残照日記

晩節を孤芳に生きる。

続長寿考

2011-02-14 13:41:13 | 日記
<処世のおきて> ゲーテ

気持よい生活を作ろうと思ったら、
済んだことをくよくよせぬこと、
滅多なことに腹を立てぬこと、
いつも現在を楽しむこと、
とりわけ、人を憎まぬこと、
未来を神にまかせること。
(高橋健二訳)

>「第二の人生を楽しく生きるには」──瀬戸内寂聴VS梅原猛(仏教哲学者)二人の対談で、ストレスを無くし楽しく生きるには共有できる趣味で異性の友人をつくることと結論ずけていた。悟空は大共鳴。(八十悟空)

∇八十悟空さんはニックネームからしてゲーテ的である。苦難に遭遇しても決してめげず、人生幾多の山河を賢明に乗り越えられ、<いつも現在を楽しむこと>に徹する工夫と努力を怠らず志向されてこられた方であろう。八十悟空さんご指摘のように、瀬戸内寂聴、梅原猛の御両人の対談はまさにゲーテ的。現在瀬戸内さんが89歳、梅原氏は86歳。その二人が深い仏教的叡智というよりは、俗物根性丸出しと言っても憚らない“色恋沙汰仏教談義”をやる。それが実にさわやかなのである。NHKで何回かやられた対談は見ていないが、“いくつになっても生と性”が自論の寂聴さん。性豪宇野千代が誰々と寝た、寝ないとか、女にもてないような男はダメとか、良寛と貞心尼は絶対プラトニックラヴよなどと滔滔と語り、梅原氏は押されっぱなしで……。そんな気さくで忌憚のない会話が交わせる異姓の友人がいたら、確かに <ストレスを無くし楽しく生きる>ことができると思う。

∇「若きウェルテルの悩み」「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」「ファウスト」など数多の名作を残した文豪ゲーテも、83歳の生涯を<処世のおきて>通りに生き、ワイマルの自宅で“理想的”な末期を遂げた。彼は1832年3月15日に風邪をひいたのがもとで床につき、主治医のフォーゲルや嫁のオティーリエの手厚い看護を受けた。死の少し前にオティーリエと「ファウスト」の第二部を読み、「今日は何日か」と問い、彼女が日にちを教えると、「ではもう春が始まったのだ。それだけ直りも早いだろう!」と言い、それから静かな眠りに落ちていった。又、侍僕に向かって「寝室の鎧戸をあけてくれ、もっと光がはいるように」と言ったとされる。その後昏睡状態が続き22日午前11時半に永眠した。(関泰祐著「ゲーテの生涯」) ゲーテは67歳で愛妻クリスティアーネを亡くした。看取ったのは死の前年イタリアで客死した一人息子の嫁・オティーリエだった。ゲーテにも<共有できる趣味の異性>がいたのは幸せだった。

∇かくして“ワイマルの賢者”ゲーテは、生前、詩・小説・戯曲・美術そして自然科学の諸分野で天才を発揮し、政治家としても活躍した。フォン・シュタイン夫人やマリアンネ等々の素晴らしい女性に出会い、自国ドイツは勿論のこと、カーライルやスコット等イギリスの友人たちにも恵まれ、<処世のおきて>通り生き抜けた。その上、風邪をこじらせて僅か1週間でコロリと逝った。こんなに神に寵愛された人生を幾人が授かることだろうか?!──今は元気な瀬戸内、梅原両氏が、長患いで寝たきり老人にならず、トン・コロリといける保証はない。その時彼らはどういう処世をするのだろうか? <処世のおきて>通り生きてきても、末期が問題になるのである。<63年連れ添い、何とか人生の大団円を無事に迎えることができればという願いでいっぱいです。長寿ってちっともめでたくない! 心の叫びです。>と声欄に投書された主婦・杉本令子さんの悩みを解決する手立てはあるのか。先ずは次の事例を素材に考えてみたい。

∇老生の亡妻が、がんの再発を告げられ、頭が真っ白になっていた頃の昨年3月6日、難病の長男の求めに応じて殺して執行猶予となった妻(当時65)から「死にたい」と頼まれて殺害したとして嘱託殺人罪に問われた男性被告(66)に、懲役3年執行猶予5年の判決を言い渡された公判があった。──5年前、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に苦しむ長男=当時(40)=の求めに応じて人工呼吸器の電源を切り、窒息死させたとして、嘱託殺人罪で懲役3年執行猶予5年の有罪判決を受けていた妻を、今度は夫が殺害したとされる事件。当時の朝日新聞によれば、妻は長男と一緒に死ねなかった苦悩から、度々自殺願望を洩らしていたが、夫が今回の事件までの5年間、支え励ましていたという。「妻の最期の表情は、本当に楽そうだった。息子のところへ足早に行ったかのように思いました」、夫である被告人は穏やかな表情で質問にそう話したそうだ。以下に平成22年3月6日の朝日新聞と神奈川新聞の生々しい記事を紹介する。

<「妻が息子のために息子を死なせたように、妻のために妻を殺そう」。菅野被告は決意し早朝に2人で家を出た。だが、車中で図った心中は失敗。再び自宅に戻った。初子さん(被告の妻)は台所から包丁を出した。「お父さんに罪を着せられない」と、自ら菅野被告の前で首を刺した。「できないよ」。死にきれずに懇願する初子さん。「いいのか」。問いかける菅野被告に、初子さんは「お願いします」と首を指した。血が噴き出す音が聞こえたが、初子さんは悲鳴もあげなかった。最期をみとった菅野被告はこう声をかけたという。「これまで長い間つらかったね。これで楽になったな」。時計は2時半を指していた。>(朝日新聞)<川口裁判長は「生命を奪うことは許されず、刑事責任は軽視できない」と指摘。一方で「日常的に自殺願望を口にする妻を5年間励まし続けた被告の苦悩や悲しみの深さは想像に及ばない。犯行の経緯や動機は大いに同情の余地がある」と述べた。判決言い渡し後の説諭で裁判長は「今も難病に苦しみ、葛藤しながら生きようと頑張っている家族もいる」と述べ、続けた。「裁判所はあなたに深い同情を感じています。あなたは公判で今後生き抜くことを約束した。それは守ってほしい」直立不動で聞いていた菅野被告は説諭が終わると無言で一礼した。>(神奈川新聞)

∇家内は入院中だった。老生は毎日自宅と病院のピストン生活。洗濯物を取りに一時帰宅したのだが、この記事を読み、何度も何度も目頭を押さえた。“がん再発”の告知は、厳しい長期闘病の可能性と、迫り来る家内の死期への多面的な対応を余儀なくされる。これを機に、考えに考え抜いて妻の末期へ向けた<処世法>を開始したのである。──先月18日にも似た事件があった。<昨年9月、くも膜下出血で寝たきりの夫=当時(73)=に懇願され首を絞めて殺害したとして、嘱託殺人罪に問われた福岡県大牟田市の無職、河村セツ被告(64)に、福岡地裁久留米支部は、「刑事責任は軽視できないが、経緯には同情の余地がある」として、懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡した。判決理由で長倉哲夫裁判長は「夫が耐えがたい痛みに苦しんでいたわけでもないのに、身近な親族や介護職員に相談もせずに犯行に及んだことは短絡的」と指摘。一方で「介護を一手に引き受け心身ともに疲弊した中で、何度も『殺してくれ』と懇願されての犯行。冥福を祈りつつ立ち直る機会を与えるのが相当」と結論付けた。>(産経新聞) 

∇裁判では被告に“同情の余地あり”と刑罰軽減措置を講ずることで片付けられるが、今後益々発生するであろう類似の悲劇を止める手立てに迄は全く言及されていない。世間には長寿を奨励して、如何に100歳まで生きるかのハウツーものは溢れていても、老老介護や難病者を抱えた家族の処世法、特に長期間それを支える人々の心掛け乃至人生観や抜本的体制作りに踏み込んだ優良研究・図書は少ない。如何に高齢まで成功裏に生きたにせよ、末期の数年或は十数年が上述の如き悲惨ならば、それまでの人生は何だったのか。「旧約聖書」コーヘレトの<順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。神は人に将来どういう事があるかを、知らせないために、彼とこれとを等しく造られたのである。……日の下で神から賜わったあなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と共に楽しく暮すがよい。これはあなたが世にあってうける分、あなたが日の下で労する労苦によって得るものだからである。>までは分った。そのアンチ・テーゼとしての「死までの道程」に対する<処世のおきて>はなんだろう。知恵の鳥・梟よ、教えて欲しい!(続く……)