ミラノはミラノ

ミラノ在住のおねえさん(うそ)おっさんの気まぐれ場当たり日記

イタリアに見る災害報道

2011-04-01 00:05:14 | 日記

イタリアでは、雑誌・新聞・テレビ等のメディアで情報を発信するには、責任者となるジャーナリストの署名が必要です
ジャーナリストの称号を用いるためには、国家試験に合格しなければなりません。
日本は、名刺にジャーナリスト(フリーの場合)と印刷さえすれば、即ジャーナリストが出来上がりですが、こちらでは、そういうわけにはいきません。
インターンのような見習い期間を終了しないと、受験すらできないシステムです。
なので、インターネットが普及する以前は、医者と同じかそれ以上のステータスがあった資格でしたし、ほとんどのジャーナリストは、矜持とペンとを、同時に持っていたものでした。

インターネットの普及によって、誰もが即時的に情報発信ができるようになると、ジャーナリスト(書き手)としての存在価値が薄れてきます。
昔は、ライバル他社のことだけを考えていればよかったのに、SNS等で事件現場の惨状等が即時インターネットに掲載されるようになっている世の中ですから、スクープを稼ぐことも並大抵の努力ではありません。

そこで、プロのジャーナリストはプロ仕様の記事を書かなければならないことになり、時として現実を膨らませすぎることがあるようです。

その弊害が、日本における大震災の記事にも表れていて、地震発生直後や福島第一原子力発電所のニュースは、現実よりも相当誇張して報道される傾向がありました。

RAIという国営放送ですら、日本人のウリちゃんがみていても、よく言えば間違ってる、悪く言うと、嘘!って報道も多数ありました。

プロ仕様の記事を作成するために、味付けを相当濃くしてしまった結果なのだと推測できます。

でも、よく考えてみると、ニュースソースが確実ではないということも、この濃い味付けにジャーナリストを走らせる結果になったのかも知れません。
二転三転する政府発表や東電の記者会見は、日本人の我々でさえ、何が本当のことなのか、理解するのに苦しむこともありました。
必要な情報をオブラートに包んだように発進されてしまうと、翻訳が曖昧となってしまった可能性もあります。

イタリア語は、人称や性(男性名詞・女性名詞)、単数複数、時制のような文法体系は、かなり厳密なので、事実を淡々と述べるのは、難しくないのですが、形容詞等は、日本とは、違うことも多々あり、何よりも相手(聞き手)がイメージするように伝えなければならないということが、翻訳を難しくしてしまったことも充分に考えられます。

しかし、やはり報道のプロとしては、あまりファンタジーという味付けは、控えた方がいいと思いますよ、イタリアのジャーナリスト諸君

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