台風が去り
秋風が吹くようになってきた
うるさかった蝉の声が消え
キリギリスの声に代わった
昼下がりに大学を抜け出し
膳所公園へと向かった
古老の漁師が
面白い話をしてくれるという
この場所は昔、水泳場だったのや
そう老人は語った
ここいらで、師範学校の生徒が
二人溺死したのや
水草が生い茂る湖岸の一画に
ポッカリ空いた水面を指さす
あそこはな冷たい水が湧くのや
地下水が湧いてるんや
可哀そうに心臓麻痺やった
と、90歳の老人は続けた
すぐ近くにある彼の家には
井戸があるという
この辺りではもうほかにないな
自慢気に語る
いつからだったろう
湖岸を埋め立て水脈を変えたのは
好奇心で自宅まで押しかけ
地下から湧き出す水を触ってみた
鮮烈な水が手に余る
無色透明な冷水だった
彼の奥さんは
この水を使って鮒ずしをつけるらしい
うちのは美味いで
男の目元がうれしそうに笑った