最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

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●介護

2009-04-06 08:29:31 | Weblog


Hiroshi Hayashi++++++++MARCH・09++++++++++++はやし浩司

●ポスト・介護

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今朝、目を覚ます前に、こんな夢を見た。

実家の店先に、母(08年他界)と、祖父(他界)が
いっしょにいた。
それを見て、つまり母が祖父を見て、こう言った。
「じいちゃんは、もう死んだはずなのに、どうしてここにいるの?」と。
それを聞いて、祖父が照れくさそうに笑った。
私も笑った。
で、私はこう言った。
「母ちゃん、あんただって、死んだはずだよ」と。
それを聞いて、母が笑った。
私も笑った。

で、奥の部屋のほうへ行くと、そこに兄(08年他界)がいた。
兄は、階段の上から、下へおりてくるところだった。
そこへ10人前後の人たちが、ドヤドヤと入ってきた。
どこかの仏教教団の人たちという。
その人たちが、こう言った。
「あんたの兄さんのために、お経をあげさせてくれ」と。
それに答えて、私は「勝手になさるなら、どうぞ」と。
するとその教団の人たちは、レコードをかけ始めた。
「あなたの兄さんが好きだった曲です」と。
私は「?」と思っていたが、かけられた曲は、美空ひばりの『悲しい酒』。
「よく知っているなあ」と私は感心した。

見ると、みなが、どこで集めてきたのか知らないが、サクラの花びらを、
パラパラと空に向かってまいていた。
それが雪のように美しかった。
それを見て、兄が照れくさそうに笑った。
私も笑った。

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●夢判断

生きているときは、兄の夢など、ほとんど見たことがない。
が、死んでからは、よく出てくる。
母にしても、そうだ。
しかしどういうわけか、兄にしても、母にしても、いつも笑っている。
今朝の夢にしても、そうだ。
死んだ母に、「あんただって……」と言ったとき、母は笑っていた。
「そうやったなあ」というような顔だった。

この話を朝食のときワイフにすると、ワイフはこう言った。
「『ウラメシ~』と出てこられるとつらいけど、笑って出てくるというのは、
いいことね」と。

●介護

母の介護にしても、兄の介護にしても、金銭的な負担は、すべて私がした。
いろいろそのつど、思ったことはあるが、グチをだれかに告げたことはなかった。
ワイフにすら、告げたことがない。
だいたい、グチぽいことすら、考えたことがない。

兄が廊下でクソを落としたときも、むしろ笑って、それを始末することができた。
母の便の始末は、すべて私がした。
しかしそれを「イヤ」と思ったことは、一度もない。

介護というのは、そういうもの。
「イヤ」と思えば、負担になる。
受け入れてしまえば、何ともない。

ただ兄にせよ、母にせよ、施設に入ったときには、解放感を覚えた。
しかしその解放感とて、予想していたものではない。
施設へ入ったあと、それまでの介護が、ウソのように楽になった。
それで解放感を覚えた。

が、それで心理的圧迫感が消えたわけではない。
日帰りの旅行をするときですら、一度、施設に電話を入れて、様子を
聞かねばならなかった。
そういう圧迫感はあった。
が、それとて、母が他界して、はじめてわかったこと。
圧迫感から解放されて、それまでその圧迫感があったことを知った。

●ウラメシ~

ワイフが言うには、「ウラメシ~」と、化けて出てこられたら……?
介護の仕方によっては、「ウラメシ~」と、母や兄が夢の中に出てくることだって、
考えられる。
それは深層心理によるもので、いくら表面的に献身的な介護をしていたとしても、
心の奥がそれにともなっていないばあいには、「ウラメシ~」となる。
その可能性は高い。

私「ほら、何かの本で読んだけど、あの金xxは、夜な夜な、何かにうなされて
いるそうだ」
ワ「何十万人もの人を殺しているからね」
私「怖ろしいと思うよ。それこそ人影を見ただけで、おびえたりする」
ワ「安眠できないわね」
私「だから一晩中起きて、酒を飲んでいるそうだ」と。

●今、介護で苦労している人へ

これは私からのささやかなアドバイスということになる。
まず、「運命は、受け入れる」。
そのときはいろいろあるだろう。
たいへんなことも、わかる。
しかし運命というのは、受け入れてしまえば、なんでもない。
が、一度逆らうと、運命は悪魔となって、あなたに襲いかかってくる。
ちょっとしたことでも、それが何十倍も、何百倍も、大きな負担となって、
あなたに襲いかかってくる。

ある女性は、痴呆症になった義父が、男性用の小便トイレで、ウンチを
しただけで、パニック状態になってしまった。
ギャーギャーと泣きわめいて、あちこちに電話をかけていた。

私はその話を聞いて、「ぼくのところでは、よくあること」と思った。
幼稚園でも教室でも、子どもたちが、ときどき、それをする。
小便器のほうに、ウンチをする。
庭で放し飼いにしている犬のハナだって、そうだ。
朝起きると、ハナのウンチの世話をするのが、日課になっている。
しかしそうした始末を、不愉快に思ったことはない。
それが「運命」だからである。

●最大限、してやる

近くあの世へ行く人がいたら、できるかぎり親切にしてやるのがよい。
後悔することがあるとするなら、「それをしてやらなかった自分」という
ことになる。

今になって、「もっとやってやればよかった」「ああしてやればよかった」と
思うことはある。
そういう後悔は残さないほうがよいが、しかしそれはだれしも思うことだそうだ。
義姉が、そう話してくれた。

まずいのは、あとで「ウラメシ~」と出てくるようなことをすること。
幽霊などいない。
それはわかっているが、しかし心の中から消すのも、むずかしい。
いるとするなら、私やあなたの心の奥に、(いる)ということになるが、
そういう幽霊を作らないこと。

もし今朝の夢の中で、母や兄が、それに祖父が、暗く、つらそうな顔を
して出てきたとしたら、それは私自身が罪の意識を感じているからに
ほかならない。
罪の意識が悪夢を作る。
が、幸いなことに、みな、笑っている。
いつも夢の中では、笑っている。
もともとおかしな、どこかひょうきんな家族だった。
それでそういう夢を見る。

それにしても、あのサクラの花びらをまいてくれたのは、どこの教団の
人たちなのだろう。
1人、2人は、見覚えのある人だったが、どこのだれだったかまでは、
思い出せない。
おもしろい夢だった。

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