残照日記

晩節を孤芳に生きる。

心得箇条

2011-02-11 15:27:18 | 日記
≪人の貴賤は、職業に在らずして、全く人品に在り。縦(たと)ひ甚だ卑(ひく)き職業を為すとも、智を研き徳を修むる時は、人品愈々進みて、自ら世の尊敬を受くべし。されば人は、徒に職業の高下を論ぜず、務めて人品を進むることを心がくべし。≫(明治33年発刊、高等小学校児童用「国語読本」巻1より)

<まるで小学生なみ…恥ずかしい力士「17カ条の心得」──日本相撲協会は9日の臨時理事会後の師匠会で、春場所が中止となったことを受け、協会員の過ごし方の指針として「自粛・奨励17カ条の心得」を通達した。「心得」の原案は▽当分の間、稽古は東京の部屋で行う▽八百長問題の調査に積極的に協力▽福祉活動を積極的に▽部屋主催のパーティーなどは自粛▽部屋の門限を定める▽摂生と節制を心掛ける-などの内容。また、平成19年の時津風部屋力士死亡事件を受けて作成したガイドブック「協会員のあり方」を再配布することも決めた。▽親方や先輩力士に対する礼儀▽自動車運転や後輩いじめ、暴力団関係者との付き合いの禁止▽マスコミ対応の心得-などを記したもので、放駒理事長は「もう1度配り、徹底させる」と話した。>(2/10夕刊フジ、産経新聞)

∇力士「17カ条の心得」の説諭文の一例は右の如し。(4)社会貢献活動、ボランティア活動は積極的に行う/(10)「摂生」(健康に注意しながら規則正しい生活をすること)と「節制」(度を超さないよう欲を抑えて控えめにすること)を心掛ける/(11)「我々(われわれ)は今こそ襟をただして、自分たちのあるべき姿をしっかりと見定め、新しい時代に向かって新しい道を進んでいかなければいけない」ということを自覚する/(14)「常に人に見られている。注目されている」という認識を忘れず、責任を持った行動を心掛ける/(15)相撲を志した初心に帰って、日々努力しよう/(16)近所に限らず、町なかで声を掛けられたときは、気さくに応え、挨拶(あいさつ)する/(17)誠実な心を持って、規律ある行動を取ること。……

∇これらの中では、15条の“初心忘るべからず”が力士・協会にとって最も反省すべき心得だ。尚、11条、14条は今回の不祥事に欠かせぬ重要事項だが、心得というよりは「前文」或は「総括文」ではないのか。それ以外は、「八百長防止」とどういう関係があるのだろう? 誰が起案・草稿し、どういうメンバーによって決定された心得箇条なのか知らぬが、内容・文辞ともに統一を欠いた寄せ集め細工集である。──力士「17カ条の心得」の17条は、聖徳太子の「十七条憲法」や、江戸時代の碩学・佐藤一斎の「重職心得箇条」を想起させる。前者は604年、群卿百官に垂示した訓戒である。和を尊び、儒教・仏教思想を取り入れた君臣の道を説いたもの。後者は著書「言志四録」で知られ、幕末に江戸幕府直轄の教学機関「昌平黌」(しょうへいこう)の教授だった佐藤一斎が、出身の岩村藩のために選定した“藩の十七条憲法”である。力士でさえ心得箇条を以て反省するのだから、政治家がこれらを教本にして条々を拳拳服膺し、猛省してもらいたいものだ。

『十七条憲法』抜粋抄

∇<“和を以て貴し”=群卿百官が互いに睦み合って一致協力せば何事も成就する><人は教育すれば理解し従うもの。仏教を教え広めよ><百官自ら詔勅を受けたら実行せよ。上の者が行えば人民は靡(なび)くものだ><「礼義」を基本に置く。群臣に礼があるときは位階乱れず、百姓(庶民)に礼があるときは国家自ずから治まる><百官は自分の私欲を捨て、民の訴訟をキチント裁け><勧善懲悪思想(善を勧め悪を懲らす考え)を薦めよ><適材適所にこれ務めよ><信はこれ義の本なり。群臣信なくば、万の事悉くに敗れなん><群臣・百寮、嫉妬することなかれ。われすでに人を嫉(ねた)むときは人またわれを嫉む、嫉妬の患いその極まりを知らず。このゆゑに他人の智がおのれに勝るときはすなはち悦ばず、才おのれに優れるときはすなはち嫉妬(ねた)む。広く賢人を得ずんば、何を以てか国を治めん。><事は独り断ずるべからず、かならず衆とよく論ずべし。>

『重職心得箇条』抜粋抄

①<重職と申すは、家国の大事を取計べき職にして、此の「重」の字を取失い、軽々しきは悪しく候。大事に油断ありては、其職を得ずと申すべく候。先づ挙動言語より厚重にいたし、威厳を養ふべし。> ②<(人を用いるに際しては)賢才と云ふ程のものは無くても、其藩だけの相応のものは有るべし。人々に択り好みなく、愛憎の私心を去りて用ゆべし。自分寄りのものを取計るは、水へ水をさす類にて、塩梅(あんばい)を調和するに非ず。平生嫌ひな人を能く用ると云ふ事こそ手際なり、此工夫あるべし。> ③<「家法の例格」(マニフェスト)を処するには…其通りにて能き事は其通りにし、時宜に叶はざる事は拘泥すべからず。>④<応機(機に応ずる)と云ふ事あり肝要也。物事何によらず後の機は前に見ゆるもの也、其機の動き方を察して、是に従ふべし。(=事前にものごとの兆はあるもの。それを察してかゝれ)> ⑤<政事は大小軽重の弁を失ふべからず。緩急先後の序を誤るべからず。徐緩にても失し、火急にても過つ也、着眼を高くし、全体を見廻し、両三年四五年乃至十年の内何々と、意中に成算を立て、手順を逐て施行すべし。>

⑥<胸中を豁大寛広(広く寛大)にすべし。僅少の事を大造に心得て、狭迫なる振舞あるべからず。仮令才ありても其用を果さず。人を容るる気象と物を蓄る器量こそ誠に大臣の体と云ふべし。> ⑦<大臣たるもの胸中に定見ありて、見込みたる事を貫き通すべき元より也。然れども又虚懐公平にして人言を採り、沛然と一時に転化すべき事もあり。此虚懐転化なきは我意の弊を免れがたし。よく/\視察あるべし。> ⑧<風儀は上より起るもの也。人を猜疑し、蔭事を発(あば)き、たとへば、誰に表向斯様に申せ共、内心は斯様なりなどなど、掘出す習(ほじくる風習)は甚だ悪し。上に此の風あらば、下は必ず其の習を倣い、人心に癖を持つ。上下とも表裡両般の心ありて治めにくし。> ⑨<物事を隠す風儀甚だ悪し。機事は密なるべけれども、打出して能き事(何も隠す必要のないこと)迄も包み隠す時は、却て衆人に探る心を持たせる様になるもの也。> ⑩<人君の初政は、年に春のある如きものなり。先ず人心を一新して、発揚歓欣の所(元気溌剌・愉快な心)を持たしむべし。刑賞に至りても明白なるべし。財政急迫しているからとて、徒に厳しい締め付けの法令ばかりにては、何もかも立ちゆかぬ事となるべし。こゝを弁えて取扱いありたきものなり。>

付録【役人三則】

▼法学者・末広厳太郎に「役人学三則」(岩波現代文庫)という辛口エッセイがある。役人になったばかりの知人の息子から役人心得を手紙で問われて、その返書をしたゝめたという想定で書かれている。曰く、「便宜上次の3か条にまとめた上、その後に注釈めいたことを書きます」。その役人心得3か条とは……。

【第一条】:およそ役人たらんとする者は、万事につきなるべく広くかつ浅き理解を得ることに務むべく、狭隘なる特殊の事柄に特別の興味をいだきてこれに注意を集中するべからず。(いやしくも出世を希望するかぎり、夢にも専門家になってはいけない)
【第二条】:およそ役人たらんとする者は、法規を盾にとりて形式的理屈をいう技術を習得することを要す。(まず社会があり社会生活があっての法律である、というような考え方は役人にとって禁物である。…ひとの迷惑などを考えてはいけない)
【第三条】:およそ役人たらんとする者は、平素より縄張り根性の涵養に務むることを要す。

…純真な若い役人としての君に、こんな暗い話をするのは実に不愉快である。しかし君もかならずや出世の希望に燃えているのだろう。ことに君の両親は君の出世の一日も早かれと神かけて祈っているに違いない。それを思うと、不愉快ではあるが、やはり以上のことをお耳に入れざるをえない。>…

∇政治思想学者・丸山眞男や後の通産次官・佐橋滋も末広の講義を聞いた。佐橋はこの「役人学三則」の反語的意味を理解して、“異色官僚”として清い役人人生を送った。「仕事のたらい回しをする」「対応が遅く手続きに時間がかかる」「エリート意識が高く他人を見下した態度をとる」「つまらないことで形式や前例にこだわる」、その逆を心得とした、という。(佐高信) <魯国の家老である季康子が政について孔子に尋ねた。子曰く、「君子の徳は風なり、小人の徳は草なり。草、これに風を加うれば、必ず偃(ふ)す(靡く)」>と、「論語」(顔淵篇)にあるように、総ての省庁の高級官僚に人品甚だ優れた人を得ない限り、「役人病」が消滅することはないだろう。