++++++++++以下、川島真一郎氏の論文より+++++++++++++
7。 <題>求めるもの(答え)と、与えられた条件の関係を発見せよ。[関係は直接的に見
えるときもあれば、仲介物を通して初めて見えて来るときもある。例えば、中間的な目標
を設定せよ。(例)(a + b + c)(bc + ca + ab) ― abc を因数分解せよ。]
8。 <眼><針>関係の有りそうな公式は何か。
9。 <経><予>似た問題を思い出せ。
10。 <経><眼><針>似た問題の方法や結論を利用できないか。[(例)x、 y の対称式
はx + y とxy で表せる。]
11。 <眼><針>求めるもの(答え)の形を考え、それを具体的に(例えば式に)できな
いか。[また、その形のどの部分を求めればよいか。それを求めるのに、条件をどのように
使えるか。]
12。 <眼><針>与えられた条件や式を、解答で使い易いように変形できないか。[場合
によっては、結論の式から解答を進めて、後で比較するのが有効なときも有る。]
13。 <助><検>(方針の選択や解答の進め方について)解法の大筋を捉える。[大まか
な見通しを持つことが、解答への着手を促し、右往左往したり、袋小路に入ったりするの
を防ぐ。(例)増減表を書けば解けそう。判別式を利用できそう。等々]
14。 <経><眼><針>前に使った方法が直接使えないとき、補助的な工夫を加えること
で使えるようにならないか。[(例)角度の問題で、補助線を引く事で三角形の問題と捉
える。]
15。 <眼><針>求める結果が得られたと仮定して、逆向きに解けないか。[求める結果
を明確にイメージすることで、必要となる道筋が見えてくることが有る。]
16。 <眼><針>定義に帰ることで、手掛かりが得られることが有る。[2 次関数関連の
問題と判別式の関係。微分係数の定義。等々]
17。 <困><眼><針>問題を言い換えることで、容易になったり、既習の解法が使えた
りしないか。(そのとき、与えられた条件はどう変わるか。)[問題を違った視点から見る。
(例)sin θ+ cos θ の最大値を求めるのに、単位円周上の点P(x、 y) を利用する。]
18。 <困><眼><針>問題を一般化することで、容易になることがある。[(例)具体的
な数値の問題を、一般的な文字に置き換えることで見通しが良くなることが有る。]
19。 <困><眼><針>問題を特殊化することで、解決の糸口がつかめるときがある。
[(例)直方体の対角線の長さを求める問題で、高さが0 の場合を解いてみる。]
20。 <困><分><眼><針>条件の一部からどんなことが分かるか。[条件を幾つかの
部分に分けられないか。全体の解答とどう関係するか。]
21。 <困><眼><針>解き易い類題を考えることが、元の問題の手掛かりになることが
ある。[問題の一部は解けるか。どういう条件が付加されていれば解き易いか。等々]
22。 <補><検><助>条件の使い忘れはないか。
(CP)
23。 <題><検>方針に従い解答を進め、適当な段階で検討を加え、必要に応じて方針を
見直す。
24。 <補>自信の持てるる解き方から試みよ。[大抵の問題は、何通りか解き方がある。
(例)基本的な公式だけを使う。図形を利用する。微分を利用する。等々]
(LB)
25。 <題>結果の検討。[少しの検討が、長い目で見ると大きな効果をもたらす。]
26。 <検><眼>別の解法はないか。得られた答えが別の簡単な解法や、答えの意味を示
しているときが有る。
4。4 体系化された問題解決方略の適用
27。 <検><眼>使った方法や結果を総括する。他の問題に応用できないか。
++++++++++以下、川島真一郎氏の論文より+++++++++++++
●因数分解(例)
高校生たちに因数分解を教えるとき、私自身は、半ばルーティンワーク的に解いて
みせている。
(因数分解そのものは、解法公式はほぼ確立していて、簡単な問題に属する。)
しかしこのように内容を秩序だてて分析されると、「なるほど、そうだったのか」と、
改めて、驚かされる。
私はそれほど意識せず、メタ認知能力を、応用かつ利用していたことになる。
率直に言えば、「メタ認知能力というのは、こういうものだったのか」と納得する
と同時に、「奥が深いぞ」と驚く部分が、頭の中で交錯する。
ちなみに、先の(a + b + c)(bc + ca + ab) ―abcを、別の紙で、因数分解してみた。
因数分解の問題としては、見慣れない問題である。
(1)見ただけでは、瞬間、頭の中で公式が浮かんでこない。
(2)直感的に、「いつものやり方ではできない」ということがわかる。
が、こういうときの鉄則は、(3)「ひとつの文字に着目しろ」である。
この問題では、(a)なら(a)に着目し、(a)について式をまとめる。
しかしこの場合、一度、式をバラバラにしなければならない。
結構、めんどうな作業である。
が、ここで「こんなめんどうな問題を出題者が出すはずがないぞ」というブレーキが働く。
「時間さえかければ、だれでもできる」というような問題は、数学本来の問題ではない。
ただの作業問題ということになる。
そこで私は、(4)もっと簡単な方法はないかをさがす。
(bc + ca + ab)という部分に着目する。
(a)でくくれば、(b+c)という因数を導くことができる。
(b+c)を、(B)と一度置き換えてから、因数分解できないかを考える。
しかしもう一つの項、(abc)が残る。
つぎの瞬間、「この方法ではだめだ」と直感する……。
……というように、認知の目標設定(goal setting)、認知の計画(planning)、認知の
修正(revision)を繰り返す。
●高度な知的活動
小学1年生が訓練するような、足し算の練習のような問題は、ただの訓練。
メタ認知能力など、必要としない。
そこで昨日(8月21日)、メタ認知能力を確かめるため、私は小学2、3年生クラス
で、ツルカメ算の問題を出してみた。
あらかじめ、「ツルが2羽、カメが4匹で、足は合計で何本?」というような練習
問題を5~6問、練習させる。
そのとき「できるだけ掛け算を使って、答を出すように」と指示する。
それが一通りすんだところで、「ツルとカメが、合わせて、10匹います。
足の数は、全部で、28本です。
ツルとカメは、それぞれ何匹ずついますか?」という問題を出す。
で、このとき子どもたちを観察してみると、いろいろな反応を示すのがわかる。
(私の教室の子供たちは、幼児期から訓練を受けている子どもたちだから、こうした
問題を出すと、みな「やってやる!」「やりたい!」と言って、食いついてくる。)
絵を描き始める子ども。
足を描き始める子ども。
意味のわからない記号を書き始める子ども。
2+2+2……と、式を書き始める子どもなどなど。
こうした指導で大切なことは、(解き方)を教えることではない。
(子ども自身に考えさせること)である。
だから私は、待つ。
ただひたすら、静かに待つ。
が、やがて1人、表を書き始める子どもが出てきた。
私はすかさず、「ほう、表で解くのか。それはすばらしい」と声をかける。
するとみな、いっせいに、表を描き始める。
表の形などは、みな、ちがう。
しかしそれは構わない……。
(こうした様子は、YOUTUBEのほうに動画として、収録済み。)
●メタ認知能力の応用
こうして書いたことからもわかるように、メタ認知能力というのは、もともとは、
数学の問題を解法技法のひとつとして、発見された能力ということになる。
しかしその奥は、先にも書いたように、「深い」。
日常的な思考の、あらゆる分野にそのまま応用できる。
ひとつの例で考えてみよう。
●パソコンショップの店員
こういう書き方ができるようになったのは、私もその年齢に達したから、ということ
になる。
パソコンショップの店員には、たいへん失礼な言い方になるかもしれないが、そういう
店員を見ていると、ときどき、こう考える。
「だから、どうなの?」
「この人たちは、自分の老後をどう考えているんだろ?」
「もったいないな」と。
つまりパソコンショップの店員の目的は、パソコンを客に売ること。
しかしそんな仕事を、仮に10年つづけていても、身につくものは何もない。
店が大きくなり、支店がふえれば、支店長ぐらいにはなれるが、そこまで。
だから「だから、どうなの?」となる。
つぎにパソコンショップの店員たちは、よく勉強している。
その道のプロである。
しかしプロといっても、一般ユーザーの目から見てのプロに過ぎない。
パソコンを自由に操ることはできるが、その先、たとえばプログラミングの仕事とか、
さらには、スーパーコンピュータの操作となると、それはできない。
そこで私はこう考える。
「こうした知識と経験を使って、別の仕事をしたら、すばらしいのに」と。
たとえばデザインのような、クリエイティブな仕事でもよい。
それが「もったにないな」という気持ちに変わる。
そこでメタ認知能力の登場!
(1)自分の置かれた職場環境の把握
(2)その職業を長くつづけたときの、メリット、デメリットの計算
(3)老後が近づいたときの、将来設計
(4)収入の具体的な使い道などなど。
そうしたことを順に考え、自分の生活の場で、位置づけていく。
中には、「お金を稼いで、高級車を買う」という人もいるかもしれない。
しかしそれについても、メタ認知能力が関係してくる。
「だから、それがどうしたの?」と。
高級車を乗り回したからといって、一時的な享楽的幸福感を味わうことは
できる。
が、できても、そこまで。
4~5年もすれば、車は中古化して、当初の喜びも、半減する。
……つまりこうしてパソコンショップの店員は、メタ認知能力が少しでもあれば、
「もったいないな」を自覚するようになる。
また自覚すれば、生きざまも変わってくる。
同じ店員をしながらも、ただの店員で終わるか、あるいはつぎのステップに進むか、
そのちがいとなって、現れてくる。
が、このことは、家庭に主婦(母親)として入った女性についても、言える。