ラーマクリシュナ「ブラフマンとシャクティとは、切り離せないものだ。
シャクティを認めなければ、お前は全宇宙が非実在であることを見出すだろう。『私』も『お前』も、家も建造物も、そして家庭もだ。この世界は、それの背後に根本エネルギーが存在するから、実質のあるものとして存在するのだ。
もし心棒がなかったら枠組みを作ることはできない。枠組みがなければ、ドゥルガーの美しいお姿もありえないだろう。
世俗性を捨てなければ、人は自分の霊的意識を目覚めさせることはできないし、神を悟ることもできない。世俗的願望の、たとえ痕跡でも残っている間は、彼は偽善者でしかありえない。真っ正直さがなければ、神は悟れないのだ。
心に愛を抱け。ずるさと偽りを捨てよ。
奉仕、礼拝、無欲によって、ラーマの聖なるヴィジョンは得られる。
役所の仕事やビジネスのような世俗的な活動に従事している者でも、誠実さは固守すべきである。誠実さ一つが、カーリー・ユガにおける霊性の修行である。
プランクリシュナ「さようでございます。マハー・ニルヴァーナ・タントラにこう書いてございます。
『おお女神よ、この宗教は人に誠実であり、自制心に富み、揺らぐことなく、慈悲心を持って他者の幸福に献身するように命じています』と。」
ラーマクリシュナ「そうだ。しかしこれらの思想は、消化されなければだめだ。