社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

内海庫一郎「蜷川の統計学説について」蜷川統計学研究所編『統計利用における基本問題』産業統計研究社, 1988年

2016-10-03 21:16:42 | 1.蜷川統計学
内海庫一郎「蜷川の統計学説について」蜷川統計学研究所編『統計利用における基本問題』産業統計研究社, 1988年

 「戦前に日本人が独自に開発した統計学の最後の到達点」であった蜷川統計学についてのわかりやすい解説。この論文は, 蜷川虎三『統計利用における基本問題』[現代語訳](産業統計研究社,1988年)が刊行されたさいに, 解題として付されたものである。以下にこの論文の内容を紹介する。

蜷川虎三(1897-1981)の統計学は, 社会科学方法論説に属する統計学である。統計学は, 社会科学に限定された研究方法論の一つの形態であり, それは統計方法という特殊な研究方法を研究対象とする。統計方法は, 「大量」(社会集団のこと。ドイツ語からのこの訳語は財部静治による)の数量的研究方法である。

研究方法を研究対象とする蜷川統計学は, 4つの特色をもつ。第一に, それは統計利用者の立場にたった統計学である。第二に, 統計方法を「大量」の数量的研究方法とすることで, 統計方法の端初を「大量」におき, 大量の性質, 特質から統計方法の一切の規定を導き出す統計学であった。第三に統計の誤差に, 統計利用者の側からみた二種の誤差が存在することを明らかにし, これらを統計の信頼性の吟味, 統計の正確性の吟味として位置づけた。第四に, 統計の数学的処理が, 統計の反映する対象の性質の相違によって異なる意味, 異なる結果をもたらすことを明らかにした。

以上の特色をもつ蜷川統計学は, さらに内容に立ち入ると, 以下のような体系構成をとっている。まず, 体系は「対象=大量反映性」「統計法則=目標性」で構成されている。すなわち, この学説では, 統計利用の理想形態は, 多数の「大量」を代表する統計値を集め集団的研究=大量観察を行い, それによって安定的結果あるいは一般性のある数値を, すなわち統計的法則を導き出すことを目標とする。

「大量」を反映する「集団」は2とおりある。一つは, 統計調査を予定する「存在たる集団」であり, もう一つは数理的統計法が適用される「意識的に構成された集団」である。前者は統計の信頼性の吟味, 批判の対象となるもので, 後者は研究者が統計的法則=安定的数値をもとめるために, 人為的に構成した集団である。

「意識的に構成された集団」は, 「単なる解析的集団」と「純解析的集団」とに分類される。統計解析を行うためには解析統計系列を作成しなければならないが, 必要なのは大量に関する平均値を多数とって系列とする手続きである, その結果, 構成された集団が「単なる解析的集団」である。この方法とは若干異なり, 同じ大量に関する平均値を多数とって系列とする手続きでも, そこから時の要因を除去して構成された集団が「純解析的集団」である。(このあたりの蜷川の展開は, 筆者の言によると, かなり難解である。)

 おおむね, 以上のような構成をとる蜷川統計学は, 統計対象に大量をすえ, 統計調査を悉皆大量観察でとらえるドイツ社会統計学と統計的法則を数理的手法で解析する欧米の数理統計学の総合であった。

 本稿では, 蜷川統計学に対して提起された疑問点が, 何点かにわたって, まとめられている。足利末男は, 蜷川の統計学説が大量観察法と統計解析法との全く異なった原理にもとづく二つの方法からなっているとして, これを体系的に一元化すること, 社会集団と他の社会科学が対象とする社会現象との関係を明らかにし, とくに社会現象の量的把握が社会科学的認識に対して有する役割を明確にすることを課題として挙げた。また内海庫一郎当人は蜷川には唯物論があるが, 弁証法への配慮がないとした。大橋隆憲は, 蜷川理論の根本的欠陥を大量=社会集団の歴史法則的な認識が欠けていることとした。

 この論文では, 蜷川統計学をドイツ社会統計学と統計的法則を数理的手法で解析する欧米の数理統計学の総合ととらえているので, 関連してこれら2つの統計学の成立過程の簡潔なスケッチがある。また, 戦後, 蜷川統計学を継承した社会統計学の発展と一時隆盛をきわめた推計学との相克についての描写, 戸坂潤の「科学論」との関係についての記述がある。さらに蜷川統計学の後継者の業績(大橋隆憲の標本調査論批判, 階級構成表の作成, 上杉正一郎の標本調査論批判, 剰余価値率の推計, 佐藤博と是永純弘の数理統計学史の研究など)が紹介されている。

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