ガラパゴス通信リターンズ

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明日の記憶(ああ新学期が始まってしまう・声に出して読みたい傑作選50)

2008-04-06 23:04:37 | Weblog
 あれは骨髄移植の治療が終わって退院した直後のことだったか。大学病院で診察が終わって会計の順番をまっていた時のことである。こんなアナウンスがあったのでびっくりした。「はらさん、はらせつこさん、4番の窓口へどうぞ」。おお、あの絶世の美女が!と思って4番の窓口の方をみると、そこに向かっていたのはごく普通の農家のおばあさんという感じの人だった。きっとこの「せつこ」さんは、偶然「はら」という家に嫁にいったためにかの大女優と同姓同名になったのだと思う。

 昨年の3月頃、太郎が腕を骨折した。ドッジボールで転んだのだ。整形外科で順番をまっていると、「あらかわさん。あらかわしずかさん」という呼び出しがあった。待合室がどよめいて、荒川静さんは、恥ずかしそうに診察室に入っていった。普通の若いOL風の人だった。トリノオリンピックで荒川選手が金メダルをとった直後のことである。この1年前までなら彼女の名前が呼ばれても何の反応も起きなかっただろう。そしてあと1,2年もすれば「あらかわしずか」が何者か、覚えている人はほとんどいなくなっていることだろう。

よるとしなみで記憶力がものすごく減退している。学生さんの名前がなかなか覚えられない。ぼくの3年生のゼミに「わかおあやこ」さんという学生がいる。こんな印象的な学生さんの名前でさえなかなか出てこないのだ。末期的である。ある時、苦労してようやく下の名前だけを思い出し、「あ、あやこ…」と言ったところで力つきてしまった。これではキモいおやじである。

 これにこりて「往年の大女優と同じ名前のわかおあやこさん、往年の大女優と同じ名前のわかおあやこさん」と自分の頭のなかで何度も彼女の名前を反芻し、記憶に焼き付ける努力をした。次のゼミの時間がきた。わかおさんがレポーターの日だ。あれだけ頑張って彼女の名前を覚えたのである。今日は大丈夫だ。ぼくは自信をもってこういった。「では、『やまもとふじこ』さん。報告をお願いします」。