自分の言いたいことを長々と訴えるより
何かを借用して表現したほうが洗練されている
と思うことがある
正確な訴えはその長さ故に、回りくどかったり要点がわかりにくなる
(これはヨーロッパ出身の人の本の多い)
読み手(受け手)の知識を前提に、ほのめかすやり方法は和歌の世界では
よく使われる技法らしい
先日、ロシア正教の司祭がプーチンと会って出来レースのような映像をみて
ツイッターで「ゾシマ長老が泣いている!」とつぶやいてみた
ゾシマ長老は「カラマーゾフの兄弟」に登場する人物で
神を信じる三男のアリョーシャが最も敬愛する人物だ
劇的な過去を持つゾシマ長老は、その経験をへて最高位まで上り詰めた人で
その人が泣くというのは、カラマーゾフの兄弟を読んだ人は
どのくらいの意味を持つかわかる
この知ってる人しかわからないツイートに、どのくらいの人が反応するのだろう
と少し興味を持って敢えて意味不明のツイートをしたわけだ
すると、「カラマーゾフの?」と聞いてきた人を含め、反応した人は
現時点で16名
自分のフォロワーはそんなに多くない(252名)が確率からすると
6.3%の人が何らかのアクションを起こしたことになる
最近は長々と説明すると、かえって言葉不足になるような気がして
こうしたほのめかしみたいなものを借用したほうが効果的かもしれない
と思ったりする
あまり好きじゃないニーチェがアフォリズムという形式をとったのは
少しわかる気もする
実際のところ、人と人がわかり合うというのは簡単だったり、難しかったり、、
人間社会は複雑だ