今季ここまで(5月27日現在)、32試合に出場して打率.256で本塁打はいまだ無しの山崎武司。仙台での対楽天戦では「力が入り過ぎたな」と語っている。
5月22日。クリネックススタジアム宮城の室内練習場でウォーミングアップを終えた山崎武司は、にこやかな表情を浮かべながらこう言った。
「ワクワクしているかって? どうなんだろう。でもまあ、頑張るから」
この日は、山崎が中日に移籍してから初めてとなる楽天との「凱旋試合」を控えていた。
「久々に『第二の故郷』の仙台に戻ってきて、たくさんのファンに『おかえり』と声をかけてもらえたことで、改めて『帰ってきたんだな』って思いました。この場所でみんなの前でプレーすることは、今年の大きな目標のひとつだったので大いに力は入るだろうし、緊張や興奮といった様々な感情を抱きながら試合に臨むでしょうね。でも一番は、球場に来てくれた方たちに『僕はまだ、元気にやっていますよ』という姿を見せたい」
グラウンドに降り注いだ雨は男・山崎の嬉し涙か。
今年の開幕前、山崎は「Kスタの打席に立ったら感激して泣いちゃうかもしれないね」と照れ笑いを浮かべながら心境を吐露した。
「ずっと応援してくれた東北のファンに恩返しをしたいと思っていたけど、それを放り投げて名古屋に戻ってきちゃったわけでしょ。拾ってくれた中日には感謝しているけど、そこだけは正直、しっくりこないかな」
チームの柱として7年間、慣れ親しんだこの地でプレーする。楽天戦は山崎にとってそれほど思い入れがあるし、グラウンドに立ち、感傷に浸っていたに違いない。
山崎は涙を見せなかった。
この日、大粒の雨によってグラウンドがびしょ濡れになっていたその様子は、まるで、彼の感情を投影しているかのようだった。
楽天の応援席であるレフトスタンドには、「おかえり 山崎武司」のボードが掲げられている。現背番号7番の松井稼頭央がベンチにいないにもかかわらず、数多くの「7」のプレートが嬉しそうに弾んでいる。
仙台のファンは、昨年まで楽天の7番をつけていた山崎を温かく迎え入れてくれたのだ。その光景は、高木守道監督も「やっぱりすごいんだね、仙台での山崎の人気は」と目を丸くするほどだった。
「ボードは見たよ。本当に嬉しかった」と山崎は言葉を弾ませた。この日は2回裏の途中で降雨ノーゲームとなったが、翌日の試合では第1打席に安打を放ちファンを喜ばせた。次の試合も含めその後は無安打に終わり、「もう1本打ちたかったなぁ」と悔しさを滲ませていたものの、山崎はしっかりと前を向き、こう言葉を繋いだ。
「イーグルスファンがまだ自分を覚えてくれて声援を送ってくれたことに幸せを感じた。これからは、自分本来の力をしっかり出せるように頑張っていかないといけませんな」
「『まだ俺のなかの火は消せねぇな』って思ったんだよ」
Kスタでの楽天戦で山崎は「元気な姿を見せる」というファンとの約束を果たした。それと同時に、これまでくすぶり続けていた感情も完全に吹っ切れた。
くすぶり続けていた感情。それは本人の言葉にもあったように、昨年10月9日に楽天から自由契約を勧告されてしまったことで、愛着あるチームに別れを告げざるを得なくなったことだった。
「引退」という文字も脳裏をよぎったが、知人や家族の「辞めないでほしい」という激励、そして山崎本人にも当然、「続けたい」という意思があった。そのような経緯があり、「自分のなかの火を消せなかった」と、コーチの要請を断り現役続行を表明した。
しかし、それが全てではなかった。
「俺は『結果がダメだったら辞める』とずっと言ってきた。確かに去年はダメだった。でも、(右手薬指を)骨折する前は紛れもなく俺が打線を引っ張ってきたって自負があった。だから、次の年は大幅減俸だって覚悟していたし、絶対に結果を出してチームに責任を取りたかった。もちろん、応援し続けてくれたファンに恩返しをしたいとも思っていたの。それが、9月の半月の不調(39打数1安打)だけで『来年は契約をしません』と言われて。球団の総意で『山崎はいらない』となれば仕方がないと感じたかもしれない。でも、一部の人間から『なんで辞めさせるんだ』という雰囲気が伝わってきたんだよね。球団からは『コーチとして残ってほしい』と最大限の敬意を払ってもらったけど、それに関して俺はすごく残念だった! だから『まだ俺のなかの火は消せねぇな』って思ったんだよ」
拾ってくれた古巣中日で「もうひと花咲かせるぞ!」。
捨てる神あれば拾う神あり。その表現を用いれば、山崎の古巣である中日が獲得に手を挙げてくれたことは幸運だった。しかも、球団代表が「山崎武司は別格だ」と、年俸3000万円プラス出来高払いの契約をしてくれたことも、山崎の闘志を増大させた。
「『別格だ』と言ってくれた球団の誠意だよ。これは本当に嬉しかったし温かみを感じた。『俺は中日でもうひと花咲かせるぞ!』って気持ちにさせてくれたもん」
山崎は何より相手の想いを大事にする。自分を本当に必要としてくれるのであれば、最初は控えでも構わない。立場など自分が打って覆してやればいいと、意気に感じながらバットを振り続ける。そういう男なのだ。
春季キャンプでは若手と混じってランニングをこなすなど精力的に練習に参加し、オープン戦では全選手中トップの4本塁打をマークした。開幕戦も4番としてスタメン出場を果たすなど、今シーズンを最高のスタートを切ることができた。
ただ、安打は出るものの本塁打が1本も出ない。その間、4番争いを展開していたブランコが本塁打を量産し、最近の山崎はベンチを温める日のほうが多くなった。
豪快なホームランこそが、ファンへの何よりの恩返し。
とはいえ、そのような状況で交流戦が始まったのは、彼に気運が巡ってきたことを予兆しているようにすら感じられる。
しかも、早い時期にKスタで楽天戦を迎え、気持ちを切り替えることができたのも大きい。交流戦では歴代3位(5月27日現在)の通算42本塁打を記録している山崎だけに、DHの試合があり出場機会が増えるこの期間は、復調の絶好のきっかけとなる。
「まだ山崎らしい当たりはないけど、まあ、ヒットはポツリポツリと出ているから」と、高木監督は山崎の今後を期待するコメントを残している。山崎本人も、徐々に手応えを掴み始めているようだ。
「バットは振れている傾向があるから、そろそろホームランも出そうな感じはする」
山崎の代名詞でもある豪快なアーチ。それを積み重ねていくことこそ、自分を温かく迎え入れてくれた中日、そして今でも声援を送ってくれる楽天ファンへの何よりの恩返しとなる。(Number Web)