最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

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●最悪の暴君

2009-02-17 10:38:32 | Weblog
●最悪の暴君・織田信長

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日本の歴史の中で、だれがいちばん暴君だったかと
いえば、織田信長。
織田信長をおいて、ほかにない。

残虐な暴君はほかにもいたが、織田信長は、群を
抜いていた。

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織田信長がいかに残虐な暴君であったかを、箇条書きにしてみる。
(参考文献:山口智司著「暴君の素顔」・彩図社)

● 杉谷善住坊(比叡山の僧)…竹鋸引きの刑(竹のノコギリで、首を少しずつ切って殺す。)
● 朝倉義景、浅井長政、浅井久政の首切り…1573年、宴会の席で、これら3名の生首を金銀箔で飾り、みなに披露した。
● 小田信行(実弟)…家来に殺害させた上、信長の叔母の夫を、だまして殺害。刑は「逆さ磔(はりつけ)にして、竹鋸引き」。ついで叔母も殺害。

が、この程度で、驚いてはいけない。

● 比叡山僧侶を焼き討ち…1571年、比叡山を焼き討ちし、3000人もの宗徒が殺害される。さらに命乞いを懇願する老若男女を1600人を斬首。
● 長島一揆の虐殺…2万人を縄で数珠繋ぎにして集め、周囲に積んだ薪(まき)で火あぶりにして処刑。もちろん生きたまま。

もちろんこんなのは氷山の一角。
私が織田信長に最初に疑問をもったのは、私が高校生のときのことだった。
当時、夏休みになると、岐阜城下にある県立図書館へ、よく受験勉強にでかけた。
その帰り道、何かの記念館に立ち寄ると、そこに小さい文字で、こう書かれていた。
「信長は……毎日、約60人の人を、長良川の川原で処刑した」と。
岐阜市と織田信長の縁は深い。
現在の今も、毎年岐阜市では、「信長祭」なるものが、開催されている。

「60人」という数字は正確ではないかもしれない。
が、それを読んだとき、それまでの信長像が、ガラガラと音をたてて崩れ去るのを知った。
私たちは、学校で、織田信長は、日本の英雄であると学んだ。
しかし同じ織田信長が、その一方で、殺害につづく殺害を繰り返していた!
山口智司氏も、こう書いている。
「血で血を洗う戦国時代においても、織田信長の残虐性は、桁外れであった」(P28)と。

が、一方で、織田信長を理想のリーダーとして、称える人も少なくない。
たまたま2月16日、書店を訪れてみると、「名将の決断」シリーズとして、朝日新聞社
から、「朝日カルチャーシリーズ」なるものが、発売になっていた。
創刊号ということで、特別価格。
その筆頭に、織田信長が掲載されていた。

早速、購入。
大見出しは、「信長のミッション・インポッシブル」。
監修は、童門冬二氏となっている。

その本を開くと、巻頭言に、こうあった。
「決断が歴史を変える」と。

「……名称の決断は、自分で自分を助ける勇気を生む方々へのエールである」と。

ものは言いようだが、ここまでゆがんでくると、「?」マークを、織田信長によって
殺された人の分だけ、並べたい。

●「是非に及ばず」

織田信長は、明智光秀の謀反に際して、最期の言葉として「是非に及ばず(=まあ、
しかたないさ)」と言って死んでいったという。
もちろん(?)、「名将の決断」(朝日新聞社)のほうでは、織田信長を、「名将」の
1人として称える。

いわく、
『本能寺にたおれるまで、信長は、多くのことをやってのけた。

1、 門閥にとらわれない人材登用。
2、 鉄砲をはじめとする、新技術の採用。
3、 関所の撤廃による、流通の活性化。
4、 楽市、楽座による規制緩和、など。

それまでの中世社会の閉塞感を打破したのである。
すなわち、若き日の信長は、改革者であったといっていい』と。

これを書いた、火坂雅志氏は、そのあと織田信長の「闇」について書いている。
先に書いた、比叡山の焼き討ちや、伊勢長島一向一揆衆への弾圧など。
しかしそれについても、「焦り」が理由ではなかったと書いている。

「人生は50年。それを思いつめた結果」と。

ヘ~~~エ?

火坂氏は、焦った結果、織田信長は、「闇」の部分を作ったという論陣を張っている。
が、もしこんな自分勝手な、さらにはひとりよがりな論法がまかり通るなら、人は、
権力を傘に、何をしてもよいことになる。
独善と独断。
まさにその(かたまり)。
殺戮など、朝飯前!

そこで火坂氏は、「是非に及ばず」を、こう解釈する。

「おれはこの世で、やれることはやった。しょうがねぇ」と。

織田信長はそれでよいとしても、彼によって殺された人たちは、どうなのか?
その圧制のもとで苦しんだ民衆は、どうなのか?
時代が変わったというだけで、頭の狂ったような暴君ですら、「名将」になってしまう。
自分たちの先祖が、織田信長に虐げられた民衆であることを忘れて、織田信長の
目で、自分たちの歴史観を作り上げてしまう。
日本人のオメデタサ、ここに極まれり!

つづいて「日本の名将」(同書)は、こうつづく。

● 敵が大きかろうと、怖れずに攻勢に出るべし!
● 自分のルールに従い、旧来の体制に挑んだ、孤独の天下人、と。

織田信長を美化してやまない。

どうして?
どうして、織田信長が、名将なのか?
日本人は、過去において、一度たりとも、あの封建時代を清算していない。
反省もしていない。
そればかりか、世界の歴史史上においても、例がない、あの暗黒かつ恐怖政治の
時代を、いまだに引きずっている。
そればかりか、あの時代を美化し、礼讃してやまない。

織田信長は、日本を改革した第一人者ではない。
民衆のために闘った人でもなければ、何かの正義のために闘った人でもない。
簡単に言えば、我利我欲に包まれた、ただの亡者。
先に並べた、信長の業績(?)にしても、結果として、つまり(後付け)として、
そうなっただけ。
当時の織田信長に、それほどまでの知的な計画性があったとは、とても思えない。
「鉄砲をはじめとする新技術の採用」という文言についても、それを読んで、
笑わない人はいないだろう。

織田信長は、その新技術とやらを使って、何をしたのか。
何のために鉄砲を手に入れたのか。
その鉄砲で、だれを殺したのか。
もし織田信長が名将ということになれば、鉄砲を知らず、殺された人たちは、バカ
だったということになる。

「名将の決断」のカバーページ(表紙1)には、「犠牲を厭わない」とある。
そう思うのはその人の勝手だが、それで犠牲になった人たちはどうなのか。
それをほんの少しだけ、頭の中で、考えてみたらよい。

だから「是非に及ばず」というのは、こう解釈したらよい。
「オレは、さんざん、悪いことをしてきた。これもしかたないわさ」と。

(追記)
織田信長を、礼讃する人がいるから、いまだに国盗り物語よろしく、おかしな政治家が
つぎつぎと現れる。
封建時代風の出世主義にとりつかれた人も多い。
歴史というものが何のためにあるかといえば、それは過去の人たちがした失敗から、
未来に生かす教訓を学びとるためである。
その心を忘れて、歴史は存在しない。

なお「名将の決断」の中にある、(成功者)というのは、いわゆるビジネスの世界での
成功者をいう。
「信長はリアリストだった」「信長・理念実現のスタート」「(信長は)日本一の合理主義者」
「トップの判断はベールの中」(「名将の決断」)と。
「敵が大きかろうと、怖れずに攻勢に出るべし」というのが、それにつづく。

要するに、山口智司氏と火坂雅志氏の歴史観のちがいといえば、(織田信長を下から見た
歴史観)と、(織田信長を上から見た歴史観)のちがいということになる。
もとから日本人は、歴史を下から見るのが苦手。
またそういう視点で、歴史を見る人は少ない。
どこかの城に見学に入ったとたん、その城の城主として、その城を見てしまう。
しかしそれでは、「歴史」そのものが、死んでしまう。
未来に向かって、役に立たなくなってしまう。

(はやし浩司 Hiroshi Hayashi 林浩司 教育 子育て 育児 評論 評論家 織田信長 織田信長論 暴君)


Hiroshi Hayashi++++++++FEB. 09++++++++++++はやし浩司

●バレンタイン・ディー

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2月14日……バレンタイン・ディ。
ワイフは、私に、「愛のアンパン」なるものをくれた。
どうせ私は、チョコレートは、食べられない。
チョコレートは、偏頭痛を引き起こす。

まっ、チョコレートをもらう年齢でもないし、
どうということはないのだが……。
(これは負け惜しみ。)

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●小説『あの世(Another World)』

昨夜、1時間ほどかけて、小説『あの世』を書きあげた。
おもしろかった。
楽しかった。
書き終えて、ワイフに読み聞かせてやった。
ワイフは、その小説を、高く評価してくれた。
(いつもそうだが……。)

が、あの小説には、矛盾がないわけではない。
ひとつの例として、たとえば仮想現実の世界で、紀元前の
世界を再現することができるかどうかという問題がある。
情報そのものがない。
もう少し、かみくだいて説明してみよう。

あの世の人間は、(あの世から見れば、この世があの世になるのだが)、
この世(=仮想現実の世界)へやってきて、人間として生きることを体験できる。
そのとき人間の脳のコピーが始まった(現代)なら、問題はない。
それぞれの人間の脳の中には、(現代)の情報が、びっしりと詰まっている。
その情報をもとに、仮想現実の世界を組み立てることができる。

が、紀元前の世界はどうか。
具体的には、老子が生きていた中国はどうか。
服飾ひとつについても、ほとんど情報がない。
食物、生活習慣なども、同様。
どうすれば、仮想現実の世界を組み立てるだけに足りる情報を、手に入れる
ことができるかということになる。

そこで私はこう考える。

あの世の人間が、この世(=私たちが今住んでいる世界)へ来たら、それぞれが
それぞれの人間として、それぞれの世界を作っていく。
すべてが運命によって、決まっているわけではない。
その(作ったもの)が、情報として積み重ねられていく。
紀元前の世界にしても、そうだ。

最初にやってきた(あの世の人間)は、とぼしい情報の中で、不完全な
仮想現実の世界に生きる。
しかしその人間が、その時代の人間になりきって、自分の世界を生きる。
生きることによって、その時代を作っていく。
そういう人間が、何千人、何万人、さらには何億人、何兆人とやってきて、
それぞれが、その時代を作っていく。
それが(情報)となって、仮想現実の世界を、より精密にしていく。

つまりこれなら矛盾がない。
世界中のあらゆる時代の人間として、仮想現実の世界を、現実の世界として
体験できる。

くだらないことだが、私が書いた小説を補強するために、このエッセーを
書いた。
「ハリウッドで映画化してもらえないだろうか」と考えた。
しかしそれを最初に言ったのは、ワイフだった。
「映画にしたら、おもしろそうね」と。

(補記)
本当に(あの世)、つまり死後の世界があるとするなら、私は、私たちが今、
住んでいる(この世)こそが、(あの世)ではないかと考える。
つまり(あの世)こそが、リアルで、本物の世界。
その世界の人たちが、この世(=私たちが今、住んでいる世界)へやってきて、
天国や地獄、極楽や地獄を、体験する。

が、残念なことに、(読者の方をがっかりさせて申し訳ないが)、私自身は、
(あの世)を信じていない。
信じたいという気持ちは、年齢とともに、大きくなってはきているが、
まだ信ずるところまでは、きていない。
小説に書いたのは、あくまでも空想。
だから「SF小説」とした。


Hiroshi Hayashi++++++++FEB. 09++++++++++++はやし浩司

●テポドン2号(A Missile would possibly attack Tokyo.)

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どうやらK国は、テポドン2号を、本気で
打ち上げるつもりでいるらしい。
昨日、今日のニュースを読むと、組み立て作業とか、
監視装置の取りつけ作業に着手したという(2月14日)。

一方、アメリカは、途中で撃ち落す可能性を示唆している
(在韓米軍司令官)。
で、これに対して、K国は、「どこの国にも、人工衛星を
打ち上げる権利がある」と言い出した。
「人工衛星だから、撃ち落すのは、まちがっている」と。
アメリカ軍に対する、布石的発言ともとれる。

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ミサイルだろうが、人工衛星だろうが、何でもかまわない。
しかし世界中から、食糧や原油の援助を受けている国が、そういうことをすること
自体、ピントがズレている。
K国は、アジアどころか、世界の中でも、現在、最貧国と位置づけられている。
「ほかにやるべきことがあるだろ!」と言いたいが、そういう常識が通ずる
国ではない。

で、もしK国がミサイルを打ち上げ、それをアメリカ軍が撃ち落したら、どうなるか?
あのK国のことだから、被害妄想を最大レベルまで引き上げて、ギャーギャーと
騒ぎ立てることだろう。
ついで韓国に対して、武力を行使してくるかもしれない。
その動きは、すでにある。
K国西岸に隠していた大砲を、海岸まで移動させたという。
これに対して、韓国の世論は、「こうした一連の動きは、韓国向けのものではなく、
K国、国内向けのもの。
国内を引き締めるためのもの」と解釈しているようである。
つまり「脅しだから、気にするな」と。

私もそう思いたいが、しかしあの国は、(まとも)ではない。
まともな論理が通ずる国ではない。
まともな論理で考えて、それで理解できる国ではない。
日本もじゅうぶん、警戒すべきところは、警戒する。
ひょっとしたら、ミサイルは、日本の東京に飛んでくるかもしれない。
現在の南北の緊張状態は、K国がしくんだ陽動作戦とも考えられる。
韓国に対して、戦争するぞと脅しながら、日本を油断させる。

で、ここが重要だが、仮にK国が、東京にミサイルを撃ち込んできても、
日本は、何もできない。
反撃することもできない。
ミサイル一発程度では、アメリカ軍は動かない。
韓国もそれを許さないだろう。
アメリカ軍が動いたら、それこそ朝鮮半島は、そのまま戦火に包まれてしまう。

だから日本は、日本国内で、ああでもない、こうでもないと騒ぐしかない。
またその程度で、矛先を収めるしかない。
もちろん株価は大暴落。
経済活動はマヒ。
が、それこそK国の望むところ。
K国は、また、そこまで読んでいる。

日本、危うし!、と私は考える。
だいじょうぶか、日本!
その備えはできているか、日本!
(09年2月14日夜記)


Hiroshi Hayashi++++++++FEB. 09++++++++++++はやし浩司


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