パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ウィーン・フィル音と響きの秘密

2007年01月13日 16時21分56秒 | Weblog
吉田秀和なら知っているけれど
中野 雄 という人物は知らなかった
(現在は音楽プロデューサーとして内外で活躍中)
だが、この本「ウィーン・フィル音と響きの秘密」(文春新書)は
ページの所々が示唆に富んでいたり
様々な、知られていないエピソードがいっぱい溢れていて
音楽好きなら楽しんで読める著作だ

題のウィーン・フィル音と響きは
ウィーンの楽器、ホールの響き、継承していく意識
そして聴衆から生まれでるものだ、とされているが
この本では、この部分より
フルトヴェングラーの音の合わない指揮ぶりは意図的かどうか、とか
小沢征爾やカラヤンの音楽の質
それに楽団員のストレス発散方法(室内楽演奏)などが
興味深く読む事が出来た

そういえばこの本にもあるが
ウエストミンスターの室内楽シリーズ
これらがCDに復刻されて、よく聞いた事があったが
その時感じた事を不意に思い出した

それは、彼らは「音楽を信じている」ということだ
おおらかに、書かれている事を信じて
素直に表現していた様に思えて仕方なかった
今の解釈万能主義みたいな神経質なところがなくて
こちらもゆったりと音楽に身を任す事が出来た

そして、何度も何度も繰り返し演奏し続けた深みが
それらの演奏には随所に現れているようで
最近の、レパートリーばかり増えて、消化しきっていないような演奏は
まるでテレビのリモコンでのザッピングのような軽さ、
消耗品の類いの様に思えてくるのだった

この傾向は、実は、落語の世界にも言えるかもしれない
昔の人の芸は、時間と稽古の賜物で一つ一つが丁寧で
なるほど芸というのはこういうことか、と感じられたが
今は機転とか勢い、レパートリーの豊富さだけで
必要以上に走ってしまってるように思えてならない

それと小沢征爾の音楽について。
すっきりした清潔な音、生き生きとしたリズム感は認めるけれど
自分は彼の支持者ではないかもしれない

実演はコンサート形式のベルクの
「ヴォツェック」を聞いただけだが
そのときはベルクが嫌いなわけじゃなく、
曲の方に関心がいっていたので
演奏にどうのこうのという感想は持たなかった
ただ清潔な音がするなあ!とだけ感じたような気がする

ちょっと違うかも?と感じたのはマタイの練習風景を
テレビでやってたときだ
やっぱりリズム感は若々しかったが
なんだか「歌いにくそう」と思えて仕方なかった
歌ってる本人たちではないので
ただそう思っただけなのだが
どうもこの時以来、一歩引いて評価する様になってしまった

本は新しい事を覚えたり、知ってる事を再確認するでき
それによって楽しい時間を過ごす事が出来るのだが
この「ウィーン・フィル音と響きの秘密」は
あまり厚くなく、読みやすく
それだけで終わらない重みもあって
年初めにふさわしい一冊だった

コメント
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