あるマーケティングプロデューサー日記

ビジネスを通じて出会った人々、新しい世界、成功事例などを日々綴っていきたいと思います。

トラブル・バスター/ブルー・スウェード・シューズ2

2008-08-25 22:56:03 | マスコミ関連
景山民夫の不朽の名作、「トラブル・バスター」からブルー・スウェード・シューズの第二弾を。


語尾に必ず、“バカヤロー”を付けないと気がすまない男なのだ。彼の行きつけの銀座のクラブでは、一回目の“バカヤロー”でレミーマルタンがテーブルに出て、二回目の“バカヤロー”でフルーツが並ぶ。田所局長好みの細身の新人ホステスを入店早々にマスターが紹介するところを目撃したことがある。足元から顔まで、舐めまわすようにしてその新人を観察した局長はマスターに向かって言ったものだ。「か、か、可愛いじゃねえかバカヤロー」

スタジオ管理室から週単位で送られてくるスタジオ使用表をチェックする。今日のGスタは、朝の10時から午後8時まで『月曜トップスペシャル』のVTR収録が入っていることになっていた。生放送のトラブルではないので一寸ばかり安心した。VTR収録なら、最悪の場合でもトラブルの源をスタジオからつまみ出す間、テープを止めておけばよい。

生放送だとそうはいかない。もう5年ほど前のことになるが、朝のワイドショーの最中に覚醒剤中毒の男が、「テレビが俺の悪口ばかり言っている」と金槌を持ってスタジオに乱入したことがある。

スタジオにいるガードマンは爺さんばかりで頼りにならず、結局、副調整室から担当ディレクターが下りて行って男をバックドロップで床に叩きつけて失神させるまで、6分間にわたって番組が中断した。

もっとも、バックドロップを決めるシーンはカメラ前で行われたから全国の御家庭に生中継され、その瞬間の視聴率は38パーセントという、朝にしては驚異的な数字を取った。但し、当のディレクターは、やりすぎだということで始末書を山ほど書かされて減俸処分をくらった。そのディレクターの名は、

宇賀神邦彦という。俺だ。

椅子から上着を取って肩にひっかけ、プレハブの外階段を駆け下りて、継ぎ足し継ぎ足しで迷路のようになってしまった局内の廊下をGスタに向かった。3階のエレベーターホールに屯していた芸能プロのマネージャー連中が俺に気づいて、あわてて目をそらせたり、急に公衆電話に飛びついたりした。連中にとって、制作局を追い出された元ディレクターという存在は、丁度古くなって新しいのを買った後の、引き取り手のない電気冷蔵庫のようなものだ。昔は重宝していても今はただ邪魔なだけで存在そのものがうっとうしい。

無視して廊下を突き進む。背後で、先輩マネージャーが若い新入りに向かって言っているらしい。「あいつには関わるなよ」という言葉が聞こえた。もしかすると気のせいかもしれない。

Gスタの前まで来ると、アルバイトのADが二人、青い顔をして立っていた。どうやら一応は関係者以外を中に入れないための見張りらしいが、俺だったらこんなストローみたいな連中よりは、ラグビーのフォワードでもやっていそうな奴を雇うだろう。

「どうした?」と声をかける。
「いや、何でもないんです」とそのストロー①が利いた風な口をきいた。
「何でもねえことはねえだろう。第二制作局長から直々に制作庶務係に連絡があったから来たんだぞ」
「あっ、それじゃお宅が制作庶務のトラブル・バスターですか」

近頃の若い者は言葉の正しい使い方を知らない。総務部付きとはいえ、れっきとした関東テレビの正社員、しかも年が15歳は上のこの俺がアルバイトのAD風情に、“お宅”呼ばわりされる覚えはない。暇な時なら二人まとめて俺の鼻の骨をへし折ってやるところだが、残念ながら今はその時間が無い。

トラブル・バスター/ブルー・スウェード・シューズ

2008-08-25 22:54:49 | マスコミ関連
故景山民夫氏の不朽の名作「トラブル・バスター」、そのフレーズはこうなっています。


俺は、関東テレビ総務部総務課制作庶務係の、宇賀神邦彦だ。

タレントや局の連中が次から次へと撒き散らす面倒事を裏側から始末して回るのが仕事だ。以前は制作部でディレクターをやっていたのだが、4年間に9本の番組をコケさせたことの落とし前というわけだ。

電話口で薄禿の田所制作部長が、バカヤローと怒鳴ると、まあ、俺の出番ということになる―。

同僚もいないし、我が家へ戻っても猫の権太郎以外は待つ者もいない身の上だが、楽しみがないわけではないから同情は不要だ。

トラブル・バスター。

人は、そう、俺を呼ぶ。


まずは第一話、「ブルー・スウェード・シューズ」を御紹介したいと思います。


何処かで電話が鳴っていた。
日課である昼食後の午睡から目を覚まされて、30回までベルの鳴る回数を数えた。それ以前の眠っている間に何回鳴ったかは分からない。31回目で、相手に諦める気が無いことを悟った。両足を机の上に上げた午睡の体勢から、俺は渋々と起き上がって電話探しの作業にとりかかった。

総務部総務課制作庶務分室、つまり関東テレビ株式会社が俺に与えてくれた事務室であるこのプレハブ建築の2階の小部屋には、机と呼べる代物は、今迄俺が足を乗せていた奴ひとつしかない。御存知、コクヨの灰色のスチールデスク。最近ではどちらかというと青山界隈のオフィスよりも工事現場の飯場に現場監督が図面を広げるために置いてあるのを見かけるチャンスの方が多いような、20年以上前の品物だ。少なくとも、この関東テレビの局内では、俺の仕事場以外は、ドラマの大道具用の倉庫にしか存在していない筈だ。車輌課の爺さんだってもう少しマシな机を使っている。

その机の上は、青木ヶ原の樹海みたいに見えた。俺が27センチのハッシュパピー1足分を載せていたスペースを除けば、週刊誌とスポーツ新聞とテレビ雑誌と広告と文庫本と社内報とウェンディーズのテイクアウト用の袋や包み紙と…とにかく、そういった紙紙紙の山だ。ここ3ヶ月の間、この机の上で文字を書いた記憶は一度もない。仕事はしても報告書を出す義務がないというのが、この総務課制作庶務係の唯一の利点で、つまり俺の仕事というのは、ほとんどが肉体労働であるということだ。

電話は広げて伏せた『フォーカス』の下、と見当をつけた。外れた。『フライデー』の下にもなかった。やっと『東スポ』と『週刊ファイト』の山の中から黒いダイヤル式の電話を掘り出した時には、ベルは既に50回以上鳴っていた。俺にはオフィス用の多機能電話はおろか、未だにプッシュホンすら与えられていない。但し、個人的な趣味からいえば電話はこの旧式な黒い奴の方が好きだ。

「宇賀神か、バカヤロー」

関東テレビ中を探したって、電話に出た相手が返事をする前にバカヤローと怒鳴る人物は一人だけしかいない。第二制作局長の田所だ。3ヶ月前まで、つまり俺がまだ制作局に所属していて名刺の肩書が“ディレクター”となっていた時の直属の上司である。口は悪いが、人間性にはもっと問題のある男だ。

「今、便所に行ってたんですよ」
「嘘をつくなら窓を閉じてからにしろ。何でその分室をそこのプレハブにしたと思ってるんだ。俺にゃ何でもお見通しだぞバカヤロー」

晩秋の陽差しが気持ち良いので、南側の窓を開けて放っておいたのが悪かったらしい。窓から鉄塔の立つ中庭を隔てた向こう側の、新社屋5階の制作局を見上げると、そこの窓際に受話器を握った田所局長が立っているのが見えた。元部下を制作局から叩き出しただけでは足らず、四六時中監視してくれるつもりらしい。感謝の気持ちを伝えるため、5階に投げキッスを送ってやった。

「何ですか?」
「何ですかじゃねえ、バカヤロー、すぐGスタへ行けバカヤロー。トラブルだよ」