< 1. クロアチアからスロベニアに向かう国境検問所 >
旅行中に難民問題を実感することになりました。
エピソードを紹介します。
次回は、そこから浮かび上がるバルカン半島とスロベニアの宿命について語ります。
< 2. 前述の国境検問所の様子、8月30日(日)13:00頃 >
検問所で足止め
上記の写真は、ザグレブ空港に降り立ってから始めて経験することになった国境検問所の様子です。
今回の旅行で、私たちは4ヵ国の国境を9回越えることになったが、検問所で長ければ1時間ほど足止めにあった。
今までのEU加盟国の検問所とは厳しさが大きく異なっている。
旧ユーゴスラビア諸国の検問所はもともと他国民(異民族)の行き来に目を尖らせていたようですが、突如、難民問題が大きく影響した。
ホテルのテレビは連日、大量に押し寄せるシリア難民を大きく取り上げていた。
この検問所にはすし詰めの大型バスや車がたくさん順番待ちをしていた。
写真は休暇を終え出稼ぎ先のヨーロッパに戻るマケドニア人一行です。
旧ユーゴスラビア諸国は南に行くほど所得が低く、出稼ぎ多くなる。
< 3. シリア難民 >
上図: シリア難民の移動ルート。
シリア北部からこのスロベニア国境まで海を渡り陸路を行くとしたら、最短距離でも約3000~3500kmある。
徒歩なら100日間以上はかかるだろう。
下の写真: スロベニア国境に近いクロアチアで止められている難民。
By The New York Times at Sept. 20, 2015.
私は難民がギリシャやイタリアの海岸に流れ着くことは知っていたが、数日で数万人が徒歩で押し寄せているとは予想もしなかった。
飛行ルートと難民のルート
< 4. カタール航空と難民のルート >
赤線が、今回のドーハからザグレブのおおよその航路です。
かつてはシリア上空を飛んでいたが、今は遠回りしている。
黒の破線は、私が想像する難民のおおよそのルートです。
彼らは死ぬことも覚悟で、何もかも棄ててヨーロッパへの移住を願い延々と歩き続けて来た。
私の飛行ルート上空から撮った写真で、彼らがどのような所を歩いて来たかを知ることが出来ます。
< 5. イランかイラクの上空より >
乾燥した大地と山脈が連なり、畑が谷間を埋めている。
写真の番号は撮影順です。
< 6. トルコ上空より >
4: トルコ最大のヴァン湖の横に聳える標高4000mの山。
麓には畑が広がっている。
トルコの中央高原は非常に乾燥している。
5: 上方に黒海が見える。
この辺りまで来るとトルコの大地は一面雲に覆われ、緑が濃くなる。
< 7. ブルガリア、セルビア、クロアチア上空より >
6: 右側に黒海が見える。ここはブルガリアだろう。
7: おそらくセビリア上空だろう。
緑豊かだが、無数の連山で埋め尽くされている。
8: ここはクロアチアです。
飛行機の高度が落ちて、ザグレブまで100kmぐらいだろう。
緑豊かな平野が広がっている。
思うこと
彼らの移動は想像を絶するものだろう。
乾燥地帯を抜け、言葉は通じず、トルコとセルビアを除き宗教も異なる所を通らなければならない。
しかし、ヨーロッパ、特にドイツと北欧は難民に大きく門戸を開き、12万人を越える受け入れをヨーロッパ全体で行う。
米国も受け入れを決めた。
実に素晴らしいことです、右派勢力が移民反対で人気を得ている昨今なのに。
そこには各国が背負う重い歴史認識がある。
実は、この難民の移動ルートにバルカン半島の宿命が秘められている。
次回、そのことを紹介します。
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