ガラパゴス通信リターンズ

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玄界灘(祝ブログ開設4周年・声に出して読みたい傑作選51)

2008-04-18 06:22:43 | Weblog
 大学院生の頃はアルバイトに明け暮れていた。博士課程の時である。町田の予備校で日本史を教えることになった。最初この仕事を紹介された時ぼくは断った。日本史など知らないのである。大学入試を日本史で受けるつもりがなかったので、単位数の少ない授業しか受けなかった。担当教師もやる気のない人だった。学生時代の寮は酷いところだったと繰り返し話していた。授業はほとんど進まなかった。ぼくの高校日本史は元寇で終わっている。

 仕事を紹介してくれた先輩は、予備校の授業など話術だけで何とでもなると無責任なことをいう。甘言につられて引き受けてはみたが、やはり後悔した。学力不足は歴然である。まず漢字が読めない。「八色の姓」。これはなんと読むのか。実力のなさはすぐに生徒に見抜かれた。授業が終わるごとにその日のぼくの間違いを指摘してくれた生徒がいた。有名私大に合格したその生徒は、「先生に教えたことが一番の勉強になった」といってくれた。

 きちんと準備していればまだ何とかなったのだと思う。ところがいやなことは先にのばす性分だ。結局予備校の近くの喫茶店でモーニングサービスを食べながら予習をするはめになる。それをやるにも誘惑と戦わなければならない。スポーツ新聞やインベーダー・ゲームが、「おいでおいで」をするではないか。ぼくは簡単に誘惑に屈してしまった。何も知らない人間が何の準備もせずに教壇に立つ。空恐ろしい授業を一年間ぼくは続けた。

 それでも元寇の話にはいささか自信がある。高校日本史の最後の授業をぼくはまじめに聞いていた。だからぼくは神風が吹いて元の船が沈んだことを知っている。「日が落ちて沖の船に戻ると決めた時、元の将軍はなんと呟いたか知っていますか?」。ぼくは生徒に尋ねた。生徒は怪訝な顔をしている。ぼくは厳かに言った。「暗くなった。もう、げんかいだな!」。そう限界だった。翌年、ぼくのもとにその予備校から出講の依頼は来なかったのである。