社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

櫻井絹江「賃金の性別格差統計の国際比較」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

2016-10-26 11:34:28 | 6-1 ジェンダー統計
櫻井絹江「賃金の性別格差統計の国際比較」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

本稿は賃金の男女格差の国際比較を行うとともに,日本の女性の賃金を国際的に位置づけることを目的としている。構成は次のとおり。「1.実収賃金の性別格差に関する国際比較統計の問題点」「2.女性賃金比較の国際統計資料と文献紹介,(1)国際機関における女性賃金の国際比較統計資料[①ILO,②EU],(2)国際機関における女性賃金の国際比較文献資料,(3)女性賃金の国際比較統計-日本語文献と日本における研究-[①労働省関係出版文献,②その他の文献]」「3.女性の賃金に関する国際比較表,(1)実収賃金の男女格差比較の前提,(2)EUを中心とした製造業肉体労働者賃金の男女格差比較,(3)EUを中心とした卸売・小売業労働者賃金の男女格差比較,(4)パートタイム労働者の賃金各国比較,(5)電器部品組立工(女性)賃金の各国比較,(6) 製造業肉体労働者の賃金の男女格差推移比較」「4.賃金の男女格差国際比較にみる日本の女性賃金の世界的順位と特徴」。

 本稿で扱われる賃金概念は,実収賃金である。問題点が6点,挙げられている。第1に賃金に含まれる項目とその範囲で,ここでは直接賃金・俸給とボーナスが対象とされる。第2に労働時間に関する問題である。男性は女性に比し時間外労働時間が多いので,1か月あたり賃金の比較では労働時間の差が考慮されなければならない。労働時間としては実労働時間がとりあげられる(支払い労働時間ではない)。第3に対象労働者の問題である。フルタイム労働者かパートタイム労働者の相違,職制の違いが考慮されなければならない。第4に産業分野の問題である。産業別男女の別の統計資料が国際的に十分に整備されていないなかで,どの産業で賃金の男女格差を比較するかが問われる。第5に対象となる企業規模の問題がある。各国の統計は一様でなく,比較は容易でない。第6に賃金の男女格差の国際比較には世界の各地域,第三世界の各国を網羅する必要があるが,本稿ではEU諸国・北欧からスウェーデン,オセアニア地域からオーストラリア,NIES諸国から韓国を取りあげている。

 利用可能な資料が紹介されている。以下,順に掲げる(一部省略)。それぞれについて,評価と問題点が付されているので参考になる。
【統計】
ILO『国際労働統計年鑑』(Year Book of Labour Statistics)/ILO『職業別賃金と労働時間と食品価格-10月調査』(Statisics on Occupational Wages and Hours of Work and on Food Prices – October Inquiry Results)/EU『賃金-産業とサービス』/EU『賃金構造調査』(Structure and Earnings in Industry)1972年,75年/OECD『経済統計』(Main Economic Industries)/国連『世界統計年鑑』(Statistical Yearbook)/国連『世界の女性1970~90,その実態と統計』(The World’s Women 1970-1990 Trends and Statisitics) /国連『開発における女性の役割についての世界調査』(1986年・1989年)(World Survey on the Role of Women in Development)

【文献】(上記と重複しているものは省略)
ILO『世界労働報告』第2巻(1986年),第5巻(1992年)(World Labour Report) /欧州委員会『ヨーロッパの女性』(Women of Europe-supplements)「労働市場における女性の地位-EC12ヶ国の傾向と発展 1983-1990」第5章 /EC統計局『ECの女性』(1992年)(Women in the European Community)第11章/OECD『雇用見通し』(Employment Outlook) (1988年)第5章「婦人,労働,雇用と賃金,最近の発展の観察」

【日本の関連統計・文献】
労働省大臣官房政策調査部『賃金統計総覧』93年度版/労働大臣官房国際労働課『海外労働白書』/労働省婦人局『働く女性の実情』/ILO『国際労働統計年鑑』/労働省『昭和54年版労働白書』/日本生産性本部(1993年版)『活用労働統計』/藤本武『国際比較-日本の労働条件』1984年/海野恵美子「女子賃金・雇用の日欧比較」『家政経済学論叢』第20号,1984年/小池和男「女子労働の国際比較」『日本の熟練』有斐閣選書,1981年    
 筆者は統計資料、文献をひととおり紹介した後、種々の制約がある条件のもとでではあるが、実収賃金の男女格差の国際比較を行っている。対象分野は産業の一典型として製造業肉体労働者、サービス業のそれとして卸売・小売業である。前者では女性雇用者の比率は少ないが、賃金の国際比較で伝統的に対象とされたきた分野であり、比較的正確な統計がそろう。後者では、女性が従事するサービス業のなかで構成比の高い分野である。問題はパートタイム労働者の取り扱いである。男性労働者のなかでパートタイム労働者が占めるきわめて低いので無視できるが、女性労働者ではそうはいかない。そこで、後者では必要な調整が行われている(その手続きはここでは省略する。102ページ参照)。

その結果、製造業肉体労働者の性別格差は比較15カ国中、日本は最低である(1990年)。女性労働者の賃金(1時間当たり)は、男性の半分にも満たない(男性を100として49.8)。因みに格差が小さいのは、スウェーデン(89.8)、デンマーク(84.5)、オーストラリア(81.6)である。
卸売・小売業労働者では、オーストラリアの性別格差が小さい(83.4)。以下、ポルトガル(75.0)、スウェーデン(74.5)、ドイツ(66.4)、フランス(64.4)、スペイン(64.1)と続く。日本は42.8で比較12ヶ国のなかで最下位である(1990年)。

 パートタイム労働者の賃金の国際比較では、比較にたえる統計の入手が日本、イギリス、オーストラリアの3ヶ国に限定された、という。ただし、この3カ国間でもパートタイマーの定義が一様でなく比較が困難としながらも、パートタイム労働者の賃金のフルタイム労働者の賃金に対する比率は、オーストラリアで98.1%、イギリスで74.3%、日本で60.2%である(1992年)。

 筆者はこの後、統計の制約を了解しながら、電気部品組立工(女性)の賃金の各国比較(1990年ないし91年)、製造業肉体労働者の賃金格差推移の国際比較を示し、最後に実質実収入賃金の水準を計算し、日本を100とした差異指数で比較21各国中15位であることを確認している。くわえて、実質実収入賃金指数(A)と男女格差指数(B)を組み合わせ4タイプ[(A)上位×(B)上位:ドイツ、ベルギー、デンマーク、オランダ][ (A)中位以上×(B)中位以上:フランス、イギリス、アイルランド][ (A)中位下位×(B)中位下位:スペイン、日本][ (A)(B)いずれかが上位×一方が下位:スウェーデン、ルクセンブルク]に分類した独自の考察を行っている。

 日本の賃金の男女格差の特徴は、筆者の示すところ、次のようである。(1)ヨーロッパ諸国が男女格差を縮小した60年代、70年代に、日本の異常に大きい男女格差は是正されていない。(2)先進資本主義諸国では、日本の賃金の男女格差は最大であり、他の諸国と比べて格差の程度がはなはだしい。(3)実質実収入賃金(男女計)の水準は低いうえに、男女格差が大きいので、女性の賃金水準は低い。(4)パートタイム労働者の賃金は国際的にみて、異常な低さである。(5)開発途上国と日本の女性の賃金水準を比較すると、東南アジアの開発途上国では日本の女性賃金の約10-50%である。

松井安子「アメリカ合衆国における女性と統計-センサス局の動向を中心として-」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年【その1】

2016-10-25 17:41:45 | 6-1 ジェンダー統計
松井安子「アメリカ合衆国における女性と統計-センサス局の動向を中心として-」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年【その1】

 筆者は本稿の目的を「1970年代の女性を取り巻く状況の画期的な変化と,それに対応した労働統計局のCPS(Current Population Survey)の改善,センサス局による『女性に関する連邦統計の必要性について』の会議において指摘された問題点とにふれ,センサス局が開発した『所得ならびに連邦政府による社会福祉に関する調査』(SIPP:Survey of Income and Program Participation)に言及することである」としている。

構成は以下のとおり。「1.アメリカにおける女性の役割の変化」「2.センサス局主催会議『女性に関する連邦統計の必要性について』」「3.所得ならびに連邦政府による社会福祉政府に関する調査(SIPP)」。

アメリカでは1970年代半ばから女性に関する統計の分野で,顕著な動きがみられた。1977年の第一回全国女性会議の開催,1978年4月の「女性に関する連邦統計の必要性について」に関する会議の開催,1983年10月からの「所得ならびに連邦政府による社会福祉政府に関する調査(SIPP)」の開始,労働統計局が年に一度,実施していた人口動態調査(CPS:Current Population Survey)の月ごとの実施,労働省出版物での「世帯主」概念の廃止と「照会人(reference person)」概念の採用(1977年)などである。

強調されているのは,これらの背景に,1970年代からの女性の労働市場への大規模な参入であったことである(1971年から78年末までに年間平均100万人以上の女性の参入,1979年の半ばまでに約4300万人の女性が労働力として社会に進出)。その主役を担ったのは,35歳以下の女性である。25歳から34歳の既婚女性労働者は,1978年に全女性労働者の62%を占めるにいたったが,彼女たちの賃金は男性のおよそ60%どまりであった。1979年には全女性労働者の4人に3人がフルタイムの仕事をもっていたものの,その従事先は伝統的に女性の仕事とみなされた事務労働(速記者,タイピスト,秘書)とサービス関係であった。

 このような事態は,当然にも,従来の家族形態に変化をもたらした。初めての子どもを産む時期を遅らせる若い夫婦が増加し,また子どもを全くもたないと決める夫婦が増加した。離婚率も1960年代半ばから70年代末まで増え続けた。

 上記の第一回全国女性会議の開催は,70年代以降の女性の大量の労働市場の進出がなぜ生じたのかを論議するために計画されたものである。翌年に開かれた「女性に関する連邦統計の必要性について」に関する会議では,1970年代の上記の変化を従来の統計指標でとらえきれないとして,女性に関する統計概念および連邦政府の統計政策を変えなければならないと,商務省長官のジャニタ・M・クレブスは挨拶で述べた。
この会議では,全米の統計に関する政策担当者と研究者が一堂に会し,女性が大量に労働市場に参加したことによる家族概念の見直しの必要性が論議され,不足していた統計が指摘され,新たな統計を加えてアメリカの女性そして社会に何が起こっているかが分析されなければならないことが確認された。会議ではまた,8分科会(所得,職業,性差別,世帯構造,教育,健康,行政への参加,公共政策)で,統計からみた女性の現状,データの不足と新たなデータの必要性について議論され,要求がまとめられた。

 この会議で提出された要求に対してセンサス局はいくつかの対応を示した。筆者はそのなかの「所得ならびに連邦政府による社会福祉に関する調査(SIPP)」を紹介している。SIPPの目的はアメリカの個人と世帯における収入状況と社会福祉受益者についての正確な情報を政策立案者に提供することである。調査における標本数は12500~23500の範囲で選ばれる。調査時の各世帯における15歳以上の人間が聞き取り調査の対象である。調査方法は同じ世帯に対して4カ月ごとに合計8回のインタビューを行う,32カ月に及ぶパネル調査である。質問は2つのセクションからなり,第一セクションは収入源とその額,何らかの福祉を受けているかを問う個人の結婚歴が内容で,第二セクションは子どもの養育費,健康状態,医療保険の使用状況,住居費そして児童手当についてであった。

 SIPPはアメリカの複雑な家族の実状を把握できるようになっている。具体的には,(1)家屋保持者の実の子どもあるいは養子を区別することにより,離婚,再婚の増加そして婚姻外による庶子の増加状況を明らかにするこができるようになり,(2)「結婚していないパートナー」の欄を加えることでカップルのお互いの相手が同性か異性かを知ることができるようになり,(3)里子という項目を設けて,従来,正確に把握できていなかったこうした事情の子どもの状態を掴めるようになった,という。

しかし,センサス局はSIPPが家族関係のデータを提供するろいう理由で,1990年以降,センサスの調査項目から結婚歴に関わる項目を削除した。筆者はこれが大きなデータの損失であると述べている。

中野恭子「インストローと女性に関する統計」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

2016-10-24 21:46:26 | 6-1 ジェンダー統計
中野恭子「インストローと女性に関する統計」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

INSTRAW(インストロー:国際連合国際女性調査訓練所[United Nation International Research and Training Institute for the Advancement of Women])は,「国際女性の10年」の発端となった1975年世界女性会議(メキシコ)の要請で設立された国連機関である。その中心的活動は,開発途上国の女性の役割を積極的に取り入れ,途上国の女性の経済活動を評価し,自立のためのプログラムの研究および訓練活動を推進することである。関連して統計研究にとくに重きをおいている。INSTRAWの設立経緯,活動内容などに関する論稿は意外と少ない。それゆえに,INSTRAWの存在は,日本では今でもあまり知られていない。本稿はそのINSTRAWについて,組織の概略と女性統計に関する活動を紹介したものである。

 主題の性質上,以下の要約は本稿によって得たINSTRAWの紹介である。ただし,その内容は,当然ながら,この論稿執筆当時在のものである。

INSTRAWの本拠地はドミニカ共和国(サント・ドミンゴ)にある。その設置は1981年3月31日の国連とドミニカ共和国との間の調印を経て,8月18日のドミニカ共和国の国会で承認された。活動そのものは,1981年1月からニューヨークの国連本部でスタートしていた。

 INSTRAWの規約は第38回国連総会での決議の要請に基づいて事務局長が草案を作成し,INSTRAW評議会がこれを検討,修正のうえ経済社会理事会に報告,これを受けて経済社会理事会が総会に文書を提出し,第39回総会で承認された。INSTRAWは女性の地位向上をめざす国連の組織のひとつであるが,他の関連組織である(1)女性の地位委員会,(2)女性差別撤廃委員会,(3)国連女性開発基金,(4)女性の地位向上部,と共同して女性差別撤廃条約の基準の実現を目指している。INSTRAWは,とくに研究開発部門を担う。
筆者はINSTRAWの組織的概要を(1)設立の経緯と目的(①INSTRAWの設立まで(メキシコ会議の決議,国連の動き,活動開始),②設立の目的,(2)組織の概要(①評議会,②所長とスタッフ,③その他,④財政)で詳しく説明しているが,要約者であるわたしの関心は「INSTRAW の活動」である。

 その活動は,主として調査と訓練である。調査は女性の状況と活動をより正確かつ包括的に記述し,定義すること,訓練はそのために有効な方法を開発することである。1987年の国連第42回総会ではINSTRAWに対し,開発の経済社会問題に注目した研究,訓練,情報収集活動の継続・強化とともに,ナイロビ戦略にそった実践的方法論の開拓,諸機関とくに地域委員会との連携が要求された。また第44回総会では,インフォーマルセクターの女性への言及,開発途上国内での訓練機能の強化を含む決議がなされた。この勧告の後に,1990-91年の活動計画では,研究および訓練のプログラムに関連して6つのサブプログラムが設定された。それらは,①女性と開発への包括的アプローチ,②女性の統計,指標,データ,③政策決定,④分野別活動,⑤女性と開発における訓練ならびに訓練資料の作成,⑥ネットワーク形成,である。

 INSTRAWでは統計活動が重視されている。筆者は1980-90年の10年間のINSTRAWニュースによりながら,その統計活動をまとめている。
 [1980-85年]女性に関するデータと指標の利用可能性を向上させ,利用を促進するための概念と手法が開発された。具体的には,経済活動,とくにインフォーマルセクターでのそれの再定義,既存の概念的枠組み,分類,定義の見直し,女性の状況についての統計ならびに指標をより良く編集し,分析すること,国別・地域別・国際レベルでの女性の状況について,統計の作成者および利用者のための技術的ガイドとなる報告書(「女性の状況に関する社会的指標の編集」「女性の状況に関する統計と指標の概念と方法の改善」)の作成,『経済活動における女性:世界的統計調査(1950-2000)』の出版(ILOとの共同)である。
 [1985-90年]この時期にはインフォーマルセクターに関する研究と活動,SNA関連の研究(生産境界の拡大,国際標準職業分類[ISOC],国際標準産業分類[ISIC]の変更に関する指摘),家事労働に関連する研究,データベースの整備が精力的に進められた。その他,INSTRAWニュースの定期的発行,『世界経済における女性』『世界の女性1970-1990,その実態と統計』の発刊が特筆される。

 筆者は最後に,INSTRAWの活動の成果と問題点を2点ずつ指摘している。成果としては,(1)INSTRAWが国連のシステムのなかで他の組織と連携し,独自の活動を進めてきたこと,とくに女性の経済活動を統計や指標で示す努力を行い,SNAやISOCの改訂を含む統計の改善に寄与したこと,(2) INSTRAWが研究と実践の両面で女性をエンパワーしてきたこと,が挙げられている。問題点としては,(1)女性の地位向上をめざすNGOなどの民間組織との連携が明確でないこと,(2) INSTRAWの統計研究が各国,地域に固有の文化および歴史に理解が届いていないきらいがあること,が指摘されている。今後の課題である。

藤原新「ケインズ『一般理論』の方法-『蓋然性論』における蓋然的推論の論理-」『統計学』第64号,1993年3月

2016-10-18 17:04:11 | 12-3.社会科学方法論(確率基礎論)
藤原新「ケインズ『一般理論』の方法-『蓋然性論』における蓋然的推論の論理-」『統計学』第64号,1993年3月

 ケインズには『蓋然性論(Treatise on Probability)』(1921年)という著作がある。この著作でケインズは,論理学の一部として蓋然性を体系化し,決定的な関係をもたない命題間に論理的関係が存在することを示し,蓋然的推論の論理学の確立を試みた。蓋然的推論は人々の「意識的行動」にも,「科学」にも不可欠であり,ケインズ経済学においては経済主体の行動にも,『一般理論』(1936年)の基礎にもなっている。筆者は本稿で,経済主体が意識決定という意識的行動の基礎におく「期待」と,ケインズ自身による経済過程の理論化の認識方法を検討している。それは『蓋然性論』で展開された蓋然的推論の論理が『一般理論』で果たしている役割を示すことであり,『一般理論』の方法的特質を解明することである。

筆者はまず,『蓋然性論』における蓋然的推論の論理を要約している。命題間の関係を表すケインズの蓋然性概念は,対象を認識する人間の意識のうちに存在する。蓋然性の論理学は,行動にかかわる命題間の合理的選択の基礎である。ケインズが『蓋然性論』で扱う対象は,論証によって獲得されながら論理的必然性をもたない命題である。この場合の論証は,手持ちの知識を前提にある結論命題を推測する行為であり,蓋然性とはその結論命題が真であることに対する主体の確信の度合である。蓋然的推論は,その論証を指す。ケインズは,ここに示される関係を蓋然性関係と呼んだ。

結論命題は証拠命題と相対的である。蓋然的推論を論じる際には,証拠命題の検討が不可欠である。ケインズのいわゆる「合理的確信」は,蓋然的推論を行う場合に必要な,厳密な論拠から導かれた確信である。結論命題と関連をもつ証拠命題が存在するかどうかは,その推論が合理的かどうかを規定する要である。証拠命題は,蓋然性関係において決定的な重要性をもつ。

 筆者は以上の点を確認し,ケインズが強調した次の2点に注意を喚起している。一つは,証拠命題の数によって,「論証の重み」が決定される。もう一つは,ケインズが蓋然性の主観的性格と述べたもので,同じ状況にあっても推論を行う主体が異なれば所持している知識も異なるので,推論の過程がひとしく客観的で論理的であっても,証拠命題の相違によって蓋然性や重みは異なり,したがって選択の仕方も異なるということである。また,証拠命題が蓋然的推論の結論命題として導かれたものである場合,この推論過程は二段階で構成されるが,その証拠命題がどれだけの証拠によって基礎づけられているかという「証拠命題としての重み」の問題は蓋然的推論の論理を『一般理論』に適用する際に,とりわけ重要になる。

ケインズによれば,現実は将来への不確実性に支配されている。不確実な状態とは,将来に関わる命題の蓋然性が小さい状態ではなく,論証の重みが十分でない状態を指す。蓋然性が主体の確信の度合いを表すのに対し,論証の重みはその論証に対する主体の自信の度合いである。不確実な状態にある人々が合理的な推論を行うとすれば,何らかの仮定をおいて手持ちの確信的・蓋然的な知識を証拠命題としなければならない。しかし,人々が証拠命題を入手する目的のために変化を期待する特別の理由がないとき,彼らは慣行にしたがう。慣行は経済主体の手もちの知識の一部をなし,彼らの目的や知識の相違に対応して多様である。筆者は経済過程に偏在するこの多様性を,企業者と金利生活者とについて具体的に考察し,『一般理論』では慣行に依存するこれら二者によって投資需要が決定される(資本の限界効率あるいは利子率をとおして)ことになると解説している。

 ところで,慣行は本来,証拠命題となるべき将来の出来事を,ある自信をもって推論できないことによる証拠命題の不在を避ける理由で用いられる。そして,これは「変化を期待する特別の理由がないかぎり,現在の事態が無限に存続する」という仮定にもとずいて理論に導入され,不確実性に起因するものであった。したがって「変化を期待する特別の理由」が生じたときには,慣行に従わなければならない理由が失われ,慣行はもはや証拠命題とならない。推論は新たな命題を証拠命題とし,それにもとずいて再度,形成され,その時点で不連続な変化をきたす。

 以上のように,経済主体の期待形成を『一般理論』のおける蓋然的推論の論理にもとづいて検討すると,『一般理論』における期待とは,多様で不連続に変化し,さらに相互依存関係にある人間が行う合理的であるが蓋然的である推論に他ならない。 

 筆者は最後に,ケインズ経済学を新古典派経済学と対比し,その方法的特質を整理している。それによると,新古典派経済学は同質的な経済主体が極大化原則という普遍的原理にしたがって行動する「ホモ・エコノミカス」を想定した枠組みをもつのに対し,ケインズ経済学が扱う経済主体は具体的な人間関係の観察からもたらされたもので,経済主体は異質で相互依存的であり,彼らの選択行動の安定性を保証するかのようにみえる慣行は突然の変化を内包する主観的要因にすぎない。このような対象から一般化命題を引きだすためには,分析者は多くの具体的な観察結果や推論によってえられた多様な知識のなかから,重要だと思われるものだけを選び出し,帰納的推論をもちいて一般化命題を認識しなければならない。このように導かれた理論は,直接に観察され,ある自信をもって推測された現実の経済的事実の集合を証拠命題とし,合理的推論によって導かれた結果命題の体系になる。

 さらに『一般理論』が蓋然的推論によって導出された体系の命題であることは,その背後に代替的な命題の体系が存在することを含む。経済学はモデル(数理モデルではない)の選択の技(art)であるというケインズの主張は,ここから生まれる。経済学をこのようなものと考えると,時間的に変化する経済過程から具体的にどの要因を証拠命題として選び出すかに関して,絶対的基準はないことになる。その判断は理論を構成する個人の経験と内部洞察力とに裏打ちされた直観にもとづく。理論はこうして得られた証拠命題から論理的に導出された結論命題の体系である。ケインズ経済学の方法の最大の特徴は,この点にある。経済学がモラルサイエンスであるとケインズが主張するのは,このためである。

藤江昌嗣「確率前史研究序説-Ian Hacking『確率の出現』をめぐって」『思想と文化』1986年

2016-10-18 17:01:11 | 12-3.社会科学方法論(確率基礎論)
藤江昌嗣「確率前史研究序説-Ian Hacking『確率の出現』をめぐって」『思想と文化』1986年

本稿の目的は,Ian Hacking『確率の出現-確率,帰納そして統計的推測についての初期の概念の哲学的研究』(以下,『出現』と略)を取り上げ,その内容の紹介,そして若干の課題の提示である(この著は,2013年に広田すみれ・森本良太の訳で慶應義塾大学出版会より刊行された)。筆者はこの再検討が,D.Huffによる統計的確率と帰納的確率との関係の考察,また確率的思考が認識あるいは科学にとってもつ意味の考察に有意味である,としている。確率前史の研究はまた,実証科学としての統計学にとって,その論理構造を解明のための不可欠な準備作業である,とも指摘されている。

 『出現』の構成は,以下のとおりである。1章:観念不在の時代/2章:二重性/3章:判断/4章:証拠/5章:徴候/6章:最初の計算/7章:ローネッツ・サークル/8章:偉大な決定/9章:思考の技術/10章:確率と法/11章:期待/12章:政治算術/13章:年金/14章:等可能性/15章:帰納論理/16章:推測術/17章:最初の極限定理/18章:秩序/19章:帰納。

 本稿の大半はこの『出現』の要約である。確率の概念は17世紀に出現したが,それはヤヌスの顔をもっていた。それは一方で偶然過程の確率法則に関するかぎり統計的であったが,他方で命題に関する合理的信頼度を評価することに関するかぎり認識論的であった。当初からのこの確率の二重概念の存在は,現代的意味での確率という概念空間内部での現在にいたる競い合いの条件(確率についての可能な理論空間)であった。この確率についての可能な理論空間の前提条件は,Hacking の立論の展開方法を予定する要素である。この空間に関して,それは1660年から現在に至るまで不変な形で存在し,さらにこの空間は全く異なる概念構造の変換から生まれたものであった。それらはわれわれの思考図式に少なからぬ影響を与えているので,この空間ないしその前提条件について理解することこそが確率理論の歴史的循環からわれわれを解放することになる。

Hacking が注目するのはmetatheory としての概念空間であり,過去の著者の論述のなかにこの概念を発見することが関心事である。そして,彼の研究する確率の前史は,15-16世紀(ルネサンス)からほぼ17世紀までとされる。研究対象である概念空間の形成に関係している諸概念は,次のものである。
知識knowledge,判断opinion,理由reason,因果cause,徴候sign,証拠evidence,実験experiment,診断diagnosis,可能性possibility,等可能性equipossibility,帰納induction。
これらの分析と懐疑が問題となる。Hacking が『出現』で考察しているのは,ルネサンス以降17世紀までに限定し,科学の内容との関連を意識しつつ,上記の諸概念が確率概念の形成に向け,どのように変化してきたかである。

 筆者の要約は,上記の章別構成のうち次の諸点に限定されている。観念不在の時代(Pascal以前),知識と判断,徴候と診断,確率と統計,等可能性,帰納。
Pascal以前に西欧では確率理論がなかったのは,何故か。Hackingのこの問いに対する解答として,世界についての決定論者の見解があったこと,数値体系と経済的誘因がなかったことを挙げている。中世の認識論では,事実はそれ自体で信頼できるか否かが問題になるもの,科学は必然性という点で普遍的真理である知識であるもの(論証により得られるもの),論証により得られない信念・原理・命題に関するものは判断として区別された。古い確率は判断の属性であり,①権威者により賛意を得られるか,②テストされるか,③古典により支持されるか,これらのいずれかの場合に確からしいものとなった。

 ルネサンス期には確率概念の必要性も,本格的使用も見られなかった。この時期には徴候という概念が存在した。この概念は確実性よりむしろ確からしさという性質をおび,その確からしさは頻度と関わっていた。Hackingは彼が確率の出現と呼ぶ概念空間の変形のための材料は,この徴候という概念から作り出された,とする。この徴候は実験による獲得,自然の研究に人々の目を向けさせた。
中世では実験は解剖,試験,やま(・・)の三態(証拠を提供する種類)で考えられた。徴候を読み取る診断は,ルネサンス期に新たに概念化された「実験」である。このような診断は,「因果の実験的方法」が高い地位についた17世紀の解釈と関係があり,「実験」によって事物の作用を説明する直接的因果である。徴候,診断は古い科学における論証的性格から帰納的科学における仮説に対する帰納的証拠という性格と結びついている。この流れは,外在的証拠から事物にそなわる内在的証拠の経路と重なる。この時期,確率はその名称を除くすべての形で出現し,証明と安定的規則性との結合は内在的証拠という概念誕生の結果として成立した。

 Hackingによれば,確率と統計の概念の利用は因果関係から独立に認識論的基準が把握されるときに,すなわち証拠という因果関係と認識論的概念を区別するときに,出現した。確率の認識論的概念の出現は,①事物の原因となるもの,②それが起こったことをわれわれに告げるものとの区別の必要のために必要とされた(Leibnizの自然法学)。等可能性(その簡単な定義は「もしあるケースが他よりも起こり易いとする理由がない場合」というものである)は,18世紀に盛隆をみた思考方法で,フランスに生まれたが,イギリスにはなかったものである。Leibnizは,確率を可能性の程度であると捉えた。だが,その可能性は,①さまざまな事象を得る力,あるいは②等しく容易であるという意味でのfacile に対応する。もし,厳密に客観的可能性,すなわち容易さfeasibility,傾向proclivity,性向propensityなどを定義するならば,このような容易さの程度は正確さの程度を変えつつ知られるような知識の対象となる。

 確率の出現は,ルネサンス期の徴候から証拠への概念の変形を背景にもつ。このことは事物の作用を説明する仮説に対し,テスト-実験に合格した結果が新たな帰納的証拠となることを意味した。判断の確率すなわち,論証によって獲得された属性としての確からしさは,自然に関する徴候=頻度の証拠による確からしさ=知識の確率へと形を変えることになる。1660年までに内在的価値という概念が確立すると,因果性に関してはその対象領域が知識から判断へと転移した。判断は従来,低次科学の主要部分をなし,知識は高次科学の目標であったが,このことによって知識の潜在的領域のかなりの部分は判断の領域の一部となった。低次科学と高次科学の区別がなくなり,判断と知識の差異が程度の問題となっていくのが17世紀であり,それは帰納への懐疑的問題の出現-確率の出現の前提条件であった。これがHackingの結論である。

 筆者は最後に課題を確認している。ひとつは確率の二重概念(経験的な概念としての統計的確率と論理的概念としての帰納確率)に関し,Hackingは後者の意味合いに関心をよせているが,認識が対象をどの程度反映しているのかを問題にするならば,前者の方向での認識論的確率の検討が課題となる。また,筆者は確率に関する二重概念(統計的確率,帰納的確率)はそれぞれの役割を統計理論で演じるが,Hackingがこの問題をどのように考えているか,をあらためて検討する価値がある,としている。