Aちゃんの舌代日記

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信濃の老舗温泉よろづや 後編

2012年07月22日 | 旅行

先日 筥世故で アップした 件の 続き

スノーモンキー お猿が 温泉に入る 世界的に 有名な

地獄谷温泉も 同じ町内で 志賀高原の地域にある。

 

 此のホテル 創業200年(寛政年間)だそうだが

松代藩の 殿様が 母を伴い 1600年代には 訪れた地。

それは 江戸時代の 初期。とんでもない 歴史的な 実力派 湯田中温泉。

藩の 代々の 殿様の ゆ湯治(とうじ)の 温泉だったが

平和が 続いた 江戸時代も下ると 

近郷庶民の 善光寺詣りの歓楽的温泉の 時代もあった。

小林一茶も たびたび 訪れたそうで

さりげなく 書が 飾られていた。 

 

戦後 安土桃山時代の 伽藍(がらん)建築様式の 風呂を建築。 

 

天井は 格天井(ごうてんじょう)で高く

脱衣場の 欄間は 白木(しらき)の彫刻。

洗い場の石は 笠間の 稲田石を 敷きつめた。

露天風呂は 広く 日本庭園の池に 入っているようだった。

灯篭は 巨大で 此の 大きさのは 古河庭園でしか 見なかった。

据え付けの 様子を 写した白黒写真では

巨大な 丸太で 櫓(やぐら)を組み 滑車で 吊上げたようだった。

 大名屋敷だった 古河庭園は 当時の権勢を しのばせるものだったが。

 

昭和26年 建設を 考えたそうで

資金も 需要の予測も 並たいていではなかっただろう。

 

この風呂と 近代的な 風呂は 時間を 区切って 男女交代。

宿泊棟の ビルは 昭和44年に 建てた。

バブル時代に 鬼怒川温泉で 巨大に建てた ホテル程は

宿泊者数は  当然 多くないはず。

アルミでない 鉄の サッシだったが

たびたび リニューアルしていて

新感覚の内装で 二間 続きの 和室。

此のホテルの 泉元(せんげん)は 三つ在り

しかも すべて 地表に 出ているそうで 湯量豊富 掛け流し。



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