智徳の轍 wisdom and mercy

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セーダカ

2004-12-30 | ☆【経典や聖者の言葉】
記憶修習述に関係づけられた経典(サティパッターナ・サンユッタ)
一九、セーダカ


 あるとき、世尊はスンバ国にあるセーダカという名前のスンバ国の町にとどまっておられた。
 そこで実に、世尊は向煩悩滅尽多学男たちに呼びかけられた。
「向煩悩滅尽多学男たちよ、その昔、竹と鉄ボールの曲芸をする者が鉄ボールの曲芸のための竹を建てて、弟子のメーダカターリカーに呼びかけた。
『来なさい、君、メーダカターリカーよ、君は鉄ボールの曲芸のための竹に乗って、わたしの肩の最上部にとどまりなさい。』
『わかりました、大師よ。』
と、向煩悩滅尽多学男たちよ、実に弟子のメーダカターリカーは竹と鉄ボールの曲芸をする者に承諾し、鉄ボールの曲芸のための竹に乗って、大師の肩の最上部にとどまったのである。
 向煩悩滅尽多学男たちよ、直ちに、竹と鉄ボールの曲芸をする者は、弟子のメーダカターリカーにこう言った。
『君、メーダカターリカーよ、君はわたしを守りなさい。わたしは君を守ろう。このようにわたしたちは、お互いに保護し、お互いに守り、種々の技芸を見せて、それのみならずそして利得を得て、それのみならずそして安全に鉄ボールの曲芸のための竹を降りよう。』
 向煩悩滅尽多学男たちよ、このように言われたとき、弟子のメーダカターリカーは竹と鉄ボールの曲芸をする者にこう言った。
『大師よ、その場合においては、これはそのとおりではないでしょう。大師よ、あなたは自分自身をお守りください。わたしは自分自身を守ります。わたしたちはこのように、自分自身を保護し、自分自身を守り、技芸を見せて、それのみならずそして利得を得て、それのみならずそして安全に鉄ボールの曲芸のための竹を降りましょう。』
 それがそこで正しい体系なのである。」
 弟子のメーダカターリカーが、大師に言ったように、世尊は演説なさった。
「向煩悩滅尽多学男たちよ、『わたしは自分自身を守ろう』と、記憶修習述は用いられるべきである。『わたしたちは他人を守ろう』と、記憶修習述は用いられるべきである。向煩悩滅尽多学男たちよ、自分自身を守りながら他人を守り、他人を守りながら自分自身を守るのである。
 向煩悩滅尽多学男たちよ、そしてどのように、自分自身を守りながら他人を守るのであろうか。熟練によるのであり、修習によるのであり、真面目に行なうことによるのである。向煩悩滅尽多学男たちよ、このように実に、自分自身を守りながら他人を守るのである。
 向煩悩滅尽多学男たちよ、そしてどのように、他人を守りながら自分自身を守るのであろうか。忍辱によるのであり、非残酷によるのであり、聖慈愛の本質によるのであり、哀れみの本質によるのである。向煩悩滅尽多学男たちよ、このように実に、他人を守りながら自分自身を守るのである。
 向煩悩滅尽多学男たちよ、『わたしは自分自身を守ろう』と、記憶修習述は用いられるべきである。『わたしたちは他人を守ろう』と、記憶修習述は用いられるべきである。向煩悩滅尽多学男たちよ、自分自身を守りながら他人を守り、他人を守りながら自分自身を守るのである。」

プタ

2004-12-27 | ☆【経典や聖者の言葉】
村長に関係づけられた経典(ガーマニ・サンユッタ)
二、プタ


 あるとき、世尊はラージャガハの竹林にあるカランダカニヴァーパにとどまっておられた。
直ちに、役者の村長タラプタは世尊の所に行った。行くと、世尊に敬礼してそばに座った。そばに座った役者の村長タラプタは、実に世尊にこう申し上げた。
「尊師よ、先代の大師の中の大師である役者たちが話していたことを、わたしは聞きました。
『劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、真理と偽りによって人々を笑わせ、楽しませる役者は、その身体が破壊してから死後、笑いの愛欲神たちの仲間に流転する』と。
 ここに世尊は何とおっしゃるでしょうか。」
「もうたくさんだ、村長よ。これはやめなさい。わたしにこれを尋ねてはならない。」
 再び、実に同様に、役者の村長タラプタは世尊にこう申し上げた。
「尊師よ、先代の大師の中の大師である役者たちが話していたことを、わたしは聞きました。
『劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、真理と偽りによって人々を笑わせ、楽しませる役者は、その身体が破壊してから死後、笑いの愛欲神たちの仲間に流転する』と。
 ここに世尊は何とおっしゃるでしょうか。」
「もうたくさんだ、村長よ。これはやめなさい。わたしにこれを尋ねてはならない。」
 三たび、実に同様に、役者の村長タラプタは世尊にこう申し上げた。
「尊師よ、先代の大師の中の大師である役者たちが話していたことを、わたしは聞きました。
『劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、真理と偽りによって人々を笑わせ、楽しませる役者は、その身体が破壊してから死後、笑いの愛欲神たちの仲間に流転する』と。
 ここに世尊は何とおっしゃるでしょうか。」
「実に確実にわたしは、
『もうたくさんだ、村長よ。これはやめなさい。わたしにこれを尋ねてはならない』と、あなたから受けなかった。そして、わたしはあなたにも明らかにしよう。
 村長よ、実に以前に、愛著を離れず、愛著の縄に結ばれた生命体たちに対して、役者は劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、種々の愛著の法則を整え、より一層愛著がある結果を得た。
 村長よ、実に以前に、邪悪心を離れず、邪悪心の縄に結ばれた生命体たちに対して、役者は劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、種々の邪悪心の法則を整え、より一層邪悪心がある結果を得た。
 村長よ、実に以前に、迷妄を離れず、迷妄の縄に結ばれた生命体たちに対して、役者は劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、種々の迷妄の法則を整え、より一層迷妄がある結果を得た。
 彼は自分自身が酔ったり、怠惰になったりして、他人たちを酔ったり、怠惰になったりさせ、身体が破壊してから死後、笑いという名前の激苦地獄、そこに流転する。したがって、もし彼に、
『劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、真理と偽りによって人々を笑わせ、楽しませる役者は、その身体が破壊してから死後、笑いの愛欲神たちの仲間に流転する。』
と、実にこのような見解があるならば、それは彼にとって誤謬見解である。村長よ、その場合においては、誤謬見解を持つ人の魂に対して、二つの方向のうちのある方向である、激苦地獄や、あるいは動物の発生を、わたしは断言する。」
 このように演説されたとき、役者の村長タラプタは際立って泣き叫び、涙を発生させた。
「村長よ、実にこのようなわけで、わたしは、
『もうたくさんだ、村長よ。これはやめなさい。わたしにこれを尋ねてはならない』と、あなたから受けなかったのだ。」
「尊師よ、わたしは世尊がこのようにおっしゃられたことで泣き叫んでいるのではありません。尊師よ、そのうえ、わたしは先代の大師の中の大師である役者たちによって、長い間惑わされ、ごまかされ、そそのかされていたのです。
『劇場の真ん中で、祝祭の集会の真ん中で、真理と偽りによって人々を笑わせ、楽しませる役者は、その身体が破壊してから死後、笑いの愛欲神たちの仲間に流転する』と。
 素晴らしいことです、尊師よ。素晴らしいことです、尊師よ。尊師よ、例として、あるいは(煩悩によって)打ち倒されたものを起こして真っすぐにし、あるいは隠されたものを開き、あるいは宗教的に罪深い者に道を明かし、あるいは『眼ある人たちは種々の形状-容姿を見る』と、暗黒に油による灯火を据えるようなものであり、まさにこのように、世尊の多くの教訓によって、法則が説明されました。
 尊師よ、このわたしは、世尊と法則と向煩悩滅尽多学男出家教団を救いとして活用いたします。尊師よ、わたしは世尊の面前で教団に入る許可を得、出家者としての義務・責任を伝授されることを得たいのです。」
 実に、役者の村長タラプタは、世尊の面前で教団に入る許可を得、出家者としての義務・責任を伝授されることを得た。
 そしてしたがって、出家者としての義務・責任を伝授されて間もなく、聖者タラプタは一人で隠遁し、怠惰でなく、熱心に、不屈の意志を持ってとどまり、程なくして、その利益のために、良家の息子たちがまさに完全に家庭生活の快適さを捨て、家なき状態になり、禁欲生活を送る、その無上の神聖行の完達を、まさに見られる法則において、自ら証智し現証し達成してとどまった。「生は破壊され、神聖行は果たされ、なすべきことはなされ、この世に存在することにおいて求めることはない」と証智した。
 そしてしたがって、聖者タラプタは供養値魂たちのある者となったのである。


施し難い輪廻転生談(ドゥッダダ・ジャータカ)

2004-12-26 | ☆【経典や聖者の言葉】

 これは、尊師がジェータ林にとどまっておられたときに、団体の布施に関して講演なったものです。
 サーヴァッティにおいて、二人の同好の友である資産家の息子たちが、自発的な献金をかき集め、すべての必需品の布施を用意し、覚者を長(おさ)とする向煩悩滅尽多学男出家教団を招き、七日間、偉大なる布施を行ない、七日目にすべての必需品を施したそうです。
彼らの中の団体の年長者は、尊師にうやうやしくあいさつして、そばに座り、
「尊師よ、この布施において、数多くの寄付をする人も、少ない寄付をする人もおりますが、彼らすべてに同様に、この布施が大いなる果報になりますように。」
と、布施を贈呈しました。尊師は、
「帰依信男たちよ、実に、あなた方が覚者を長とする出家教団に布施を施し、このように贈呈することによって、偉大なる要素の蓄積がなされた。大昔からの賢者たちも布施を施して、まさしくこのように贈呈したのである。」
 このように言って、彼に懇願されたので、物語をお話しになったのです。

 その昔、バーラーナシーで、ブラフマダッタが君臨していたころ、到達真智運命魂はカーシ王領の祭司の家に存在するようになりました。
 青年に達すると、タッカシラ-に行き、すべての学識を獲得し、家庭生活を捨断して、尊い人の禁欲生活の集団に出家し、教団の師になりました。そして、雪山地方で長い間住み、酸っぱいものと塩を用いるために地方を動き回って生活しながら旅行し、バーラーナシーに達すると、国王の庭園に住んだのです。
 その次の日、城門の外にある村に、集団と共に一軒一軒施し物の食事のために歩き回りながら生活しました。人々は施し物の食事を施しました。
 その次の日、バーラーナシーで歩き回りました。人々は親切に扱い、施し物の食事を施し、多数の人が連合することによって自発的な献金を寄せ集め、布施を用意して、尊い人の団体に偉大なる布施を始めました。
布施の終わりに、団体の年長者が、まさにそのように言い、まさにこれにしたがって布施を贈呈したのです。到達真智運命魂は、
「友よ、心に浄信があるなら、まさしく布施が少ないことがあることはない。」
と言って、感謝の意を表わし、これらの詩句を言いました。

  施し難いものを施し、
  なし難い行為をなしても、
  正当でない者たちは見習わない。
  正当な者たちの法則は従い難い。

  この理由ゆえに、正当な者たちと正当でない者たちに、
  ここから様々な方向が生じる。
 正当でない者たちは激苦地獄に行き、
  正当な者たちは天を最終地点とする。

 このように、到達真智運命魂は感謝の意を表わして、雨季における四カ月間、まさにそこで住み、雨季が過ぎてから雪山に行き、種々の静慮を生じさせ、静慮を欠くことなく、神聖世界に達したのです。

 尊師はこの教えをもたらした後、輪廻転生談に当てはめられたのです。
「そのときの尊い人の団体は覚者の集団であり、さて、団体の師は、まさにわたしなのである。」



わたしのもの鳥輪廻転生談(マイハカ・ジャータカ)

2004-12-26 | ☆【経典や聖者の言葉】

 これは、尊師がジェータ林にとどまっておられたときに、部外者の裕福な商人に関して講演なさったものです。
 というのは、サーヴァッティに部外者の裕福な商人がいて、まさしく豊かで大いなる財産があったからです。彼は自分自身のために種々の富を楽しく味わうこともなく、他人たちに施すこともありませんでした。
 様々な最上の味がある極妙の食べ物が差し出されても、それを楽しく味わうことなく、劣った酸っぱい粥やくず米の粥だけを食べました。香りのよい種々のカーシ国産の衣服が差し出されても、それらを持ち帰らせて、種々の丸まった粗末なしっぽの毛でできた外衣を着ていました。血統の良い馬が車に付けられ、水晶や金で装飾された二輪車が差し出されても、それを持ち帰らせて、葉っぱの日傘をつけている、古いちっぽけな二輪車で行きました。
 彼は一生涯、布施などの功徳を一度も積まずに逝き、号叫激苦地獄に生じたのです。
 息子がいない彼の私財を、国王の軍隊は、七昼夜かけて王宮に入れました。それを入れると、国王は朝食を食べ、ジェータ林に行き、尊師にうやうやしくあいさつしました。
「大王よ、どういうわけで、覚者に奉仕をしなかったんだ。」
とおっしゃられると、
「尊師よ、サーヴァッティで、部外者の裕福な商人がまさしく逝きました。持ち主のいない彼の財産を、わたしたちの建物に持ってくるのに、まさに七日が過ぎ去ったのです。
 ところで、彼はこんなにたくさんの財産を得、まさに同一に、自分自身のために費やすこともなく、他人たちに施すこともなく、彼の財産は、あたかも守護神にふさがれた蓮池のようだったのです。ある日、彼は極妙の食べ物などの味も経験せずに、まさに死の口に入りました。
 このように物惜しみする徳のない生命体が、何を行なって、こんなにたくさんの財産を獲得したのでしょうか。何により、彼の種々の富に心を向けなかったのでしょうか。」
 このように尊師に尋ねました。
「大王よ、財産を得ることと、財産を得て費やさないという報いを受けることとは、まさにそれによってなされたのである。」
 このように言って、彼に懇願され、物語をお話しになったのです。

 その昔、バーラーナシーで、ブラフマダッタが君臨していたころ、バーラーナシーの裕福な商人は、信がなく、物惜しみし、だれに対しても何も施さず、何も恩恵を施しませんでした。
 彼はある日、国王に奉仕に行くとき、タガラシキンという名前の独覚が施し物のために歩き回っているのに会い、うやうやしくあいさつして尋ねました。
「尊者よ、施し物の食事は得られましたか。」
「裕福な大商人よ、わたしは歩き回っているでしょう?」
 このように言われ、下男に命令を出しました。
「行きなさい。この方をわたしたちの家にお導きして、わたしの長椅子に座らせ、わたしたちのために料理された食事を鉢に満たして施させなさい。」
 彼は独覚を家に導いて座らせ、裕福な商人の夫人に明かしました。彼女は最上の味がある様々な食事を鉢に満たして、彼に施したのです。彼は食事を受け取ると、裕福な商人の所から出て、通りの中に入りました。
 裕福な商人は王宮から戻るとき、彼に会い、うやうやしくあいさつして尋ねました。
「尊者よ、食事は得られましたか。」
「裕福な大商人よ、得られました。」
 彼は鉢を見て、心を穏やかにすることができず、
「このわたしの食事を、奴隷たちや、あるいは召使いたちが食べたならば、なし難い仕事もなしただろう。ああ、本当にわたしの損失である。」
と、次の思念を完全なものにすることができませんでした。実際は、布施は三つの思念を完全なものにすることができるときだけ、大いなる果報になるのです。

  まさに布施の前に喜びを生じよう。
  同様にたとえ施しながらでも、大喜びを生じよう。
  同一にたとえ施してからでも、後から悔やんではならない。
  この理由ゆえに、このようにわたしたちの若さは衰えない。
  まさに布施の前に喜んで、
  施しながら心を穏やかにすることができ、
  布施をしてから大喜びが生じる。
  これが捧げることの達成である。

「大王よ、実にこれゆえに、部外者の裕福な商人は、独覚タガラシキンに施した条件によって、数多くの財産を獲得した。施した後、次の思念を極妙にし得る状態でなかったため、富を楽しく味わうことができなかったのである。」
「尊師よ、ところで、息子を得なかったのはなぜでしょうか。」
「大王よ、息子を得ることができないという報いを受けることも、まさにそれによってなされたのである。」
と、尊師は彼に懇願され、物語をお話しになったのです。

 その昔、バーラーナシーで、ブラフマダッタが君臨していたころ、到達真智運命魂は、八億の私財がある裕福な商人の家に存在するようになりました。青年に達すると、父母の臨終に際して、弟を引き取り、家族の財産と屋敷を吟味して、家の門に布施堂を製作し、偉大なる布施を行ないながら、家で生活していました。
 それで、彼に一人の息子が生まれました。彼の足で進むようになったとき、彼は種々の愛欲における過患と解放における功徳を実感し、妻子と一緒に、すべての家の私財を弟に譲り、
「怠惰でなく布施を行ないなさい。」
と、忠告を与えて、尊い人の禁欲生活の集団に出家して、種々の証智と種々の生起のサマディとを生じさせ、雪山地方にとどまったのです。
 弟も自分の一人の息子を獲得しました。彼は、彼が成長するのを見て思念しました。
「わたしの兄の息子が生きていたら、家族の財産と屋敷は壊され、二つになるであろう。兄の息子を殺そう。」
 それである日、彼を河に落として殺したのです。まさに水浴して帰った彼に、兄の妻は尋ねました。
「わたしの息子はどこへ。」
「川で水遊びを楽しんでいた。それで彼を捜したんだが、見つからなかったんだ。」
 彼女は何も言わずに泣き叫びました。
 到達真智運命魂は、その出来事に気づき、
「この事を明白にしよう。」
と、空間を通ってきて、バーラーナシーに降りました。正しく正装衣を整えて、彼の家の門にとどまりましたが、布施堂が見つからず、こう思念しました。
「布施堂もこの良くない男によって破壊されたのだ。」
 弟は彼が来たということを聞き、近づくと、偉大な生命体にうやうやしくあいさつして、講堂に昇殿させ、優れた食べ物をもてなしました。彼は食事をした後、心安らかな会話のために座って尋ねました。
「子供が見えないが、いったい彼はどこへ?」
「尊者よ、死にました。」
「何のわけによって?」
「水遊びの場所でですが、これこれのわけによってとは、わかっていません。」
「良くない男よ、どういうわけでお前はわかっていないないんだ? お前によってなされたことは、わたしには明白である。お前はこのわけによって、彼を殺したんじゃないのか? いったい、お前が国王などの権力によって滅びるとき、財産を守ることができるだろうか? わたしのもの鳥とお前とに、何の違いがあるんだ?」
 それで、この偉大な生命体は、覚者の上品さによって法則を指し示しながら、これらの詩句を唱えられたのです。

   『わたしのもの鳥』という名前の鳥は、
   山岳の尾根にある洞窟に住む鳥である。
   熟したインドボダイジュの実に上り、
   『わたしのもの、わたしのもの』と鳴く。

   まさに彼が無益に話すと、
   大勢の鳥たちが一緒に集まって、
   インドボダイジュの実を食べていく。
   しかしながら、その鳥は無益に話した。

   まさにこのように、ここである者は、
   数多くの財産を集め、
   自分自身に対しても、親族たちに対しても、
   最大限従事することがない。

   彼は衣類、食事、
   花飾り、化粧品を、
   一度も経験せず、
   親族たちに何も恩恵を施さない。

   まさに彼が、
   『わたしのもの、わたしのもの』と、
   無益に話して守っても、
   まさに国王たち、あるいは無法者たち、
   相続人たちは、敵意があり、
   財産を持って去る。
しかしながら、そのひとかどの人は無益に話した。

   揺るぎない者は種々の富を習得し、
   そして、親族たちに恩恵を施す。
   それによって、彼は評判に達し、
   そして死後、天で楽しむのである。

 このように、偉大な生命体は彼に法則を指し示し、布施を再び本来の状態にさせて、まさに雪山に行き、静慮に欠点がなくなり、神聖世界に達したのです。

 尊師はこの教えをもたらした後、
「大王よ、実にこれゆえに、部外者の裕福な商人は兄弟の息子を殺した本質によって、こんなに長い間、息子も娘も得なかったのだ。」
 このように言って、輪廻転生談に当てはめられたのです。
「そのときの弟は部外者の裕福な商人であり、兄は、まさにわたしなのである。」


水晶と豚輪廻転生談(マニスーカラ・ジャータカ)

2004-12-25 | ☆【経典や聖者の言葉】


 これは尊師がジェータ林にとどまっておられたときに、スンダリーの殺害に関して講演なさったものです。
 ところでそのとき、世尊はこのように尊敬の念をもって扱われ、礼拝されていました。骨子は『集積』の中でまさに公表されており、したがってここではこの要約です。
 世尊の向煩悩滅尽多学男出家教団には、五つの大きな川の大氾濫と同じように、利得と尊敬が生じました。利得と尊敬を駄目にされた他の宗派の信奉者たちは、太陽が上昇したときの蛍と同じように光のない状態になり、連れ立って集まり相談しました。
「出家修行者ゴータマが現われたときから、わたしたちは利得と尊敬を駄目にされた。今、だれもわたしたちがいることにも気づいていない。いったいだれと一緒に組めば、出家修行者ゴータマに対する非難を生じさせ、彼の利得と尊敬を消滅させることができるだろうか。」
 それで、彼らにはこれがふと心に浮かびました。
「スンダリーと一緒に組めばできるだろう。」
 ある日、スンダリーは、その他の宗派の信奉者の大庭園に入り、うやうやしくあいさつしてとどまりましたが、彼らは口を利きませんでした。彼女は何度も話しかけましたが、同様に返事を得なかったので尋ねました。
「聖者方よ、いったいだれによって悩まされているのですか。」
「姉妹よ、出家修行者ゴータマがわたしたちを悩まし、利得と尊敬を駄目にし、歩き回っているのを見ていないのですか。」
 彼女はこのように言いました。
「ここで、わたしは何をしなければならないのでしょうか。」
「妹よ、あなたは実に綺麗であり、美しさを勝ち取っている。出家修行者ゴータマに対する悪い評判を引き起こし、多くの人にあなたの話を受け入れさせ、利得と尊敬を駄目にしなさい。」
「わかりました。」
と、彼女は承り、うやうやしくあいさつして去りました。
 そのとき以来、彼女は、夕方多くの人が尊師の法則に関する教えを聴き終えて市に入るとき、彼女は香りのある花飾りである化粧品・樟脳・カトゥカの実などを持って、ジェータ林に向かって行きました。そして、
「どこへ行くのですか。」
と尋ねられると、
「出家修行者ゴータマの面前です。というのは、わたしは彼と香りの部屋の一室で時を過ごすからです。」
と言って、ある他の宗派の信奉者の大庭園で時を過ごし、朝早く、ジェータ林の道を下り、市に向かって行きました。そして、
「おや、スンダリーさん、どこへ行ったのですか。」
と尋ねられると、
「出家修行者ゴータマと一緒に、香りの部屋の一室で時を過ごし、彼の色情と肉欲を楽しんでから、こちらに帰って来たのです。」
と話しかけました。
 それで、二、三日してから、彼らはその悪漢に四角い銅貨を与えて話しかけました。
「行きなさい。スンダリーを殺して、出家修行者ゴータマの香りの部屋の近くのごみだめの中に捨ててきなさい。」
 彼らは同様に行ないました。そこから、他の宗派の信奉者たちは、
「スンダリーが見当たらない。」
と大騒ぎして、国王に告げました。
「あなた方にとって、怪しいのはどこだ?」
「ここ数日、ジェータ林に行ったと聞きましたが、そこでのその出来事はわかりません。」
と言うと、
「それでは行って、それを調査しなさい。」
と、国王に許可され、自分自身の侍者たちを連れ立って、ジェータ林に行きました。調査して、ごみだめの中に見ると、ベッドの上に置いて、市に入れ、
「出家修行者ゴータマの多学の弟子たちは、『尊師によってなされた悪い行為を隠そう』と、スンダリーを殺してごみだめの中に捨てたのです。」
と国王に告げました。
「それでは行きなさい。市を徘徊しなさい。」
と、国王は言いました。彼らは市の通りで、
「出家修行者であるサキャ族の子供たちの行為を見ろ。」
などと大声で叫び、再び国王の居所の門に行きました。
 国王は、スンダリーの遺骸を火葬場にある高台の上に置き、守護を指図しました。サーヴァッティの住人たちは、聖なる多学の弟子たちを除いて、残っている人のほとんどすべてが、
「出家修行者であるサキャ族の子供たちの行為を見ろ。」
などと言い、市の中、市の外部、公園や森で、向煩悩滅尽多学男たちを毒づいて歩き回ったのです。
 向煩悩滅尽多学男たちは、その出来事を真理勝者にお告げしました。
「それでは君たちは、その人たちをこのようにとがめなさい。

  真実ではないことを語る者は激苦地獄に堕ちる。
  あるいは、行ないながら、そして行なっていないと言った者も。
  双方の死後は同様に等しい。
  種々の下劣な行為をなした人間たちの来世である。」

と、尊師はこの詩句をおっしゃられました。
「別の者によってスンダリーが殺されたという事実を発見しなさい。」
と、国王は召使いたちに従事させたのです。
 実にその一方で、その悪漢たちはその四角い銅貨で蒸留酒を飲みながら、お互いにけんかをしていました。そこで、一人がこのように言いました。
「お前が、スンダリーをまさに一撃で殺して、ごみだめの中に捨てたんだ。そこから得た四角い銅貨で蒸留酒を飲んでるじゃないか。」
「わかった、わかった。」
と、国王の召使いたちは、その悪漢たちを捕らえて国王に見せました。それで、国王は彼らに尋ねました。
「お前たちが殺したのか。」
「はい、愛欲神のような王よ。」
「殺させたのはだれだ。」
「他の宗派の信奉者たちです、愛欲神のような王よ。」
 国王は他の宗派の信奉者たちを呼びにやり、
「スンダリーを持ち上げて、行きなさい。お前たちはこのように断言しながら、市を徘徊するのだ。
『このスンダリーは、出家修行者ゴータマに対する非難を引き起こそうとした我々によって殺されたのです。まさにゴータマやゴータマの多学の弟子たちに邪悪心はありません。我々に邪悪心があるのです』と。」
 彼らは同様に行ないました。そのとき、愚者である多くの人は信じ、他の宗派の信奉者たちも男に殺害されるという処罰によって制せられたのです。
 そのときから、世尊には、より大きな尊敬が生じました。それである日、法則の広間で会話を始めました。
「友よ、他の宗派の信奉者たちは『世尊のけがれた状態を生じさせよう』と、自らけがれが生じた。しかし、世尊には、より大きな利得と尊敬が生じたのだ。」
 尊師は近づいて、このようにお尋ねになりました。
「向煩悩滅尽多学男たちよ、君たちは今ここで、何の談話のために一緒に座っているんだ。」
「これしかじかについてです。」
と申し上げると、
「向煩悩滅尽多学男たちよ、覚者方に堕落を生じさせることはできない。覚者方の堕落した状態を引き起こすことは、まさしく純粋な水晶の汚れた状態を引き起こすことと同じである。
 前世において、『純粋な水晶を汚そう』と奮闘したが、同一に汚すことができなかった。」
 このように言って、彼らに懇願されたので、物語をお話しになったのです。

 その昔、バーラーナシーでブラフマダッタが君臨していたころ、到達真智運命魂は、ある村の祭司の家に存在するようになりました。
 成年に達したとき、愛欲の中に過患を見、家庭生活を後にして、雪山地方にある三つの山脈を超越し、苦行者になり、枝や葉っぱでできた小屋に住みました。
 その遠くないところに水晶の洞窟があり、そこでは三十匹ほどの豚が住んでいました。洞窟から遠くないところでは、一頭のライオンが歩き回り、その影が水晶に見えたのです。豚たちはライオンの影を見て恐怖し、恐れ、肉は落ち血の気を失うほどになりました。
「この水晶の透明な状態によって、この影が見えるんだ。この水晶をけがし、変色させよう。」
と、豚たちは思念して、遠くないところにある、ある湖に行き、泥を用意して帰り、その水晶に塗りつけました。それは豚の体毛によってこすられ、より透明な状態になりました。
 豚たちは方法がわからず、
「この水晶の変色を引き起こす方法を苦行者に尋ねよう。」
と、到達真智運命魂に至り、うやうやしくあいさつし、そばにとどまって、最初の二つの詩句を唱えました。

  「洞穴に七年、
   三十匹ほどが住んでます。
   『水晶の光を駄目にしよう』と、
   わたしたちは相談しました。

   こすればこするほど、
   よりいっそう水晶は透明になります。
   まさにこれゆえに、祭司にお尋ねします。
   ここでなされるべきこととは何であるとお考えですか。」

 それで彼らに明かすために、到達真智運命魂は第三の詩句をおっしゃられました。

  「この水晶は宝石であり、
   純粋で、垢を離れ、美しい。
   その輝きを駄目にすることはできない。
   豚たちよ、去りなさい。」

 彼らは、その話を聴き、同様に行ないました。到達真智運命魂は、静慮を生じさせ、神聖天の世界を最終地点としたのです。

 尊師はこの教えをもたらした後、輪廻転生談に当てはめられたのです。
「そのときの苦行者は、まさにわたしなのである。」

マッリカー

2004-12-24 | ☆【経典や聖者の言葉】
コーサラに関係づけられた経典(コーサラ・サンユッタ)
八、マッリカー


 サーヴァッティ。
 ところでそのとき、コーサラ国のパセーナディ王はマッリカー王妃と一緒に宮殿の華麗な最上部に達していた。直ちに、コーサラ国のパセーナディ王はマッリカー王妃に言った。
「マッリカーよ、いったい君に自分自身より親愛ある人は、他に何人かいるだろうか。」
「大王よ、実にわたしに自分自身より親愛ある人は、他にだれもいません。ところで、大王よ、あなたには自分自身より親愛ある人は、他に何人かいるのですか。」
「マッリカーよ、実にわたしにも自分自身より親愛ある人は、他にだれもいない。」
 直ちに、コーサラ国のパセーナディ王は宮殿から降り、世尊の所に行った。行くと、世尊に敬礼してそばに座った。そばに座ったコーサラ国のパセーナディ王は、実に世尊にこう申し上げた。
「尊師よ、ここにわたしは、マッリカー王妃と一緒に宮殿の華麗な最上部に達し、マッリカー王妃にこう言いました。
『マッリカーよ、いったい君に自分自身より親愛ある人は、他に何人かいるだろうか』と。
 尊師よ、このように言われたとき、マッリカー王妃はわたしにこう言いました。
『大王よ、実にわたしに自分自身より親愛ある人は、他にだれもいません。ところで、大王よ、あなたには自分自身より親愛ある人は、他に何人かいるのですか』と。
 尊師よ、このように言われたとき、わたしはマッリカー王妃にこう言いました。
『マッリカーよ、実にわたしにも自分自身より親愛ある人は、他にだれもいない』と。」
 直ちに、世尊はこの意義を知り、そのときが来たので、この詩句を唱えられた。

  「心からすべての方角に回っていって、
   およそ自分自身より親愛ある人に、
   達することはまさにない。
   このように他人たちには、
   おのおのに親愛なる自分自身がある。
   この理由ゆえに、自己を愛する者は、
   他を傷つけてはならない。」

身体破棄輪廻転生談(カーヤヴィッチンダ・ジャータカ)

2004-12-24 | ☆【経典や聖者の言葉】



 これは、尊師がジェータ林にとどまっておられたときに、ある男に関して講演なさったものです。
 サーヴァッティで、一人の男が黄疸の苦痛で悩んでいたそうですが、医者から辞退されてしまいました。妻子もそれについて、
「だれがこの人をお世話をすることができるのかしら。」
と思念しました。彼には、これがふと心に浮かびました。
「もしわたしがこの病変から回復したら、出家しよう」と。
 彼はまさに二、三日のうちに、何かちょうど良いものを得て健康になり、ジェータ林に行って出家を懇願しました。彼は、尊師の面前で教団に入る許可と出家者としての義務・責任を伝授されることを得てから、程なくして供養値魂の状態に達しました。
 そしてある日、向煩悩滅尽多学男たちは、法則の広間で会話を始めました。
「友よ、これこれの名前の黄疸にかかっていた者は、『この病変から回復したら出家しよう』と思念して出家したばかりか、供養値魂の状態にも達したのだ。」
 尊師は近づいて、
「向煩悩滅尽多学男たちよ、君たちは今ここで、何の談話のために一緒に座っているんだ。」
とお尋ねになりました。
「これしかじかについてです。」
と申し上げると、
「向煩悩滅尽多学男たちよ、この者ばかりではない。前世において、賢者もこのように言って病変から回復し、出家して自己の発達をなしたのだ。」
 このように言って、物語をお話しになったのです。

 その昔、バーラーナシーで、ブラフマダッタが君臨していたころ、到達真智運命魂は祭司の家に存在するようになりました。
 青年に達したとき、家族の財産と屋敷をしまい込んで住んでいて、黄疸になりました。医者もお世話をすることができず、妻子も悔やんでいました。
「この病変から回復したら出家しよう。」
 このように彼は思念して、何かまさにちょうど良いものを得て健康になり、雪山に入り、尊い人の禁欲生活の集団に出家しました。
 彼は、生起のサマディと証智を生じさせて、静慮の楽によってとどまり、
「こんなに長い間、このような楽を得ることはなかった。」
と、狂喜句を唱えたのです。

   わたしはある疾患に冒され、
   病変によって、強烈に苦しみ、苦しめられながら、
   この体は速く尽きていく。
   泥と熱暑で作られた花のように。

   高尚でないものが高尚であると思われ、
   不浄なものが浄であるといつも思っていた。
   様々な死体でいっぱいになった、
   高尚な容姿を見ない人にとって。

   恥を知り、それに構わずにそのままにしておきなさい。
   この病的で、卑しむべきで不浄な、疾患の法則である臭い身体は。
   怠惰な所に没頭した弟子たちは、
   幸福に向かうことに転生する道をあきらめる。

 これらの詩句を唱えました。
 こうして偉大なる生命体は、いろいろな不浄の状態と、常に病気がちな状態とを抱きながら、身体を現世否定し、一生涯四つの神聖天の境涯を修習して、神聖天の世界を最終地点としたのです。

尊師はこの法則を説くことをもたらした後、種々の真理を説明し、輪廻転生談に当てはめられたのです。数多くの人は、真理の流れに入る果報などに達しました。
「さて、そのときの苦行者は、まさにわたしなのである。」

忍辱の教義を持す輪廻転生談(カンティヴァーディ・ジャータカ)

2004-12-21 | ☆【経典や聖者の言葉】



 これは、尊師がジェータ林にとどまっておられたときに、一人の怒りを持っている者に関して講演なさったものです。骨子はまさに前述のものです。
 さて、尊師はその向煩悩滅尽多学男に、
「なぜ、あなたは怒りを持っていない覚者の救済計画において出家しながら激怒するのか。大昔からの賢者たちは、肉体に千の一撃が落ちても、手や足や耳や鼻を切られても、他人に激怒しなかった。」
 このようにおっしゃられ、物語をお話しになったのです。

 その昔、バーラーナシーで、カラーブという名前のカーシ国王が君臨していました。
 そのとき、到達真智運命魂は八億の財産のある祭司の家に存在するようになり、クンダカクマーラという名前の青年男子となり、青年に達すると、タッカシラーですべての学識を獲得して、所帯を構えました。
 父母の臨終に際して、財産を積み重ねた山を見て、
「この財産を生じさせて、わたしの親族はまさに持たないで死んでしまった。したがって、わたしはこれを持って行かなければならない。」
と、すべてのその財産を検討し、布施によって、それに値する者に施し、雪山に入って出家しました。あらゆる種類の実によって暮らしながら、長い間住んだ後、酸っぱいものと塩を用いることのために、人々の根城に行き、規則正しい順序でバーラーナシーに達すると、国王の庭園に住みました。
 その次の日、市で一軒一軒施し物の食事のために歩き回っているうちに、軍隊の支配者の家の門のところに着きました。軍隊の支配者は、この人の振る舞い方に浄信を持ち、家に入れ、自分自身が用意した食べ物をもてなし、約束を受け取って、まさしく同じ場所で国王の庭園に住まわせました。
 それで同じ日に、カラーブ国王は、酔って踊り子に取り囲まれて、大いなる名声によって遊戯地に行き、祭られた石の平板の上に寝台を広げさせ、一人の快く愉快な女性のわき腹に横たわりました。
 歌や器楽や舞踏に気のきいた踊り子たちは、歌などに従事し、有能神の王のような大きな繁栄がありました。国王は眠り込みました。
 それで、その女性たちは、
「彼のために、わたしたちは歌などに従事していたのに、彼は睡眠に達した。わたしたちの歌は何の意味がありましょうか。」
と、リュートなどの楽器をまさにあちこちに捨てて、遊戯地へと去り、花や実や新芽などに魅了されながら、遊戯地で楽しみを見いだすのでした。
 そのとき、到達真智運命魂は、その遊戯地の満開のサーラ樹の元で、禁欲生活の楽によって経験を味わいながら、十分華麗な象のように座っていました。それで、歩き回っていたその女性たちは、彼を見て言いました。
「ご婦人方、いらっしゃいな。この樹下に出家者の方が座っていらっしゃいます。国王が目を覚ますまで、彼の面前で何か何でもかんでも聴きながら座っていましょう。」
と、行くとうやうやしくあいさつして、周りに輪を作って座り、
「わたしたちに講演するのに適していることを、何か講演してください。」
と話しかけました。到達真智運命魂は、彼女たちに法則を講演しました。
 それで、その女性がわき腹の位置を変えさせたので、国王の目を覚まさせてしまいました。国王は目を覚ますと、彼女たちが見えないので、こう言いました。
「どこへ行ったんだ、卑賎な女たちは。」
「大王様、これらの人たちは去って、一人の苦行者の周りに輪を作って座っています。」
 国王は感情を害されて、剣(つるぎ)を取り、
「あの大ぼら吹き結髪修行者に教えてやろう。」
と、素早い動作で行きました。
 それで、その女性たちは国王が怒ってこちらに来るのを見、その中でよりお気に入りの者たちは行って、国王の手から剣を取り、国王を静止させました。彼は近づくと、到達真智運命魂の面前にとどまって尋ねました。
「お前は何の教義を持しているんだ、出家修行者よ。」
「忍辱の教義を持しています、大王よ。」
「その忍辱という名前のものは何だ。」
「毒づいても、殴っても、罵倒しても怒らない状態でいることです。」
「今、それを見てやろう。おまえに忍辱がある状態なのかを。」
と、国王は死刑執行人を呼びにやりました。
 彼は自分自身の慣例によって、手斧ととげのある植物の鞭を持ち、赤っぽい黄色の衣を着て、染められた花飾りを身につけ、こちらに来て、国王にうやうやしくあいさつし、
「何をいたしましょうか。」
と言いました。
「この無法者の悪い苦行者を捕らえて、引っ張り、地に転ばし、とげのある植物の鞭を持って、前方に、後ろに、双方の側にと、全体で四つの側に、二千の一撃を彼に与えよ。」
 彼は同様に行ないました。到達真智運命魂の表皮は叩き割られ、真皮は叩き割られ、肉は叩き割られ、血が流れ出ました。
 再び、国王は言いました。
「お前は何の教義を持しているんだ、乞食よ。」
「忍辱の教義を持しています、大王よ。」
「ところで、あなたはわたしたちの真皮の中に忍辱があるとお考えでしょうが、わたしの真皮の中に忍辱はありません。あなたに見えない心の中に、わたしの忍辱は確立されているのです、大王よ。」
 再び、死刑執行人は尋ねました。
「何をいたしましょうか。」
「この大ぼら吹き結髪修行者の双方の手を切れ。」
 彼は手斧を取って、死刑執行人の台の上に置いて、両手を切りました。それで彼に言いました。
「両足を切れ。」
 両足を切りました。手足の端からは、陶器の割れ目からラックのエキスが流れ出るように血が流れ出ました。
 再び、国王は尋ねました。
「何の教義を持しているんだ。」
「忍辱の教義を持しています、大王よ。ところで、あなたはわたしたちの手足の端に忍辱があるとお考えでしょうが、それはここにはありません。というのは、わたしたちの忍辱は深い場所に確立されているからです。」
 彼は言いました。
「彼の耳や鼻を切れ。」
 相手は耳や鼻を切りました。すべての肉体は血まみれになりました。
 再び彼に尋ねました。
「お前は、まさしく何の教義を持しているんだ。」
「大王よ、まさしく忍辱の教義を持しています。その場合においては、あなたは耳や鼻の端に忍辱が確立されているだろうとお考えになってはいけません。わたしの忍辱は、深い心の中に確立されているのです。」
「大ぼら吹き結髪修行者め。お前の忍辱を、お前はまさに取り上げて座ってみろ。」
と、国王は到達真智運命魂の心臓を、足で痛めつけて去りました。
 彼が行った後、軍隊の支配者が到達真智運命魂の肉体から血をふき取って、手や足や耳や鼻の端を外衣の先っぽに据え、到達真智運命魂を優しく座らせてうやうやしくあいさつし、そばに座ったのです。
「尊者よ、もしあなたが怒ろうとするのならば、あなたに罪業をなした国王に対してだけ、お怒りになってください。別の者に対してはお怒りにならないようにお願いします。」
 このように懇願して、第一の詩句を言いました。

  あなたの手と足と、
  耳や鼻を切った者に、
  お怒りください、偉大な勇者よ。
  この王領を消えさせないようにお願いします。
 
 それを聞いて、到達真智運命魂は第二の詩句を言いました。

  わたしの手と足と耳や鼻を切った、
  その国王が長い間生きますように。
  というのは、わたしのような者は、
  怒るということがないからです。

国王が遊戯地から出て、到達真智運命魂の視界から離れたとき、まさに、この二十万に勝る四万ヨージャナの厚さの大地は、のりづけでぱりぱりになった外衣のように破裂し、超期間地獄から火炎が出て、一族から施された染められた毛織物で整えるように、国王を捕らえました。彼は遊戯地の出入口のところで地面に入り、超期間大激苦地獄の中に固着されました。
到達真智運命魂は、まさにその日逝きました。国王の召使いと市民は、香料や花飾りや香を手に持って来て、到達真智運命魂の葬式を行ないました。
さて、
「ところで、到達真智運命魂は雪山に行った。」
と言う人たちもいますが、それは真実ではないことです。

  過去世で、忍辱を例示した、
  出家修行者が存在した。
  このまさに忍辱による利益を、
  カーシ国王は叩き割らせた。

  彼の乱暴な要素の蓄積の、
  結果は苛酷であった。
  カーシ国王はそのことを、
  地獄にあてがわれて経験した。

 この二つは現正覚者による詩句です。

 尊師はこの教えをもたらした後、種々の真理を説明し、輪廻転生談に当てはめられたのです。真理を完達したとき、怒りを持っている向煩悩滅尽多学男は不還の果報を確立し、数多くの者は真理の流れに入る果報などに達しました。
「そのときのカラーブというカーシ国王はデーヴァダッタであり、軍隊の支配者はサーリプッタであり、忍辱の教義の苦行者は、まさにわたしなのである。」 

憎しみ

2004-12-20 | ☆【経典や聖者の言葉】

 悪い行ないをなさず怒ってもいない人に対して怒るならば、この世においても、かの世においても、その人は苦しみを受ける。
 彼は以前には自己をそこない、後には外の者を傷つける。自分が害されると、他の人を害する。--鷹が鳥どもをそこなうように。
 殺す人は殺され、怨む人は怨みを買う。また罵りわめく人は他の人から罵られ、怒りたける人は他の人から怒りを受ける。
 この正しい教えを聞くのでなければ、真理を知ることのできない人は、誰か他人に対して怨みを結ぶ。--人生はこのように短いのに。

 骨を断ち命を奪い、牛・馬・財産を略奪し、国土を掠め取る者どもにさえも協和がある。それなのに、この理法を理解している汝らにどうして協和がないのだろうか。

 他の人々は理を知っていない。我々はここに努力しよう。ここで理を知った人々には、争いがやむ。
 「彼は、我を罵った。彼は、我にこんなことを言った。彼は、我に打ち勝った。人をして我に打ち勝たしめた。」という思いを抱く人々には、怨みはついにやむことはない。
 「彼は、我を罵った。彼は、我にこんなことを言った。彼は、我に打ち勝った。人をして我に打ち勝たしめた。」という思いを抱かない人々には、ついに怨みがやむ。
 実にこの世においては、およそ怨みに報いるに怨みを以てせば、ついに怨みのやむことがない。堪え忍ぶことによって、怨みはやむ。これは永遠の真理である。
 怨みは怨みによっては決して静まらないであろう。怨みの状態は、怨みのないことによって静まるであろう。怨みにつれて次々と現われることは、ためにならぬということが認められる。それ故に理を知る人は、怨みを作らない。



邪悪心

2004-12-19 | ☆【経典や聖者の言葉】

 邪悪心を捨てよ。慢心を除き去れ。いかなる束縛をも超越せよ。形状-容姿と心の要素とにこだわらず、無一物となった者は、苦悩に追われることがない。
 走る車をおさえるようにむらむらと起こる邪悪心をおさえる人--彼を我は<御者>と呼ぶ。他の人はたた手綱を手にしているだけである(<御者>と呼ぶにはふさわしくない)。
 怒らないことによって怒りに打ち勝て。善いことによって悪いことに打ち勝て。分かち合うことによって物惜しみに打ち勝て。真実によって虚言の人に打ち勝て。
 真実を語れ。怒るな。請われたならば、乏しい中から与えよ。これら三つのことによって、神々のもとに至り得るであろう。
 生き物を殺すことなく、常に身を慎んでいる聖者は、不死の境地に赴く。そこに至れば、憂えることがない。
 人が常に目覚めていて、昼も夜もつとめ学び、煩悩破壊を得ようと目指しているならば、諸々のけがれは消え失せる。
 
 身体がむらむらするのを、守り落ちつけよ。身体について慎んでおれ。身体における悪い行ないを捨てて、身体によって善行を行なえ。
 言葉がむらむらするのを、守り落ちつけよ。言葉について慎んでおれ。言葉における悪い行ないを捨てて、言葉によって善行を行なえ。
 心がむらむらするのを、守り落ちつけよ。心について慎んでおれ。心における悪い行ないを捨てて、心によって善行を行なえ。
 落ちついて思慮ある人は身を慎み、言葉を慎み、心を慎む。このように彼らは実によく己を守っている。


別の見解

2004-12-16 | ☆【経典や聖者の言葉】
神聖天に関係づけられた経典(ブラフマ・サンユッタ)
五、別の見解


 サーヴァッティの地にて。
 ところでそのとき、ある神聖天にこのような邪悪見解が生じたのである。
「ここに来ることのできる、出家修行者やあるいは祭司があることはない。」
 直ちに、世尊はその神聖天の考えを心によって認識し、例として、力のある男があるいは曲げた腕を伸ばし、あるいは伸ばした腕を曲げるという、まさにこのように、ジェータ林で消滅して、神聖天の世界にに生じられたのである。
 直ちに、覚者はその神聖天の空中高く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入られた。
 さて、聖者マハーモッガッラーナには、これがふと心に浮かんだ。
「いったいどこに、世尊は今とどまっておられるのだろうか。」
 実に、マハーモッガッラーナは、清浄であって人間を超越した天眼によって、世尊がその神聖天の空中高く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入っておられるのを見た。見ると、例として、力のある男があるいは曲げた腕を伸ばし、あるいは伸ばした腕を曲げるという、まさにこのように、ジェータ林で消滅して、神聖天の世界に生じたのである。
 直ちに、聖者マハーモッガッラーナは、東の方角によってその神聖天の空中高く、世尊よりより低く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入った。
 直ちに、聖者マハーカッサパには、これがふと心に浮かんだ。
「いったいどこに、世尊は今とどまっておられるのだろうか。」
 実に、聖者マハーカッサパは、清浄であって人間を超越した天眼によって、世尊がその神聖天の空中高く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入っておられるのを見た。見ると、例として、力のある男があるいは曲げた腕を伸ばし、あるいは伸ばした腕を曲げるという、まさにこのように、ジェータ林で消滅して、神聖天の世界に生じたのである。
 直ちに、聖者マハーカッサパは、南の方角によってその神聖天の空中高く、世尊よりより低く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入った。
 直ちに、聖者マハーカッピナには、これがふと心に浮かんだ。
「いったいどこに、世尊は今とどまっておられるのだろうか。」
 実に、聖者マハーカッピナは、清浄であって人間を超越した天眼によって、世尊がその神聖天の空中高く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入っておられるのを見た。見ると、例として、力のある男があるいは曲げた腕を伸ばし、あるいは伸ばした腕を曲げるという、まさにこのように、ジェータ林で消滅して、神聖天の世界に生じたのである。
 直ちに、聖者マハーカッピナは、西の方角によってその神聖天の空中高く、世尊よりより低く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入った。
 直ちに、聖者アヌルッダには、これがふと心に浮かんだ。
「いったいどこに、世尊は今とどまっておられるのだろうか。」
 実に、聖者アヌルッダは、清浄であって人間を超越した天眼によって、世尊がその神聖天の空中高く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入っておられるのを見た。見ると、例として、力のある男があるいは曲げた腕を伸ばし、あるいは伸ばした腕を曲げるという、まさにこのように、ジェータ林で消滅して、神聖天の世界に生じたのである。
 直ちに、聖者アヌルッダは、北の方角によってその神聖天の空中高く、世尊よりより低く、蓮華座で座り、火の要素の生起のサマディに入った。
 直ちに、聖者マハーモッガッラーナは、その神聖天に詩句によって話しかけた。

  「友よ、前もってあなたにあった見解が、
   今日同様にあなたにあり、
   神聖天の世界において、光り輝くものを、
   離れて乗り越えたのをあなたは見ましたか。」

  「尊い人よ、前もってわたしにあった見解が、
   今日同様にわたしにあり、
   神聖天の世界において、光り輝くものを、
   離れて乗り越えたのをわたしは見ました。
   わたしは常であり、不滅であると、
   このわたしが今日、どのように断言できましょう。」

 直ちに、世尊はその神聖天を戦慄させて、例として、力のある男があるいは曲げた腕を伸ばし、あるいは伸ばした腕を曲げるという、まさにこのように、その神聖天の世界で消滅して、ジェータ林に生じられたのである。
 直ちに、その神聖天は、ある神聖代議天に呼びかけた。
「尊い人よ、来なさい。聖者マハーモッガッラーナの所に行きなさい。行って、聖者マハーモッガッラーナにこのように話しかけなさい。
『尊い人モッガッラーナよ、例として、尊者モッガッラーナやカッサパやカッピナやアヌルッダのような、このような大いなる如意とこのような大いなる威神力がある、かの世尊の他の多学の弟子たちは、いったいいるのでしょうか』と。」
「わかりました、尊い人よ。」
と、実にその神聖代議天はその神聖天に承諾して、聖者マハーモッガッラーナの所を行った。行くと、聖者マハーモッガッラーナにこう言った。
「尊い人モッガッラーナよ、例として、尊者モッガッラーナやカッサパやカッピナやアヌルッダのような、このような大いなる如意とこのような大いなる威神力がある、かの世尊の他の多学の弟子たちはいったいいるのでしょうか。」
 直ちに、聖者マハーモッガッラーナは、その神聖代議天に詩句によって話しかけた。

  「三つの神秘力と如意に達し、
   他心の正しい智慧を所有していて、
   漏を破壊した供養値魂の、
   数多くは覚者の多学の弟子である。」

 直ちに、神聖代議天は聖者マハーモッガッラーナが説いたことに喜びを見いだして感謝して、その大神聖天の所に行った。行くと、神聖天にこう言った。
「尊い人よ、聖者マハーモッガッラーナはこのように言いました。

  『三つの神秘力と如意に達し、
   他心の正しい智慧を所有していて、
   漏を破壊した供養値魂の、
   数多くは覚者の多学の弟子である』と。」

 その神聖代議天はこれを言った。そして、大喜びしたその神聖天は、その神聖代議天の説いたことに喜びを見いだした。


村長に関係づけられた経典(ガーマニ・サンユッタ)

2004-12-15 | ☆【経典や聖者の言葉】

六、西の地区の人


 あるとき、世尊はナーランダーのパーヴァーリカのマンゴー林にとどまっておられた。
直ちに、村長アシバンダカプッタは世尊の所に行った。行くと、世尊に敬礼してそばに座った。
 そばに座った村長アシバンダカプッタは、実に世尊にこう申し上げた。
「尊師よ、水の瓶を持ち、水草で花輪を作り、水に入り、火を崇拝する西の地区の祭司たちは、死んで逝った人を連れ出し、まさしく熟知させ、まさしく天に、まさしく連れていくのです。尊師よ、ところで、供養値魂・最上正覚者であられる世尊は、同様にすべての人々の身体が破壊してから死後、幸福に向かうことである天の世界に流転するようにすることができるでしょうか。」
「それでは、村長よ、まさにここでわたしはこれを質問する。あなたによって見つけられたのと同じように、それを回答してください。
 村長よ、これについてどう思うか。ここに、殺生をし、与えられないものを強奪し、愛欲における邪悪な行為を行ない、嘘の言い方をし、中傷の言葉があり、乱暴な言葉があり、軽薄語を話し、渇望があり、害心がある心で、誤謬見解を持つ男がいるとして、その彼に多くの人々の集まりが会合し出会い、
『この男は身体が破壊してから死後、幸福に向かうことである天の世界に流転しなさい。』
と祈願し、称揚し、尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くとする。
 村長よ、これについてどう思うか。多くの人々の集まりの、あるいは祈願を原因として、あるいは称揚を原因として、あるいは尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くことを原因として、そのとき同一に、その男は身体が破壊してから死後、幸福に向かうことである天の世界に流転するだろうか。」
「尊師よ、そのようなことはありません。」
「村長よ、例として、男が大きく巨大な石を深い湖に投げ入れたとして、すぐに、多くの人々の集まりが会合し出会い、
『友、巨大な石よ、浮かび上がりなさい。友、巨大な石よ、跳び上がりなさい。友、巨大な石よ、乾いた土地に跳び上がりなさい。』
と祈願し、称揚し、尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くとする。
 村長よ、これについてどう思うか。多くの人々の集まりの、あるいは祈願を原因として、あるいは称揚を原因として、あるいは尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くことを原因として、そのとき同一に、その大きく巨大な石は、あるいは浮かび上がるだろうか、あるいは跳び上がるだろうか、あるいは乾いた土地に跳び上がるだろうか。」
「尊師よ、そのようなことはありません。」
「村長よ、全く同様に、殺生をし、与えられないものを強奪し、愛欲における邪悪な行為を行ない、嘘の言い方をし、中傷の言葉があり、乱暴な言葉があり、軽薄語を話し、渇望があり、害心がある心で、誤謬見解を持つ男は、彼に対して、いかに多くの人々の集まりが会合し出会い、
『この男は身体が破壊してから死後、幸福に向かうことである天の世界に流転しなさい。』
と祈願し、称揚し、尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動いたとしても、その男は身体が破壊してから死後、直ちに、離別であり、悲痛に向かうことであり、破滅である激苦地獄に流転する。
 村長よ、これについてどう思うか。ここに、殺生を自制し、与えられないものを強奪することを自制し、愛欲における邪悪な行為を自制し、嘘の言い方を自制し、中傷の言葉を自制し、乱暴な言葉を自制し、軽薄語を自制し、渇望がなく、害心がない心で、正見解を持つ男がいるとして、その彼に多くの人々の集まりが会合し出会い、
『この男は身体が破壊してから死後、離別であり、悲痛に向かうことであり、破滅である激苦地獄に流転しなさい。』
と祈願し、称揚し、尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くとする。
 村長よ、これについてどう思うか。多くの人々の集まりの、あるいは祈願を原因として、あるいは称揚を原因として、あるいは尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くことを原因として、そのとき同一に、その男は身体が破壊してから死後、離別であり、悲痛に向かうことであり、破滅である激苦地獄に流転するだろうか。」
「尊師よ、そのようなことはありません。」
「村長よ、例として、男が透明なバターのかめや、あるいは油のかめを深い湖に沈め壊れたとして、そこでその破片や、あるいはかけらは下に至る。そして実に、そこでその透明なバターや、あるいは油は上に至る。すぐに、多くの人々の集まりが会合し出会い、
『友、透明なバター、油よ、沈みなさい。友、透明なバター、油よ、沈み落ちなさい。友、透明なバター、油よ、下に行きなさい。』
と祈願し、称揚し、尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くとする。
 村長よ、これについてどう思うか。多くの人々の集まりの、あるいは祈願を原因として、あるいは称揚を原因として、あるいは尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動くことを原因として、そのとき同一に、その透明なバター、油は、あるいは沈むだろうか、あるいは沈み落ちるだろうか、あるいは下に行くだろうか。」
「尊師よ、そのようなことはありません。」
「村長よ、全く同様に、殺生を自制し、与えられないものを強奪することを自制し、愛欲における邪悪な行為を自制し、嘘の言い方を自制し、中傷の言葉を自制し、乱暴な言葉を自制し、軽薄語を自制し、渇望がなく、害心がない心で、正見解を持つ男は、彼に対して、いかに多くの人々の集まりが会合し出会い、
『この男は身体が破壊してから死後、離別であり、悲痛に向かうことであり、破滅である激苦地獄に流転しなさい。』
と祈願し、称揚し、尊敬の念に満ちたあいさつの印として握りしめた両手を上方に捧げ、周りを動いたとしても、その男は身体が破壊してから死後、直ちに、幸福に向かうことである天の世界に流転する。」
 このようにおっしゃられたとき、村長アシバンダカプッタは世尊にこう申し上げた。
「素晴らしいことです、尊師よ。素晴らしいことです、尊師よ。尊師よ、例として、あるいは(煩悩によって)打ち倒されたものを起こして真っすぐにし、あるいは隠されたものを開き、あるいは宗教的に罪深い者に道を明かし、あるいは『眼ある人たちは種々の形状-容姿を見る』と、暗黒に油による灯火をもたらすようなものであり、まさにこのように、世尊の多くの教訓によって、法則が説明されました。
 尊師よ、このわたしは、世尊と法則と向煩悩滅尽多学男出家教団を救いとして活用いたします。世尊は、わたしを帰依信男として記憶実践なさってください。今日から先、わたしが生きている限り、救いとして活用いたします。」