群馬県指定史跡 名胡桃城址
ここ名胡桃城は、群雄割拠の戦国時代を勇猛に駆け抜けた真田昌幸が築いた上野国利根郡の山城で、10年ほどの歴史にもかかわらず、ここを舞台とした小さな事件が乱世を終わりに向かわせることとなりました。
この時期の利根沼田地方は上杉氏・武田氏・北条氏による争いが繰り広げられていましたが、天正7年(1579)頃、真田昌幸が吾妻方面から進出し境目城(さかいめのしろ)として名胡桃城を築き、翌年には沼田城を手中に収めました。
天正17年(1589)、豊臣秀吉は北条氏政・氏直親子と真田昌幸による北毛地域の領地争いを裁定しましたが、同年、真田領に残された名胡桃城を北条氏の家臣が攻略してしまいました。それをきっかけに翌年、豊臣秀吉は小田原城北条氏を滅ぼし、事実上、天下統一を果たしたのです。その後、名胡桃城は廃城になりました。
発掘調査
西側の広い般若郭は駐車場になっています。
名胡桃城址全景空撮
名胡桃城址
名胡桃城址案内所で御城印を買いました。
案内所でたくさんパンフレットをもらいました。
帰ります。行きで気がつかなかった石仏群
徒渉橋から名胡桃城址を振り返ります。
飲みながら帰ろう
後閑駅
高崎駅で補給
名胡桃城址 完
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