「俺たちも浮かばれないよな。何かいい話はないのか?」
大原が溜息まじりに聞いた。
「ある…」
「えっ?」
「いい話かどうかは、おまえの判断しだいだ」
真田は声をひそめながら、柳瀬からのシーシェルへの引抜きの話をした。
大原はビールを飲むのも忘れて、じっと腕組みをして考えていた。
「五人の総意と顧客リストか…」
「そう、ひとりでも欠けると話はボツだ」
「おまえはどうする?」
大原は聞いた。
「乗ってみようと思う」
「そうか。それなら俺も今の万葉社に未練はない。一緒に行くぞ」
「よかった。そう言うと思ってた。ちょっと待っててくれ、今、他の連中を呼び出してみるから」
真田が取引先を名乗って、他の三人の部署へ電話を入れてみると、梶尾康平だけがまだ在社していた。
梶尾は五人の中では最年少で、頭の回転が早く、口八丁のやんちゃ坊主がそのまま大人になった、というタイプだった。商品部時代にはインテリア商材のオリジナル開発に尽力し、数々のヒット商品を生み出した。
残業を切り上げて、『なか』にやってきた梶尾に、真田は大原にしたと同じ話をした。
「二倍の年収は、万葉社に対してわずかに残っている期待を払拭するに充分事足りる。よって、俺もその一大プロジェクトに参画することをここに誓います」
梶尾は躊躇することもなく即答した。
シーシェルでの新しい組織作りから、商品企画、仕入政策などのシステム構想をまくしたてる梶尾をなだめながら、真田は言った。
「そう煽りたてるなよ。まだ、あと二人の返事を聞いてない」
あとの二人、上島信一郎と川本誠は、真田よりそれぞれ一歳と二歳年上で、どちらも堅実なタイプである。
「こんないい話、反対するわけないよ。あの二人、異動してからは残業もしないで、六時ジャストには退社しているらしいし」
梶尾は、もうすっかり話は決まったものと考えているらしい。
「前の部署では、ほとんど毎日のように残業していたのにな」
大原が頷いた。
「上さんなんか、残業しないのを課長に皮肉られた時に、残業は単なる小遣い稼ぎか、就業時間内に仕事を終えられない、自分の能力のなさを誇示しているようなものだって言ったらしいよ」
「……」
「そしたら課長は、俺の能力が劣っているって言うのか、それに課長職には残業がつかないんだぞって…そりゃあ、えらい剣幕だったらしいけど」
「で、上さんは?」
「サービス残業をするほどのロイヤルティは持ち合わせていません…だって」
「上さんらしいな」
上島は、情報部時代にはカタログの情報統計システムの開発設計に従事しており、コンピュータ・システムまわりに精通していた。 彼の仕事に関するドラスティックな割り切り方は、物議をかもすことも多く、たびたび上司や他部署と衝突していた。過去にも何度か会議の席上で、真田や大原と激論になったこともあった。
「川本っちゃんも、奥さんの実家の商売が忙しいらしいから残業はやってないみたい」
もうひとりの川本は、中学2年を筆頭に、三人の年子の男の子の父親で、極度の恐妻家であった。彼も定時で退社することが多かったが、それは奥さんの実家がやっている、コンビニエンス・ストアの手伝いをするためだった。そのコンビニは繁華街に近く、結構繁盛していたので、残業するよりは確実に実入りは多いらしい。
川本は顧客情報管理のスペシャリストで、今回の引抜きのもうひとつの条件である、顧客データを分類、分析して、それを管理する部署を経験していた。
「しかし、川本ちゃん、この計画に賛同するかな…あいつのところは、奥さんがすべてのイニシアチブを握っているからな」
真田が眉を寄せながら言った。
「なあに、旦那の収入が二倍になると聞いたら、喜んでケツを叩くさ」
梶尾が自信たっぷりに言った。
結局、二日後には、真田が上島に、大原と梶尾が川本に接触して、あっけないくらい簡単に、シーシェルへの片道キップの予約を取りつけた。
大原が溜息まじりに聞いた。
「ある…」
「えっ?」
「いい話かどうかは、おまえの判断しだいだ」
真田は声をひそめながら、柳瀬からのシーシェルへの引抜きの話をした。
大原はビールを飲むのも忘れて、じっと腕組みをして考えていた。
「五人の総意と顧客リストか…」
「そう、ひとりでも欠けると話はボツだ」
「おまえはどうする?」
大原は聞いた。
「乗ってみようと思う」
「そうか。それなら俺も今の万葉社に未練はない。一緒に行くぞ」
「よかった。そう言うと思ってた。ちょっと待っててくれ、今、他の連中を呼び出してみるから」
真田が取引先を名乗って、他の三人の部署へ電話を入れてみると、梶尾康平だけがまだ在社していた。
梶尾は五人の中では最年少で、頭の回転が早く、口八丁のやんちゃ坊主がそのまま大人になった、というタイプだった。商品部時代にはインテリア商材のオリジナル開発に尽力し、数々のヒット商品を生み出した。
残業を切り上げて、『なか』にやってきた梶尾に、真田は大原にしたと同じ話をした。
「二倍の年収は、万葉社に対してわずかに残っている期待を払拭するに充分事足りる。よって、俺もその一大プロジェクトに参画することをここに誓います」
梶尾は躊躇することもなく即答した。
シーシェルでの新しい組織作りから、商品企画、仕入政策などのシステム構想をまくしたてる梶尾をなだめながら、真田は言った。
「そう煽りたてるなよ。まだ、あと二人の返事を聞いてない」
あとの二人、上島信一郎と川本誠は、真田よりそれぞれ一歳と二歳年上で、どちらも堅実なタイプである。
「こんないい話、反対するわけないよ。あの二人、異動してからは残業もしないで、六時ジャストには退社しているらしいし」
梶尾は、もうすっかり話は決まったものと考えているらしい。
「前の部署では、ほとんど毎日のように残業していたのにな」
大原が頷いた。
「上さんなんか、残業しないのを課長に皮肉られた時に、残業は単なる小遣い稼ぎか、就業時間内に仕事を終えられない、自分の能力のなさを誇示しているようなものだって言ったらしいよ」
「……」
「そしたら課長は、俺の能力が劣っているって言うのか、それに課長職には残業がつかないんだぞって…そりゃあ、えらい剣幕だったらしいけど」
「で、上さんは?」
「サービス残業をするほどのロイヤルティは持ち合わせていません…だって」
「上さんらしいな」
上島は、情報部時代にはカタログの情報統計システムの開発設計に従事しており、コンピュータ・システムまわりに精通していた。 彼の仕事に関するドラスティックな割り切り方は、物議をかもすことも多く、たびたび上司や他部署と衝突していた。過去にも何度か会議の席上で、真田や大原と激論になったこともあった。
「川本っちゃんも、奥さんの実家の商売が忙しいらしいから残業はやってないみたい」
もうひとりの川本は、中学2年を筆頭に、三人の年子の男の子の父親で、極度の恐妻家であった。彼も定時で退社することが多かったが、それは奥さんの実家がやっている、コンビニエンス・ストアの手伝いをするためだった。そのコンビニは繁華街に近く、結構繁盛していたので、残業するよりは確実に実入りは多いらしい。
川本は顧客情報管理のスペシャリストで、今回の引抜きのもうひとつの条件である、顧客データを分類、分析して、それを管理する部署を経験していた。
「しかし、川本ちゃん、この計画に賛同するかな…あいつのところは、奥さんがすべてのイニシアチブを握っているからな」
真田が眉を寄せながら言った。
「なあに、旦那の収入が二倍になると聞いたら、喜んでケツを叩くさ」
梶尾が自信たっぷりに言った。
結局、二日後には、真田が上島に、大原と梶尾が川本に接触して、あっけないくらい簡単に、シーシェルへの片道キップの予約を取りつけた。
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