◆性欲の落とし穴――。どんな聖者でも、その落とし穴にはまってしまったなら、安定した瞑想状態は崩れ、高い世界に至ることはできなくなってしまいます。今回は、女性によって神通を失ったサキャ神賢の前生談です。
登場するのは、サキャ神賢、到達真智運命魂、国王、王妃、信頼できる顧問、あこがれた向煩悩滅尽多学男、大師。ごゆっくりお楽しみください。
これは、尊師がジェータ林にとどまっておられたときに、あこがれた向煩悩滅尽多学男に関して講演なさったものです。
サーヴァッティ市に住んでいた一人の良家の息子が、救済計画に対して心が向かい、出家したそうです。ある日、サーヴァッティを施し物のために歩き回っているとき、一人の美しく装った女性を見て、愛欲愛著が生じ、楽しみを見いださなくなって歩き回りました。大師や師などはその者を見て、欲求不満の訳を尋ね、彼が正しい道を踏み外そうとしている状態に気づいて、
「友よ、尊師とは、まさしく愛著などの肉欲に翻弄されている者たちのために種々の肉欲を取り去り、種々の真理を説明し、真理の流れに入る果報などを授けてくださるのだ。来なさい、われわれは君を尊師の面前に導こう。」
と従えて進みました。
「向煩悩滅尽多学男たちよ、まさに嫌がっている向煩悩滅尽多学男を、どういうつもりで連れ立ってきたんだ?」
と、尊師から言われて、その意義を告げました。尊師はお尋ねになりました。
「向煩悩滅尽多学男よ、お前があこがれたのは、それは実際に本当か。」
「本当です。」
と言われて、お尋ねになりました。
「どういうわけで?」
彼はその意義を告げました。それで、尊師は彼に、
「向煩悩滅尽多学男よ、この女性たちというものは、昔静慮の力によって肉欲を抑制した清浄な生命体たちに対してでさえも、強い肉欲を生じさせたのである。お前のような無分別な魂たちが、どういうわけで強い肉欲を起こさないことがあろうか。清浄な生命体たちでさえも、強い肉欲を起こすのである。
最も偉大な名声に恵まれている者たちでさえも、名誉を失墜するのである。ましてや、欠点のある者たちはどうであろう。完全無欠山を揺り動かす風が、古い落ち葉の山を、どういうわけで揺り動かさないことがあろうか。この肉欲は、覚醒樹の場所に座って現正覚する生命体の心を乱すのである。どういうわけで、お前のような者の心を乱させないことがあろうか。」
このように言い、彼らに懇願されて物語をお話しになったのです。
その昔、バーラーナシーで、ブラフマダッタが君臨していたころ、到達真智運命魂は、八億の財産がある大邸宅を有している祭司の家に存在するようになりました。青年に達すると、タッカシラーであらゆる技芸を獲得して、バーラーナシーに再び戻り、妻をめとりました。
父母の死後、葬儀を執り行ない、砂金を調べる仕事を行なっているとき、
「この財産は見える。しかし、これを生み出した人たちは見えない。」
と思案していると、戦慄を覚え、肉体からは汗が吹き出したのです。
彼は家庭生活で長い間住んだ後、偉大なる布施を施して、種々の愛欲を捨断し、涙にくれた顔の親族の集団をあとに残して、雪山に入りました。そして、気に入った場所に枝や葉っぱでできた小屋を作り、落ち穂を集め回ったり、野生の根、あらゆる種類の実などによって暮らしました。程なくして、種々の証智と種々の生起のサマディとを生じさせ、静慮の楽しいものとして楽しみながら、長い間、住み思念したのです。
「人々の根城に行って、酸っぱいものと塩を習慣にしよう。このようにしたら、わたしの肉体は丈夫になるだろうし、それのみならずそして、歩き回れる状態がなされることにもなるだろう。そして、わたしのような戒を持す者に、あるいは施し物の食事を施したり、あるいは敬礼をなす者たちは、天の世界に達するだろう。」
彼は雪山から降りて、徐々に動き回って生活しながら旅行し、バーラーナシーに達しました。日没時に、住まいの場所を考えているとき、国王の遊戯地を見て、
「これは独居にとてもふさわしい。この場所で住もう。」
と遊戯地に入り、ある樹下に座って静慮の楽によって夜を過ごしました。
その次の日、肉体の手入れをし、結ばれた髪と種々の黒いカモシカの皮革の衣を整え、施し物の食事の陶器を持つと、安穏な感官があり、安穏な意識があり、申し分のない振る舞い方があり、すきの長さほどの前方しか見ないで、すべての状態を獲得した自分自身の身体の輝きによって、世間の種々の注目を引きつつ、市に入ったのです。施し物の食事のために歩き回っていると、国王の居所の門に達しました。
国王は、大平面をあちこち歩いていたとき、格子造りの窓の間から到達真智運命魂を見て、振る舞い方にまさに浄信を持ち、
「もし安穏な法則がまさしくあるならば、それはこの人の内側にあるべきだ。」
と思念しました。
「行って、あの苦行者を連れてきなさい。」
と、一人の信頼できる顧問に命令を出しました。彼は行って、うやうやしくあいさつし、施し物の食事の陶器を取って言いました。
「尊者よ、国王があなたをお呼びです。」
到達真智運命魂は言いました。
「偉大な功徳を備えた人よ、国王はわたしをわかっていません。」
「尊者よ、それでは、わたしが帰るまでまさにここにいてください。」
そう話しかけてから、国王に告げました。
「われわれ一族に頼っている苦行者はいない。行って彼を連れてきなさい。」
と、国王は自らも格子造りの窓から手を伸ばして話しかけました。
「尊者よ、ここへおいでください。」
到達真智運命魂は、信頼できる顧問の手に施し物の食事の陶器を預けて、大平面に乗りました。それで、国王は彼にうやうやしくあいさつし、国王の寝椅子に座らせ、自分自身のためにもたらされた種々のお粥や硬い食べ物の食事を給仕したのです。
食事がすむと、探求を尋ねました。探求に対する回答に、より一層浄信を持ち、うやうやしくあいさつして尋ねました。
「尊者よ、あなた様はどこに住んでいて、どこからおいでになったのですか。」
「大王よ、わたしは雪山に住んでいて、雪山から来ました。」
そう言われて、再び尋ねました。
「どういうわけで?」
「大王よ、雨季の期間のときには、決まった住居というものを得なければならないからです。」
「尊者よ、それでは、国王の遊戯地にお住みください。そして、あなた様を四つの必携品のことでわずらわさせはいたしません。そして、わたしは天に至らしめる功徳を獲得するでしょう。」
そう約束し、朝食を食べた後、まさに到達真智運命魂と一緒に遊戯地に行き、枝や葉っぱでできた小屋を製作させ、あちこち歩く場所を築き、残りの夜の場所、昼の場所なども完成し、種々の出家者の必需品を用意しました。
「尊者よ、心安らかにお住みください。」
と、遊戯地の守護者に引き受けさせたのです。
そのとき以来、十二年まさにそこで住みました。それである日、国王の国境が動乱したのです。彼はその静止のために出発しようとして、王妃に呼びかけました。
「親愛なる妻よ、お前か、あるいはわたしが市に残らなければならない。」
「愛欲神のような王よ、何のためかお伝えください。」
「親愛なる妻よ、戒を持す苦行者のためだ。」
「愛欲神のような王よ、わたしは彼に対して怠惰になるつもりはございません。わたしたちの支配者の世話はわたしの務めでございます。あなたはご心配なく出発なさってください。」
国王は出かけていきました。王妃は実に同様に、到達真智運命魂に異なることなく敬愛をこめて奉仕したのでした。
さて、国王が行ってからは、到達真智運命魂は決まった時間に来て、自己の気が向いたときに国王の居所に行って食事をすることを行ないました。
それである日、到達真智運命魂がひどく遅れたとき、王妃はすべての硬い食べ物と軟らかい食べ物を用意してから、水浴して装飾し、低いベッドを用意させて、到達真智運命魂が来るのを待ち受けながら、上等な布でできた外衣をゆったりと着て横になりました。
到達真智運命魂も時に気づいて、施し物の食事の陶器を持って、空中を通っていき、大きな格子造りの窓に達しました。彼の樹皮の衣の響きを聞いて、突然立ち上がろうとした王妃の黄色の上等な布でできた外衣が落ちました。
到達真智運命魂は陰部を見て、種々の感官が壊れ、官能的喜びによってじっと見つめたのです。それで、彼の静慮の力によって落ち着いていた肉欲も、箱の中に置かれた毒蛇があたかも鎌首を伸ばして立ち上がるように、あたかも樹液の木が斧で打ちつけられたときのようになったのです。まさに肉欲が生じると共に、種々の静慮は衰退し、種々の感官はけがれ、彼自身はあたかも翼を切られたカラスのようでした。
彼はあたかも以前のように座って、食事をすることを全く行なうことができませんでした。座らせようとしたにもかかわらず、座りませんでした。それで、王妃は彼にすべての硬い食べ物と軟らかい食べ物を、まさに施し物の食事の陶器の中に置きました。そして、以前は食事をすることを行ない、窓から出て、まさに空中を通っていきましたが、その日は、そのように行くことができずに、したがって、食事を持って大階段を降り、遊戯地へ去ったのです。王妃も自分自身に対する彼の情欲に縛られた心の状態をわかっていました。
彼は遊戯地に行くと、食事をまさに食べないで、寝台の下に置いて、
「王妃のこのような手の美しさ、足の美しさ、このような尻の線、このような腿の形。」
などとくだらないことを言いながら、七日間横たわっていました。食事は臭くなり、青蝿に囲まれたのです。
それで、国王は国境を静止させて、再び戻りました。美しく装った市に右回りの礼をして、国王の居所にまさに帰り、
「到達真智運命魂を訪れよう。」
と遊戯地に行って、汚れた草庵を見たのです。
「去ったに違いない。」
と枝や葉っぱでできた小屋のドアを開いて、内面に入りました。彼が横になっているのを見ると、
「何かで気分が悪いはずだ。」
と臭い食事を捨てさせ、枝や葉っぱでできた小屋の手入れをして尋ねました。
「尊者よ、あなた方はどういうわけでご気分が悪いのですか。」
「大王よ、わたしは突き通されたのです。」
「わたしの敵対者たちが、わたしに対してチャンスを得られないので、『われわれは彼の大切なものを弱くしてやろう』とこちらに来て、この人がおそらく突き通されたに違いない。」
と、国王は肉体をひっくり返して、突き通された場所を見ようとしましたが、傷を見いだせなくて尋ねました。
「尊者よ、どこを突き通されたのですか。」
「大王よ、わたしは他の者によって突き通されたのではありません。しかし、まさに自分自身によって自分自身の心を突き通したのです。」
と、到達真智運命魂は言って起き、座に座って、これらの詩句を言いました。
「思惟が愛著に押し流されたことによって、
そして熟考が刺激されたことによって、
装飾された高級なものによってではなく、
そして矢作り職人により作られたものによってではない。
耳たぶにはさまれた真珠によってではなく、
伴っているクジャクによってでもない。
すべての肢体があぶられたことによって、
わたしは心臓を突き通された。
そして、血が流れ出る外傷が、
わたしには見えない。
真理にのっとっていない心である限り、
わたし自らによって苦しみが持ってこられた。」
このように、到達真智運命魂はこれら三つの詩句によって、国王のために法則を指し示し、国王に枝や葉っぱでできた小屋から外に出てもらいました。そして、十全境の準備をして、失った静慮を生じさせ、枝や葉っぱでできた小屋から出て、空間の中に座って国王に忠告しました。
「大王よ、わたしはまさに雪山に行きます。」
「尊者よ、行くことはできません。」
と言われましたが、
「大王よ、わたしはここに住むことによって、このようなみだらな行為に達しました。今、ここに住むことはできません。」
と、国王の懇願にもかかわらず、まさに空間の中へ飛び上がって雪山に行き、寿命の限りとどまって、神聖天の世界へ達したのです。
尊師はこの教えをもたらした後、種々の絶対の真理を説明し、輪廻転生談に当てはめられたのです。絶対の真理を完達したとき、あこがれた向煩悩滅尽多学男は供養値魂の状態を確立し、真理の流れに入った人たちもいましたし、(愛欲界に)一度だけ再生する人たちもいましたし、不還者になる人たちもいました。
「そのときの国王はアーナンダであり、さて、苦行者はまさにわたしなのである。」