景山民夫の不朽の名作、「トラブル・バスター」からブルー・スウェード・シューズの第二弾を。
語尾に必ず、“バカヤロー”を付けないと気がすまない男なのだ。彼の行きつけの銀座のクラブでは、一回目の“バカヤロー”でレミーマルタンがテーブルに出て、二回目の“バカヤロー”でフルーツが並ぶ。田所局長好みの細身の新人ホステスを入店早々にマスターが紹介するところを目撃したことがある。足元から顔まで、舐めまわすようにしてその新人を観察した局長はマスターに向かって言ったものだ。「か、か、可愛いじゃねえかバカヤロー」
スタジオ管理室から週単位で送られてくるスタジオ使用表をチェックする。今日のGスタは、朝の10時から午後8時まで『月曜トップスペシャル』のVTR収録が入っていることになっていた。生放送のトラブルではないので一寸ばかり安心した。VTR収録なら、最悪の場合でもトラブルの源をスタジオからつまみ出す間、テープを止めておけばよい。
生放送だとそうはいかない。もう5年ほど前のことになるが、朝のワイドショーの最中に覚醒剤中毒の男が、「テレビが俺の悪口ばかり言っている」と金槌を持ってスタジオに乱入したことがある。
スタジオにいるガードマンは爺さんばかりで頼りにならず、結局、副調整室から担当ディレクターが下りて行って男をバックドロップで床に叩きつけて失神させるまで、6分間にわたって番組が中断した。
もっとも、バックドロップを決めるシーンはカメラ前で行われたから全国の御家庭に生中継され、その瞬間の視聴率は38パーセントという、朝にしては驚異的な数字を取った。但し、当のディレクターは、やりすぎだということで始末書を山ほど書かされて減俸処分をくらった。そのディレクターの名は、
宇賀神邦彦という。俺だ。
椅子から上着を取って肩にひっかけ、プレハブの外階段を駆け下りて、継ぎ足し継ぎ足しで迷路のようになってしまった局内の廊下をGスタに向かった。3階のエレベーターホールに屯していた芸能プロのマネージャー連中が俺に気づいて、あわてて目をそらせたり、急に公衆電話に飛びついたりした。連中にとって、制作局を追い出された元ディレクターという存在は、丁度古くなって新しいのを買った後の、引き取り手のない電気冷蔵庫のようなものだ。昔は重宝していても今はただ邪魔なだけで存在そのものがうっとうしい。
無視して廊下を突き進む。背後で、先輩マネージャーが若い新入りに向かって言っているらしい。「あいつには関わるなよ」という言葉が聞こえた。もしかすると気のせいかもしれない。
Gスタの前まで来ると、アルバイトのADが二人、青い顔をして立っていた。どうやら一応は関係者以外を中に入れないための見張りらしいが、俺だったらこんなストローみたいな連中よりは、ラグビーのフォワードでもやっていそうな奴を雇うだろう。
「どうした?」と声をかける。
「いや、何でもないんです」とそのストロー①が利いた風な口をきいた。
「何でもねえことはねえだろう。第二制作局長から直々に制作庶務係に連絡があったから来たんだぞ」
「あっ、それじゃお宅が制作庶務のトラブル・バスターですか」
近頃の若い者は言葉の正しい使い方を知らない。総務部付きとはいえ、れっきとした関東テレビの正社員、しかも年が15歳は上のこの俺がアルバイトのAD風情に、“お宅”呼ばわりされる覚えはない。暇な時なら二人まとめて俺の鼻の骨をへし折ってやるところだが、残念ながら今はその時間が無い。
語尾に必ず、“バカヤロー”を付けないと気がすまない男なのだ。彼の行きつけの銀座のクラブでは、一回目の“バカヤロー”でレミーマルタンがテーブルに出て、二回目の“バカヤロー”でフルーツが並ぶ。田所局長好みの細身の新人ホステスを入店早々にマスターが紹介するところを目撃したことがある。足元から顔まで、舐めまわすようにしてその新人を観察した局長はマスターに向かって言ったものだ。「か、か、可愛いじゃねえかバカヤロー」
スタジオ管理室から週単位で送られてくるスタジオ使用表をチェックする。今日のGスタは、朝の10時から午後8時まで『月曜トップスペシャル』のVTR収録が入っていることになっていた。生放送のトラブルではないので一寸ばかり安心した。VTR収録なら、最悪の場合でもトラブルの源をスタジオからつまみ出す間、テープを止めておけばよい。
生放送だとそうはいかない。もう5年ほど前のことになるが、朝のワイドショーの最中に覚醒剤中毒の男が、「テレビが俺の悪口ばかり言っている」と金槌を持ってスタジオに乱入したことがある。
スタジオにいるガードマンは爺さんばかりで頼りにならず、結局、副調整室から担当ディレクターが下りて行って男をバックドロップで床に叩きつけて失神させるまで、6分間にわたって番組が中断した。
もっとも、バックドロップを決めるシーンはカメラ前で行われたから全国の御家庭に生中継され、その瞬間の視聴率は38パーセントという、朝にしては驚異的な数字を取った。但し、当のディレクターは、やりすぎだということで始末書を山ほど書かされて減俸処分をくらった。そのディレクターの名は、
宇賀神邦彦という。俺だ。
椅子から上着を取って肩にひっかけ、プレハブの外階段を駆け下りて、継ぎ足し継ぎ足しで迷路のようになってしまった局内の廊下をGスタに向かった。3階のエレベーターホールに屯していた芸能プロのマネージャー連中が俺に気づいて、あわてて目をそらせたり、急に公衆電話に飛びついたりした。連中にとって、制作局を追い出された元ディレクターという存在は、丁度古くなって新しいのを買った後の、引き取り手のない電気冷蔵庫のようなものだ。昔は重宝していても今はただ邪魔なだけで存在そのものがうっとうしい。
無視して廊下を突き進む。背後で、先輩マネージャーが若い新入りに向かって言っているらしい。「あいつには関わるなよ」という言葉が聞こえた。もしかすると気のせいかもしれない。
Gスタの前まで来ると、アルバイトのADが二人、青い顔をして立っていた。どうやら一応は関係者以外を中に入れないための見張りらしいが、俺だったらこんなストローみたいな連中よりは、ラグビーのフォワードでもやっていそうな奴を雇うだろう。
「どうした?」と声をかける。
「いや、何でもないんです」とそのストロー①が利いた風な口をきいた。
「何でもねえことはねえだろう。第二制作局長から直々に制作庶務係に連絡があったから来たんだぞ」
「あっ、それじゃお宅が制作庶務のトラブル・バスターですか」
近頃の若い者は言葉の正しい使い方を知らない。総務部付きとはいえ、れっきとした関東テレビの正社員、しかも年が15歳は上のこの俺がアルバイトのAD風情に、“お宅”呼ばわりされる覚えはない。暇な時なら二人まとめて俺の鼻の骨をへし折ってやるところだが、残念ながら今はその時間が無い。