社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

泉弘志「剰余価値率の推計方法と現代日本の剰余価値率」『大阪経大論集』109/110号, 1976年

2016-10-10 11:06:10 | 8.産業連関分析とその応用
泉弘志「剰余価値率の推計方法と現代日本の剰余価値率」『大阪経大論集』(大阪経大学会)109/110号, 1976年(『剰余価値率の実証研究』法律文化社, 1992年)

 剰余価値率計算の泉方式の解説である。資本による労働者の搾取率である剰余価値率は, 剰余価値と労働力価値の比率であり, あるいは剰余労働と必要労働の比率である。この剰余価値率を推計するために, 筆者が行った計算は, 一方で労働力の価値を, 平均年間賃金(T)×平均労働者家計消費構成比(K)×各商品の単位価値額当りの労働量(W)でもとめ, 他方で剰余価値の大きさを, 労働者の平均年間労働時間(Z)から上記の労働力価値の大きさを控除してもとめ, 剰余価値率の推計式である「剰余価値(不払い労働)÷労働力価値(支払労働)」にそれぞれの値を代入して計算するというものである。

 実際の計算で「産業部門別財貨100万円当りに投下されている労働量(全価値)の推計」をするために, 「産業部門別財貨100万円を生産するのに必要な労働量(新価値)の推計」「産業部門別財貨100万円を生産するのに直接間接に必要な労働量(全価値)の推計」をもとめる。筆者はここで, 価値を形成する労働の範囲を物的財貨生産分野に限定している。使用する統計は, 産業連関表が主で, 他に国勢調査「労働力調査」などから, 推計に必要な数値が使われる。

次いで, 「労働力価値の推計」のために, 「平均年間賃金とその各財貨・サービスへの支出額」「労働者の購入する物的財貨の価値」「『労働者が享受するサービス』を供給するところの必要な物的財貨の価値」を, やはり産業連関表, 労働力調査などを使って計算する。

 以上, 剰余価値率計算に必要な推計値がそろったところで, 剰余価値率の値を, 「剰余価値/労働力価値」として計算する。全体はコンピュータを使った膨大な計算になる。
剰余価値率をもとめる試みは, 山岸一夫, 広田純, 戸田慎太郎などによって行われたが, その計算方法は, 「(利益+費用化された利潤)/賃金」, 「(付加価値-賃金)/賃金」といった算式が使われた。しかし, この計算では, 剰余価値の大きさに自営業部門などからの収奪部分が入る。また利潤と賃金との関係は, 剰余価値と労働力価値との関係とイコールではない。前者はいわば価格レベルの概念であり, 後者は価値レベルのそれである。筆者によれば, 剰余価値率の計算では価値レベルで行う方法のほうが概念の内容にそくしているので(物的財貨生産部門の直接的生産過程からの搾取), 妥当な手法であるという。

 筆者は, 自身の方法で計算した剰余価値率を, 1951-59年までの8年間, また1960-85年までの25年間で示し, この間, その値が一貫して上昇していることを指摘している。すなわち, 前者では43%から113%へ, 後者では111%から243%へというように。また, 従来の価格レベルの統計を使った戸田推計と, 自身の価値レベルの推計とを比較している。それによると, 泉推計では戸田推計よりも剰余価値率は低い。それは当然で, 泉推計には, 自営業部分からの収奪が入ってこないからである。もう一点, 泉推計による剰余価値率は一貫したかなり急速な上昇がみられるが, 戸田推計にはそのような明瞭な長期的傾向がみられない。この理由を筆者は, 従来方式では農民からの収奪の減少と労働者からの収奪の増大が相殺しあうから, とみている。

関連して, 筆者は1960-85年の自営業者の収奪の構造も分析している。そこでは, 農林自営業者, 農林自営業者に雇われている労働者, 非農林自営業者, 非農林自営業者に雇われている労働者がどれだけ搾取されているか, その構造が推計結果とともに示されている。
以上が剰余価値率計算の泉方式であるが, その内容を仔細に検討すると投下労働量計算であることがわかる。


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