ひとりぼっちの美術館(笑える美術館)

手作りアートやドイツ通信など載せてます。

ドイツ通信No.67

2007年05月15日 | ドイツ通信
     ドイツ通信No,67

2007年5月15日

  1ヶ月前は 物凄い暑さで この夏は マジでヤバイ!って身構えたのに 
ここ数日 寒の戻り。これも困る。
暖房入れて 夜テレビ観る時は 毛布に くるまってる。
ジャケットやら コート マフラーが 1年中 しまえない。
ザッツ、ヨーロッパかな。

 日本は 既に夏日とか。
このところ 続々 本帰国した友人が 既に “熱帯”日本に 体がついていかず 倒れそう!って。
でも “風も薫~りて 青葉~若葉~五月せせら~ぎ~~~“(母校の校歌)の麗しい5月でしょ?
しっかり ドイツ仕様になった私には 恐ろしかぁ~!
だって もうすぐ帰国するんだもん。

 毎年 11月のみ 帰国していたけれど 今度は もうまもなく。
10年も 留守にすると どうなるか・・・・・?

「幽霊」になったも同然!
日本に 住民票がない これって とんでもなく不便。
まして 我が家の場合 一家揃って 海外在住。

「留守宅に ダレも いないんすかぁ~?」
スイマセン!
何処でも いつも 交わされる会話。

 レンタルビデオ(今は DVD?)借りることも出来なかった・・・屈辱の思い出。
芦屋 某「ビデオ王国」
私は エスリンゲンの淀川長子の面目を保つため 密かに 帰国の度 まとめて 観ていた。
その晩も ゆっくり時間をかけ 厳選し ヨシ!今宵は これだけ!と3本持って レジへ。
「お客様 会員証の期限が 切れています。更新しますので 免許証などの 住所が 判る物 見せてください」
へ? 自動的に 更新出来ないの?
「規則で 確認することになっています」
でも、、、、あのう、、、、免許証は ドイツので、、、でも 私 芦屋に住んでるんですけど、、、
いえ、住んでるのはドイツなんですけど 芦屋の家にも 年1回帰ってきてるんですけど、、、、。
「芦屋の住所が書かれた お客様宛の 郵便物は?」
それは 姉のところに 転送されるので 今は 持ってません、、、、。
「ガス 電気などの 請求書でも構いませんが」
(日頃住んでなくて なんで そんなもんの 請求書があるんだい!) 
昨日帰国したばかりで ガス代も電気代も まだ 請求来てません。
でも ほんとうに 私 芦屋にウチがあるんですってば!
あっ!パスポートなら 持ってます。
(あかん!パスポートに書かれてるのは ドイツの住所だった)
「健康保険証は?」
家にあるけど 今は 持っていません。

 時は ”花金”の宵
その頃 私の後ろは 長い列
店員と私のやりとりを じぃっと聞いていた列の人の視線が 私の背中に チクチクって。
(怪しいヤツ!早くしろよ!)って。
 
 仕方ない、、、あきらめます。
って セレクトしたビデオ レジのカウンターに 置いて スゴスゴ退散。

私って 何?確かに 存在してるのに・・・・。まだ ローンだって 払ってるだにぃ。 今 この国で なにかあったら?どうなるの?

同じことが さらに 厳しくなって 私を 締め付けたのが 去年の11月。
Softbankで プリペイド携帯電話を 買おうとした時。
犯罪に使われる事が多いから 無理もないけど 日本に住民票がないと 知ると ドイツの住所が 記載されてる物が必要だと。
でも ドイツの免許証って 住所の記載はない。
なら パスポート。
でも 記載したのは 私自身だから 本当に その住所に住んでる事を 証明する物が必要だと!
そこまで 言うか~~!
無理だよ、そんな!

 まだある!
芦屋のマンションのローンは金利4,1%
高い時のまんま。
借り替えるのも 残高一挙返済も 住民票 印鑑登録無しのため 出来ない。
あ~あ!

 まだ続くぞ!
某野村證券 実は9年前に 海外に転居していたと彼等が知った時 それまで なんの問題もなく 義姉のところに転送されてた郵便物 今後は 住所変更届けを出せ!って。
それも 確かに 日本を 出国した事を 証明する役所発行の証明書が要るって。
市役所に 証明書貰いに行って 1800円払って(家族分)払って 提出すると?
今後も 義姉のところに チャンと郵送される・・・・なんのこっちゃ!
 
 ああ!故郷は 遠きに 有りて 思うもの・・・・誰かさんの 仰せの通り!

 でも それでも 10年分 留守にしたツケを 払いに 帰るのだ。
去年11月帰国で 出来なかったことを するために。
 
 しかし 実は 根っこにあるのは ホームシックかな?
10年の間に 少しづつ 溜まっていった疲れが ついに 溢れ出てきたみたい。
折りしも 5日前 エスリンゲンで ネオナチのデモがあった。
ミュンヘン ベルリン シュッツツガルトのような 大都会ならイザ知らず。
見るだに 忌まわしい旗を掲げ スキンヘッドや 過激なピアス 全身黒レザー姿の若者(馬鹿者)たち。

 それまで ここを 留守にする間の事情に 多少 帰国をためらう気持ちが あったのだけれど (もう、今は とにかく 帰ろう!)って 気持ちに ケリがついた。

  それで 色々 片付け始めて・・・フト、気がついた。
帰国前の 在庫一掃 蔵出し!!!by butterreice旅行社

 と、言うわけで 
今回 とっておき ヨーロッパ・セレブのリゾート
以前にも サルディーニャ島 エメラルド海岸に 同じ事 言ってたじゃんって?
さよう! でも ほんと 今日 ご紹介する フランス・ノルマンディーの ドーヴィルは サルディーニャ島のように ケバくなく シックで 落ち着いた (ま、多少かび臭いかな?)ヨーロッパのリゾートです。

 日本から一路パリへ。 パリからは TGVで 参りましょう。

 ノルマンディー地方とは フランス北部 英仏海峡に面した一帯で 「ノルマンディー上陸作戦」をご存知の方も いらっしゃるかも?
第2次世界大戦末期 連合軍の行った対ドイツ作戦。
百科事典によると アイゼンハワー元帥指揮の下 輸送船艇4000隻 8万人もの 連合軍兵士が ノルマンディー半島に上陸。
戦局に 一大転機を もたらし 8月パリ解放に つながったそう。

 今は この地方で 有名なのは なんといっても 世界遺産の モン・サン・ミッシェルの修道院でありましょう。
潮の満ち引きで 孤島になってしまうタラのヤツ。

 ただ 我らbutterrice旅行社は マニアックな お客様のための 旅行社。
モン・サン・ミッシェルは 素通り。
遠くから 眺めるだけ。
そんな恨めしい顔するなら その他大勢の旅行社へ おゆき!

 で、この旅で 当社お勧めは”ドーヴィル”
ここはクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」の舞台になった海辺のリゾートです。
あのダバダバダ~~~と けだるいBGM
灰色の空 遠浅の砂浜もグレー 白い波を乗せた やはりり灰色の海 
まだ 夏の賑わいには遠いそこで 共に 未来を失ったレーサーと未亡人の物語。
当時 まだ 高校生だった私は すえた匂いがする 三宮「ビッグ映劇」の暗闇の中 アヌーク・エーメの大人顔と シーズンオフのビーチが見せる不思議な魅力に触れ これが アンニュイって言うんだわ!って ちょっぴり 大人になった気分でした。
その時の そのままが 今でも 存在するのですよ!
ほれ!ネ!
ここでは 皆様の顔も どこかしら 濃く憂いに満ちていらっしゃる!
これがアンニュイですよ。のはず。ダバダバダ~~~~



 ビーチには 夏の間 使われる”脱衣小屋”(こんな言われ方されたって知ったら セレブは怒るだろうナ)が ずらーっとございまして
それぞれ スターやら 監督の名前が付いてございます。

みなさま、頑張って! 見えますぅ?
 そう!もうお気づきですね?
ここは珍しくビーチに 板張りの遊歩道・プランシュがあるのですよ。

 保養地とされたのは 1860年で 夏には 映画祭 競馬 クリケット競技会などが 催され パリに かわって フランスの社交界の中心になるのです。
セレブ御用達のブランド店も きっちり ございますから やはり お買物のためにパリに立ち寄らなくちゃ!とお考えのミーハーの(オット!失礼!)皆様も ゆっくり 存分に 時間をさいて ここノルマンディー風木造建築の商店街を お楽しみくださいませ。

 なお、ほん近くの 「グランヴィル」というところには クリスチャン・ディオールの生家が あり 今は 博物館になっております。
この生家を見ますに ディオールって 相当なブルジョワだったんすねぇ。
独断と偏見に満ちたbutterrice社の方針で 気に入らない物は 写真に撮らない主義で ございますゆえ この生家の写真は ございません、あしからず! 


 さて やはり「男と女」にも登場した ホテル「ノルマンディー」

>
 なんとまぁ~! ホテル建築 室内 ロビー ラウンジ もひとつ 優雅にお茶する紳士淑女達の アンティークぶり!
でも たまには いささかカビ臭い由緒正しいホテルで 日本での疲れなど 癒すのも よろしいかと。
なんてたって 情報と音の洪水の日本から 来れば ここは深海魚になったかのよう・・・・。

 しばし後 明るいお外が 恋しくなったら
 ホテルの部屋からは このような 優雅な風景が 拡がっておりまする。


ねんのため、butterrice旅行社では 落馬保険も ご用意させていただいておりますが・・・。


 あれに見えますのは カジノでございます。
今宵一夜 着飾って あの白い門を くぐり ルーレットに パァ~ンと 100ユーロでも おかけくだされば ヨーロッパ社交界の一旦を垣間見えること 請け合います。
間違っても どの数にも 2ユーロずつかけるなどの 生活丸見えは おやめくださいますように。 



 おお!今や 幻のアンツーカーでは ございませんか!
我が青春の”芦屋国際ローンテニス倶楽部”
テニスシューズもソックスも 真っ赤に染めて 白球追って 無駄に 走りまわったあの頃・・・・。
やはり ここノルマンディーでは 生き残っていたのでございす。うぅ~!
申し訳ございません! 旅行社が ゲストの皆様 さしおいて 感動してしまいまして・・・・。
 


 さてさて 旅のお楽しみのひとつは ”食”で ございましょ?
ノルマンディー地方と言えば 「牡蠣」でございす。
中でも 「サン・マロ」の牡蠣は 一番のお勧めで ございまして 食前酒のアテにまず一皿 やはり メインにも添えて 詰めの食後酒には これまた 牡蠣。
ここは その養殖場で ございます。
  


ここノルマンディーは 他にも 日本人に 馴染み深いカマンベール・チーズ
シードル カルヴァドスなどのりんご酒も ございまして しばし メタボリック・シンドロームはお預けに なさって 今のうち人生を お楽しみくださませ。
「悪夢は帰国後」と先送りが よろしいかと。

  さて 蔵出し第1弾 いかがでしたでしょうか?

 butterrice旅行社の主兼添乗員 ならびに ひとりぼっちの美術館館長の私は
17日出国して 日本に 参ります。
7月2日に 再び ドイツに戻るまで 総ての業務が 更新される事は ございません。
かくも長き不在ののち 再び 復帰する時 コメンターの皆様に 美術館内で 再会出来ますように・・・・・・・・。

勿論 これまでと同様 美術館は 24時間開いております。
皆様の ご来館を お待ち申しております。
       
    butterrice

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戸惑い

2007年05月06日 | 美術館

  「戸惑い」

            油絵

  

今日のように 一点の濁りもない初夏のあの日 私は ドイツへやって来たんだ。
眩しい光と まとわりつく緑 重厚な暗さに・・・・圧倒されて 心が 落ち着かなかったのを 覚えている。
 あれから10年・・・・心は 今も 落ち着かないまま・・・・・。

               butterrice
 
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ドイツ通信No.66おまけ

2007年05月03日 | ドイツ通信
 
 さるコメンターの不思議にお答え。
  サン・シェバスッチャン河口の波除け 2メートル大のキューブが ゴロゴロ。
新しいのは 角もキリキリ尖がって うっかり 堤防から落っこちたら 周囲は血の海。
 こんな大きな石 きっと陸送じゃなくて どんぶらっこっこって 海から 運んだ???
でも かもめの夫婦も チト一休み


  これは 河のすぐ側に建つ 劇場
 春の物憂い日差しに 綺麗な 影を作っていました。



  ビアリッツの海岸沿いの広場
 六甲アイランドにも これに似たようなのが あったよねぇ。
どちらが 真似っこ?
海に開けた場所の解放感は どちらも 同じ。
陽射しは 十分過ぎる位明るくても ブルブルッ!
でも 海からの風を受けて 水平線に目をやれば ココロは すーっと 拡がっていく・・・・・。


                    butterrice
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