも元気がない。
世代を経るごとに、趣向が変わってきた。
これからはもっと変わっていくだろう。
寺巡りや、戦場跡巡りでは、若い人たちを引っ張ってくる力はない。

●日本人

 私が日本人であることを強く意識したのは、アメリカへ行ったときのことだった。
車から降り、平原にポツンと立ったとき、体がつぶされんばかりの孤独感に襲われた。
「ここは、ぼくの住む国ではない」と思った瞬間、「ぼくは日本人だ」と。

 日本語など、まったく通じない。
日本語を読める人もいない。
日本がどこにあるかさえ、みな、知らない。
加えて、私の体は小さい。

 そのとき、こう考えた。
「もし日本という国がなくなってしまったら、文章など、いくら書き残しても、だれも読
んでくれなくなる」と。
自己否定ならぬ、国否定。
それだけはぜったいに、許してはいけない。
……と考えたとき、私は日本人であることを、強く意識した。

●就寝

 そろそろ寝る時刻。
「髪の毛、乾いた?」と聞くと、「だいたいね」とワイフ。
先ほどから、勝手に独り言を口にしている。
鼻歌も口ずさんでいる。

 就眠儀式も、そろそろ終わりに近づいたようだ。

 ……では、今夜はここまで。
9月28日、夜記

●9月29日(午前5時)

 今朝は午前5時、起き。
私は、クーラーのかかった部屋では、どうも安眠できない。
サワサワと乾いた風。
それが苦手。
一晩中、気になる。

 が、無理して眠ることはない。
万事、自然体。
その分だけ、昼寝時間を長くすればよい。
で、今、時刻は、正確には4時53分。
窓の外を見ると、東名高速道路には、相変わらず車の列が並んでいた。
空は真っ暗。
「もう働いている人がいる」と思ったとたん、おかしなことに、元気がわいてきた。

●平凡

 今日の予定は、とくになし。
いつものように日課と仕事をこなす。
そう言えば、昨日の中日新聞のどこかに、こんな言葉が載っていた。
記憶によるものなので、正確ではないが、こんな言葉だった。
『平凡をつづけることが、非凡なのだ』と。
 
 『平凡は美徳』と説いた哲学者もいる。
が、私はそういう言葉を聞くと、すぐこう考えてしまう。
「英語(外国語)では、『平凡』を、どう言うのだろう」と。
つまりそれはそれで、まちがっているとは思わない。
しかし国によって、言葉の使い方が、微妙にちがう。
もとの言葉は、どんな言葉だったのか。

 たとえば「立派な人」。
「尊敬される人」でもよい。
英語では「respected man」という。
しかし英語で「respected man」というときは、身分や肩書きは関係ない。
日本語で「立派な人」というときには、身分や肩書きのある人をいう。

 つまり日本人のばあい、無意識のうちにも、そこに身分意識をからめて考えてしまう。
もちろん欧米人には、そういう意識はない。
同じように、「平凡」はどうか?
「何でもない生活」を「平凡」というのか。
しかしこの日本では、「平凡」というときは、どこかに軽蔑の念をこめて、そう言う。

言うなれば、今日の私は、その平凡な生活を繰り返そうとしている。
何か物足りない。
そのこともあって、「それが非凡」と言われると、すかさず、「本当にそれでいいのだろう
か」という疑問をもってしまう。

 平凡からは、何も生まれない。

 ただこういうことは言える。
「平凡であることには、すばらしい価値が隠されている」と。
日々に、何ごともなく過ぎていく。
「生活」という面では、とても大切なことのように思う。
つまり『平凡をつづけることが、非凡なのだ』というのは、生活のあり方を言ったもの。
生きザマを言ったものではない。
……これは私の勝手な解釈によるもの。

●朝風呂

 平たく言えば、私は足(脚)が、スカスカすると(=冷えると)、眠れない。
東洋医学では、体のバランスを重要視する。
足が冷えるとうことは、その分だけ、頭のほうが熱くなるということ。
だから頭が冴えてしまう。
眠られない。
理屈はともかくも、現象論的には、正しい。

 だから自宅では、夏場でも、私は厚めのパジャマをはく。
が、今朝は浴衣。
寝る前に、ワイフがこう言った。
「あら、今日はパジャマを忘れた」と。

 ……ということで、午前5時起き。
これから朝風呂に入り、足を暖めてくる。
そのあともう一度、眠りなおす。
私は、子どものころから、そういうことが、自由にできる。
昼寝のときも、そうだ。
30分もあると、すぐ昼寝をする。
横になって5分後には、もう眠っている。
そういう私を見て、ワイフは、いつもこう言う。
「あなたは、いわねえエ~。いつでもどこでも、すぐ眠られるからア……」と。

 これは私の特技かもしれない。
もちろんその反対に、寝損ねることもある。
そうなると、どうがんばっても眠られないときもある。
その朝風呂は、午前5時半から、となっている。
あと少し。

●貧しき根性

 朝風呂も、私、1人だけだった。
足を暖めていたら、軽い眠気が襲ってきた。
やはり、そういうものだった。
血圧とどう関係があるのかは、知らない。
しかし私は低血圧症。
今でも上が110前後。
下はときによっては、70以下になる。

 で、その風呂でのこと。
(温泉というよりは、風呂?)
シャンプーにしても、ボディソープにしても、自宅での量よりも、2倍以上も使ってしま
う。
そこが団塊の世代。
貧しき団塊の世代。
こんなところにも、体にしみこんだ貧しさが潜んでいる。
それが60年もたった今でも、こうして顔を出す。

●湖面

 窓の外には、幾重にも重なった山々が見える。
近くから濃紺、やや薄い紺色、そして灰色がかかった水色とつづく。
湖面は静か。
何そうかの漁船が、縦、横に走り、そのつど、湖面に筋が走る。
「さぞかし気持ちいいだろうな」と思う。

 それぞれの人には、それぞれの生き方がある。
どの生き方がよいとか、悪いとか、そういう判断はくだしてはいけない。
ただ私は、こう思う。
生き方を選ぶとしたら、やはり自然に包まれた生き方のほうが、よい、と。
そのほうが、ずっと人間らしく、生きることができる。
経営的にはたいへんかもしれないが、だからといって、その人の生き方がまちがっている
ということではない。
社会のほうがまちがている。

 銀行や証券会社のディーリングルームでは、20、30歳そこそこの若い人が、数秒単
位で、億単位のお金(マネー)を、儲けたり、損をしたりしている。
そういう世界のほうが、おかしい。
狂っている。
余計なことかもしれないが……。

●黄金色

 ワイフが、私と入れ替えに、朝風呂を浴びるために、部屋から出て行った。
ひとり残された私は、部屋で、お湯をすする。
ぼんやりと遠くの景色をながめる。
遠くを走る、ボートの音。
今しがた立って手前の木々を見ると、朝日を浴びて、黄金色に輝いていた。
風もなく、静かな朝。
 
 ……今ごろになって、眠気が襲ってきた。
が、朝食は、7時半から。
まだ1時間以上も、ある。



 ……眠い。
が、ワイフは部屋を出るとき、布団を丸めて出て行ってしまった。
これでは横になることもできない。
しかたないので、座椅子に座ったまま、こうして時間を過ごす。

 雑誌に目を通すほどの気力もない。
部屋の片づけもしなくてはならない。
が、その気力もない。
……眠い。

 そうそういいことを発見した。
先日、チリ産の安いワインを買ってきた。
英語で言えば、「ドライ・ワイン」。
甘みのないワイン。

 が、どうも口に合わない。
そこで昨夜、そのワインに、アセロラ・ジュースを少し混ぜてみた。
とたん、飲みやすくなった。
安いマグロの刺身に、マヨネーズをつけるとトロ味になる。
いつだったか、豊橋でかまぼこを作っているヤマサという会社の社長が、そう教えてくれ
た。
それと同じか?

 おかげで酒が飲めない私が、チビチビと何回も飲んでしまった。
今のところ二日酔いは起きていない。
だいじょうぶかな?

●相談

 たった今、メールを開いてみたら、1通、こんな相談が掲示板に載っていた。

【SKさんより、はやし浩司へ】

『はじめまして。息子のことで悩んでおり、こちらを見つけました。どうぞよろしくお願
いします。

息子は7歳(小一)で、下に3歳(年少)の妹がいます。父母との4人暮らしです。
ここ2年くらい、不機嫌なことが多く(波があっておだやかな時期もあるのですが)、イラ
イラしているとほんの些細なことで騒いだり、母親の私に乱暴をしたり(手加減はしてる
ようですが)、ものを倒したり本棚の本をぶちまけたりします。

今までは家の中で私に当たることが多く、幼稚園や公共の場で困ったことをすることはな
かったのですが、小学生になって1学期の終わりくらいから、家以外での問題行動が増え、
学校では授業中立ち歩いたり他の子にちょっかいを出したり、物を投げたりとにかく落ち
着きがないようで、先生も困っている様子です。

先生の記事もいくつか読ませていただいて、何か家庭で問題があるのかなと考えているの
ですが、なかなかよい解決方法が見つからずにいます。

うちは父親が厳しく、母親が優しいという感じの家庭です。
私自身は子供を信頼して口は出さないおおらかな母に育てられ、私の兄も私も反抗期もな
く自立しました。子供もそのように育てたいと思っています。できるだけ子供の話はよく
聴いて気持ちに共感しているつもりです。泣きたいときは我慢せずに泣かせたり。子供の
悪い部分には注目せずに頑張っているところやあたりまえの行動に注目して、子供のある
がままを認めてあげたいと思ってきました。なので、これ以上どうしたらいいのか悩んで
います。

息子の特徴としては、気が弱くて、ちょっと神経質なところがあります。小さいときから
ブランコなど恐くて乗れなかったり、自信のないものにはチャレンジできなかったり。運
動は苦手ですが、工作など物を作るのが大好きで、同年齢の子に比べると高度な物が作れ
ます。ただ完璧主義で思う通りに作れないと癇癪を起こしたりします。家族でも人が口を
つけたものは口にしません。ルールから外れるのを嫌がり、公共の場所では注意書きを気
にします。飲食禁止と書かれたところで妹に水を飲ませようとするだけでも怒ります。妹
が悪いことをするのも許せません。自分に何かされたわけでなくてもよく妹に怒っていま
す。

何かに遅刻しそうになると「もう行かない」などと、遅れることを嫌がります。学校へも
忘れ物するのが嫌で教科書などは全て毎日ランドセルに入れています。学校の勉強には充
分ついていけているようですが、宿題などで間違えに気づくと「お母さん消して!」「もう
やんない」と放り投げます。照れ屋で口が悪いので素直に友達に「入れて」と言えなかっ
たり、友達作りも苦手なほうです。同じマンションで仲のいい友達がいてそのこと遊べて
いるので楽しいときもあ……(以下、10行ほど、文字化け)……父親は弱虫でいつまで
も母親にべたべたしている息子に不満を持っていて、厳しく叱っています。

息子は父親の顔をかなりうかがっており、父親が家にいるときは悪いことはしません。父
親自身体罰ありの厳しい家庭に育っています。自分の思い通りにならないとすぐイライラ
して相手に怒りをぶつけます。よく考えると息子は父親にかなり似ています。主人には「お
前があまやかしてるからつけあがっているんだ。悪いことをしたらシバいたほうがいい」
と言われます。

確かに、息子は私に命令するときもあり、それをきかないと騒ぐので私も言うことをきい
てしまうことがあり、私はなめられているのかなという気もします。ただどうしても本人
も自分の性格をもてあまして苦しんでいるようにも思え、私にしか発散できないなら受け
止めてあげたほうがいいのかなとも思ったり。人を傷付けたり誰かに迷惑をかけるような
ときは厳しく言っているつもりですが、それ以外のことでは甘いのかなあと。

今はまだ押さえることができますが、もっと大きくなって暴れられたらどうしようという
不安もよぎり。その気持ちがあるということは心の底から子供を信頼できていないのかな。
それを息子は見抜いているのかなとも思ったり。
そんな感じで、どうすべきか今悩んでいます。何かよいアドバイスがあればよろしくお願
いします。

●愛情飢餓

 一口で言えば、「愛情飢餓」。
SKさんの息子は、慢性的な愛情飢餓状態にある。
原因は、「下の子が生まれた」こと。
こういうケースでは、親は、「平等にかわいがっています」と言う。
しかし上の子にしてみれば、「平等(=半分)」ということが、おもしろくない。
下の妹は、家族というより、自分から母親を奪った「恋敵(こいがたき)」ということにな
る。

 要するに家庭教育の失敗ということになる。
で、こういうケースのばあい、もう一度、全幅の愛情を、上の子(息子)に注ぎなおして
みるしかない。
(妹にはかわいそうだが、こういうケースのばあい、妹には、寛容力があるはず。)
添い寝、手つなぎ、抱っこ、いっしょの入浴など。
子どもがそれを求めてきたら、すかさず、愛情表現をしてやる。
「あとでね」とか、「今、ママは忙しいの」は、禁句。

 子どもの側からみて、安心感を覚えるような家庭環境を大切にする。
問題は、父親(=夫)だが、父親と対立するのは、まずい。
「あなたの言うとおりね」と言いながら、父親の言いたいこと、したいことを、先にまわ
ってする。
父親も、息子を相手に、飢餓状態にある。
つまり嫉妬している。
父親も、大きな駄々っ子と思えばよい。
権威主義的に見えるかもしれないが、それも自分の弱さを隠すための反動形成と考えれば
よい。
(詳しくは、「はやし浩司 反動形成」で検索。)

 コツは、息子を、けっして家族から孤立させないこと。
父親と息子を断絶させないこと。
親子の糸を切らないこと。
息子に、そう感じさせないこと。
キーワードは、先にも書いたが、「安心感」。
息子が安心しているかどうかだけを見ながら、接する。

 こういうケースで気をつけなければならないのは、親がアタフタすること。
叱ったり、説教したりするなど。
それが悪循環となり、息子をますます悪い方向に追いやってしまう。

 その安心感を覚えるようになれば、1週間単位で、症状はウソのように消える。
つまり息子は、そういう形で、母親のあなたを困らせる。
困らせて、自分へ関心を向けさせようとしている。

 この問題は、今日、自宅に帰ってから、もう一度、考えてみたい。
文字化けの部分が多くて、内容がよくわからない。
その旨、返信メールを送ったので、また連絡があるはず。

 ……少し眠気が取れたかな?

●帰り支度

 そろそろ帰り支度をしなければならない。
ワイフはすでに服を着て、スタンバイ。
私はまだ浴衣のまま。

 では、「浜名湖かんざんじ荘にて」は、ここまで。
予約電話は、053-48-0330。
そのつどいろいろなキャンペーンをしているので、こまめに料金などを問い合わせるとよ
い。
地元の電車会社である遠鉄系の旅館(ホテル)だから、安心して泊まることができる。
つまり従業員の人たちの教育も行き届いていて、サービスよし、接客マナーよし、料理よ
し……。
ついでにここへ来たら、カラオケルームも利用するとよい。
1曲200円で、歌える。
なお11月いっぱいまで、シーズンオフということで、現在の料金体系とか。
今が、チャンス。

(はやし浩司 浜名湖かんざんじ荘 浜名湖舘山寺荘 はやし浩司 浜松市舘山寺温泉 
はやし浩司 2011-09-28 舘山寺大草山 舘山寺かんざんじ荘にて)


Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●宗教とカルト

2011-09-28 10:52:45 | 日記
●「除霊?」で、中学生が死亡

+++++++++++++++++

思い込みというのは、だれにでもある。
私にもある。
あなたにもある。
しかしその思い込みにも、限度というものがある。
限度を超えたとき、それは事件になる。

TBS-inは、こんなニュースを載せている。

+++++++++++以下、TBS-iより+++++++++++++

……K県N町にある複数の建物。容疑者の自宅と同じ敷地に、宗教施設が設置されています。今年8月、ここで事件は起こりました。

 敷地の中へと進んで行くと、祭壇が見えます。そして、水が流れた跡。ここは「お滝場」と呼ばれる部屋です。ここで、中学2年生のMTさん(当時13、以下Tさん)が亡くなりました。一体なぜ、死に追いやられてしまったのでしょうか。

 事件現場で行われていたのは滝行。これにより、Tさんが窒息死したとして2人の男が逮捕されました。傷害致死の疑いで逮捕されたのは、Tさんの父親で熊本市の会社員、M容疑者(50)と、この施設の僧侶、K容疑者(56)です。2人は「除霊」と称して水を浴びせていたといいます。

 K容疑者の妻は・・・
 「いろいろ来られるたびに(雰囲気が)違っていた、Tちゃんって。だから、お父さんも本当のTちゃんではないと言っていました」(K容疑者の妻)

 Tさんは数年前から心身の病気になり、K市内の病院に通院していました。中学校にも通えなくなったTさんについて、M容疑者はK容疑者に相談。

 ところが・・・
 「(施設から)『痛いよ、ギャーギャー、痛いよ』と叫び声が」(宗教施設の近所の住民)

 Tさんが除霊のために受けたという滝行。固定した椅子に座らせ、ベルトやテープで縛り上げ、父親のM容疑者がTさんを押さえつけ、顔面に水が当たるようにしていたといいます。これを5分から10分継続。K容疑者がお経を唱える中、行われていたといいます……。

+++++++++++以上、TBS-iより+++++++++++++

●信者が30万人!

 同じくTBS-iによれば、信者は、30万人という。

「……K容疑者の宗教施設には、「N正宗」と書かれています。総本山はS県にあり、信者は全国に30万人ほどいるということです」と。

「……全国におよそ350か所の寺院や教会を抱える宗教法人の総本山。広大な敷地に荘厳な本殿や五重塔が見えます。今回の事件を受け、総本山は『除霊ということは教えていない。今後、破門も視野に処罰を検討する』とコメントしています」とも。

 全国に350か所の寺院や教会を抱えている。
信者数は30万人という。

●N正宗

 N正宗については、私はまったく知らない。
どんな教義をもち、どんな指導をしているかも知らない。
「お経を読んでいた」というところから、何かの経典を教義の柱にしていることは、わかる。
が、そこまで。
またN正宗側は、「除霊ということは教えていない」ということだから、そういうことなのだろう。
だからN正宗については、ここまでしか書けない。

 よく誤解されるが、宗教団体があるから信者がいるのではない。
それを求める信者がいるから、宗教団体は生まれ、成長する。
今回犠牲となった、Tさんの父親にしてもそうだろう。
報道によれば、Tさんは何か心の問題をかかえていたらしい。
不登校児にもなった。
それでTさんの父親は、当該宗教団体に、助けを求めた。
それが「滝行」という「除霊?」につながった。
結果、行きすぎた修行により、Tさんが死亡した。

 事故なのか、それとも狂った修行によるものなのか?
今のところ詳しくはわからない。
わからないが「固定した椅子に座らせ、ベルトやテープで縛り上げ、父親のM容疑者がTさんを押さえつけ、顔面に水が当たるようにしていたといいます」(TBS)というのは、ふつうではない。

●宗教団体

 現在、全国に20万団体以上の宗教法人がある。
(平成19年12月31日現在、届け済みの日本の宗教法人数は182,709となっている。
が、実際には、見届けの団体も含めると、もっと多い。
この世界では、「法人」と「団体」は区別して考える。)

 私個人は、宗教を否定する者ではない。
先にも書いたように、それを必要とする人は多い。
そういう人たちはそういう人たちで、そっとしておいてやる。
それが「宗教の自由」(憲法)ということになる。

 が、中には、金儲けのため、あるいは政治活動のために信者を利用している団体もある。
さらにカルト化(狂信化)している団体もある。
この日本では、そういうのが、平気な顔をして、のさばっている。
あの忌まわしい事件を引き起こした、O真理教を例にあげるまでもない。

●カルトから子どもを守る

 私が20年ほど前に書いた本(「ポケモン・カルト・三一書房)の一部を、ここにコピーして転載する。
この中で、フランスやベルギーでは、未成年者へのカルトへの勧誘を、きびしく戒めている点に注意してほしい。

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 子どもの心を守るための資料として、利用してもらえればうれしい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 カルト フランス ベルギー セクト カルト教団)2011/09/28記



●日本vs韓国、経済戦争(2011-9-28)

2011-09-28 08:37:55 | 日記
【日韓経済戦争】(2011年9月28日記)


++++++++++++++++++++


たがいにつづく、はげしい消耗戦。
本来なら、隣国として助け合って生きていかねばならない。
しかし不幸にして不幸なことに、日本と韓国の間には、大きなわだかまりがある。
反日と嫌韓。
加えて、双方の民族に共通する、精神の二重構造。
わかりやすく言えば、キツネとタヌキの化かしあい。
たがいに、何が本当で、何がウソかわからない。


が、ここにきて韓国経済は、大きな岐路に立たされている。
9月26日(火曜日)、ここ数日の世界的な株価上昇傾向を受け、
日本の株価(日経平均)は、236円の上昇をみた。
が、韓国の株価は、はげしい動揺を繰り返している。


ウォン安と株安。
輸出に依存する韓国としては、ウォン安を維持したい。
しかしウォン安になればなるほど、国内の物価は高騰する。
食料やガソリンなど。
どれも国民生活に直結している。


が、もっと深刻なことに、韓国では国民負債(金融負債)が、73兆円前後もあると言われている。
(中央日報紙は、200兆円と報道している(2011年4月※)。)


多くはカード利用者。
日本の経済規模に換算すると、2・5倍の183兆円(韓国の人口は5000万人弱)。
中央日報紙の数字によれば、500兆円。
もしここで貸し出し金利をあげ、ウォン安を是正しようとすれば、その負担は即時に国民にはね返ってくる。
今さら貸し出し金利をあげることもできない。


韓国人は、現在、国家的な「ワーキングプア状態」にある。
が、その責任は、多くの韓国人が思っているように、日本にあるわけではない。


大半の銀行は、アメリカの資本下にある。
サムスン、ヒュンダイにしても、実質的にアメリカの会社とみてよい。
そういう事実を韓国人は、まったく知らない。
知らないというか、知らされていない。


日本も円高で苦しんでいる。
しかし日本の貿易収支は、意外と少ない。
全体の5~10%程度。
そのほかの部分は、資本収支、つまり「貸金業」で得ている。
私たちが学生時代には、「日本は貿易立国」というふうに学んだ。
しかし今は、実質的に、「高利貸し国家」に変身している。


(注※)(以下、中央日報、2011年4月4日より)


『1年間の収入が1100万ウォンで、負債が2500万ウォン。
韓国はこのような暮らしをしている。


企画財政部と韓国銀行(韓銀)は3日、昨年末基準で個人・企業・政府の金融負債は2586兆2754億ウォン(約200兆円)と明らかにした。09年(2408兆ウォン)に比べて7.4%増えた。


負債が最も多い経済主体は企業。昨年末基準で1281兆8392億ウォンの負債を抱えている。個人は937兆2873億ウォンで前年比8.9%増えた。年内に1000兆ウォンを超える見込みだ。


政府の負債は367兆1016億ウォンで、個人や企業より少ない。しかし02年と比較した負債増加率は政府(267.8%)が最も高く、企業(93.7%)と個人(88.6%)の順となった』(以上、中央日報紙より)と。


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●日韓経済戦争

 日韓経済戦争については、長い間、書いてきた。
しかし3・11大震災以後は、停止。
日韓経済戦争どころではなくなってしまった。
あなたもそうだろうが、私もそうだった。
だれしも、こう思った。
「日本経済は、これでおしまい」と。


 これに小躍りしたのが、韓国の投資家たち。
日本株価の大暴落を横に見ながら、韓国の株価は大暴騰。
「大暴騰」という事実の中に、彼らの喜びが隠されていたとみる。
韓国人は、みな、こう思ったにちがいない。
「これで日本と韓国の立場は、逆転する」と。
事実、そうなるかのように見えた。
そこでイ大統領は、過激なとも思えるような手法で、ウォン安を誘導し、世界に向けて輸出攻勢をかけた。
が、これが裏目に出た。
モノを売りたくても、買い手がいない!
肝心のEUは、欧州金融危機の真っ最中。


 結局、そのシワ寄せは、国民に。
それが500兆円という国民負債である。
人口5000万人で割ると、1人あたり、100万円。


 が、私はとても、こんな額ではないと考えている。
基本的な部分で、韓国の政府統計を、私は信用していない。
「借金」すらも、「投資」と位置づけてしまう国である。
2009年の6月に書いた原稿を、そのまま再掲載する。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【日韓経済戦争】2009年6月28日号より


●韓国の資本収支(?)(Fake Income of South Korea)


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あなたが今、銀行から1000万円の借り入れ(借金)を
したとする。
その借り入れを、あなたは「収入」と呼ぶだろうか?
「収入」と位置づけるだろうか?
が、韓国では、どうやらそれを「収入」と位置づけている
らしい。


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●貿易統計


 このほど、韓国の貿易統計が公表された。
それによると、「5月の経済収支は、4か月連続の黒字となった」という。
その額、36億3000万ドル、とか(東亜N報)。
しかしその中身が、おかしい。
こうある。


『……資本収支は国内各金融会社の海外からの借入金が増えたことを受け、史上2番目に多い純流入を記録した』(同)と。
 ここを注意深くよく読んでほしい。
こうある。


「海外からの借入金が増えたことを受け、史上2番目に多い純流入を記録した」と。
 そしてその額は韓国銀行の統計によれば、『5月の資本収支は、67億2000万ドルの純流入により、4月(21億6000万ドルの純流入)に比べて流入規模が大幅に増えた。純流入では、史上最高を記録した、04年11月の76億7000万ドル以降、4年6ヵ月ぶりの最大規模だ』(同)そうだ。


 つまり、67億2000万ドルの「純流入?」なるものは無視したまま、資本収支は、大幅に黒字になった、と。
先に進む前に、もう一度、数字を整理してみよう。


(1) 5月の経常収支(貿易収支+サービス収支)は、36億3000万ドルの黒字を記録した。
(2)一方資本収支は、67億2000万ドルの「純流入?」だった。
 わかるかな?
この数字のマジック?


 簡単に説明しよう。


 ふつうどこの国でも、(もちろん日本でも)、資本収支というのは、(利息で得たお金)-
(利息として払ったお金)で計算する。
一家の家計にたとえて考えてみよう。


 あなたがAさんに1億円を貸した。
その利息が500万円入った。
つまりこれが資本収支でいう「収入」ということになる。


 一方、あなたはBさんから5000万円を借りている。
そのため利息を、250万円、支払わねばならなかった。
そこであなたの収支を計算すると、500-250=250万円となり、
250万円の黒字ということになる。
これを「流入」というのなら、話はわかる。


 ところが韓国では、「借金」まで、「流入資本」と位置づけ、「収入」としてしまう。
ここが恐ろしい。
もう一度、冒頭の記事をしっかりと読んでみてほしい。
こうある。


『……資本収支は国内各金融会社の海外からの借入金が増えたことを受け、史上2番目に多い純流入を記録した』(同)と。


 「借金がふえたことにより、史上2番目の純流入を記録した」と。


わかりやすく言えば、借金については、不問。
しかしこんなバカげた経常収支報告が、どこにある。
韓国では、銀行からの借金は、すべて「収入」もしくは、「投資」となるらしい。


 もちろん「借金」は、「収入」ではない。
また「借金」と「投資」は、まったく異質のものである。
「借金」というのは「借金」。
いつか返済しなければならない。


一方、「投資」というのは、投資方が、そのリスクを負担する。
 で、ここで韓国の「純流入」とやらを、借金として計算しなおしてみる。
(もちろんその中では、日本で言う資本収支も含まれているが……。)


商品収支(=日本で言う貿易収支)……50億2000万ドルの黒字
サービス収支……14億7000万ドルの赤字
これで(?)、36億ドルの黒字(?)。
ナルホド!


そこで韓国政府は、「36億ドルの黒字だった」と、全世界に向けて発表した。
が、この額から、資本収支……67億2000万ドルの黒字(?)なるものを
引いてみると、どうなるか?
実は、31億ドルの赤字ということになる。
もう一度、家計にたとえて考えてみよう。


 あなたの現金収入は、50万円。
しかし子どもの学費、生活費などで、14万円、かかった。
だから36万円の収入ということになる。
が、同時に銀行から、67万円を借りた。
もちろんその67万円は、生活費に回した。


だから実際には、生活費は、14+67=81万円、かかったことになる。
今すぐ利息を返さねばならないというものではないが、借金は借金。
もしあなたがまともなら、こういう数字を見て、「我が家は今月も黒字だった」などとは、
言わないだろう。


実際には、31万円の赤字ということになる。


 つまりここに韓国流の経常収支の計算の仕方の、インチキ性がある。
日本の経常収支の計算方法とは、まったく異質のものである。
日本の貿易業者のみなさん、だまされるな!
(以上、2009年6月28日記)


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


●危機感


 当時の私は、かなり過激的な意見を書いていた。
それだけ私は日本の将来に、危機感を覚えていた。


韓流ブームとか何とかで、日本中が、韓国の洗脳番組にわきたっていた。
よい年齢をしたオバチャンたちが、こぞって韓国詣で。
そういう日本人のお馬鹿ぶりを尻目に、韓国政府はしたい放題。
結果、今や、アメリカでは、50%のテレビが韓国製。
貿易面ではしかたないとしても、竹島問題、東海問題などなど。


●消耗戦


 が、今も、その状況は基本的には変わっていない。
むしろ韓国政府は、国民の不満を外にそらそうと、反日政策をさらに強く推し進めている。
「悪いのは、日本!」と。


 が、韓国をよく知る人は、よくこう言う。
「韓国人は、政治(反日)と経済(親日)を、使い分けている」と。


 本当にそうか?
そう考えてよいのか?
もちろん私は、そうは考えていない。
それが冒頭に書いた、「精神の二重構造性」ということになる。


 もし現在の状況のまま、日韓の経済的立場が逆転するようなことにでもなれば、それこそ日本は万事休す。
日本は、インドに負けるのは構わない。
ブラジルに負けるのも、構わない。
しかし韓国にだけは、負けてはいけない。
日韓経済戦争には、日本の浮沈に関する重大かつ、深刻な問題が内在している。
それについてここに書くのは、避けたい。
避けたいが、何がどう内在しているかは、ほんの少し想像力を働かせてみれば、だれにもわかるはず。


 今の今もつづく、はげしい消耗戦。
どちらが生き残るか。
それで、日韓経済戦争の勝者が決まる。
ここは、ただひたすら注視あるのみ。
2011/09/28朝記


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司