茨城県立陶芸美術館で開催されている富本憲吉展に行ってきました。
富本憲吉は色絵磁器で第1回の人間国宝となった陶芸家で、生誕120年を記念しての展覧会だそうです。
「模様から模様をつくる可からず」という信念でオリジナルの模様を追求した富本氏の足跡を紹介する内容で、楽しく拝見しました。
独特の羊歯模様が完成されるに至る経緯が凄かったです。羊歯の葉を丁寧に丁寧になぞっていって、どんどん昇華していく。一枚の葉でしかない羊歯を、独自の模様に展開していくのが、詳しく紹介されていました。
磁器よりも陶器、色絵よりも焼き締めの方が好みの私には、作品そのものへの興味はそんなに持てなかったんですが、模様というどこにでも転がっている普遍のデザインについて、少し考えさせられました。
小学3年生の頃の図工の時間のことでした。
その頃まだ優等生というククリの中にいた私にとって、図工の時間に描く絵は、適当に描いて提出すれば金紙を貼られて教室に貼り出されることが当たり前のものでした(大昔のお話です…)。
その授業のテーマは「模様を作ろう」というもので、私は葉っぱを重ね合わせて同系色の色を塗るというどこにでもある一般的な模様を描きました。それはいつものように教室に貼られることになるのですが、そのときに、ある児童の絵を先生は紹介してくれました。
どちらかと言えば勉強が得意じゃない子の絵で、桜の花と紅葉した葉が黄緑を背景に描かれたものでしたが、高慢ちきだった子供の私にはなんだかひどく衝撃的でした。
絵が上手なわけでもない友達の描いたとてもきれいな色彩の絵は、私の想像の中にはまったく無いものでした。こんな絵を描くことは私には絶対にできない、と小学3年生の私はなぜか急激に悟り、その後の図工の時間は苦痛で教室に絵が貼り出されることもだんだん少なくなりました。
小学生だった私と人間国宝である富本憲吉とを並べるのが間違っているけど、なんとなくそんなことを思い出しました。
模様と一言で言うけど、こんなにもたくさんのデザインが氾濫する中で、オリジナルを作るという作業はとても繊細でかつダイナミックな才能が無ければ作り出せないんだろうなぁ、と芸術とは無関係のポジションで暮らす私は、そんな世界に足を踏み入れなくて良かった、と思う反面、その世界を突き抜けた先にあるほんの一部の人だけが手に入れることのできる幸福に触れてみたいような気持ちもありました。
展覧会では、生前の富本氏の仕事の風景を取ったビデオを流していて、真っ白いだけの磁器に躊躇いも無くスーッと筆で線を入れていく様子を映していました。突き抜けた人の持つものはとても静かに世界に幸せを残していくんだ、と興味深く拝見しました。
左手には常に煙草があって、日に10杯も飲むほどのお茶好き、犬をこよなく愛した芸術家の日常は、その作品のようにとても穏やかに止むことなく繰り返されたようです。
陶芸美術館での展覧会は12月3日(日)まで。
富本憲吉は色絵磁器で第1回の人間国宝となった陶芸家で、生誕120年を記念しての展覧会だそうです。
「模様から模様をつくる可からず」という信念でオリジナルの模様を追求した富本氏の足跡を紹介する内容で、楽しく拝見しました。
独特の羊歯模様が完成されるに至る経緯が凄かったです。羊歯の葉を丁寧に丁寧になぞっていって、どんどん昇華していく。一枚の葉でしかない羊歯を、独自の模様に展開していくのが、詳しく紹介されていました。
磁器よりも陶器、色絵よりも焼き締めの方が好みの私には、作品そのものへの興味はそんなに持てなかったんですが、模様というどこにでも転がっている普遍のデザインについて、少し考えさせられました。
小学3年生の頃の図工の時間のことでした。
その頃まだ優等生というククリの中にいた私にとって、図工の時間に描く絵は、適当に描いて提出すれば金紙を貼られて教室に貼り出されることが当たり前のものでした(大昔のお話です…)。
その授業のテーマは「模様を作ろう」というもので、私は葉っぱを重ね合わせて同系色の色を塗るというどこにでもある一般的な模様を描きました。それはいつものように教室に貼られることになるのですが、そのときに、ある児童の絵を先生は紹介してくれました。
どちらかと言えば勉強が得意じゃない子の絵で、桜の花と紅葉した葉が黄緑を背景に描かれたものでしたが、高慢ちきだった子供の私にはなんだかひどく衝撃的でした。
絵が上手なわけでもない友達の描いたとてもきれいな色彩の絵は、私の想像の中にはまったく無いものでした。こんな絵を描くことは私には絶対にできない、と小学3年生の私はなぜか急激に悟り、その後の図工の時間は苦痛で教室に絵が貼り出されることもだんだん少なくなりました。
小学生だった私と人間国宝である富本憲吉とを並べるのが間違っているけど、なんとなくそんなことを思い出しました。
模様と一言で言うけど、こんなにもたくさんのデザインが氾濫する中で、オリジナルを作るという作業はとても繊細でかつダイナミックな才能が無ければ作り出せないんだろうなぁ、と芸術とは無関係のポジションで暮らす私は、そんな世界に足を踏み入れなくて良かった、と思う反面、その世界を突き抜けた先にあるほんの一部の人だけが手に入れることのできる幸福に触れてみたいような気持ちもありました。
展覧会では、生前の富本氏の仕事の風景を取ったビデオを流していて、真っ白いだけの磁器に躊躇いも無くスーッと筆で線を入れていく様子を映していました。突き抜けた人の持つものはとても静かに世界に幸せを残していくんだ、と興味深く拝見しました。
左手には常に煙草があって、日に10杯も飲むほどのお茶好き、犬をこよなく愛した芸術家の日常は、その作品のようにとても穏やかに止むことなく繰り返されたようです。
陶芸美術館での展覧会は12月3日(日)まで。
このときの体験は、わがままな子供から脱却できることとなった原因のひとつだったと思ってます。何も気付かずに生きてきたとしたら、恥ずかしい大人になってたような気がします(気付かないから、当人は幸せかもしれませんね)。
今では、すっかり引っ込み思案な(そうでもないか…)大人になっていますが、きっと私にはこっちの方が合ってるのかな、とまた消極的なことを思いました
でも、こういうことを思わない性格だったら、いい意味で、もっと大胆で自信過剰な道を歩んだかな?と今、ふと思いました(私はね、ということです)。勿論自身が歩んできた道も含めて今現在もいとおしいですが(笑)
人間の才能って、不思議で偉大でおもしろいですね。
富本憲吉さんはイギリスに渡ってステンドグラスを学んだり、バーナード・リーチと交友を持ったりして意識的に陶芸の世界に入っていった方なんだと思いますが、その中で才能を開花させることの凄さっていうのは、途方も無いことなんだろうなぁと凡人は思いました。
クラスに乱暴で粗野な男の子がいて、私はその子のことがあまり好きではなかったの。でも、その子の作品は(それはおじさんが考え事をしていたもの)今にもおじさんが足を組替えそうな、こどもの私が見ても「いい味出してるなあ」というものでした。
そして、到底私にはこういった粘土は作れないなあと思いました。http://blog.livedoor.jp/esatie/
絵でも作文でも、ひょっひょっと描いたり書いたりすればそれなりに金紙だったけど(今でも夫は、私の描いたイラストに「なんてうまいんだあ」なんて感嘆しているけれど(笑)、この時、自分の創るものは、型を外せない、ということを知ったんです。
美術展とか行くと、その時のことが今でもふっと思い出されます。
その男の子は、私が、その子の作品に小さい衝撃を受けたことは知らないでしょうね、そして、陶芸家になったわけでもありませんけどね。
富本憲吉さん、覚えておきますね。いつか作品お目にかかれたら嬉しいです。